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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
141/264

<11>

「お久しぶりです。岩見さん」


 神乃苑樹は岩見大悟に向かい、形式などではなく、敬意を込めて敬礼をした。

 彼もまた、同じように返し、気を緩めた微笑みを見せた。

 窓の外は暗く、部屋の光景だけが反射している。

 岩見大悟の部屋はどこにでもあるような、執務室のような部屋だ。

 大型のデスクが窓際にあって、近くには電気ポットと湯飲みなどが並ぶ。入り口には書類が入っているであろう本棚。部屋の中央には対面式のソファーと背の低い机。


「本当に、久しぶりだねぇ。元気そうで何よりだよ。苑樹くん」


 二人が最初に出会ったのは――異界の中。

 まだ人が生きているのかも定かではない世界で、岩見は彼を見つけた。

 全身、傷だらけになりながらも、たった一人……少年は救助された。


「さっき報告を聞いたんだけど〝ヨンク〟を倒したって?」


「…………はい」


「すごいねぇ。ほんとう君の功績には、いつも驚かされてばかりだよ」


 少年は歳を重ねて青年となり、大きすぎるほどの存在へと成長した。

 岩見はこんな未来を想像だにしていなかった。

 まさか、帰還した少年が自ら志願して、異形を駆逐する兵士として異界におもむくなど。あのころ誰が想像していたであろうか。


「…………いえ。岩見さんに比べたら、オレなんてまだまだですよ」


 普段の彼ならば、絶対に言わないけんそん。…………彼の場合、控えめに言ったのではなく、本心からそう思って言ったのだった。

 岩見大悟は、神乃苑樹にとって、命の恩人であり――途絶えかかっていた自分の人生に、橋を架けてくれた人物だ。故に彼の存在はあまりにも大きい。生涯を賭しても、彼を超える事はできないかも知れないと、苑樹は思っていた。

 力の差ではない。能力や実力など……そういった部分で比べているのではない。

 あの異界に……恐れもせず、人を助けるために。生きていると信じて入ったその心の強さ。

 現在、異界は一定の区域であれば当たり前のように行き来できる。生息している分布図だって作られてきている。常に書き換えられてはいるが、地図だってある程度は使用できる程度に、調査は行われている。



 ――あの時、オレら内部の人間と、外で何もできない外部の人間は、たった一枚の結界で隔てられていた。

 その結界は、ある〝ゲーム〟によって仕掛けられたもの。

 今では人類を守った九つの結界の内の一つであると、勝手な解釈をされているようだが、

 アレは違う……アレは刻印を奪い合うために、中の人間を誰も逃がさないために作られた〝巨大な檻〟だ。異形の進攻によって消滅したのではなく、ゲームの終わりによって自然消滅したに過ぎない。

 結界がなくなったあと、最初に踏み込んだのが岩見さん率いる隊だったという。

 オレには想像ができない。何が起こるのか想像もできない異界の中……その第一歩。人類にとって完全なる未知の世界に踏み入る気持ちが、どのようなものであるかなど。



 今でも、会うたび、彼の目を盗んでは、左足を見てしまう。

 オレを助ける為、異形によって食いちぎられた足。

 彼は自分の足を失った直後でも『行け、振り返らず走れ』とオレを逃がしてくれた。

 自分ができる恩返しがあるとしたら、たった一つ。

 ――この狂った世界を修正し、異形を一匹残らず闘滅すること。

 世界を救うためであるのなら、オレは何でもしようと、心に決めているのだ。


「お茶しか出せないけど、いいかい?」


「……オレ、煎れますよ」


 立ち上がった苑樹に、岩見はいいよと座るようにうながす。


「今では、君の方が上官になるんだ。ちゃんともてなさなきゃ大変だ」


「――かんべんしてください」


 少し困った様子で苦笑い。冗談だと解っていても返事に困る苑樹。

 香り立つ日本茶の匂い。異界に居る時は贅沢は言えない環境にあるため、異界から戻った時―― 一回目の食事と飲み物は、味の深みが身に染みる。

 待つと言うほど長くはない時間で岩見は湯飲みときゅうを机に乗せた。


「はい。どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


 小さく会釈して湯飲みを受け取る。

 岩見大悟の前では、普段の苑樹はなく。

 他の人間たちが聞いた事のない言葉のオンパレードだった。

 二人は無言で一口飲んで、ひとときの隙間ができた。


「…………いま、苑樹くんは、いくつになったんだっけ?」


「二十三に、なりました」


 お茶を飲みながら、岩見は額によこじわができるくらい眉を上げる。口内にあったお茶を、すぐ喉に流し込むと、


「そうかぁ……もう酒が飲める歳か。…………早いものだ。時間が経つってのは、本当にはやい。機会があれば飲みたいものだ。君がよければ、だけど」


「はい。オレなんかでよければ、是非よろしくおねがいします」


 噛みしめるように呟いた岩見は、動かせる右足の指を、靴の中で曲げ伸ばしした。


「実は、この学校にも、ディセンバーズチルドレンの後輩がいるんだよ」


「…………べつに、オレらは単純に生き抜いたってだけで、上下関係なんかありませんよ。岩見さん」


「そっか、そっか。僕にとっては同じに見えてしまってねぇ。……ディセンバーズチルドレンといえば、最近ブラックボックスの動向がわからなくてね。保護されているディセンバーズチルドレンが訓練所に配属される内容について、苑樹くんは本部で何か聞いた事はあるかい?」


「――いいえ。何も」


「なんでも、保護された子供たちは一度、内界の本部が管理している施設に移され、一般の子と、ディセンバーズチルドレンの子供と振り分けられて配属される学校を指定されているらしいという噂を聞いたことがある。だからこの訓練所はディセンバーズチルドレンの数が少ないんだ。きっとどこかの訓練所は極端にかたよりが出ているはずだ」


「………………初耳です」


「本当にあるのかどうか解らないが、刻印を持った人間を集めた『収容所』らしき施設もあるという噂がある」


「それに関しては、オレも聞いたことがあります。刻印や魔力を使って罪を犯した……死刑囚。兵士ではなく、囚人として異形を倒すことで減刑されるとか…………かなり無茶な話ですけど」


 岩見は湯飲みを手で回しながら、今日あった出来事を語り始めた。


「…………実は、この訓練所でも、おかしな事が起こっていてね」


 ひっかかるような言い方をする岩見に、苑樹は少しげんそうに目を細めた。


「どうやら、トレーニングスーツをコントロールした人間がいるらしいんだ」


 岩見の言葉に、苑樹の手が止まる。


「訓練所に――ですか? 魔導科がある学校の人間でも、一級魔導試兵レベルの人間でも無い限り、あの魔術に干渉することは難しいのでは?」


「うん。その通りだ。タダの悪戯いたずらにしては、あまりにも手が込んでいる。……それに、一人死人がでている。トレーニングスーツをコントロールした犯人と思われる生徒だ」


「自殺……ですか」


「いや、死体はここからさほど離れていない場所で発見され、ただ死に方が少し……いや、かなり異常だったんだ」


 岩見はデスクに備え付けられている鍵を使ってロックを開け、中から薄いファイルを取りだした。苑樹は無言で受け取り、中を確認する。入学前に作られた生徒の登録情報だった。

 パンドラクライシス前に住んでいた住所。名前、年齢、身長、体重。……刻印の適性検査で弾き出されたデータ。学校の成績などなど。

 最後の方は、写真だった。死体が発見された直後に撮影された現場を切り取ったもの。

 素人が見ても異常な死に方だった。手足や骨がどの部分の物であるのかさえも解らない。医学はさほど知識の無い苑樹には、壮大にぶちまけられた血肉程度にしか見えなかった。

 普通の人間が見れば、気分を害するようなものだが、その点においては十分な耐性のある苑樹は、じっくり見て。


「コレをやった人間がいるわけですか……」


「人間かどうかは解らない。もしかしたら異形の可能性だってある」


「オレは人間であって欲しいと願ってますね。…………もし人間だとしても、魔導……いや『魔術師』が犯人であり。異形であれば、わざわざ表に出てこないで人間を使って何かをしようとしたことになる。つまり知識を持つ者……『ウィザード級』の可能性がある。それもこの魔力の薄い地区で活動できる存在。最悪の可能性です」



 魔術師と魔導師は同じ意味合いがあるのだが、

 ブラックボックスにおいて正式に認められた魔術師を、

 ――『魔導師』と呼び、それぞれ分けられていた。

 これら二つに分けるのは意味合いがあるあって、

 魔導師は『魔術を用いて、人々を導く資格のある者』としての意味合いを持ち、

 魔術師は『魔術を使う、その存在を認められていない者』

 つまり、人類の敵である者を指すために使われている。



 言葉遊び程度の呼び方であるが、敵と味方を明確にすることで、共通の魔術を使っているという認識を和らげる効果があるのだろうと、苑樹は勝手に解釈していた。


「……訓練所は、普段通りに授業が執り行われているけど、本部から七課と十一課が来ているんだ。生徒の死体はもう回収されている」


 七課は黒服の集団。異界を含まない人の住んでいる内界地域の調査や、異常事態に派遣される、いわば警察のような存在。十一課はそれら七課から派遣される集団をコントロールする役割を持っている指揮系統である。


「この生徒が犠牲者なのか、当事者なのかは解りませんが、異形であれ人間であれ、第三者がいるのなら、コレだけのことをやった存在だ。きっとまた起きるような、そんな気はします」


 思ったままの勘をそのまま岩見に伝える苑樹。ファイルを返して難しそうな表情をする。


「僕も同じ意見だ。本部の人間もしばらく滞在するということだから、しばらくは賑やかになりそうだよ」



 事件の話とは他に――訓練所の滞在許可と、空いている男女別の兵舎を借りる許可を貰い、苑樹は切りの良いところで、話を終え部屋を後にした。

 時計を見れば、一時間以上が経過していた。思っていた以上に長い時間を過ごしてしまったらしい。


「あ、隊長。おつかれさんっす――ズズ」


「ズズズルズルズルズッズル」


「長かったですね。大尉(センパイ)、元気でした?」


「神乃くんの分もあるわよ。たべる?」


 建物を出て歩いた先にある休憩広場。

 ずっと待機状態だったメンバーは嫌な顔一つせず、待っていた。


「お前ら……なにやってやがる」


 ただし、彼らは並んで背の高い花壇に座り、インスタントラーメンをすすっていたのだった。


「何って、晩飯っすよー。昼から何も食ってませんもん。学校側に何かあるかは知りませんが、基地と学生寮の間にコンビニあるっていうから、佐奈香ちゃんと俺で買い出しに行ってきたってわけっす」


「適当に好きに買ってきてって一万円渡したら、がっちり一万円分の食料を買ってきちゃったよ。いやー。恐いねぇ。最近の若いのは恐いねー。僕らだけじゃ食べきれないでしょ。飲み物だって、何リットルあるのよこれ。もうおじさんは食べられませんよ」


 冗談なのか、本当なのか苦笑いをする加藤は足下の袋、三つぶんを指さす。


「実は、インスタントラーメンって私、ぜんぜん食べたことがなくって……そもそも異界を除けば、地べたでご飯食べるのも生まれて初めてかもしれないわ。すごく新鮮」


「ま、まじっすか副隊長。驚きっす。俺なんか友達(ダチ)つるんでよくやってたっすよ? 中学の時とか夜中にワイワイ騒いで警察呼ばれるとか、よくあったっす。今思えばバカだったっす。もしかして副隊長って、イイトコの人っすか?」 


「ううん。普通かな。うん普通の家庭よ」


「…………へえ。ぜんぜん信じられないっすね。ちなみに一軒家に住んでたんっすか? マンションッっすか?」


「うん? それは、どの家? 都内にいくつか、地方にも別荘以外にもあったから……ほとんどは一軒家だけど。マンションもいくつか……」


「「ぜんぜんふつうじゃないしィー!?」」


 仙崎と佐奈香は見事に声を合わせて、背筋を伸ばし叫んだ。

 三人の会話など興味なく、苑樹は無言で袋の中身を物色していた。


「――――チッ、ほんとうにセンスねえな」


 一人、両手に掴んだ食べ物を交互に見て、聞こえないように呟く。


「お前ら、湯はどうしたんだ?」


「バッチリあるです。さっき近くの女子寮の生徒さんから借りてきたです」


 佐奈香は空間に手を突っ込んで、電気ポットを取り出す。


「さっすが四次元ポケット刻印の佐奈香ちゃん。異界探索の食料担当(ライフライン)。その刻印、マジ便利っすよね」


「佐奈香ちゃん言うな…………隊長、食べますか?」


 任務以外で――刻印の使用など論外だと、本来ならば注意程度にすませていたことだろう。


「……………………」


 だが、苑樹は怒ろうともせず。黙ったまま彼らの並びに加わる。

 たとえ、人類最強であろうとも――空腹には勝てないのであった。



 少し遅めの食事をはじめた苑樹。

 もし人気のまだある夕刻ならば立場上、場所を避けていたかもしれない。夜間にわざわざ広場を通るような人間はいるはずもなく。彼は気にせず食べ進めた。

 加藤はタバコに火を灯す。


「…………加藤さん。ここはタバコだめです。学生さんのエリアです」


「あ? そうなのー? 知らなかったなぁ。林藤くん、ほんっと目配り気配りができるね」


「そ、そうですか?」


「ですですー。……君みたいにちゃんとしたサイファーが居るから、僕らは一つの班として纏まっていられるんだよ。すぅーーー、はぁーーー」


 話をしながらも、加藤はタバコを吸う手を止めない。


「確かに、学生エリアでタバコはダメだ。しかも灰皿がないなら尚のことだめだ」


「その通りです。加藤さんは大人です。マナーはマモです」


「さすが、大人の女性は違うなぁ……なんていうの。こういうの、気品ってやつ?」


「おぅ。そんなことまともに言われないです。そんなの無いとおもってますから」


「んなことないよ。そりゃあ周りの見る目がないだけだよ。すーーはーーー。そうだ、林藤くん」


「はい?」


「もったいないからコレ一本だけね?」


「し、しょうがないです」


 佐奈香と加藤のやり取りは、加藤の言葉で佐奈香が折れてしまう。いつもの光景。


「…………………………………………………………。なんだそれ、くっそチョロイっす」


 そして、二人に聞こえぬよう毎回、仙崎がつっこみをいれるのだった。

 古都子は加藤に合わせたわけではないが、ポケットからココアシガレットを取り出して口に咥えた。


「ねぇ。神乃くん。私たちって、本来三日間の異界演習を行う予定だった……」


「…………ああ」


「でも、思わぬアクシデントが起こって、演習は中止になったわよね?」


 ――回りくどい。苑樹は食べ物を飲み込みながら、一緒に文句も胃に流し込んだ。


「本来だったら、三日で行われるはずだった演習がぁぁ。一日で潰れてしまったと言うことはぁぁ…………」


 仙崎は胸を膨らませワクワクした様子で、まばたき多く。

 苑樹から言ってくれる言葉に期待をしていた。


「…………残り二日は、やることが無くなったから、自由行動になるだろうな」


「――――いぃやった! オフ(休日)っすー。オフ(休日)っすー」


「いぇいいぇいおー」


 佐奈感も棒読みで喜び、意思の疎通を図るかのように二人はハイタッチをした。

 彼らのはしゃぎっぷりを隣で見ていた古都子はクスクス笑いつつ、自分自身も嬉しそうだった。


「…………だが、オレらは残りの期間、訓練所で過ごすこととする」


「――――どぅうっぷ、っす」


 不満と文句を言いそうになった仙崎は、喉元から出かかって素速く両手で口を塞いだ。


「ぶぇええー、ぶっぶえぇ!?」


 佐奈香は本能のままに反発するが、理性が『文句をいっちゃいけない』とストッパーをかけたために、奇妙な悲鳴になる。


「へえ。そーですかい。…………で、その心は?」


 苑樹が言うからには、なんらかしらかの意味があると解っていた加藤は、特に驚きもせず、煙を口から吐き出した。


「残り二日はオレの独断での滞在。本部から指示が無い限り、表向きは引き続き行われる関原養成所の遠征のサポートを行う予定だ」


「表向きは、ねえ」


 加藤はもちろん、何故かを話してくれるんでしょうね? と目ざとく本来の理由が語られることを待つ。


「数日前……この学校で生徒が一人死んだ。写真を見た限り、十中八九――『魔術師』が絡んでいる」


「それって、たまーに内界で暴れているテロリストの仲間とか――一部のエリアにいる反勢力がいるって事っすか? ああいう連中も魔術師が絡んでたりしてるっすよね? 内界で起こっているいざこざの処理って、対人部隊の執行機動隊《第八課》とか、内界専門の第七課《黒服》が担当するはずっすよね?」


「あるいは、仙崎君がいま言ったのとは別の存在。……上位種(・・・)の異形。ですかね?」


 答えを早めた加藤。苑樹の沈黙がその通りであるという証において他ならなかった。

 メンバーは押し黙る。それぞれ考えていることは似かよっていて、残りの滞在期間中――ヘタをすれば異界任務よりも厄介になりそうである、という認識で無言の一致を果たした。


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