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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
135/264

<7>-10

 佐久間晴道は――無事に基地まで撤退を完了し、建物の壁の真際で、地面に膝を突き、緊張によって生じたどうを抑えようと胸に手を触れた。

 手のひらに伝わってくる、強い鼓動。


「ハルミ……だいじょうぶ? お水いる?」


 心配になったあかりが、晴道の近くに来て腰を屈める。


「大丈夫、問題ない。ちょっとドキドキしてるだけだ」


「私もやばい。手足の震えがとまんない。……神乃隊長。異形を倒せるのかな?」


 疑念を持ったあかりに対して、ひょっこり現れた英二はケラケラ笑う。


「なにいってんだよ。神乃さんって『人類最強』なんだろ? じゃあ負けるわけないじゃん」


「…………まあったく。その根拠は、どこからくるんだか」


 間違ったことを言ってたか? と二人を見ながら英二は言う。

 この緊張状態にある集団の中で、これだけのんに振る舞える人間は、英二くらいであろう。

 厳戒態勢に置かれた基地は、武装した兵士たちがゾロゾロと集まり、万が一に備えて待機をしている状態。基地の出入り口である、異界方面の門は開け放たれ、奥には生徒たちが逃げてきた市街地が見える。

 戦闘が行われているであろう場所は、基地からかなり離れている。

 ――避難してから、ずいぶんと長い時間が経過していた。神乃班のメンバーはどうなってしまったのだろうか……。

 張り詰めた空気が漂う中。

 外に運ばれた無線機で、細かく連絡をとっていた一人の兵士が突然、歓声を発した。

 緊張していた兵士達が彼に注目する。



「加藤士征が戻ってくるぞ! …………ヨンク、ワームの討滅に成功ッ!」



 吉報を伝えた兵士の叫び声。続いて一気にかっさいがあがった。

 喜びの波は撤退を完了していた生徒たちをも飲み込み、思い思いに声を上げた。

 その中で、英二は喜びを体で表現するよりも、自分の腕をさする。


「すげえ……なんかいま、おれ、鳥肌たった」


「わたしも……」


「…………………………おなじく」


 しばらく歓声が続き、ようやく収まり始めようとしたところで、

 口にタバコを加えながら、市街地側の土地から姿を現した。とう たけのりである。

 握った拳を、やる気なく中途半端に上げてニヤつく。素っ気のない振る舞いであったが、歓声が盛り返す。

 基地の門をくぐり、ねぎらいの言葉をかけられながら、兵士たちに迎え入れられる。彼の片手にはオーバーフェーズカウンターが握られていた。


「ふいー。いやいや大変だったよー。しぶといのなんのって。……ちょっと急いで救護班よろしく。現場で仙崎くんが怪我しちゃってるから。あと部隊の派遣もね」


 カウンターを近くにいた兵士に渡す加藤。明るい発言とは真逆。彼の全身は血まみれだった。……ただし、色は赤でははない、別の生き物。オレンジの血がべっとり、コートの至る所に飛び散った姿だ。

 煙を吐き出して落ち着き歩く姿。そんな彼に周りの兵士から敬礼や拍手が浴びせられる。

 加藤の足は、真っ直ぐ生徒たちの方へと向かった。


「ああ、林藤さん。ちゃんと任務を果たせたようだね。おつかれさん」


「加藤さんも、ご苦労様です」


「ねえねえ。林藤さん憶えてる? 森で見た人型の白いやつ」


「あの〝ブヨブヨ星人〟おぼえてるです」


「戦っている途中で、アレが出てきちゃってさー。ワームがじかに産んでたんだよ。これでずっと僕たちがああでもないこうでもないと展開させていた、ブヨブヨの起源論争が終結したわけだ」


「うえ~。きもいです」


 本心なのか、単なる返事なのか。感情のない目で、口をへの字に曲げる佐奈香。


「林藤さん、仙崎くん怪我しちゃったよ」


「ファッ!? せ、仙崎……大丈夫ですか?」


 急にもじもじし出した佐奈香。ようやく感情を持った目がソワソワ動いていた。


「心配だよね。ちょっと見てきたら?」


「でも、後輩たちが……」


「ここは僕が引き受けるよ。ほら行っておいで」


「べ、別に仙崎が心配なわけじゃないですよ。ワーム見たいから行ってくるです! あと隊長が心配ですから!」


 きびすを返し、ダッシュで向かってゆく佐奈香を見ながら。


「素直じゃ無いよねぇ。……最近の子ってみんなあんなの多いよねぇ。おじさん鈍感だからホントなのかウソなのか、ぜんぜん読めませんよ。この前引っかけた子もあんなんだったなぁ。指摘したら怒るし、察し悪くよそおってたら気がついてって怒るし……」


 根元まで燃えていたタバコを一吸い、煙を吐き出して生徒たちに向き直る。


「さあて……君たち。なんかドタバタだったねー。たぶん演習は中止でしょ。こんな状態だったら」


 忙しく動き回る兵士達を背景に、加藤はどこか複雑そうだった。


「そこで提案なんだけど、異形の死骸みたい? 僕が付き添えば現場も通してもらえるはずだ。こんなレアケース滅多に無いから、どうだい? ――――あ、結構ショック受けちゃってる人もいるみたいだね。いいよいいよ。強制はしない。来たい人だけ来るといい」


 担当官をその場に残し、基地に残る組と、見学組に生徒たちが別れていく。

 ほとんどが加藤の歩く背中に付いていった。



 ――現場に戻った生徒たちは絶句する。

 大通りには〝ワーム〟と呼ばれていた異形の死体が転がっていた。

 全身が傷つき、地面を染める蛍光色の血液(オレンジ)が、魚が腐ったような臭気を立ち上らせ、空気を汚していた。頭であろう部分は、徹底的な滅多切りの攻撃を受けたのか、あらゆる場所がズタズタに切り裂かれていて、元の原型すら判別ができない。

 二、三本折れた指らしき部分をみると、異形に何本かの腕があったのだろうと推測することができた。

 破損は異形のみならず、周りの建物のいくつかが倒壊していた。まだ跡が新しいところからして、先の戦闘で崩されたのだろう。それだけ戦いの凄まじさが安易に想像できた。

 巨大な死骸の前。体じゅうに返り血をこびり付かせた状態で、苑樹は近づいてくる生徒たちを確認して口を開いた。


「……いいかてめえら。異界では常にパーアライズ(異常状態)の状態にあるということを忘れるな。異形を見つけて初めて危険な状況下になるんじゃない。……安全なんかどこにも無い。それ相応の覚悟をもって挑め。奥地に行けば行くほど、こんな奴はごまんといる。ソレを忘れるなよ」


 目の前の非現実に喉が詰まったのか、返事がバラバラになる。

 もう言うことは無いと、苑樹は背を向けて自分たちが倒した異形の姿を改めて見つめた。彼の横に加藤が近づく。


「隊長……さっきここら辺でレクチャーしてる時、カウンター(O・P・C)を見ていたんですがね」


 いつになく真剣な顔つきの加藤の表情に、苑樹は嫌な予感がよぎる。


「ここらの魔力……部分的ではありましたが、異常な数値が確認されたんですよ。カラーレッド。……ワームが出てくる前から、赤色の異常値が出ていたんです」


「どういうことだ?」


「さあ? こっちの方が聞きたいって感じですね。……ごく一部のエリアに対して異常な数値反応。……この外周区域じゃまずあり得ない。深い土地にあるような魔力濃度」


「……………………まさか、ワームはその魔力に引き寄せられたのか?」


「すこし飛躍しすぎな部分はありますが、偶然にしては見過ごせない。何かしらか接点があるものかと。……疑って当然の『偶然』って所ですか。だから僕は一度、仙崎くんの治療を後回しにして、基地に戻るって言ったんですよ。戻りつつカウンターで調べるためにね。ワーム討伐後には消失していました。奇妙な話ですよ」


「――――………………まだ、情報が足りない。ヘタな報告は控えておいた方がいいな」


「――そーですねぇ」


「念のため、どもには精密検査を受けさせておいた方がいい……」


「ウチらでもそれほど体験しない危険値レベルの魔力量でしたし。〝インゲイド〟は後から症状が出るって話もありますから。――基地側に手配しときます」



虚構反動症状(インゲイド)』とは、異界特有の症状だ。

 人間がスキューバダイビングなどで深い海に潜った際、一気に海面へと上がると現れるケーソン病……いわゆるせんすいしょうに酷似している。

 魔力の濃度が高い所にいると、知らずの内、体が魔力に依存した状態になってしまう。体調の不調から始まり、酷い場合は神経を侵されて、正常の世界で生きられなくなる。後々の研究によって解明され、今では症状を正常値まで緩和させる装置が利用されている。



「他にも何らかかしらかの影響が受けている可能性もありますし、この魔力が薄い地帯で、急激に濃いのを浴びたらどうなることやら……」


 双方の懸念が重なったところで、苑樹は近くにいた兵士を呼び止めた。


「おい、お前。いつまで眺めてやがる……さっさと処理班を集めろ。この図体だから、焼夷しょうい措置を取るにも時間が掛かるはずだ。このまま放っておいたら死骸を喰いにくる異形でごった返すぞ。それに――まだ腹の中で生きている奴がいるかもしれない。厳戒態勢で当たれ」


 ワームとの壮絶な戦いを終えたばかりなのに、疲労を感じさせない態度で支持を送る苑樹。

 立ち去っていく兵士と入れ替わる形で、仙崎が近づいてくる。


「さっすが隊長っす! いつもながら、マジかっけーかったっす。ついでに俺の剣も二本、帰ってきたっすよー。いっかい紛失届け出したやつが戻ってきたら――どうなるんっすかね?」


 相変わらず人間離れした戦い方を平然と展開できる苑樹に対し、興奮冷めあらぬ仙崎は思ったままを口にする。腕には先ほど治療された新しい包帯。

 仙崎の言葉に対し、苑樹が照れくれそうな顔をするはずもなく。皺の寄った眉間が不満の度合いを言葉に出さずとも物語っていた。


「おい。仙崎。てめえ……オレは前にも言ったはずだ。調子に乗って行動するな、と。……なのにあの体たらくはなんだ。くだらねえ怪我なんかしやがって。ここが異界で感染症にかかっていたらどうやって帰るっていうんだ? 森でも似たようなことして、加藤の足引っ張ってたよな」


「あ、はい。すいませんっす……でも。あの時は加藤さんが……」


「うるせえ。やられた偵察隊の再度確認をしてこい……ワームの残党が残ってるかもしれん。ここら周囲五百メートルくまなく探せ。林藤と一緒にな。――――林藤!」


 少し離れた場所でワームの死骸を観察していた佐奈香は慌てて駆けてきた。


「林藤。追加任務だ。仙崎と共に、最初に発見した偵察隊の現場に向かえ」


「な、……なな。どうして。隊長……どうして、仙崎と、いかなきゃいけないんです?」


「お前ら同期だろ。仙崎は戦闘ででかいミスをやらかした。同期の失態は同期でカバーし合え。……班ってのはな、好き勝手が許されないから(チーム)なんだよ」


 無表情な林藤佐奈香は、眠たそうな変わらぬ目つきで苑樹に弱々しい敬礼をし、彼が去って行くのを見届け、横に居た仙崎をじっとり見つめる。


「ぶっころすです。…………仙崎、ぶっころ。道中くわれろ。わー。わー。くわれろ。まるカジられろ。残さずです。残ったら持って帰るのが面倒ですから。それこそが同期の意志であり、同期のためになる。……おとなしくバッドエンド仙崎。しんじゃえばいいんデス。この怒れる拳に、鳩尾みぞおちさしだせ…………心配して来なきゃ良かった。今日――正にやく


 ファイティングポーズから抉るようなジャブを腕に当てる。彼女なりの優しさか、傷がある腕は避けていた。感情の上下が無くとも、骨に響くほどのパンチ。かなり感情が乗っていた。

 さらに、持ち前のフットワークで回り込み、本当に鳩尾を狙ってくるものだから、たまらず仙崎は腹を防御しながら逃げ出した。

 苑樹はそのままどこかへ去り、加藤は一人。


「同期は同期でカバーし合え。好き勝手が許されないからチーム、か…………いやぁ、大人になったなぁ。おじさん涙がでてきちゃいそうですよ」


 いつのまにか、狙撃銃を肩に担いでいた古都子が横に並んで、離れた場所でまだじゃれている佐奈香と仙崎のやり取りを、暖かい目で見つめながら腕を組む。


「うふふ。加藤さん。私……本当に神乃くんの同期でよかったぁーって。部下だったら、きっとストレスでおかしくなって――後ろからアイスピックか何かで刺してたかもしれません」


 にっこりと笑顔で、とても物騒な事を言いつつ、ポケットからスティック状の砂糖菓(ココアシガレット)子を取り出して口に咥えた芦栂古都子。


「ひー、怖。…………僕さぁ、本当に良く思うけど。この班バランス良い気がするなぁ。よく長いこと飛んでるって思う。ふつうの班だったら空中分解モノだよ」


 加藤丈典は冗談まじりに言う。

 仲間を繋いでいるのは、ひとえに神乃苑樹の存在である。



 安全を約束された立場を捨て、苑樹を追って班に入ったエリート。

 彼に強い憧れを胸に抱き、共に戦いたいと直接志願してきた後輩。

 刻印能力を見出した苑樹に、絶対の信頼を置く、もう一人の後輩。

 偶然に少年を任せられ、今では進む先を確かめたいと望む元上官。



 班の全員が、神乃苑樹を中心として繋がっている。

 本人は自覚していないだろうが、彼は素晴らしいカリスマ性を持っている。

 その生き様……異界で生き残ったディセンバーズチルドレン。そして臆さず異形と戦う事を目的に生き、現在でも、その名衰えることを知らず、サイファーたちを動かしている中心人物として活動している。

 普通の人間では生きられないような人生を歩みつつ、それでも一歩も退かぬ姿勢。

 誰でもできるような芸当ではない。例え万能なチカラ(刻印)を持っていたとしても、苑樹のように多くから支持を集めるなどはできまい。



 …………何やら試験兵たちから話し声が聞こえる。

 異形を倒した事に対して、ささめかれているようだが、予想以上に『神乃班』が個性的な人種で構成されていてイメージが変わってしまったような事と同時に……どこまでも『鬼』な隊長の印象を刻みつけられたようだった。


「…………うーん。けっこう。内緒話って聞こえちゃうもんなんですかねぇ。僕も気を付けなきゃだねぇ」


 まさか、加藤に聞こえているなど露知らず、言いたいことを言い合っている彼らに対して、

 やはり加藤はあごしょうひげに触れながら――『まだ若いなぁ』と思うのであった。


「あの、ところで加藤さん。……神乃くんはどこに行きました?」


「あっちのほうに行ったけど、なんで?」


「タオル。血まみれだろうから――渡しに行こうかと思いまして。ありがとうございます」


 敬礼の代わりに頭を下げて、駆け足で古都子が行くのを見ながら。


「…………僕も、返り血だらけなんだけどなぁ。なんだろ、この感じ。悲しいねぇー……」


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