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縁の一方的な意見に対し、檻也は肩を竦め、温かい心をもって何度も頷く。
「ボクは縁くんがしっかり指揮を執ってくれるならば、それで良いと思うけどねっ」
「そぅらみろ的環。ここに僕の努力を理解している人間がいる。さすがは檻也。…………お前のような扱いやすい人間がいるから、僕は楽できるのだ。僕の分までがんばってくれ」
「それでボクが強くなれるのだったら、お安いご用さ」
「ハマちゃん、人が良いというか、お馬鹿というか……ほんと良い人過ぎだよねぇ。きっと詐欺に遭っても気づかなさそう」
「あー。それはあるかもしれないね!」
褒めているわけじゃないのに、表情が輝く檻也。
「話は変わるけど。…………これで、全員。……じゃないね。…………ねえ縁くん。辰巳さんは?」
「うー? たしかにそうだね。うちのドラちゃんがいないじゃーん」
「虎姫はいつも好き勝手やってるからな……今日もどこかでフラフラやっているのだろう」
「班長、ひどいなぁ。辰巳さんは好きに出歩くの良くて。ボクが駄目だなんて……」
「檻也。お前の場合は本能最優先で、虎姫と違ってタイミングを弁えないという点に尽きる。……彼女は、しっかり集まらなきゃいけないときに、居なくなるなんて事はしない。この集まりは僕が谷原さんと話してみたいから集まって貰ったというだけで強制ではない。だから来なかったのだろうな。彼女は基本的に写真を撮る事の方が重要だからな…………お前の場合はどこでも構わず、居なくなる。前科もある。――そこが彼女との違いだ」
「あ、アハハ。返す言葉もないね!」
「なんでそんな、嬉しそうなんですの……」
欠点を指摘されても、理解しているのかしていないのか。ケロリとした表情で対応する檻也へ、後ろに居た羽衣がつっこむ。縁は呆れるでもなく、同じように笑うでもなく。真剣味を欠いた檻也から、真結良へと顔を向けた。
「谷原さん……コイツは基本的に自分優先に物事考えている、隠れ自己中心型人間だから、注意した方が良い。周りが危険状態の環境にあろうとも、本能のままに動こうとする人間だ」
「な、るほど」
――どの口から、自分優先や自己中心を語るのだ、お前は。
流石の真結良も、他人の班の人間関係に口を挟むような機微がわからない人間ではない。
自己中心的だと語っているが、きっとそれぞれがちゃんとした考え方があって、理念があって。それは外から見れば一括りにされてしまいがちだが、班の中でしか解らないようなものなのだろう。初めは、他の生徒たちと同じように――問題児たちに偏見を持っているのだろうと、心配する気持ちがあったものの、神貫班は悪い人間達ではなかった。
「………………………………おい」
打ち解け始めた双方のメンバーへ、水を差すようにして放たれたのは、
今までずっと自分の周りの森閑を維持し続け、一歩たりとも動かなかった草部蘇芳だった。
「…………で、神貫。これは本当に顔合わせだけの集まりなのかよ?」
「うん。もちろん…………他に何があるのかな?」
「そうかよ……くだらねえ時間だったな。オレは帰るぞ」
遙佳の静止も聞かず、コートを揺らして蘇芳は教室から出て行く。
「あんだよー。かんじわるー」
「おっしゃるとおりですわ」
的環や羽衣は怒っていたが、檻也は相変わらず笑みを浮かべるも困惑が混じっていた。
弘磨にいたっては無表情で蘇芳が出て行った扉をじっと眺めていた。
真結良は態度の悪さに、眉を顰め……彼を追った。
「草部蘇芳!」
「……………………ハァ。かったるいな。オレを何度呼び止めりゃあ気が済むんだよ。一回ぶっ飛ばされなければ解らない人種か?」
「どうしてあんな態度をとるのだ!」
「親交を深めて仲良くなりましょうってか? とことん馬鹿野郎だな。てめえは」
「…………なんだと?」
一体何に文句があるのだと真結良は問い詰める。
すると、帰ってきた返答に、彼女は驚かされた。
「神貫縁……ヤツは端から誰も信用しちゃいないんだよ」
「だって、あんなに良くしてくれていたのに」
「ああ。他の連中は何も知らされていなかっただろうな……神貫はわざと仲間に伝える集合時間を遅らせていたんだからな」
「え?」
集合時間をずらした? 後から来たメンバーは遅刻したのではなくて、意図的に後から来るように仕向けられていた?
「まあ、噂は知られた問題児どもだ。出会って早々、喧嘩にでもなると思ったんじゃねえか? オレらが全員行った時の表情……いつでも準備はできてるぞって顔してたな。ククク」
「草部蘇芳。それは少し考えすぎじゃないか?」
「とことんおめでたいな。バカ女……テメエと話している時、他の連中には目もくれず、一度として背を向けず、自分の立ち位置から動かず。常にヤツはオレの方を視界に入れてたんだよ。アレが無警戒な訳あるか。テメエに対しても、しっかり根掘り葉掘り質問して観察していたじゃねぇかよ。…………きっと、こう思っていたんだろうぜ。明日の合同練習、本当に問題児を入れ、訓練させて大丈夫だろうか、ってよ」
――考えすぎだ。草部蘇芳の被害妄想でしかない。あんなに良くしてくれていたのに。
だけど、否定できない。真っ向から否定できるほどの説得力ある反論がないのだ。
「間宮については、問題は無いだろうさ。……なんせかつての仲間だった浜坂が太鼓判を押すくらいだ。残すは二人。オレとお前だ」
「………………………………」
「巻き毛のチビは、一番最後に来る予定だったんだろうさ、もしオレらがトラブル起こしたらちょうど良く現れるようにな。本来だったらデカ乳女とデカブツ男が最初に来る算段だったんだろ。奴らと神貫の噛み合わない会話を聞いてりゃあ、なんとなく想像はつく。何が自己中心的だ。どいつもこいつもクソタヌキばっかだぜ。…………ありゃあ、万が一トラブルになって暴力沙汰に発展しようとも、被害を最小限に抑えられるよう……完全に自分の班の仲間を守るために、とった行動だろうがよ。食えねえにも程がある」
たとえ、その推理がハズレであったとしても、
この男は――私が思っている以上に、頭の回る人間なのかもしれない。
「………………草部蘇芳。お前はなんで、今回の合同練習に参加する気になったのだ」
「最初に言ったはずだ。オレは他の連中の実力を見たいからだ。他のバカが名乗り出て、くだらねえ時間を過ごすくらいなら、オレが有意義に使ってやるって言ってんだよ」
明らかに、他の問題児達とは違う。明確な向上心。
まさかと思い、真結良は蘇芳に向かって言った。
「草部蘇芳……お前は、サイファーになりたいと思っているのか?」
問いかけそのものが愚問だと言いたげに、蘇芳は呆れかえり、真結良を馬鹿にするつもりで首を振る。ただ真結良を見つめるその目においては、まったく笑っていなかった。真剣そのもの。
「当たり前だ……この腐った世の中で、それ以外に何があるって言うんだよ」
「……………………………………」
「どうせ、いつかは戦わなければいけないんだ。イヤイヤ戦うくらいなら、楽しみながらバケモノをぶっ殺した方がスカっとする。戦いに臨む姿勢なんてのは気持ち一つでどうにかなるもんだ。オレは誰も信用しちゃあいねえよ。今となっちゃ班は必要だが、じゃれ合うだけの仲間なんぞ必要ない。オレの邪魔するヤツは容赦なく蹴落とす。異界で死ぬだけの使えねえ人間は、ぜってえ認めねえ」
――使えない人間。
自分の事を言われているのだと思い、腹の底が熱くなる。
「私も、サイファーになりたい。誰よりも、強くなりたい」
「そうやって思うだけなら、誰だってできる。口に出すなんて次に簡単だ。形にできるヤツも同じほど居る……だがな、周りから認めてもらえるかどうかは、星の数の中で、ほんの一握りしかいねえ。…………んなのは解ってる。オレが目指しているのは〝なれたらいいな〟なんて生ぬるい理想なんかじゃねえ。オレが目指すは必ずなる一位だ。ファースト・サイファー。それ以外には何もねぇ。五位でも二位でもねぇ。目指しているのは一位だ……最初からテメエとは定めている場所が違う」
谷原真結良はどうしても草部蘇芳に認めて貰いたい気持ちがあった。
志に少しばかりズレがあるものの、彼は自らサイファーになる強い決意を持っている。
班の中で、遙佳の次に前向きに現実を見ているのは、草部であると真結良は確信した。
「どうしてそこまでの思いがあるのに、問題児なんかやっているんだ」
「この学校は、問題児だろうが優良生徒であろうが、最後は実力なんだよ……力を示せば、素行は悪くとも、実力に見合った地位が与えられる。オレはオレを否定してまで、良い子ちゃんになるつもりはねえよ」
「私は、お前がそう望むなら信じているぞ。誰も信じられなくても、お前がちゃんとした意識を持っているのなら、私はお前を信じるぞ!」
「――ハッ。くだらねえな。言ったろうが、口で誠意を示すなら誰でもできるってな。腹の底で何を考えているかなんて、本人にしか解らねえんだ。……すこし話しただけで、勝手に仲間意識持ってんじゃねえよバーカ」
去って行く蘇芳を追いかけるようなことはしなかった。
僅かばかりではあったが、知ることができた……彼の考えと。強い願い。
それは人々が望み望まずになる兵士とはとは違う。
孤高にして同時に――酷く歪んだ思想。
きっと自分の中にある、身近な憬れに一番近い人間が、草部蘇芳なのかもしれないと、真結良は心のどこかで思うのだった。