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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
146/264

<15>-2

「ちちちちょっと明峰みょうほうさん! 降ろしてくださいまし!」


「アっハハハハハァ。やだしー。教室入った途端、ちっこい喧嘩なんかしてっからだよー」


「ひぅううう……。高い。本当に高いですわ。じ、地面が遠く、天井がちかいですわぁああ。あわわわわわ……」


 本気で青ざめる羽衣をようやく地面に降ろすと、彼女は両膝をついてへたり込む。


「まあったく。くっだらない口喧嘩すっからだよー。ほんっとうぃーうぃーは高い所苦手だよね。がっつり反省しないとぉ、また持ち上げちゃうぞー?」


「わわわわわわ」


 主人に怒られた犬みたいに縮こまり、檻也の背中に隠れる。


「あっれぇ? 全員集合って感じ? 超早ぇーねぇ。うーっす。初めて見る顔ぶれだけども、全員お初なんじゃないかなー?」


 新たに入ってきたのは男女が一人ずつ。驚くほどの大男と、褐色の肌をした長身の女子。

 問題児達を全員見た上で。女生徒はやる気なく敬礼をした。


「どももー。あっ(わた)しー、明蜂(みょうほう)的環まとわっていう名前なんよぉ……全員よぉっ()しくー」


「う。……で……でけえ」


 思わず誠は口に出していた。

 モデルのような長身。日焼けしたような肌。

 短いスカート。タンクトップに胸元をオープンにしたワイシャツ。

 瞳の色は透き通ったターコイズブルー。

 加えて、飛び出た胸。間違いなくシャツのボタンが締まらないのではないかと思うほどのそれに、誠は唾を飲み込んだ。

 ――ただ、露出している肌の一部。左胸から上へ登り、左の頬にかけて、赤いミミズ腫れのようなものが浮かんでいた。恐らく服で隠れている部分も、広範囲にあるのだろう。

 それが刻印による身体的影響なのか、はたまた生まれつきなのか。あるいは事故で負ったものなのか。問題児達には解らなかった。同時に触れてはいけないものなのだと察する。


「お前、でかいな!」


「ん? なにがー?」


「これじゃよ、これ」


 エリィは自分の胸に手を乗せ、上下に動かす。

 周りの人間は、ミミズ腫れの事を指したのかと思い、一瞬ヒヤッとする。


「ぷっ…………あっははははは! マジおもしろすぎー。初対面でそんなこと言ってきたのアンタがはじめてだよぉー。へっへーん。いいだろぉ?」


「なに食ったらそんなんなるんじゃ?」


「良く食べ、よく寝れば、いいんじゃないのかねー? よっくわかんないわぁー」


 まったく恥ずかしげもなく、あっけらかんと言ってのける的環。



「なるほど。よく食べ、よく寝る。よく食べ…………」


 自身の成長に不安を持っていた真結良は、

 今日一番の『大収穫な情報』を口で、もごもご呟き、

 絶対に忘れぬよう、頭の中で三度復唱する。



「入ってきた時、ドリ子のこと〝うぃーうぃー〟って言っておったけど、どういう意味なんじゃ?」


「なーに。単純なあだ名だって。常磐羽衣。常磐羽衣。羽衣……羽衣、うい、うい、うい、うぃ、うぃ、うぃ、うぃー、うぃー、うぃー、うぃー、……うぃーうぃー、ってわけ」


「なるほろなのじゃ! 良い名前をもらったの。うぃーうぃー…………クハハ。うぃ~、うぃ~ぃぃィ!」


「あ、アナタはその名前で呼ばないでくれますかしら! 馬鹿にされているようにしか聞こえませんわ!」


「そりゃあそうじゃ。だって馬鹿にしてるんじゃもん」


 またヒステリックに怒り出した羽衣。ニヤニヤ顔で的環がいちべつすると、悲鳴を飲む声。

 また檻也の後ろに回って盾にする。

 なんだかんだ言って、常磐羽衣もエリイと似たような所があった。


「少しばかり、背伸びしがちなところあっからなぁ、でもそこが可愛いなぁ、うぃーうぃーは。あんま苛めてやらないでよねー。アイツだってきっと好きで喧嘩したいわけじゃないとおもっからさー」


「ふむー。マトワがそう言うなら、しかたないのぉー。そのデカさに免じて今日の所は許してやるのじゃ」


 素直に従うエリィ。急に的環は一歩近づき、エリィを覗き込んだ。


「なんだよなんだよ。問題児って聞いてたわりには、話してみれば、すっげー素直で可愛いじゃん! へいへーい、改めて名前なんてのぉ? ちっちゃいの」


「…………エ、エリィ・オルタじゃけども……」


 思わぬ押しの強さに、エリィの第六感がちょっとしたイエローシグナルを発していた。


「やっべー。ちっせー。私デカイから、その小ささ憧れるわー。ねぇー。ぎゅーって抱きしめてもイイ?」


「――――な、なんじゃて?」


「ま、イエスだろうがノーだろうがハグっちゃうけどねー。おっと、逃げんなし。さすがあっしー。マジ反応はえー」


「んほわっぅ!」


 力尽くで手を引かれて的環の腕がエリィの全身をホールドする。こういった意味でイジられることに耐性のないエリィはちょっとした恐怖と戸惑いの表情で、十河に助けを請う視線を送る。


「だんっむ! ちょ、くるし、離すのじゃ!」


「いやだねー。あ、やっべー。ちっさいし、体が超プニプニなんだけどー。ちっさいから柔らかいのか? これハマるわぁ」


 …………やばいのじゃ。この女のペースがまったく読めん!


「と、ととと。トウガ」


「………………」


 ――そうじゃトウガ。お前に助けてほしいんじゃよぉ。このまえわれを守ってくれる言ったよなぁ!? 今がその守りどきじゃ!

 この女をどうにかしろと、視線と表情で訴えるも。


「………………………………」


 十河は一度エリィを見て、面倒だと溜息交じりに顔を逸らした。

 ――え、無視ィ!? ……はいー。こんどドウガぶっころすのじゃー。


「はぁー癒やされるわぁー。ねえねえ。コイツいらないなら、あたしらの班にちょうだいよぉ。寝るとき抱き枕にすっからさぁ」


 的環は長いまつの目を細め、歯を見せて笑った。


「いるもいらないも、われは班の中で貴重な人材なのじゃ。だからムリ――こ、ごらーッ! ツンツン頭! だまって優しく手を振るな!」


 やばい。見た目どおり、ハンパなくやわっこいのじゃが……まったく話が通じない。この女は苦手なタイプじゃ!

 隙を見て走り出そうとするも、先ほどの羽衣と同様に、両脇に手を入れられて軽々と持ち上げられる。見た目以上に馬鹿力だった。


「おいおい。まてよぉ、エリオルぅ」


「ぎゃアアアア! ドリ子の言う通り、思ってた以上に高いのじゃ! 天井が近い! それに、え……えりおる、て」


「エリィ・オルタ頭の二文字とったらエリオルっしょ? ねえねえ。ウチにきちゃえよー。悪いようにはしないからさぁー」


 無事に着地させて貰い、頭のてっぺんをぐりゃぐりゃ撫でられて、首がカクカク動く。完全に的環の玩具と化すエリィ。



「おいおい。そこらへんにしておいたらどうだ……明峰」


 ずっと隣に居た大男が、ようやく口を開いた。図体に見合う――重く、野太い声。


「ちぇー。けっこーマジだったんけどなぁー。ミドリンだってエリオル欲しいっしょ」


「……………………………………ン」


 大男はイエスなのかノーなのか曖昧な返事ではぐらかした。


「で、でけえ……」


 今度はちゃんと身長を見ながら、誠が言った。

 百九十センチはありそうな高さ。ひょろ長いとは真逆の、制服ごしからでもわかる、りゅう(りゅう)とした筋肉。同年代でこんな体型をしている人間はまず居ない。すると彼の体つきも刻印による影響なのだろうかと、誠は推理した。


「…………………………緑木だ。よろしく」


 顔に似合わず、緑木(みどりぎ)弘磨こうまていねいな挨拶する。それでも見た目の形貌けいぼうはやはり強すぎるらしく。

 那夏にいたっては、ずっと絵里の後ろに隠れっぱなし状態になっていた。

 よく見ると、彼の両手にはなぜか革製の手袋がはめられている。ファッションだろうか?

 的環はニヤニヤ笑い、弘磨の横に立ち、彼に指をさす。


「しってる? ミドリンってとんでもない刻印をもっちゃってるんよー」


 問題児ノービス達は、刻印という単語に視線が集中する。一年最強と言われている人間達がどんな能力を持っているのか。まったく口を挟まず沈黙を守っていた蘇芳さえも反応を示した。

 またソレを言うのかと言わんばかりに、的環が説明する前に弘磨の老け顔が歪む。


「その刻印ってのはね…………服を溶かす能力なんよぉ!」


「なんとスケベ能力!」


 ほぼ同時に、エリィから面白い悲鳴があがった。


「へっへっへ。近づくと、溶かされちゃうぞー。こわいぞー」


「明峰……またお前はそうやって、嘘を――」


「え? うそなのぉ。あっしぃ、今まで嘘いった憶えないけどなー?」


「いや、ある程度、嘘ではないのだが――――ほら、だから誤解を招くような事を言うものだから、女子陣がまた一歩引いたじゃないか。どうしてくれる」


 エリィを除いた女子の問題児達が気持ち後ずさりする。


「………………別に、やたらめったら溶かすとか、そんなのないから」


「でも、溶かすんじゃろ? この中で溶かしたい奴はだれじゃ?」


 一瞬だけ、眼球が動きそうになって、弘磨は目を閉じ、


「……………………………………たのむ。もう勘弁してくれ」



 勢いに乗せられて、げっそりする弘磨を見ながら、えにしが吹き出す。


「いやー。思ってたよりも上手くいってよかったよかった。というか……けっこう仲良くやれそうじゃないか」


 乾いた笑いを起こしながら、えにしは客観的に見て率直な感想を漏らす。


「君は問題児について、イヤだとは思わないのか?」


「思うもなにも、こうやって見る限り、喧嘩をするような雰囲気でもないし。問題があろうがなかろうが、僕らに害が無いのなら、相手が何者であろうとも、僕は気にしないさ。……あ、別に嫌味でいったわけじゃないよ。君たちでなくとも、誰がなにをしようが、僕はどうでも良いことだ。気にしていない」


 散々エリィでじゃれていた的環はパッと手を離し、縁に向かって何やら思うところがあるような意地悪な顔をする。


エニッちゃん(神貫縁)はそういうところたんぱくだからねぇ。他人に対してしゅうちゃくがないっていうか」


「その通りだ的環。僕はどうでも良いことはどうでもいいと思うその反面、生きることについては貪欲だ」


「ねえねえ。聞いてよマユマユ。こいつさぁ……マジクズ(・・・・)だから」


「え? くずって、何をいきなり。彼は君の仲間だろうに」


「話してやってよ。どれだけ生きるために努力してるかってこと」


 どうやら、その話題は何度も話されているものらしく、縁は不適にニヤ付き、腕を組んだ。

 隣にいた檻也は微笑み。背後にいた羽衣は、また始まったと小さなたんそく


「フ。聞かせてやる。僕が生きるために常に何をしているのかを……それはね、とにかく(・・・・)後方へ逃げることさッ(・・・・・・・・・・)!」


「…………………………」


「逃げて逃げて逃げまくる。僕は常に後方支援と命令を送る立場だ。近接だって? とんでもない。遠距離からチマチマ撃つことに全身全霊を注いでる。安全だからこそ安心できる遠距離射撃。どうせ異形にスナイパー(狙撃主)などいないのだ。だったら一番安全な役割は、危険な場所へ仲間を放り込む決定権を持つ『班長』と、攻撃を外しても実害のない『狙撃主』に限るのだ」


 どんな生存技術を演説をしてくれるのかと思えば、

 言っている事は明け透けなく。清々しいまで堂々とした〝自分大好き主義〟のそれである。


「…………ね、こいつクズいよねぇ? ほんっと包み隠さずぶっちゃける時点で、そうとうクズいわぁー」


「そう褒めるな的環。ただどうして僕が君の言うところの『クズ』であるのだと反感を買いつつも、今の立場で居られるのか。…………ソレは僕以外に、この班で抜きんでた後方支援者のスキルをもつ人間がいないからだ。大した軍略知識を持っていない連中(おまえら)が、僕から班長の座を奪うなんて、できやしない。加えてみんな射撃能力も劣っている。…………すると必然として僕がばってきされる訳なのさ。いや……僕以外にやらせるわけにはいかないのだ。前で戦うなんてまっぴらご免だからね」


 真結良はあっけにとられすぎて、返す言葉がなかった。

 どれだけ自分が大切なのか。自分の為ならば仲間などどうでもいいのだと、そう主張しているようにしか聞こえてこない。……コレが本当に一年生最強なのかと疑いたくなる。きっと私たちのことをからかっているのだと、信じたい自分がいた。


「前に出たいヤツは前に出せばいい。的環も羽衣も檻也も虎姫も弘磨も……全員アタッカーじゃないか。だったら後ろは僕しかいない。ここまでかたよった編成であっても生きてこられたのは、彼らの力のおかげであるが、動かしている僕の手腕でもある!」


「じゃあさぁ、もし……あっしらが絶体絶命のピンチになったらどうすんさぁー?」


 えにしは細目を崩さず、自身満々とした態度で、斜に構えた。


「なるべく、できうる限り、きゅうを脱せるよう対処し、最善は尽くす。ダメだったら僕だけ逃げるしかない。それこそ僕が生き残るために。誰だって死にたくない。当たり前だろう? もちろん、逃げるからには応援を呼ぼうじゃないか。…………友情に花咲かせて敵に飛び込むような愚かな真似などしないぞ? 僕は前線向きじゃないからな。お前達で適わない相手が、僕でどうにかできるわけないだろうに。恨むならピンチになる能力の低さを恨むのだな」


「マジさすがだわぁ。エニッちゃんは、クズの鏡だよ。……いつかマジでどデカイ痛い目をみればいいってのさ」


「フッフフ。悔しかったら、君が班長になってみろ。ハハ。なれるものならな。…………僕はあくまで合理的にものをいってるだけさ」


「むっかつくわー。班以外の話だったら良い人間だけど、…………こと班長としての意見になるとクズクズリーダーだわーマジで………………ね? コイツのクズさわかったっしょー。マユマユ?」


「うー、ん。な……な、るほど」


 否定も肯定もせず、かたよってる編成というが、彼……神貫縁の思考も大層偏っている。

 かく言う的環であるが、そこに不満はあれど、嫌悪はなさそうだった。

 それぞれ違う振り幅が合わさって、ちょうどいいバランスを保てているのだろうか。


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