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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
134/264

<7>-9

 ワームは巨大な異形であるが、全長が長いだけで、攻撃の基点部分は四本腕が伸びている頭部。

 尻尾による薙ぎ払いがなければ、それほど驚異的とは思えないのが、前回ワームと戦った上で苑樹が出した答えだ。

 ――――見た目はそのように見えるが、経験則からして、異形という生き物は常に奥の手……あるいは奥の奥の手(・・・・・)などを隠し持っていたりする。不用意に近づくのは危険であり、何よりも未知数の敵に対しては、観察するところから始めるのがじょうせき

 ……〝始まりの四十九体(フォーティーナイナー)〟が恐れられている所以ゆえんは……その能力。生存している年月がその実力を証明しているからである。

 いまでは、異界の中にどれだけの個体数が居るのか把握は不可能。異形は異形同士が共存関係にあるわけでもなく、種族によっては殺し合ったりしている。弱肉強食の生態は異界の中でも変わらずあるのだ。中には強力なパワーを持った異形も居るだろう。それでも長い年月を『異界』で生き残り続けている時点で、他の異形とは一線を画す存在であることは語らずとも解る。

 ……思考の弱いバケモノであろうとも、決して油断してはならないと、苑樹が自分に言い聞かせている間に、


「…………遅れましたぁぁぁああ。せんざきすばる、ただいま到着っすッ!」


 五階はあろうかという高さのビルから派手に飛び降りて着地。まるで緊張を欠いた男であるが、コレが仙崎のスタイル。結果をしっかり出すことができるのなら、苑樹は細かいことを取り立ててしかりつけはしない。


「戦闘陣形は通常と変わらず。……心してかかれ」


「ウス! がんばるっ――すぅ、来ッたっ!」


 返事をしている間もなく、ワームの巨体が大口を開けて二人の元へ突っ込んできた。

 指示を出さずとも意志疎通している二人は、互いに左右に展開することで攻撃を回避した。

 すこし後方で立っていた加藤も一言も発することなく、冷静に後ろへと下がってゆく。

 力任せに体当たりしたワームはそのまま地面に激突し、路上のコンクリートを大きく抉り取る。


「…………あんなの食らったら一発でお陀仏っすよ」


「だったら、死なないよう立ち回って、先に相手を殺せ」


「か、簡単に言わないでくださいっすよ。隊長」


 仙崎も背中に携えた剣を引き抜いて、応戦の構えを見せる。


「さあて。どっから料理してやるっすっかね」


「まずは射撃からが基本ってね……ちょっと反応見てみようか」


 加藤は薄ら笑いで、ライフルを構えるや否や、正確な狙いをもって射撃を行った。

 弾丸は確かにワームへと直撃したものの、まったく動じる様子はない。


「…………ですよねぇ。だってデカ過ぎるもん。小石食い込んでる程度にしか感じないだろうなぁ。こまったこまった」


「ほんっと、戦いになっても普段と変わらない調子で喋る加藤さん見てると、ほんっとすげーなーって思うっす」


 またもや体を低く沈め、地面を抉り取りながら突進するワーム。


『射撃……入れます』


 古都子は返事を待たず、がら空きのワームの口に射撃を行う。

 大口径の銃声は一瞬だけワームの破壊音を上回り……。

 弾丸は敵の口の手前で弾かれた。たかが狙撃銃の弾丸一つで突進してくるスピードを落とすことなどできるはずもなく。苑樹、加藤、仙崎の三人は散り散りになって攻撃を避ける。


『…………なに、今のは?』


 ワームが伸ばしきった体を引っ込めるよりも早く、行動を展開させたのは苑樹だった。

 敵に向かって前進し、高くちょうやく。二本の刀をがら空きとなった腕一本に集中して振り下ろす。彼の刃は簡単に弾かれ、両腕ごと反動で押し戻される。

 振り返り様、ワームは巨大な腕を一振り、予想以上の腕の素早さに目を剥いて、魔術兵器である刀に魔力を――全身に魔力を送り込んで防御の態勢を取る。

 接触する腕の一撃、じんじょうを容易くりょうする筋力が、苑樹の体を簡単に弾き飛ばした。


『隊長おおおぉぉぉッ!』


 大通りを一直線に吹き飛ばされ、ゆっくり落下する苑樹。あっという間に無線機でしか聞きとれないほど、遠くまで離されたが、彼は冷静そのものだった。


「…………騒ぐんじゃねえ。仙崎」


 攻撃をもらう一瞬で展開させた魔力の人体補強が、彼の体をノーダメージで抑えていた。

 体を反転させ、着地と同時に刀を地面に突き立て、体を停止させる。



『うぉッ。デカイうえに、堅ってぇっす! コイツこんなんだったけ!?』


『仙崎くん! 腕には注意して。攻撃は素速いよ』


後方射撃入れます(バックアタック)前衛の二人、後方退避(スイッチ)!』


 古都子の指示に、加藤、仙崎は隙を見て後ろへ下がった。敵が追撃しようと動き出す前に。二人よりも更に後方から狙撃による、四連射の発砲が行われた。

 弾丸のどれもがそれぞれ四本の腕に命中するものの、全てワームの肉体には直撃しなかった。

 一瞬だけ弾丸が空間にぶつかり点滅した。そこには複雑な円形紋様が浮かび上がる。


『やはり……魔術障壁』


 前衛の元へ走り始めた苑樹は、少し離れたところから古都子が指摘するそれを認識した。


『神乃くん! ……敵は魔術障壁を展開している。全ての腕から反応があるわ』


『そんなの、前のときに使ってこなかったっすよね』


『…………うーん。まあそんな事もあるんじゃないのかなぁ。厄介すぎるね』


『また加藤さん、そうやって他人事みたいに……』


「だが、術式の向こう側はとにかくもろい。障壁さえ取り除ければ、十分勝機がある」


 苑樹はワームに注視したまま、指示を出す。


「加藤。回り込んで間接射撃。術式重ねて腕一本に攻撃を集中させて切り崩せ。芦栂……お前も加藤と共に攻撃だ」


『はいはい。右上の腕、狙いますよ!』


『了解しました』


「腕一本さえもぎ取れれば、一気に頭を落とせるはずだ。……仙崎、オレと胴体に乗り込むぞ。加藤の方へ向かわせないよう、ふところに入り込み次第――斬り刻め!」


『そういうの待ってました。得意っす!』


 走っていた苑樹がようやく合流し、立ち止まらず、ワームの側面へと向かう。

 人外の敵に対して恐れず、苑樹と速度を合わせてへいそうする仙崎。


「お先に行かせてもらいます!」


 そう言うと、彼が走る手前に空間を切り裂いて穴が現れ、自ら飛び込んで――仙崎が消えた(・・・・・・)


『一番槍、もらいッ!』


 消えた仙崎はいつの間にかワームの背中から現れ、剣の切っ先を下に向けて振り上げていた。

 空間を飛び越えた瞬間移動――ソレが仙崎昂が持つ固有刻印だった。刻印の中でも上位に属すると言われる空間跳躍テレポートの能力は、思いのままの場所へ彼を運ぶことができる。


『さあさあ、お立ち会い! この剣は国家予算がどうのこうので作った、けっこう良い剣なんっすよ。切れ味も良く、魔術中和もできちゃうって代物(レアモノ)。この前、アンタに同じの突き刺したまま逃げられたもんだから、新しいの申請するのにとんでもない量の書類を書かされたんっすよ! …………引き続き、恨み辛みのもった二本目、行くっすよおぉぉ。うぃせい!』


 ワームの背に飛び込んだ仙崎は、 真っ直ぐ剣を突き立てる。

 胴体部分には障壁が展開されていないらしい。仙崎の手には砂浜にスコップを突き立てるような感触。表皮は非常に柔らかく、突き破った内部は弾力性のある肉が詰まっていた。

 傷口から飛び出す蛍光オレンジ色の血液。

 剣を濡らし、彼の足に飛沫しぶきとなって付着する。

 返り血など気にする余裕は無く、うねる巨体が足下をすくう。


『こんの! ブヨブヨうごくんじゃねえっすよ! このまま傷口――引き裂いてやるっす!』


 差し込んだ柄を握り絞めたまま、仙崎はどうにかして耐えていた。


「――――!? 離れろォォ! 仙崎ィッ!」


『…………ぇ?』


 無線すら必要ないほど、大きく聞こえた苑樹の声に、ようやく昂は周りを見た。

 彼の周囲には、三本の巨腕(・・・・・)が取り囲んでいたのだ。手にひらには人の頭部ほどもある眼球。仙崎は目に反射した自分の姿を見た。瞳孔がしぼりこまれてワームの瞳に殺意が宿る。


「――――ック!?」


 鋭い爪をもって振られた腕が、回避行動を取っていた仙崎を一文字に裂いた。

 続けざまに襲い来る腕。堪らず彼は剣を置き去りにしたまま、足下の空間を開いて、ワームの背中から離脱した。

 飛び越えて苑樹の横へ移動し、よろめきながら着地。

 裂かれた腹を確認して、仙崎の顔が蒼白に変わる。


「………………。あ、オレ。大丈夫っすか、大丈夫っすか!? 血ぃ、でてないっすか?」


「黙れ……何ともなっちゃいない。大型を相手にする時は、常に周囲に視界を回しとけと言ってるだろうが。この大馬鹿野郎」


 気遣うそぶりもなく。苑樹の容赦ないしっせき

 接触したのは服だけで、肉体には達していなかった。あと少しタイミングがずれていたら死に直結する攻撃だった。

 ワームの腕は、頭の部分に四本伸びているだけ……。ところが先ほどまで仙崎が立っていた胴体箇所に、新たな腕が伸びている。腕は敵がいないことを確認すると、体の継ぎ目である節の中に腕が収まってゆく。


「…………なるほどな。森で戦ったとき、素速い機動力と木々を易々と飛び越えてたのは、その腕でたいじゅを掴んでいたからか」


 経験則というものは、やはり馬鹿にできない。やはり奥の手があった――文字通り、体の奥深くに腕を仕込んでいた。

 あの胴体サイズが動きを鈍速にしているかと思いきや、体中に隠しているであろう腕を足がわりとして、縦横無尽に素速い移動を可能にしていたのだ。

 恐らく全身に腕が隠れていると考えて良いだろう。そして、どの腕も魔術障壁を展開できると苑樹は分析していた。


「さながら装甲列車か。…………つくづく、わずらわしいバケモノだな」


『神乃くん!』


「どうした」


『ワームの後部で動きあり! ……あれは、卵!? 中から…………まさか…………、以前、ワームと共に森にいた大量の異形。あれと同じ個体よッ!』


「…………まったく。次から次へと。脳無しだが……未知の世界(地球)に来るだけの度胸と能力は持ってるってか」


『は、剥がれた! ようやく一本剥がれましたよ! こっちは弾薬がほとんど無い状態だ。僕の方の射撃はもう期待しないでよ。引き続き近接に移行する!』


 剣を抜いた加藤を無視して、ワームの頭が方向を転換し、苑樹の方へ向かう。

 もう、隠す必要はないと言わんばかりに、胴体から無数の腕が、節々から伸びる。その全ての目が、苑樹を見ていた。


「芦栂、仙崎、加藤……お前らは、後方に周り雑魚の処理をしろ。オレは刻印を使って、本体をやる」


 誰も余計な事を言わずに、指示されたとおり自分の役割を果たすため、移動を開始した。

 後ろに回り込まれる気配を察したのか、ワームの頭は移動しようとする。

 ……苑樹は地面に刀を突き刺し、空いている手でホルスターから拳銃を素速く引き抜き、片手で銃を撃つ。

 狙う必要が無いほどワームの体は大きく、撃った弾の全て、ワームが展開させている障壁に弾かれる。仮に当たったとしても、つぶてほどにしかならないが、銃声によって苑樹の方へ振り向かせるには十分な効果があった。


「よそ見をするんじゃねえ。貴様の相手はこのオレだ。…………何を思ってここに来たのかは知らないが、思うようにはさせない、絶対にな。……お前はココで死ぬんだ。いたって変わらない。…………だから大人しく……黙ってオレに殺されろ」


 以前も、この刀で傷一つ付けられなかったのは、よく憶えていた。胴体に踏み込めれば、致命傷を負わせられると思っていたが、障壁を展開されたらどうにもならない。

 だったら……コイツ(・・・)で、叩き斬るしかない。

 苑樹は手にもう一本の刀も同じく突き立て、銃を捨て。

 ――――代わりに、背中の大剣を引き抜いた。



「後方に仲間を回した目的は、貴様の産む『不細工な異形』の処理だが。もう一つ理由がある。……逃がさないようにするためだ。すでにケツは押さえた。退けないぞ。……もう前に行くしか選択肢はない。オレは、バケモノなんぞに、絶対退かない。オレを殺して自由を手に入れて見せろ。やれるもんならな。せいぜい……生きようと必死になれ。人間様が住む、この世界に来たことを後悔しながら――ゴミのようにくたばれ(・・・・・・・・・・)


 かがんだ苑樹は腕を横に伸ばして、握った大剣を地面と並行にした。

 片手を地面につき、両膝を深く曲げる。

 大気が取り巻く。魔力のうず

 彼の前に、薄い紋様が空中に浮かび上がる。



 ――――神乃苑樹が自らの固有刻印によって作り出した、魔法陣。

 ソレがどんな能力を持つものなのかは、本人しか知らず。

 ワームが本能的に『危険』なものであるのだと察知するより、ずっと速く(・・・・・)



 苑樹が地面を蹴りあげ、魔法陣に体を接触させた瞬間…………空間が歪みぜた。

 推進力が音速を超え、押し広げられた空気が爆発し、響き渡る。

 目で追うことすら困難なスピード。人体の弾丸。

 残像と化した苑樹の突進は空をはしり、ワームの側面を通過する。



 ――敵が何が起こったのかを知覚する前に、加藤と古都子が魔術障壁を剥がした腕。ワームの腕が、骨肉を断つ爆発音を上げて吹き飛んだ。

 苑樹は空中で体をひねって軌道を修正し、落下する軌道に魔法陣を展開させ、体を通過させると、肉体が重力に引き寄せられて落ちる速度よりも早く、地面に着地した。

 おびただしい量のオレンジの血液をまき散らし、ワームは体を激しく、うねらせて暴れる。

 血管浮き上がらせる腕の群。ワームの血走った眼が、憎しみの炎を燃やしていた。

 重々しい大剣を肩に乗せ、苑樹は静かに、振り返りつつ、真っ向から鋭く睨み返す。


「デカイだけが力じゃ無いんだよ。クソムシ野郎。…………人類――舐めんじゃねえ」


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