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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
130/264

<7>-5

 ――――なんか、自由だなぁ。と北川あかりは思う。

 サイファーになったら、学生をやっている今よりも、もっと規律が厳しくなるものであると想像していたのだが、『副隊長の人』を見ているとなんだが楽しそうに見えた。

 あるいは、ああいうのが大人としての精神的余裕――というやつなのだろうか。

 入り組んでいだ細道を抜けると、急に開けて違和感のある空間が全員を迎え入れた。道路も建物もない。奥行き三十メートルほどの平闊へいかつした地面が左右に伸びていて、更地を越えた向こう側は、自分たちが歩いてきたのと同じ、高低差の低い市街地が再び始まっていた。

 照らし付ける昼の太陽光に目を細めるあかり。徐々に目が慣れてきたところで、彼女は視界に二人の人間を捉えた。

 片方は三十前後の男性。無精髭。長い髪の毛を後ろで縛り、まとめていた。

 こちらを見るなり、柔らかな物腰で手を振る。

 もう一人は隣でパイプ椅子に座り、背中を向けたまま動かない。


「ごめんなさい。遅くなってしまいまして」


「いやいや。あしつがくんのせいじゃないさ。…………あっれ? 林藤くんはどこにいったの?」


「林藤さんなら、トイレ清掃の方へ向かわせました」


「……………………厳しいとは思ってないけど、ときどき芦栂くんが怖いよ、僕。……でも遊んじゃった彼らが悪いからなぁ。仕方ないよねぇ」


 話も早々に切り上げて男は隣で座っている人間に声をかける、


「――ほら、隊長。出番ですよ」


 そう促すと、ゆっくり立ち上がり振り向く。短い時間、試験兵全員を見渡す。

 隣にいた無精髭の男よりもたん――まだ若い。

 立てかけてあった武器を無言で身につけてゆく。腰の両方には刀。背中には鉄骨同然の大剣を軽々と持ち上げて背負う。青年は平均よりも身長は少し低めであるが、彼が歩む姿には並々ならぬ、見る者が圧倒されるような気迫。

 そういった意味では――とにかくデカイ(・・・・・・・)。デカ過ぎた。

 彼のこうを耳にしていなくとも、姿を見ただけで十分に場数と修羅場を連想させられ、

 身から放たれるオーラに身が引き締まってしまう。



 ――男は『隊長』と呼んでいた。

 ――アレが人類最強の一人。

 ――二刀大剣の使い手。

 ――神乃(かんの)苑樹そのき



 敬礼をして軽い挨拶をした後に、一緒に同行していた担当官がようやく大声で話し始めた。

 説明する声に紛れて、あかりは隣に立っている英二に向かって話しかけた。


「な、なんか……予想していたよりも背が低め……だよね? 私とおなじくらい?」


 あかりは率直な、見たままの第一印象を漏らした。


「だから、少女漫画のようにはいかないって、いっただろ?」


「あ、あれは冗談だし。妄想と現実が噛み合わないことくらいは、ちゃんと理解していましたもん。でもカッコイイかも」


「どうだかねぇ……なあ、晴道はどう思った? なぁんか普通のオニーサンって感じだよな? 想像していたよりも。ちょっと恐そうに見えるって、おれは思ったけども……」


 英二の真隣で立っている晴道は、じっと担当官――の向こうで立ち尽くして市街地の方へ顔を向けている神乃苑樹を見ていた。



 晴道が思った第一印象は『危険(・・)』である。

 最初に全員を見回した時に、送った視線――あれは普通の人間が発するような視線じゃない。直感であったが、晴道はそう思った。

 誰彼かまわず、単純に敵意を振りまいているだけの、ギラギラしているようなものではなく、ごく自然とそうならざるを得なくなった結果に至った性質。洗練された強い感情。鉛筆を刃物で削るように……あらゆる人としての無駄な感情と、持っていなくてはならない必要な何かを構わずこそぎ落とし続けたすえに残った、鋭さのような……。

 元からあんな顔つきなのだろうか、と一瞬考えたのだが、それはあり得ない。生まれつき備わった雰囲気であるはずがない。後天的に身についてゆく人間性のいくつかを捨てたからこそ作り変わった表情だ。

 戦いを重ねてゆくと、あんな顔になってしまうのだろうか?

 ――後者であるのなら……とても恐ろしい。人をあそこまで変えてしまう世界が……この土地にあるのだと思っただけで、晴道の心には不安という名の固まりが大きくなってゆく。

 彼らが思い思いの心の内を広げているなど知るはずも無く、担当官は大まかな演習の説明を終えた。


「……せいいち。なにか、彼らに一言おねがいします」


 担当官本人も緊張しているらしく、声を上ずらせ神乃苑樹に言った。

 生徒たちは馴染みの薄い単語であるが、サイファーは別名『士征しせい』と呼ばれている。

 いわゆるいんに近いもので、多くは名前を呼ぶ時に使われている。

 神乃苑樹の階級は五段階ある内の最上級『ファースト・サイファー』

 名前と合わせて正式に呼ぶ時は『せいいち

 苑樹は黙ったまま、僅かに嫌そうな表情をして。前へ出ることも無く。じろりといちべつ。試験兵たちは恐怖と共に、なんともいえない緊張感で満たされた。


「ここで、オレから言うことは特にない。学ぶべき事は実戦で学べ。生きる術は体で覚えろ。………………………………先に現場を整えておく。加藤……あとは頼む」


「はいはい。了解でーす」


 軽口で交代したは、加藤と呼ばれたしょうひげの男。

 柔和で優しい……とは違う、隙なく人を試しているような表情。


「無愛想な隊長で悪いねぇ。ここだけの話。ああ見えて恥ずかしがり屋なんだ。…………ざっとみたところ。三十以上いるのかな? 大人数だねぇ。どうも初めまして。加藤です。早速ですがお兄さんの僕(・・・・・・)と、そこのあしつがお姉さんと一緒に、基本装備の確認をしておこうね」


 ――『お兄さん』っていう年齢には見えない。一同はそう思った。



 すでに装備を持っていた試験兵たちは、自分たちが持っている荷物を言われた通りに確認し始める。狙撃銃を肩にかけた副隊長――芦栂古都子が加藤に促され、しゃべり始めた。


「集団での行動の際、銃器は全て統一するのが基本。コレによって弾薬の共有が可能になるからです。今回の場合はみんな同じ銃器、同じ近接戦闘用の剣を装備して貰っています。訓練所ではアタッカー(近接担当)シューター(射撃担当)といった部類が存在していますが、集団行動の多くは射撃によるせんめつが基本。役割分担を行うのは作戦において確かに必要ですが、正直どちらもこなせなせて当たり前だと憶えておいた方がいいです。かたよったプロフェッショナルというものは、よほど抜きんでていない限り、兵士としては使えません。……異形の多くは人よりもサイズが大きい個体が多いです。長期間の作戦など、よほど弾薬を節約しなくてはならない状況でも無い限り、近接戦闘は極力、行わないようにします。近づけばそれだけ危険度が増すわけですから――サイファーの基本は射撃であると憶えていた方が良いです」


 あかり、晴道、英二も集団に習って、ライフルの装備を確認していた。

 授業で習った通りの方法とはいえ、現場の空気が違うと、行っている内容は別のように感じる。


「へえー。射撃だってよ。おれと晴道は近接(アタッカー)メインでやってたから、技術でいったらあかりに負けちゃうかもな」


「お前は典型的な偏ってる部類にはいるからな。少しは射撃を頑張らなければな」


「ハルミは器用貧乏なところがあるからねー。何でもできるけど深くはできないってやつ」


「それは――ぜったい褒め言葉じゃないだろ……」


 目を細めた晴道は渋い表情になる。


「そして……この訓練において皆さんには、重要な装備を持って貰ってます。加藤さん、お願いします」


 そう言われて、加藤は自分の太もも部分に差し込んである、三本の細長い銀色のくぎみたいなもの。その内の一本を引き抜いて、全員に見えるよう、天高くかかげて見せた。


「えっと――もう関原養成所の魔導科の人たちには、もう慣れ親しまれている道具かも知れないけど、この杭は結釘アンカーネイルっていって、非常に重要な魔 (Anti)術 兵(Unknown)( Wepon)。今後の授業――いや、現地でとても重要な役割を持つ道具だから憶えておくようにしてね。………………え? もう授業で習った? 普通科の子たちも? …………あ、そうなんだ。コレはしっけい失敬。そうだよね。試験兵なんだからもう知ってるかぁ。――――ええっと、この道具は平たく言ってしまうと〝簡単に作れる(インスタント)結界キット〟……最低でも二本。地面に差し込んで一面体の、三本差して立体的な結界を作る事が可能な道具なんだ」


 すでに生徒たちが背負っているバッグの中には同じように、結釘が入っていた。


結釘(アンカーネイル)に関しては、今日は使用しない。授業でどう習っているかは知らないけども、外部から人を守るため以外にも、異形を抑え込む『囲い』としても使用されたり。一部、現役のサイファーは結釘(アンカーネイル)を重要視している人もいるくらいだから、異界の中ではなくさない方が良いよ。この手の小物って、けっこう始末書が厄介で、僕も何度か異界で落としたりしたことがあって、それで――」


 何故か失敗談に話がすげ変わり始めた所で、古都子が咳払いをして加藤に合図した。


「と、とにかく。貴重品だ。注意して扱うようにね。場合によっては命を助けてくれる優秀な道具なんだ。…………芦栂さん。そろそろ時間でしょ?」


「……………………そうですね。二分ほど早いですが、神乃く――コホン。神乃隊長のサポートに行ってきます」


 思わず素が出てしまった古都子は寸でで言葉を飲み込み、加藤に向かって一度敬礼をして、その場を去る。


「――人を教える時の振る舞いって、難しいよねぇ。僕も何言って良いのかわからないよ」


 古都子の背中を見ながら、加藤は一人、大勢の生徒の前。聞こえぬようぼやいた。


「副隊長の手前、あまり変なこと言えないし、君たちを不安にさせるつもりは無いんだけどさ……正直、どう教えていいのか。僕らも手探りでね。僕だけが喋って聞いてるのも疲れるだろう? 何か、質問は無いかい?」


 いきなり質問をしてもいい、と言われ、何をどう聞いていいか解らない生徒たち。全員が静まったまま。

 そこへ――服ごしでもわかる細い腕が、ゆっくりと上がった。


「はい。そこの君」


 喋る許可が下りたと認識した少女は、一度敬礼をして、質問に移った。


「関原養成所。二年魔導科。一級魔導試兵の石蕗(つわぶき)祈理いのりと申します。…………大変ぶしつけな質問で恐縮なのですが、加藤士征三位(しせいさんい)は異界で恐いと思った事はありますでしょうか」


 真剣な眼差しで、石蕗祈理と名乗った少女はゆっくり、そしてハッキリと。加藤に向かって問いかけた。

 ――あれ? 僕……自分の階級を喋ったっけ?

 自分の言ったことを巻き戻しても、名乗った覚えは無い。

 どうやって調べたのか、知ったのかは解らないが、

 そういった意味でも、さすがは魔導科(・・・・・・・)……しかも一等試兵ならぬ、一級試兵(エリート)ときたもんだ。

 魔導科は一般的な兵士とは違って、魔導……つまりは魔術分野を専門にして能力を伸ばしている生徒である。『魔導科』で登るルートは普通科とは違い、サイファーとなれば『サイファーの階級』と『魔導師』としての階級も同時に与えられ、魔導師(グレード)のある兵士は常に同じ順位でも一階級上の扱いを受けている。

 ――って、ことは。芦栂さんと同じ種類の子か。

 何人かの生徒たちは失笑する。恐いことなんかあるわけ無いだろ、と言いたげな表情だった。

 加藤はたっぷり間を開けて、ゆっくり……自分へ言い聞かせるように答える。


「………………うん。とても恐い。ああその通りだ。凄く恐いよ」


 笑っていた生徒たちの顔が、一気にげんなものへと変化する。

 加藤の中では様々な記憶がある。異界にいた記憶。

 戦う時はいつだって、異形がいた。

 じっくり、言葉を探して……加藤は説明を始めた。


「そもそも、人と戦う事だって恐いんだ。それなのに映画やゲームでしか見たことのない、エイリアンみたいな怪物と戦う事に、恐くない人間は―― 一人もいない。そうだろう?」


 第一線で戦う人間が、嘘偽りなく『恐い』と語る。

 加藤は今まで浮かべていた笑みを消し去り、角張った指で異界の方向とは逆の、外側を示した。


「でも、よーく考えてみてくれ。君たちがココに来る時くぐってきた壁。二重に張られた壁の向こう側は、まだ人が住んでいる。…………来る時に見ただろう? まだ人があんなちっぽけな壁の向こう側で大勢暮らしているんだ」


 加藤の話に、生徒たちの表情は真剣になって聞いていた。


「もし、あの壁を超えられたら、また多くの人が死ぬ。そして異形を更に自由にしてしまう……ソレだけは断じて避けなければいけない。勝てれば良いんだ。常に勝ち続けるには、生き残れれば良いんだ。戦う時に恐いのは短い時間だ。でも負ければ恐いよりも、ずっと多くのものを確実に失う。そして戦った時よりも長い不安を過ごすこととなる。――――僕にとっては、そっちの方がよっぽど恐い」


 全員と、そして質問者の石蕗祈理を見たあと、加藤は腕時計を確認し、再び全員を見る。


「まず身につけて欲しいのは、恐れないこと……まあ、恐怖なんてのはゼロにはできない。…………正確にいうと『狂気』だね。恐怖が心をむしばむと恐慌状態になる。パニックになればその時点で誰かが死ぬのだと。しっかり心得ておくと良いよ。コレは強くなるための訓練ではない。みんなが……一人でも生き残れるような。そんな訓練だ。憶えておいてね」


 加藤の話に、全員が「はい」と声を揃える。


「それじゃ時間だから、そろそろ行こうか。すでに神乃隊長が周囲のエリアを確認しにいっている。芦栂副隊長も遠距離から見張っている。…………脅威ではないにしろ、命の危険は常にある状態だ。くれぐれも油断しないように。そこのところヨロシク」


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