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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
145/264

<15>

「――やあやあ、いらっしゃい。まってたよ!」


 待ち合わせしていた空き教室に入ると、浜坂檻也が真っ先に声を上げ、両腕を広げた。

 扉を開けるや否や、いきなり高いテンションで迎え入れられたものだから、真結良は気後れしそうになるものの、すぐに持ち直して教室の中へと入った。

 ――明日に控えていた合同練習。

 何事も顔合わせは必要であると、檻也の班長であるかんぬき えにしからの提案で、真結良たちは神貫班のメンバーに会いに来ていた。

 教室には、神貫縁と浜坂檻也しかおらず、残りの人間は誰も居ない。


「………………ん? たしか、蔵風班から三人連れてくると、檻也から聞いていたのだが。――――八人? ………………すごい大所帯、だな」


 えにしが驚くのも無理はない。浜坂檻也から誰が来るのかは聞いていた。顔合わせに呼んだのは三人だけだ。なのに教室には問題児ノービス一同が揃っていた。

 縁は顔をひそめ、しばらく黙ったまま何も言わなかった。


「あはは。なんかごめんなさい。……三人だけ行って、もし何らかしらかの、何かがあったらやだなって思っちゃって。アハハ。きちゃいました。……ちょっと。いろいろ。あはは」


 遙佳はお察し下さいと言わんばかり。メガネの奥では困った表情。無駄に多く笑い、三つ編みを揺らす。真結良と蘇芳を二人にしたら、また喧嘩してしまうと思ったからこその同行。あるいは草部蘇芳が単体で良からぬ事をするかもしれない心配が遙佳にはあった。

 誠とエリィは単なる好奇心。暇つぶし程度に来ただけ。那夏は絵里が一緒に行くと言うものだから、成り行きで付いて来たのであって、特別『神貫班』に興味があるわけではない。那夏がくっついてくるきっかけとなった絵里に関しては『冷やかしたい人間がいるのよね』と……何やら意味深な発言。

 ――誠とエリィは何かをしでかすかもしれない。那夏は無害だとしても、明らかに絵里は企んでいる。それら全ての事情を知ったら、黙っているわけにもいかず、遙佳は監視役もかねて訪れたのだ。



 徐々に硬化させていた表情を氷解させ、えにしはふうと自然な動作で息をつく。


「まあ、別に構わないさ。僕は他にも話してみたい人たちがいたわけだから……丁度良い」


 問題児にへんけんが無いというのは本当らしい……真結良が見た、神貫縁の第一印象。だが不快感を隠しているだけなのかもしれない。

 檻也は真結良に近づき、もう一人の男子生徒を紹介する。


「谷原さんは会うの初めてだよね? 彼がウチの班長だよ…………。ほらえにしくん。彼女が士官学校の准尉さんだよ」


「ああ。説明されなくとも知っているさ」


 檻也の説明を受け、落ち着き払った態度で真結良に向かって、軽く頭を下げた。


「初めまして。僕はかんぬきえにし……この班の班長をやってる者だ」


 腰には刀を差し、はっきり瞳を見せない細目の男子。

 ――優良生徒……いや、すでに彼の場合、実力的には違う階級にあるのかもしれない。


「いきなりであるが谷原。君は『准尉』と言っているが、それは一般兵士の階級だろう? 訓練生の階級はどうしたんだい?」


「まだ、適性試験を受けていないんだ。近々行われるというから、終われば私も晴れて訓練生として仲間に入れる」


訓練生(・・・)? 準試験兵(・・・・)の間違いではなくて? 君は優秀なんだろう?」



 学校に居る間は、いくつかの階級が設けられている。

 ――訓練生の場合は、

『訓練二等』『訓練一等』

 ――その後、試験兵となれば、

『三等試兵』『二等試兵』『一等試兵』『特等試兵』といった階級が用意されている。



 学校の優良生徒は、あらかじめ階級が二つ上げられていて『準試験兵』としての階級に所属することとなっているが、その扱いは少々特殊で『三等試兵』の一つ下。訓練生と準試験兵の間に階級を座している。準試験兵は、正式な試験兵としては扱われず……実質『訓練一等』とさほど変わらない。



「適性試験がどう出るのかは、私にも解らない。だけど準試験兵に慣れるよう、精一杯がんばるさ」


「なるほど……僕が君に持っていた、凄い努力家のイメージが一層強くなった……有無も言わさぬアタッカーって感じだ」


 腕を組んだまま、こちらの力量をはかるかのような視線が、瞼の隙間から放たれていたのを感じつつ、真結良は教室をぐるりと見渡す。十河は距離をあけて椅子に座り込み、蘇芳は入り口近くの壁により掛かったまま動かない。残りは輪になって何やら騒がしく話をしている。


「…………今日は打ち合わせと聞いていたのだが、二人だけなのか?」


「いや。もうすぐ来ると思う。ほら……来た」


 縁が指さした教室の出入り口。廊下から軽い足音を立て。扉が開かれた。



 ――入ってきたのは、一人だけだった。

 エリィと近い背丈を持つ、長い巻き毛の女子。



「あら? もう全員あつまりましたの? 時間――間違えてしまったのでしょうか?」


 巻き毛女子は早口で喋りつつ、輪になって集まっている問題児ノービス達を無視する形で、えにしの元へ歩み寄った。


「――遅かったね」


「思っていたよりも、用事が早く片付きましたから、かなり早めに来たのですが。揃っているとは思いませんでしたわ。ごめんあそばせ。でも神貫さんに言われた時間よりも早く集合してしまいましたのね…………神貫さん。彼女は?」


 縁が紹介し、真結良が改めて挨拶をすると、顔をぱっと輝かせて両手を重ねた。


「噂には聞いておりました。お初にお目に掛かります。谷原さん。わたくし常磐羽衣ときわ ういともうします。よろしくお願いいたしますわ!」


「こちらこそ。よろしく頼む」


 和んだ雰囲気で交わしあう会話に、水を差す発言が問題児ノービス側の一人から飛び出した。


「――お前! なぜわれらを無視したのじゃ! もみあげドリ子ッ!」


 エリィが出てきて羽衣に向かって指をさす。

 巻き毛を指でくるくる回し、余裕のあった表情が一気に硬直。目の下がぴくりと動く。

 ゆっくりと、羽衣は振り返った。


「だ、誰がドリ子ですの――――わざと、アナタを無視していたというのに……」


「クッハハハ。無視などさせるものか。ドリドリドリ子!」


「その態度。ほんとうにお子ちゃまですわね! オルタさん。それに、これはもみあげじゃなくて、ちゃんと上の方の髪の毛ですわよ。ちゃんと見てものを言いなさい。チビ子ちゃん」



 ――も、もみあげじゃなかったのか。

 そこからグルグルが始まっているから、私もてっきり…………。

 真結良も話していた時から、そう思い込んでいた。口に出さなくてホッとする。



「あにおぉ!? お前だってチビじゃろドリ子!」


「あぁら、わたくしの方が若干背が高いのですわよ。ごめんあそばせ。この差は絶対的なものなのですのよ。仮に万が一、わたくしのトレードマークである、この髪の毛をストレートに戻したとして、貴女はわたくしをなんて呼ぶのかしら?」


「…………そんなん、しらんもんね」


「そうですわよねそうですわよね! でもわたくしが貴女を『チビ子』とお呼びするのは変わりありませんわ。なんせちびっちゃいんですもの! ミニマムサイズなのですもの。悔しかったら背を大きくしてわたくしを抜いてごらんなさいな」


 他の人間からしたら、二人の背丈の差など、あってないようなものである。

 それでも、羽衣のまくし立てられて何も言えず。顔を赤くしながらエリィは歯ぎしりをする。


「ぐぅぅう。悔しいのじゃ。口で勝てんのじゃ。…………と、トウガぁああああ!」


「お前が悪いだろうに。オレに泣きつくな。口で負けるの知ってて、なんでアイツに毎回絡むんだよ」


「だって、だってなのじゃよぉおおお。……昔、やつが……やつがのぉお――」



 エリィを見ながらフンと鼻を慣らして、髪の毛をかき上げる羽衣。


「まったく。ほんと『問題児ノービス』はお名前の通り、一部は本当に問題ある生徒ばかりですわね………………あーらあらあら。これは良く見れば『残念な()首席』の市ノ瀬さんもいらっしゃるではありませんか。あまりにも存在感が薄いものだから、今の今までぜんぜん気がつきませんでしたわ」


 羽衣はわざとらしく『いま気がついた』という部分を強調して言い放つ。

 最初、教室に入った時、真っ先に絵里を見たのは他ならない羽衣の方であるのに。

 絵里も、普段見せない笑顔。目は笑っていなかった。


「……とても気持ちの悪い挨拶をありがとう。耳にしただけで胸焼けを起こしそうだわ。万年次席さん」


「相変わらず、聡明でいらっしゃいますが、どぎつい性格をしておりますわね」


「そちらこそ、背伸びした喋り方をしているけど、品性の欠片も感じないわねアンタ。ほんっと残念な子。同情するわ」


 二人はゆっくりと、距離を縮める。今にも相手の足を踏みそうなほど近くまで迫り、羽衣は絵里を熱を帯びて睨み上げ。絵里は羽衣を冷たく見下す。目に見えない〝バチバチ〟としたものがお互いを繋いでいた。



「……彼女たちも、知り合いなのか?」


 真結良はまた何か始まったぞと、困り果てている遙佳に近づき、耳打ちした。


「うーん。知り合いというか、ああいうのが本当のけんえんというか……絵里ちゃんが首席だったのは荒屋君から聞いてたよね?」


「あ、ああ……」


常磐ときわさんは、二番目……つまりは次席なんだけど、彼女たちがこじれちゃってる原因は絵里ちゃんにあって、入学式の一年生代表で、首席の挨拶を無断欠席したの。周りの人も頭真っ白になっちゃって。……無しって訳にもいかないから、悪い意味での身代わりとして、常磐さんに白羽の矢が立ったんだよね。それで挨拶することになったの……台本も何も無い状態で」


 ――――ソレは酷い。もし常磐羽衣の立場だったら、私もかなり恨むかもしれん。


「なるほど……大勢の前で大失敗をしてしまったと」


「ううん。むしろ逆。最初から常盤さんが話すみたいに、挨拶できてたよ。すごいよね。後から聞いた時は感動しちゃった。……常盤さんの場合は別の部分で不満があったんじゃないかな。だって首席の挨拶だったのに、居ないから代わりに次席って……本人からしたらすごく傷ついたんじゃないかなーって」


「…………むう」


 市ノ瀬絵里がどうして代表挨拶を抜け出したのかは知らないが、やはり常磐羽衣の方に同情してしまう自分が居た。私も人間だ――いつも市ノ瀬から嫌味を言われてるものだから、常磐羽衣の肩を無条件でちょっと持ってしまっている。

 言い合いは続き、冷静にして荒ぶらず。されども言葉の応酬。

 片方が言葉の一矢を放てば、三矢にして返すような状況が続き。


「ほんとつくづく愛想が悪いですこと。この冷血女」


「気に入られる気は端からないわよ。ゴマすりちんちくりん」


「ご、ゴマなんかすってませんわよ! インドアボッチ!」


「ボッチじゃないし。インドアでもないし、ハァアア!? ふざけんなって感じだわ。勝手に勘違いしてんじゃないわよ」


「あら、本当にそうかしらぁ? いっつもパソコンとにらめっこして、独りぼっちじゃありませんこと? 痛ましいですわー。びんですわー。お友達がパソコンだけなんて。だからそんなに冷たくなっちゃうんですわね」


「――――ッ!? あんたしっかり目がついてるわけ? バッカじゃないの? アタシには那夏がいるし!」


 絵里は隣にいた那夏の腕を引っ掴み、自らの手前へと置く。


「…………こ、こんにち……は」


「はい。ごきげんよう――――貴女とは対等な目線でお話できますから、親近感が湧きますわ。後ろにいらっしゃる毒蛇には、お気を付けあそばせ。とても性格がドぎついですわよ」


「…………あ、…………あそ?」


 那夏は聞き慣れない単語に、首を曲げる。


「気軽に那夏に話しかけないでよ。偽セレブ」


「別にセレブを気取ってるわけではありませんわッ」


にも『お嬢さま』みたいな態度と嫌みったらしい喋り方。ほんとムカツクわ。アンタみたいなりょうを鼻にかけて接触してくる人間は小さい時に何人も見てきたから、むしが走るわ」


 顔を真っ赤にして怒り出す羽衣。一度ヒートアップした女子の言い争いに、お互いの班の男性陣は何も言うことはできず。介入することもはばかられている状態だ。



「――――――――もー。そんなに目くじら立てなくてもいっしょー? はーい、うぃーうぃー。高い高ーい」


「ぶっにゃああああ!?」


 いきなり羽衣の両脇に差し込まれた手。

 ――そのままリフトアップされて、羽衣の体が簡単に舞い上がった。


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