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「おー。十河よくやったぜ!」
「アイツはやればできる子だからな!」
「間宮君! 二回戦もいっちゃえー!」
「が……がんば、てー……」
誠は賞賛の声を送り、
エリィは先ほどの罵倒はどこへ行ったのか。
一勝を納めた喜びに、つい声を上げる遥佳。
那夏のか細い声は周りにかき消された。
「………………不満そうね」
真結良の顔を見て、絵里は不適な笑いを浮かべる。
「不満というわけでは無いが…………少し疑問に思ったんだ」
「へえ? どんな?」
「なんで、彼はわざとポイントを取られたんだ?」
「…………さあ。実力が足りないのか、ただ単に運が悪かったのか。疑問に思うような程の事じゃ無いと思うけど?」
「彼からは〝勝ち気〟が感じられない……どこか、わざとらしさ……計略にも似た流れというか。当たり障りの無い動きで、ギリギリ勝ったように見せかけたように見えた」
――――そう。彼が受けたダメージはゼロと言ってもよかった。痛みを伴わないすれすれでの接触によってポイントを奪われていただけ。まるで圧倒的な大差を避けるため、意図的にポイントを与えていたような…………。
あくまでも自分の考えであり、思いこみなのかもしれない。
軽はずみな発言として受け取られたくはなかったので、
真結良は口に出すことはなかった。
「ふうん――貴女には、そう見えるのね」
誰にも聞こえないように、絵里は小さく呟いた。
二回戦目……十河の動きは一気に失速する。
はじめに見せた目を見張るようなカウンターを出した人間とは別人。
一ポイントも取ることが出来ずに、十河は敗退した。
「俺はお前が全勝してくれることに期待してたんだぜぇ?」
戻ってきた十河をねぎらうように、誠は肩を叩いた。
「……じゃあ、お前がやればいい」
「そうだな。じゃあ見てろよ。俺の華麗な剣裁き。バッタバッタとなぎ倒してやるぜ!」
「ふん。バカめ。お前等は何もわかっておらんようだな」
急に何を言い出したのかと、全員がエリィの言葉に注目した。
「お前らに出番はない。なぜならば我が――」
「はいエリィちゃん。次はじまっちゃうから、いってらっしゃい」
「ちょま! ハルカ! もっとカッコつけさせんかっ!」
押し出されるようにして、エリィ・オルタは剣を担いで、舞台に立つ。
彼女が担ぐ剣は、一回り大きく見える。
いや、むしろ『大剣』のそれだ。
これは単なる一つの錯覚であり、剣が大きいのではなく、
正確にはエリィ自体が小さいだけなのだ――と誰もが思っていたが、
彼女は剣のサイズ選びを間違っていて、よりにもよって一番大きな剣をチョイスしていたという。誰も知らない別の要素も加わり、彼女を二回りも小さく見させていた。
十河に勝って、調子が付いて来た二番手の女生徒は、やる気に満ちた勢いを放っていた。
「ふっふっふ。トウガ如きへなちょこに勝ったからといって、甘く見ないことだな。いい気になるのも今のうちだ。どんな努力を重ねようとも決して超えること叶わぬ、絶対的な力の差というものを見せつけてやろうではないか。ここから先はずっと
我のターンだ。お前はただ畏れることしか出来ぬのじゃよ。フッフッフ」
「え? あの……いま、なんか言ってた?」
どうやら本気で聞こえていなかったらしい。女性徒は首を傾げる。
「……………………むぐぐ。……に、二回も言わせようとするとは、末恐ろしいほどの策士だな。いま言ったのはカッコイイ言葉だったのだ。……渾身のかっこ付けだったのだ! カッコイイ言葉を言い直ししたら、格好良さが百八十度ブッ飛んで、軽く恥ずか死ねるだろうが!」
「…………無駄口をやめて、早く構えろ」
あきれ顔の教官が両者を促す。
「さあ……びーびー泣かせてやるぞ!」
…………魔術兵器の中でも『刀剣類』は特に魔術の恩恵を受ける。
訓練用は調整されているが、本物の武器ともなれば、切れ味や強度、重さも魔術によって補正を受け、通常の抜き身と比べれば、刃こぼれしづらくなり、魔術自体がシンプルに構成されているため、魔術兵器に流し込まなくてはいけない魔力はもっとも少量。最良のパフォーマンスを発揮できるのだ。
何よりも利便性が挙げられるとすれば、
銃火器とは違って、近接武器は攻撃するのに弾薬などの消耗品を使わない所。
つまり――持ち主の魔力と体力が続く限り、半永久的な使用が可能。
時代の流れ、技術の進化から、必然的に接近戦が廃れていった現代において、
戦いに、再び刀剣が姿を現すだろうと誰が考えただろうか。
古代ローマの歴史家クルティウス・ルフスが遺した、
――『歴史は繰り返す』という言葉の通りである。
良きも悪きも歴史はくり返す。
異形と戦うためには、銃による訓練だけは生き残れない。
だからこそ、近接武器は銃器よりも、大きな有用性をもたらす。
しかし、これらの長所と表裏一体の短所として、
近接戦の武器が故。攻撃を当てるには敵に接近しなくてはならない点が大きなリスクとなる。
異形との戦闘において、距離を置いた銃撃戦よりも、近接戦は格段に危険が増す。
積み重ねられる経験と鍛錬は、イコール自身の生存率へと直結する。
実戦訓練の重要性は生徒の誰もが認知している事実であるのだ。
――それを踏まえて評価するのなら、
エリイ・オルタは前線に出たら、間違いなく死ぬ。
谷原真結良は、落胆したような視線を向けながら分析――現実的かつ冷徹な判断を下した。
「うわぁぁぁぁああん! ぜんっぜん取れんかったよぉぉぅうう!」
終始、身に余り続けた剣を引きずりながら、
エリィ・オルタは宣言通り、泣きながら帰ってきた。
「ほら、そんなに泣かないで。はいティッシュ……鼻水でちゃってるよ」
「おおぅ。ハルカはやぅさしいなぁ。マジ天使……ブー、ブッブ。……結婚してくれ」
散々、啖呵を切っておきながらこの体たらく。
道化を通り越して憐れみさえ感じてしまう。
「だっさ………………ほんっと、無様ね」
絵里はわざと聞こえるように毒突く。
市ノ瀬絵里の事は、好意的とは思っていなかったが、
少なからず、その意見にだけはシンパシーを感じる。
絵里の追い込みめいた暴言に、エリィは悔しさのあまり更に泣いた。
それこそ自分で言い放った『びーびー泣く』の体現である。
「はいよしよし。……次は――五将、那夏ちゃんだね。がんばって」
膝を付きエリィを宥めつつ、遙佳は顔を上げた。
「…………うん。じゃあ。いってきます」
「那夏……無理はすんじゃないわよ」
「あ、ありがとう。絵里ちゃん。が、がんばって……みる」
ゆったりと、ゆったりとした動作で中央に立ち、稲弓那夏は剣を構えた。
腕力が無いのか、剣先は一点に留まらず、揺れていた。
――案の定、結果は火を見るよりも明らかであった。
センスの欠片も感じられない。元々戦いとは無縁であった少年少女が集められているのだ。戦い慣れしている方がどうかしているのだが……。
それでも、一本くらいはポイントを取って欲しかったものだった。
稲弓那夏も、先のエリィ・オルタ同様、
一度も貢献できることなくストレート負け。惨敗に帰した。
外見からしても、那夏は体の芯が細い。性格もどこか消極的な印象を受ける。
総合的に分析しても、近接で戦えるような人間には見えなかった。
まあ、良かった点を挙げるのならば、痛みに耐えながらも、最後まで諦めなかったことか。
気持ちも、か細いのかと思ったが、意外に根性骨はあるらしい。
「ご、ごめん……わたし…………」
悲しみを通り越して、今にも自然死してしまいそうな落胆ぶりで帰ってくる那夏。
「別に死ぬことでも無いし。…………まあ、アンタはこの手の戦闘に向いていないから、仕方ないわ」
嫌味の一つでも出てくるかと思いきや、絵里は那夏をフォローした。
「おい。我とまったく同じ末路だったのに、なんじゃ我となっつんの態度の違いは……」
「同じ扱いしたら、那夏がかわいそうじゃないの」
「ぐ! ぐぬぬぬ。今だけは、……今だけは、なっつんになりたい!」
彼女らの遣り取りを傍観しながら、真結良は心の中で思った。
市ノ瀬絵里は少し考え違いをしているのだろうが、
これは死ぬか生きるかを左右する実戦訓練であり、
もし実際の戦場ならば次は無いのだ、と。
訓練とは実戦の為に存在する物で、訓練ならば失敗していいなどという道理はない。
仕損じる事が訓練の常となるなら、実際で完璧にこなすことなど出来はしない。