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「担当さん。全員――いますか?」
駆けつけた林藤佐奈香は、真っ直ぐ逃げてきた生徒たちに合流していた。
「はい。確認してます。全員います」
「…………そこら後輩たち。まずは落ち着く。コレ重要。オーケイ?」
真剣な顔で、どこかふざけた物言いの佐奈香。
そんな冗談じみた質問さえも、彼らの恐怖の前では笑いすら起こらない。
武器も荷物も、なにも持っていない佐奈香に、担当官は自分の武器を渡そうとするが、
「いや。いらないです。――持ってますので」
理解不明な返事をして、佐奈香は首を振り、片目を隠した長い髪を揺らす。
――銃声と破壊音。無線で聞こえてくる。…………戦闘が始まった。
佐奈香は立っている場所から動こうとせず、何も言わずに黙りこむ。
「あの、早く撤退を……」
「しー。しずかにぃー」
自分の唇に指を当てて、担当官を黙らせた。
静まった中。目だけが、きょろきょろ動いている。
「はい――…………みっけた」
のっそりとした言い方とは逆に、佐奈香の動作は素早く。
くるりと向きを変えて、槍を投擲した。
斜め上に空を進む槍は、崩れた廃虚の上階に立っていた一腕二足の異形。ラクタスの芯を貫いた。体を震わせながら彼らが立っている地面に落下し、動かなくなる。生徒たちから悲鳴が上がった。
いったい、どこから槍を出したのか、手品のような攻撃に生徒を含め、担当官すらも目を丸くしていた。
「微かな魔力を感じていたから敵だってすぐにわかった。大丈夫……。たぶん、もういない。たぶん付けてきたんだと思う。『集団撤退の基本は……いち早く逃げることじゃなくて、しっかりと異形がいないことを確認し、なおかつ迅速に後方へさがること。無防備な背中は恰好の的。襲われれば混乱は避けられない』――バイ・加藤さんのお言葉」
得意げになって佐奈香はむふー、と鼻息ひとつ。
全員が異形の死骸から佐奈香に視線を移した時、
――佐奈香の右腕が無くなっていた。
肘から先がスッパリ途切れていて、本人はいつもと変わらぬ表情だった。
衝撃的な光景に、戦慄の叫び声が上がる。
「どぅえ!? なになに!? ……………………ああ、これのことね。びっくりしたです」
悲鳴の原因が無くなった自分の腕であることを察知し、大丈夫だと手を振った。
彼女は顔色一つ変えず――空間に手を突っ込み続ける。
「――はーい。うじゃじゃじゃーん」
佐奈香が抑揚の無い声で素速く手を引き抜くと、そこにはライフルが一丁握られていた。
現実離れした行動に、生徒たちは思考がついて行けない様子。
「やり方は企業秘密です。刻印です。…………まずは移動しよ。ちょっと戦っている場所から近すぎるので。一人でも死んじゃったら…………隊長に怒られる。ぶるる」
一秒と掛からずネタ晴らしをしつつ、縁起でもない事を平然と口にして。
担当官を先頭に、林藤佐奈香が最後方で背後を担当する形で、ようやく集団が動き出した。
――非常事態だというのに、石蕗祈理はやけに冷静になっている自分を認識しつつ、集団に歩調を合わせる。
「…………こんなの、聞いてないよ。なに、…………なんなの、あの音。……私たち。あんなのと戦わなくちゃならないの!?」
すぐ隣で、女生徒が肩を震わせ取り乱している。声はよく響く。生徒たちは女生徒に見向きもしない。みんな自分の気持ちで精一杯。しかし生徒たちの思いは同じだった。
――他人事ではないのだ。サイファーになったら、いつか異界であんな――本物の怪物を相手にしなくてはいけないのだ。何か言っていなくては気が触れてしまいそうだと言わんばかりに、思ったことを口にし続ける関原養成所の生徒。
「まずは落ち着くことですよ」
「で、でも石蕗さんもあの爆発を聞いたでしょ? とても大きな何かだよ。絶対。あんなの……あんなの勝てるわけ無いよ」
話が耳に届いている周囲の生徒たちは、視線を向けずとも耳をそばだてていた。
恐怖の伝染性は高いモノで、恐怖が強ければ強いほど……周りに与える影響は非常に大きい。
「戦っているのは我々ではない。違いますか?」
「…………え」
「いま、戦っているのはサイファーの中でも最強クラスの人たち……きっと倒してくれる。信じましょう」
「…………………………」
「先ほどの神乃士征は〝始まりの四十九体〟と呼んでいました…遠くで爆発を起こしていた異形は、中でも特別な個体として認識されているはずです」
「始まりの…………」
「授業でも習ったはず。パンドラクライシスが起こった直後、空間の大穴から現れた第一陣の異形は全部で四十九体。…………その異形四十九体のみで、東京の都心部が壊滅したという話」
生徒は頷いて、聞いた事があります、と聞き取れないほどの声で言った。
ようやく落ち着いてきたのか、深呼吸をしながら自分の考えに没頭する女生徒の肩にそっと手を置いて……。
「落ち着きましたか?」
「………………はい。…………騒いでごめんなさい。やっぱり……石蕗さんはすごいですね」
「私が?」
「ええ。あんな凄いことが起こったというのに、顔色ひとつ変えずに冷静でいられるんですもの」
「……………………………………」
ソレは過大評価しすぎである。
――恐くないと言えば、嘘になる。私だって怖いのだ。貴女のように泣きたいのだ。
いつだって、自分は誰かを導く立場にあった。…………立たされてきた。
ほら……どうせ誰も気がついていない。震える手を握りしめて、ひた隠しにしていることなど。
私もみんなと同じなのだ。弱い自分を隠して不安を誤魔化して。
それでも期待されているからと、失望して欲しくはないからと嘘をつく。
――だから今回も、しっかり演じてやる。
いつでも周りは私に完璧をもとめている…………完全無欠の石蕗祈理。
――大丈夫。私はあの時のように……冷静を欠いたりなどしない。
もし、こんな所で無様な醜態をさらせば、きっと帰ったとき――東堂くんに笑われてしまう。
頭の中の彼を思い出すと、自然と冷静になれる。
祈理は震えていた手を、指が白くなるほど強く握り絞め……黙って周囲に注意を払い続ける。