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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
143/264

<13>

 その日――旧三鷹訓練所は朝から、一つの話題で持ちきりだった。

『隣のエリア……第十八区関原養成所の生徒が遠征に来ている』と。

 旧三鷹と関原の距離はかなり離れていて、軽く東京都を横断するほどの距離だ。

 別の生徒が訓練所から来るというのは珍しいことで、

 年に一回、訓練生たちの質を競う大会や、学園祭、そして今回のような不定期で行き来する遠征程度しか交流というものがなかった。

 噂の広まりは内容細かく早く。異界である第八区で実地訓練を行った際に上位種の異形が現れ、サイファーが討伐したという話。……その現場に生徒たちが居合わせ、関原養成所は学校側の許可のもと、実地訓練から遠征という形に、ゆくりなしに変更されたのだとか。話の出どころは、それらを体験したという旧三鷹訓練所の二年生。

 …………そして、どういうわけか、それらの生徒と行動を共にして、上位種の異形を倒したサイファーも訓練所に訪れているらしい、ということであった。


「お前達! 聞いたか!?」


 班部屋(チームルーム)の扉を叩き開けた真結良は、開口一番そういった。

 まっすぐ走ってきたため、少し荒い息。紅顔し輝いた目。やや興奮気味。

 感情が、そのまま表情と行動に表れているような態度であったが、問題児ノービス達の反応は薄かった。


「うーん。きいてないぜー」


「ハァ? なにその要領の悪い質問。七点」


「真結良ちゃん顔真っ赤っかだよ? 濡れタオルいる?」


「………………」


「――ひぅっ!」


「なにがじゃなにがじゃ。美味しい話か!?」


「黙れ。うるせえ。消えろ」



 ――誠は興味なさそうに返事し、

 ――絵里は返事するも食ってかかり、

 ――遙佳は話題よりも真結良の体調を気遣い、

 ――十河は視線すらも動かさず完全無視、

 ――那夏は扉の開かれた音におののき、

 ――エリィは身を乗り出して返事をし、

 ――蘇芳は声も聞きたくないと突っぱねた。



「ソレで何の話じゃよぉー。さっさと言うのじゃ」


 極度な感情の温度差がある中、何やら楽しそうな予感でもしているのだろうか。エリィはやけに食いつきが良かった。

 いたくご機嫌な真結良はフフフと含み笑いをして、


「いま、この訓練所に『関原訓練所』の生徒たちが来ているという話だ」


「なんじゃそら。美味しくも何ともないのじゃ……」


 興味を根こそぎ失ったエリィは自分の席に腰を落とし、机に小さなフニャっとあごを乗せた。


「セキ……バラ? どこそこ?」


 誠の返事に、絵里はすかさず説明を挟んだ。


「第十八区。もともと足立区だった場所よ。あと正確には『関原訓練所』じゃなくて『関原養成所(・・・)』ね。あまり大きな声で言うとバカ見るわよ。――今みたいに」


「…………む、ぅ。……ちょ、ちょっと、まちがえただけだ」


 その点についてはぐうの音も出ない。真結良は恥ずがりながら言い訳をして誤魔化し、長い髪の毛をいじくる。


「関原ねえ……そんな所に学校があったなんて知らなかったぜ」


「……あそこらへんの土地は大きな河川があって、内界外界ともに、防壁で河川をき止めた結果〝旧首都で一番地図が書き換わった場所〟の一つなのよ」


「おーおー、はくしきなこって。すげえすげえ。ついでに週末の天気も教えてくれると助かるな」


 絵里の説明にちゃ(ちゃ)を入れる蘇芳。絵里は気分を害し、蘇芳を睨んだ。


「なに草部。馬鹿にしてるわけ?」


「ああ。半分――な。ククク」


 蘇芳の言い方に、舌打ちをした絵里は相手の挑発に対し、深く踏み込もうとはしなかった。


「それになお前達。今日は関原だけじゃなくて、あの神乃(かんの)苑樹(そのき)がきているらしいんだ!」


 全員から――『だれそれ?』といった顔をされる。


「し、しらないのか? ファースト・サイファー。神乃苑樹。人類最強と言われた一人。…………救出された(ディセン)(バーズチ)(ルドレン)、第一号。お前達の先輩じゃないか」


 顔を見合わせる女子陣。

 男子の方は全く反応がなく。

 蘇芳はソファーに座ったまま、髪を掻き上げて言う。


「何を勘違いしているのかはしりませんがねぇ……。ディセンバーズチルドレンだからって、先輩後輩なんてものはねーんだよ、このバーカ」


「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは! お前は一言も二言も余計だ草部蘇芳!」


「あー。ソレについては我も同じ意見じゃなぁ。スオーの口は悪い。口から飛び出る半分は悪口でできているのじゃ」


「はいはい。ようですか……言われたくなけりゃあ、はなから無思考のままバカ抜かすんじゃねぇよ。バカコンビ」


「………………………………」


「ムキーッ!」


 怒りだしたエリィとは対照的に、真結良は無言で彼の言葉を流した。

 冷静に。まだ出会って間もないのだが、草部蘇芳は反撃すればするほど、つけあがる。ここは無視だ。我慢だ我慢。


「そ、そうか。興味が無いなら仕方がない。もしかしたらと思って、な」


 近くの椅子にゆっくり座る真結良。なおも蘇芳は彼女の動向を見ながら、


「何をヘラヘラしてんだよ。気持ち悪りぃな」


「ちょっと。草部君。その言い方はないよ!」


「はいはい。解りましたでありますよ。副班長殿」


「…………………………」


 そうだ。私はエリィ・オルタとは違って、短気ではないのだ。短気は損気。怒ったら草部蘇芳の思うつぼだ。


「ったく。本当にめんどくさいのが入ってきたな……大して強そうには見えねえし。そのくせ説教だけはファーストサイファー級ときたもんだ。口だけで異形を殺せるなら、谷原……お前は今頃、大英雄の勇者様だぜ。クックククク」


「むっがーッ。我慢ならん! 表に出ろ草部蘇芳!」


 思っていた以上に沸点の低かった真結良は立ち上がり、怒りに震える指をさし、草部蘇芳に宣戦布告した。わざと売り言葉を行っていたとしか思えない態度であったが、言われたままで黙っているのは、真結良のプライドが許さなかった。


「上等だ……その喧嘩。買ってやるよ」


「そうそう。やかましいから、喧嘩なら表でやってちょうだい。…………ほんっと呆れる。脳ミソ筋肉な人間が多過ぎるわ。この班」


「絵里ちゃん、そうやって挑発しちゃ駄目だって! ほら二人とも。ここは落ち着いて、冷静になって話そうよ。やわらかく。やわらかくね?」


 とにかく平和的解決を望む遙佳であったが、


「すまん遙佳。コイツはきっと――いや、絶対何らかしらかのこうせいが必要なのだ! その曲がりくねった性根を拳でたたき直してやる!」


「拳言ってる時点で、なんらかしらか(・・・・・・・)じゃねぇし。本当にエリート街道を歩いていた人間なのかよ。喋ってねぇでさっさと外に出ろ。腕力でオレをどうにかできる自信があるから言ってるんだろ。果たしてテメエなんかにできるかどうか。ククク」


「ああ。もちろんだ」


 真結良が前を歩き、後ろから蘇芳が付いてくる。

 彼を更生できる場所は――技能エリアしかないか。あそこなら訓練とかこつければ、喧嘩のようには見えまい。コレは怒りにまかせた罰ではないのだ。喧嘩ではない。……更生。彼の為の更生だ。ふっふっふ草部蘇芳め。目にも見せてくれよう。徹底的に打ちのめして足腰立たなくさせてやるぞ。生まれたての子鹿以下にしてくれる。うっふっふ。

 草部蘇芳もまた、ディセンバーズチルドレンだ。はくいたようなたたずまいと態度から、彼の力もそれなりにあるのだろう。…………市ノ瀬絵里と試合をした時のように、油断をしないようにしなければ。奴だって人間。技量や筋力にだって限界があるはずだ。相手は同じ人間同士。私にだって勝機はあるのだ。


「いつまでも問題児で居られるとおもうなよ草部蘇芳。私はお前に言っただろ。お前らの班長になるって。私はなんとしても認めて貰うつもりだ。認めて貰う中にもお前も含まれている。お前はきっと良い人間なのだ。ただちょっと人生の道から外れてしまっただけ。ほんのちょっぴりだけ、バッキバキに物理で(・・・・・・・・・)鉄拳修正(・・・・)すれば、きっとお前は驚くほどの真人間に――」



 ――――――カチャ。



 背後で音がした意味するところをすぐに察し、バッと振り返ってみれば、目の前には扉がしっかり閉じられた状態。草部蘇芳は居なかった。


「ななぬぁ! 鍵だとぉう!? きっ、貴様ずるいぞ! なんだそれは! こ、こんな手に引っかかるなんてぇ……どこまで私を小馬鹿にすれば気が済むんだ貴様は!」


 見事に閉め出しを食らった真結良という構図が出来上がっていた。

 凄まじい速度でドアノブをぐりぐり回転させてみるが、やはり鍵が掛かっていて反応無し。扉の蝶番はてこも動かない。


「ハッ! つくづくバカ女だなテメエはよ!」


 ドアの向こうから好き放題言ってくる蘇芳に、真結良は怒りと、結果的な恥ずかしさと、自尊心を傷づけられたショックとで、顔どころか耳まで熱くなった。


「開けろ! 今すぐ鍵を開けろ草部蘇芳! くぬぬ……よくも、よくもこんな……しゃくな子供だましを!」


「その子供だまし(・・・・・)に引っかかったのはどこの誰だよ。この薄らマヌケ女。そこでずっとキャンキャン鳴いてろ」


 部屋の中で遙佳が説得する声が聞こえてくる。

 真結良はただ、悔しさに下唇をぐぐっと噛んだ。



「あのー」


 扉とにらめっこしていた真結良のすぐ横で、誰かから声をかけられるも。いまは対応しているだけの精神的余裕はなかった。彼女の顔は正面の扉から動かない。


「なんだ! 今取り込み中だ! ………………こ、こうなったら、かくなる上は最終手段。刻印を使ってドアごと吹き飛ばしてやろうか。いや、そんな事したら校則違反になってしまう。…………もっとささやかに、やんわりと。ドアノブを思いっきり冷やして叩けば、鍵が砕けるやもしれんぞ。それだったら事故に見せかけられるやも知れん。それか、氷の柱を作れるくらいだ。氷のじょうつい……は、やり過ぎか。扉どころか力加減を間違えれば部屋ごと破壊してしまいそうだ。中には何の罪もない仲間もいるのだ。落ち着け私。…………もっとスマートに。氷のバールを作ってこじ開ければ――って、そんな器用に形作るなんて、私に可能だろうか…………ぶつぶつ」


「えっとぉ、谷原……さん? なにをやってるの?」


「見てわからんか。閉め出しだ! ――こら! いつまでやってる。いいかげん開けろぉ!」


「…………あはは。本当に谷原さんの所の班は面白い事やってるね。うちにもそんなユーモアがあればいいんだけどなぁ」


 失礼な奴だ。さっきからお前は誰だと、悔しさでいっぱいの真結良が振り返った先。

 その人物は片手を上げて挨拶していた。


「どうもでーす」


「お前は…………君だったか、浜坂檻也」


 ニカッと歯を覗かせて敬礼した檻也は、しーっと真結良に黙るよう言い聞かせ、ここはボクに任せてよと、青髪のポニーテールを揺らして扉の前に立った。


「こんにちわー。浜坂檻也でーす。十河君居ますかー?」


 まるで友達の家に来た時の台詞を吐きながら、檻也はノックをする。


「ほら、草部君。もう鍵開けて!」


「うっせーな。バカ女が居るかも知れねぇだろ」


「バカ女だったら、もう居ませんよー」


「…………………………………………………………む、ぅ?」


 ――ちょっとまて。いま、さらっと酷いことを言われた気がした。


「ボクは十河に用があるんですけどー」


 しばし無言が続き、鍵が開けられ扉が開く。

 すきかぜが入る程度に開いたドアから、真結良が飛び込んだ。


「オォオオ!? 真結良ちゃんって、けっこう執念深いんだな」


 開き、押し込まれた扉にぶつかって、誠がよろけた。


「貴様! 草部蘇芳! 散々馬鹿にして――ゆるさん!」


「まーだああだこうだ、ほざいてんのかよ。うるせー女だな」


 まったく悪いことをしたと思っていない蘇芳は、ただ相手の反応を見てニヤつく。

 間に入って遙佳はなんとか治めようとする。



「…………あんた、間宮に用があるんでしょ。さっさと入れば」


 入り口の近くの椅子に座り、ノートパソコンを開いていた絵里は、入り口で立ちっぱなしの檻也に声をかけた。

 用はあるのだが、部屋の中はいまとんでもない言い争いを始めてしまっている。というか口だけでは収まらなそうな……今にも手足が出てしまいそうな勢いだった。とても面白い。

 どんな展開になるのか、このまま観ていたいのだが……十河に会いに来たというのは本当だ。


「それじゃ、おじゃましま――、わー、十河ぁ。昨日ぶりー。――――ブッフ!?」


 両手を広げて抱きしめに掛かる檻也の顔を、手で塞いで進行を止める。


「昨日は眠かったから抵抗できなかっただけだ。そう何度も抱きつくんじゃないよ」


 そもそも、そういったスキンシップを好まない十河からしたら、檻也の考えていることが理解できなかった。


「何の用だ、檻也」


 檻也は、真結良と蘇芳のやり取りが気になるのか、面白そうにそわそわ横目で見ながら、


「十河は、明日ヒマ?」


「――もちろん、ヒマじゃよ?」


「…………………………エリィ。なんでお前が返事してんだよ」


「どうせヒマじゃろ? ちょっと体動かすこと以外、なんもしとらんのじゃから」


「…………………………ハァ」


 めんどくさそうな溜息。


「で、オレの時間が空いていたら、何をするつもりなんだ?」


 まだ何も言っていないのに、キラキラ顔を輝かせた檻也。


「明日なんだけど、いま関原の人が学校に来ているんだけど。先輩方に混じって合同訓練に参加させてもらえることになってさぁ。ボクらの班が一年の代表として参加しなくちゃいけないんだ。……そこで十河。よかったら一緒にいかない?」


「なんでそんな訓練にオレが出てくるんだ」


「実は練習相手が九人で、こっちが人数合わせなくちゃいけなくて、ボクら六人しかいないから、あと三人必要なんだ。ボクが連れてくるって言っちゃったから、どうしても十河が必要なんだよぉー。えにしだって『お前が好きな人間を呼んでくれば良い』って言ってたし。だから一番好きな十河の所に来たってわけ」


われも十河がすきじゃよーぅ」


「チッ、暑苦しいからはなれろって」


 腕に絡みついてくるエリィを押しやり、十河はまったく乗り気じゃない。


「おねがーい。十河ぁ。一緒に訓練しよ? 昔みたいにさぁ」


「………………」


 檻也はこの通りと、両手を合わせて拝む。腕を組んで考えあぐねている十河に対し、

 いつの間にか言い争いが収まっていた真結良は、彼らの話を聞いていたらしく。


「なんてうらやましい。私だったら間違いなくオーケーしているぞ間宮十河。………………関原の人たちって『魔導科』という学科があって、実力があるという。……そんな誘いを聞けば、みんな訓練に参加したいって、答えるに決まっているぞ」


 本当に羨ましそうな顔をしている。つくづく物好きな女だと十河は思う。

 ――誘われているのはオレだ。谷原じゃない。参加したいなんて思うのはお前くらいだ。訓練がどういうものかは知らないが、やる気はない。

 だけどあえて、羨ましがる真結良の目の前で、

 檻也の誘いを受けてやろうかと―― 十河はかなり意地悪く考えていた。


「――――わかった、やってやる」


 明日はパチンコ玉の豪雨になるかもしれないといった表情が、全員から浴びせられる。たいを第一とする間宮十河が積極的になるなど、まずあり得ないと思っていたからだ。


「………………なんだよ。オレが参加しちゃ悪いのか?」


 眉を寄せて全員を見遣る。

 ――どうせ、訓練と言っても対したものじゃないだろう。適当にやっていればいいさ。


「ほんと? アリガトォ、十河ぁー」


 隙あらば抱きついてこようとする性格は、もはや病気であると、十河は檻也の頭を掴んで押さえた。部屋の奥で、いいなぁと口を尖らせてブツブツ独り言をいう真結良。


「………………………………」


 十河は心の中で、ちょっとした優越感を憶えた――のは数秒だけだった。


「実は、谷原さんも招待したいんだよね」


「――――え、いいのか? ほんとにいいのか!?」


「うん。なんかウチの班のリーダーが是非とも、谷原さんも誘ってきて欲しいってさ」


「――――な!?」


「楽しみだ……うん。実に楽しみだ……ふふー」


 お礼を述べ、ゆっくり席に座る真結良。冷静になろうとしているようだが、顔が嬉しさでぐしゃぐしゃになっていた。反対に今度は十河の表情が歪む番だった。



 ――『いいこと? 十河。イジワルというものはね、イジワルした分だけ、自分に返ってくるものなのよ? だから気を付けなさいよ? 〝イジワルは帰ってくるものなのです〟はい、十河、復唱だよ!』



 ……少し、昔のことを思い出した。今は居ない、大切な人から言われた言葉。

 まさか、こんな所で現実の物になるとは、思ってもみなかった。

 いまさら、やっぱりやめだと言えるはずもない。


「浜坂の班って、一年の中じゃ別格の存在として扱われているんでしょ? そんな大事な訓練に、この班の人間なんか誘っていいわけ?」


 パソコンを操作する手を止めた絵里。彼女が言いたいことは、一年では知らぬ者が少ないほどの『神貫班』に、一時的ではあっても底辺の扱いを受けて居る『問題児ノービス』の人間を組み込んでも良いのか――そんな事をしたら、自ら班の評判を落とす結果になってしまうのではないかと、そう問いかけたのだ。


「うーん。ボクらはそういうの全く気にしていない様子だったけどなぁ………………いや、一人だけ市ノ瀬さんに少し思うところがあるようだけども」


 絵里も何かを察したらしく「あぁ」と、言われるまで失念していたその人物像を頭に浮かべた。


「それって『ドリ子(・・・)』のことじゃろ」


 名前を言わずともすぐに誰のことであるのか解ったエリィは口にする。


「あはは。エリィったら、またそういう事を……でも、その人物で正解だよ」


「ドリ子は、あいも変わらずドリドリしとるんじゃろ? オリヤン」


「…………そうだねぇ。エリィの言ってることを、ボクが理解しているのなら。うん。どりどり(・・・・)してるね」


 話題の人物を思い出すと、溜息しか出てこない絵里は、


「アタシを見るたび、あの女はすぐに難癖つけてくるのよね。大した度胸もない癖に。…………うっとうしくもあるけど、からかうにはうってつけの女」


 ――浜坂の班にいる人物とは、よほど因縁深い何かがあるのだろう。真結良はそう思い、因縁もなにも市ノ瀬の場合、性格的な部分で多くの敵を作っていそうである。それにしても普段からやる気ゼロの間宮が参加したことには驚いた。もしかしたら何か企んでいるのかもしれない。

 難しい顔をしている真結良を、檻也は心配そうにしているものだと勘違いする。


「大丈夫。基本的にみんないい人達だから、決して嫌な思いはさせないよ。……もし、十河の事を悪く言うんだったら、ボクが注意するよ」


 薄い胸板を張って、檻也は自信ありげに確約してみせた。


「…………えーっと、十河と真結良ちゃんで二人だろ? あと一人はどうすんだよ」


 指で数えるまでもないのに、演技っぽく人さし指を向ける誠。

 そこへ、思いも寄らない人物が、黙っていた口を開いた。


「あと一人、足りねえんだろ。……だったらオレも一枚噛ませてもらうぜ」


 予想だにしていなかった発言。ソファーに寝そべる蘇芳に全員が注目する。


「ああ。君は確か――草ナベくん?」


「草部だ。このスカタン男女」


 舌をだして、肩をすくめた檻也。


「あはは。ごめんごめん。草部君。来てくれるなら、ぜひ参加してよ」


「――アンタ、本当に出るつもりなの?」


 絵里の表情は、あからさまな不安をもって蘇芳をじっと見つめる。


「別にひっかき回そうなんて、思っちゃあいねえよ。関原養成所や、コイツの班の実力がどれほどなのか確かめてやる為に出るんだよ」


「すごい自信だねぇ。期待しちゃうなぁ~」


 予定よりも早く、メンツが集まったことに、檻也も嬉しそうだ。


「…………………………………………」


 彼の楽観的な思考とは対象的に、十河は落ち着かなかった。

 ――あしまといの優等生。

 ――常識知らずの戦闘狂。

 コレは、一波乱ありそうな気がすると、心の底で思い。

 よりにもよって、好意的に思っていない二人と、一緒に訓練をしなくてはならないなんて……。

 下らない謀略イジワルの為に余計な返事はするものではないと、改めて学習したのであった。


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