<10>
「だぁっは! ようやく帰って来れたぜ我が家! 腰いてぇー」
途中休憩も無い車移動を経て。児玉英二を含めた、二年生の試験兵がようやく、旧三鷹訓練所に帰還した。陽は半分暮れていて、他の生徒もわらわらと車から出てくる。
「今日は散々だったなぁ。なんかドッと疲れたわー」
腰を捻りながら英二がぼやき、
「でも、まだ帰れないよ?」
「なんで? どしてだよ?」
「エイジ、話をちゃんと聞いておきなさいよね。このあと参加した試験兵は一斉検査だよ。訓練所の医療設備はそれほど大きなものじゃないから、全員調べるには時間掛かるかも」
「まじかよー、ちょっと歩けば寮に帰れるってのにさー」
英二は恨みがましく紫色に染まった夕空を見上げた。
「関原の連中も一緒なんだろ? そもそもどうして検査なんかするんだ?」
「わかんないよ。ハルミはしってる?」
「………………さあ? 俺もしらない。…………恐らくだが異界に入った事で、人体に影響があるかどうかの初期検査みたいなものじゃないか?」
「さすがハルミ~。解らないだけでは終わらないところが、頭の良いところ」
「別に大した事じゃない。変なところを褒めるなよ……」
そう言いながら、あかりに言われた事で、晴道は少し頬が赤くなる。
「ハルミったらぁ、顔が赤いでございますよー」
「茶化すな英二……」
そう言いながら英二の肩に、強めのパンチを入れる。
――ただ、嬉しいのは本当だった。
「あ! 一穂ぉーッ!」
あかりが呼び止めたのは、自分の荷物を背負い、大事そうにノートを抱えた金平一穂の姿であった。一穂は軽い足取りで、あかりの前に立つ。二人は友達同士で、休日にも遊びに行くような関係であった。
「ねえ、二人とも知ってる? 一穂ってば、一人抜け駆けして、神乃隊長のサイン貰ってきたんだよ」
「………………ほう。それはまた。大胆な」
「へえ! 金平ちゃん、すげえすげえ。みしてみして」
全く興味のない……しかし良くサインなんかもらえたなと、感心する晴道。
興味は無くとも、単なる好奇心で見たがる英二。
恥ずかしそうにノートを開く一穂。
そこには、綺麗とも汚いとも当てはまらない――つまり普通の『神乃苑樹』という字が書き記されていた。
「…………か、家宝にするよぅ」
「大げさだなぁ、一穂は」
「だってだって……ずっと、ファンだったから。副隊長の人が居なかったら、もらえなかったかもしれない」
嬉しさ抑えきれない一穂は大切に、両腕で優しくノートを抱きしめる。笑みがこぼれ過ぎて溢れかえっている状態だった。
「……神野隊長はアイドルかよ。おれは副隊長のサインの方が良い」
「人好き好きだ。別に良いだろ。まあ、お前はそっちだろうな。当然……」
男子陣はすこし理解に苦しむようで、なかなか共感できないようであった。
「一穂、この後どうせ検査するんでしょ。一緒にいこ」
「うん。いいよぉ」
「…………………………なんだそれ。まるで連れショ――」
「やめなさい。お前は。ほんっとデリカシーのない」
ぴしゃりと英二の言葉に蓋をする晴道。
「ふふ。それじゃ私、いったん班の方に戻るね」
立ち去ってゆく一穂に手を振るあかり。
晴道に注意をされても、特に何も感じていない英二は、周囲に視線を移した。
まだ次の指示が出ていないので、生徒たちは話をしたり、真面目な生徒に至っては、班で集合し今日学んだことを再確認しているところもあった。
中には、関原養成所の生徒と交流しようとしているグループもいる。
「…………あ、あの子」
英二は探していたわけでもなく、意識しないまま目に入ってきた。
訓練中、神乃班のメンバー加藤丈典に対し、ただ一人質問をした生徒。
――『魔導科』と言っていたから、その単語と可愛さだけは印象に残っていた。残念ながら名前までは覚えていない。
「こらエイジ! また女の子みてたの!?」
頭を叩かれて振り返れば、むくれるあかりの姿。
「べ、べつに見てねえって…………あ、ほら、あれ見ろよ。神乃さんたちじゃん」
なんで他の女子を見る度にあかりに怒られなくてはならないのかと、晴道とはちがう理不尽な扱いを不服と感じながらも、誤魔化しに掛かった英二。
そこへ偶然にも気を逸らす材料が現れてくれたものだから、これ幸いと指をさした。
ちょうど、一穂と話していたために、話題としては十分だった。
「――金平ちゃんが向かっていた場所とは真逆か。……惜しいことをしたな。金平ちゃん」
今となっては、見慣れてしまった神乃苑樹を含む五人のメンバー。最初の時のような衝撃こそなかったものの、やはり姿を見るだけでも緊張してしまう。生徒たちに用があるわけではないらしく。足早に施設の方へと消えていった。
「訓練所に用でもあんのかなぁ?」
「さあ――どのみち、俺たちには関係のないことだろ」
ドライな意見を繰り出す晴道とは逆に、あかりは少し興奮ぎみに、
「明後日の訓練も来てくれるのかな?」
「ファースト・サイファーなんだから、いつまでもおれたちの相手をしてくれるわけないじゃん。前線でやることいっぱいあるんだろうしな。それに明後日のは急遽決まった訓練だから、居ないんじゃないかなぁ」
「だよねぇ……残念だなぁ」
名残惜しそうに、もう見納めかもしれないという思いを胸に、
あかりは、しばらく彼らの姿を眺めていたのだった。