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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
137/264

<7>-12

 遠く離れた場所での訓練だというのに、まさかの演習中止という結果。内心喜びはしているものの、誰一人として表情に出している者はいなかった。

 このまま帰還するものだと思われていた生徒たちの予想は見事に裏切られた。

 ――異界での演習を変更して、このまま旧三鷹訓練所での合同訓練に変更する。

 養成所の担当官が、学校と連絡を取った際の返答に『せっかくだからやっていくか』と、いったような養成所にいる教官からの軽い気持ちがあるような気がして、納得がいっていない様子。

 更に加えて――関原養成所の生徒たちは、これから向かう旧三鷹訓練所に対して、あまり良い印象を持ってはいなかった。



「旧三鷹訓練所って……一番遅れてる学校じゃなかったっけ?」


「設備については詳しくないけど『普通科』しかないって噂だよ」


「……え? そうなの? 『刻印科』も『魔導科』もないの?」


「三鷹の連中見ただろ? 魔術兵器の扱いも大したことなかったじゃないか」


「あぁ。……二年で、あんな感じだもんな」


「異形が出てきた時も、取り乱しまくってたし」


「ま、レベルがレベルだからなぁ……」



 異界から旧三鷹訓練所に向けて移動を開始した車。車内には関原の人間しかおらず、その中にいた石蕗つわぶき祈理いのりは話に一切参加していなかった。車内の窓ぎわに肩を倒して、足の上に置いた両手の指を絡めてはいてをくり返していた。


「――偉そうに言う割には、ウチらの学校だって、泣き喚いている人、いっぱい居たじゃないの。その言い方ズルいなぁ……ズルですよ。反則です。減点です」


 唇を動かさず、口の中で器用につぶやく。面と向かって批判するようなことはしない。

 それが――『皆が知っている石蕗祈理』であって、『たった一人の後輩が知っている石蕗祈理』ではないからだ。

 スリッパがあったら、ひとりひとりの頭を叩いてあげたいくらいですね。底板は少し堅いくらいが丁度良い。きっと意地悪が沢山詰まった頭は、いい音がするにちがいないわ。

 祈理の考えていることなど、知る由もない生徒たちは、次々に自分たちの事よりも、他校の批判に盛り上がる。

 窓に頭をくっつけたまま、揺れる視界で流れる景色を見つめる。

 異界から離れて『十七区』へ向かうため、『第九区』の市街地を走る車。

 内界は、内側に行けば行くほど、治安が悪く荒れている。

 だが、こちらの方は――まだ幾分マシのようだ。

 いったい、どれだけこんな生活が続くのであろうか。

 数年しか経っていない内界の環境。されど数年。この年月が長いのが短いのかは賛否が分かれるであろうが、当事者として舞台に立たされた子供たちにすれば、とても長く感じられる。

 学校で異界での状況が悪くなった話を聞いた事はないが――良くなったと聞いた事もない。

 あと、何回……こんな明日を迎えなければいけないのか。

 そして――面と向かってまた異形と戦わなければいけなくなった時、自分は皆の知っている石蕗祈理で居られるのだろうか。



 ――まだ、飽きもせず他校の批判をし続ける生徒たちに向かって、祈理は我慢の限界を向かえ、スリッパの代わりに、口を開いた。


「あなた方。そうやって、他校の悪口を言うものではありませんよ」


 優雅な透き通った声が、車内に広がった。

 その声に全員が停止し……恐縮した様子で、グループが祈理を見た。


「私たちは私たち。他は他。彼らだって同じ戦場に立つであろう仲間なのです。決して何もしていないわけじゃない。己の力に過信し、他人を尊重する気持ちを欠いてしまえば……闇を照らし導く者としての信頼を失ってしまいますし、『魔導科まどうか』を卒業していった先輩方も悲しんでしまいますよ?」


「…………も、申し訳ありません。つわぶきさん」


「それに、これから旧三鷹訓練所にお邪魔させていただくのです。向こう側にもきっと都合があるはずなのに、私たちをこころよく招いて下さった事に対して、敬意を払わなければいけないと――私はそう思うのです」


 まさに鶴のひとこえ。散々批判していたのに。その通りであると、皆が口を合わせた。

 ――物理的ではなかったが、言葉のスリッパで叩けた。すこし満足です。

 ただ、彼らの不満に通ずるものが祈理にもあった。もちろん訓練所に対してではない。

 一日、二日だろうか……養成所に帰るのがずれ込んでしまう。帰宅が伸びるということは、相棒リンゲージである後輩に会える日にちが伸びてしまうということだ。

 細い溜息をつく祈理。その行為をどこをどうやったら〝優雅〟と感じ取ったのか、



「ほんと、石蕗さんはいつでも落ち着いているわね。緊急時も凄く冷静でしたし」


「さすがは『魔導科』のエースだわ」



 二人の女子が、露骨に聞こえるよう、祈理に言う。

 表面上の世辞などに興味はなく。彼女たちに顔を向けて。微笑んで返事をするだけに留める。

 ちょっぴり……ホームシックになるかもしれないと、思いつつも。

 再び、彼女は窓の外。流れゆく景色に視線を戻した。


「旧三鷹訓練所……ねぇ」


 外に跳ねた前髪のくせ毛が、車の揺れに合わせて、上下に動く。

 ――祈理は今から向かう知らぬ土地に、鮮少ではあったものの、興味をそそられていた。


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