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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
144/264

<14>

 石蕗つわぶき祈理いのりは、関原養成所とはまったく違う雰囲気の旧三鷹訓練所を好奇心が向くままに散策している最中だった。

 昨晩に終わるはずであった身体検査が、予定していたよりも長引いてしまい、関原の生徒たちは翌日に持ち越しとなっていた。更に異界で起こった数多くの想定外もあって、訓練所側は引き続き行う合同訓練のスケジュール調整に、時間を必要としていた。つまり――養成所の生徒たちは、一日限りの自由行動を許されていたのである。

 祈理は昼に検査が終了し、どこにも異常は見られず。養成所の生徒は全員無事だった。

 ただ、旧三鷹訓練所の生徒の何人かは、体調不良をうったえて明日に控えた合同練習を辞退するという……。

 身体の面で差は出たが、心に置いてはさほど違いは無かった。

 精神的に参ってしまい、双方の学校共に欠席せざるを得ない生徒が出たのだ。もしかしたら死んでいたかもしれない事態に直面したのだ……無理もない。

 ――代わりに、一年生が代役で来るらしいのだが。詳細は祈理も知らない。

 今は関原養成所の生徒のほとんどが、明日に備え、仮宿舎で待機している。

 祈理は与えられた自由を無為に過ごしては惜しい気がして、せっかく他の学校に来たのだから、校内を見て回るのも面白いと、一人で風景を楽しんでいた。

 訓練所とは違う制服を着て、歩いている女子はやはり目立つらしく。周囲から好奇の視線が集まる。それでも――祈理は知らん顔。この場で見られているのは『誰だか知らない女子』であって、養成所に居る時のような『完全無欠の石蕗祈理』などではないのだから……。

 見る目の種類が違うだけでこんなにも、心が軽いものなのだろうか。

 ――もし、転校することが許されるのならば、この訓練所が良いです。もちろんその時は東堂くんも一緒に。引きずっても連れて来たいですね。

 関原の方が、施設の規模は大きいが、旧三鷹は土地の方が広い。生徒のために作られたスペースはかなりの数がある。わざわざ作られた物ではなく、もともと公共の場所であった部分をそのまま利用しているように見えた。



 歩いていると何人もの生徒とすれ違い、時には男子生徒のグループに声をかけられ、遊びに行こうと誘われたが、祈理はやわらかく断る。ただでさえ目立っているのだ。これ以上長居すれば無用なトラブルを招きかねない。そろそろ仮宿舎に帰り時かと感じ、歩みを仮宿舎へと定め、戻り始めたとき。

 彼女の視界に、妙な物体が入り込んで来た。

 それは生徒たちの中に混じっていた一人だが、凄まじい異彩を放っている。


「……へえ。おもしろい。こっちの学校にも、変な恰好して歩いている人がいるんですね」


 祈理が見つめる先。その生徒は制服の上に、パーカーを着ていた。

 フードを被っていて顔は解らないが、スカートからして女子だと判断できる。

 普通のパーカーとは違って、なかなか特殊。

 ――――紫色のワニの形をしたパーカーであったのだ。

 異質な女子は、祈理が向ける熱い視線に、まったく気がついていない。


「……………………………………かわいい、です」


 思わず本音が飛び出た。腰の部分から飛び出た短いワニの尻尾をふりふり揺らしながら、祈理の前を横切り、生徒たちの中に消えようとしていた。


とうどうくんが好きそうな格好ですね。彼コスチュームみたいなの好きですから。ああいうのもきっと好きなはずです…………今まで考えもしませんでしたが、私がああいうのを着たら、東堂くんは喜んでくれるのでしょうか?」


 一瞬だけ、自分が着ぐるみじみた恰好をしている姿を想像して、祈理は『ないですね』と掻き消した。そんな恰好をしたら間違いなく周りの生徒から『とうとう、精神的ストレスが原因で石蕗祈理が壊れた』と勘違いされてしまうだろう。もしストレスの原因が後輩にして相棒リンケージ東堂宗二郎とうどう そうじろうだと勘違いされたら、他の生徒たちから私刑リンチを加えられ、布団できにされ、木に吊されてしまうかもしれない。


「あのパーカー、頭の部分はどうやって縫っているのでしょう。非常に気になります。…………継ぎ目全て、目立つようなどりい。継ぎ合わせるためではくて、わざとアクセントとして強調しているのでしょうか。尻尾と頭の部分、しっかりと形が保たれて……綿をつめている? できれば正面から見てみたいものです。もしかしたら……自分で作れるかもしれない」


 いつの間にか、校内見学からパーカー少女の追跡へと思考が切り替わっていた。

 頭を忙しく左右に振りながら、少女は何かを探しているような様子で校内を移動している。

 祈理は自分が後を付けているという自覚なく。純粋にパーカーを観察したいだけで追う。

 ――――みればみるほど、興味深い。

 もう少し近くで、と歩調を早める。すると何を思ったのか、パーカー少女はやにわに走り出し、手前にあった角を曲がって、姿を消した。


「あっ」


 祈理も小走りになって、少女の後を追う。数秒差で曲がった瞬間――。


「がおーぅ」


「ふぃゃ!?」


 走り去ったと思った少女が目の前で両手を上げて、祈理を迎えたのであった。

 まさか、待ち伏せしているとは知らず。祈理は小さく飛び上がり、心臓も一緒になって跳ねる。

 普段から、ていさいつくろうことに慣れていた経験から、一瞬で平静さを取り戻し、何もしていませんよとアピール。空を見上げ誤魔化した。

 しばらく続く沈黙。じーっと祈理を見続けた女生徒はようやく問いかける。


「なぜ……トラを追いかけたの?」


 追いやられた祈理は観念し、無礼な態度を取ってしまったことを遅れて謝罪した。


「す、すいません。付けるつもりはなかったのですけれど……その、服。可愛いなって思ってしまいまして」


 無言で口を『オーの字』にした少女は。


「このワニの良さ、わかる?」


「ええ。とても可愛らしいです」


「………………でれへへへ」


 フードを両手で下にさげて喜ぶ。仕草の方が可愛らしく見えてしまった。


「ほんとうに失礼いたしました。私……関原養成所の二年。石蕗祈理つわぶき いのりと申します」


「一年の……たつとらひめ。トラよりも、一個うえの学年。センパイだ。……しかも、違う学校のひとだ。着てる服が違う」


「ええ。いろいろあって、こちらの訓練所で合同訓練をさせて頂くことになったのです」


 へー、っと虎姫は、パーカーのポケットに両手を突っ込む。


「石蕗センパイは……戦うの。強そうだね」


「いえいえ。私なんか大したことありませんよ」


「ううん。強い――魔力の強さで言えば、この学校のトップクラスと、同じくらい。もしかしたらそれ以上」


 フードに隠れて目は見えないが、押しつけられるような視線を感じ、祈理は無意識に自分を守るための行動として、腕を組んだ。


「…………魔導師さん?」


「まだ試験兵ですけどね。でもどうして解ったのですか?」


「魔力の大きさ。凄くそろってて。綺麗に整えられた流れ。トラを付けて来たときも、背中にグイグイ押されてくるのを感じていた」


「………………へえ」


 ――すこし、言葉足らずな所はあるけども。この子。見た目以上にすごい。魔導師かどうかを言い当てるなど、普通の生徒なんかじゃできない。


「トラも……魔力の塊を操る刻印だから、よくわかる。魔導師じゃないけど、魔力の大きさがわかる」


「辰巳さんは、優秀な一年生なんですね」


「もう異界に行ったことある……雑用だけども」


 ――驚いた。旧三鷹訓練所のカリキュラムがどういうものなのかは知らないが、自分の学校と似ている事を勉強しているとしたら、一年生で異界訓練はずっと先のはず。ソレなのに、異界に行っているということは――訓練一等以上。………………魔導師だと見抜いた、先の台詞にも納得がいく。……どこの誰だろう。旧三鷹訓練所の程度が低いと言った人は。一年生で実戦投入レベルまで水準の高い人材がいるではありませんか。


「先輩……そんなに、このパーカー好きなの? ずっと見ている」


「実は、辰巳さんのを見て、作ってみようかなって思っちゃってます」


「すごい。縫えるの?」


「ふふ。こうみえても、裁縫は得意なんですよ」


「なんて偶然。トラもできる。ぬいぐるみとかも、作れる……。このシッポは、自分で作って付けた」


「すごいです。そんな風には見えないです。てっきりオリジナルのものだと思ってました」


「似たような、紫色の生地を探すの……大変だった。内界は物資不足だから、在庫を置いているお店が少ない。数も少ない。だから特別に頼んだ」


「それ、よくわかります! 私の住んでいる十八区も、品揃えが良くないのです!」


 学年も違う。学校も違う。だとしても思わぬ所で共通点があった二人は、裁縫話で盛り上がり、

 普段から会話量の多くない虎姫は、自分でも驚くほど喋っていたのに気づく。

 それは祈理も同じで、いつでも相手の心を読みながら言葉を選ぶ会話ばかりしていた。気兼ねなく話せる相手はとても少ない。

 関原では多くの人間と顔見知りであるが……自分をさらけ出し、心から話せる人間は数えるほど。更にそれが辰巳虎姫と同じ、一個下の後輩ともなると、たった一人だけ(東堂)。彼女とは、良い友人になれそうだ。


「石蕗センパイ。もし、これ欲しかったら……一枚、サイズ間違えて買っちゃったのあげる。運命の出会い。良き裁縫ソーイング仲間フレンドにプレゼントフォーユー。良さが解る先輩に、着て欲しい。クローゼットに仕舞いっぱなしだと、パーカーが可愛そうだから」


「ほ、本当ですか!? うれしいです!」


 背丈は祈理の方が高い。サイズに確かな差がある。……ふと、大きすぎて間違ったのか、あるいは小さすぎて間違ったのかという疑問が浮かんだ。これらの違いは大きい。

 どちらにせよ……好意でくれるというのだ。心から感謝して受け取らなければ失礼だ。

 思いも寄らないところで、遠征の『戦利品』を得ることになり。良い友達もできた。

 ――特に何かを期待していたわけではない祈理は、この学校に来て良かったと、素直に思うのだった。


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