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児玉英二は全員が移動を開始し始めた中で、佐久間晴道に並んで話しかける。
「なあなあ。あのお姉さんやばくね? 超セクシー」
「英二……お前の目標達成だ。よかったな」
訓練がはじまる直前だというのに、ここまで余裕があるのかと晴道は思う。
『訓練』よりも『お姉さん』に思考が行っている時点で、彼はよほどの器を持った大物か、底抜けの馬鹿かどちらかだ。…………晴道はどちらか知っている。後者――馬鹿の方である。
底抜けは言いすぎかもしれないが、それに近しいものがあるのは、長年の付き合いでよく解っている。
無言で北川あかりが英二の背中を叩いた。
「いって、なんだよあかり」
「…………――なんでもないし。ハルミもなんとか言ってやってよ」
「馬鹿は死ななきゃ治らない。コレに尽きる」
「うっわ。出た出た。毒舌メガネ。べつにいいじゃないかよぉ」
目を細めながら口を尖らせ、英二は交互に不満を口にする。
「別にいいだろー。おれが何を言おうとも勝手じゃないかよー」
――まったく。他人の気も知らないで。
ときどき晴道は自由奔放な英二の態度に、怒りのような物を感じるときがある。
………………いや、この場合『嫉妬』といった方が正しいのか。
――彼ら三人はパンドラクライシスよりも以前から、単純に親同士の近所付き合いから派生した、幼なじみであり、仲の良い友達として長い年月を過ごしていた。
そんな彼らの日常はパンドラクライシスによって破壊された。
国によって行われた住民の隔離。
異常に晒され倒錯する人々。
日を追うごとに増えてゆく刻印覚醒者。
幸いにも、住んでいた地域は都心部ではなかったために、彼らの家族たちが壁の中で暮らさずには済んだものの――三人はそうも行かなかった。
時期に多少の誤差があって刻印が現れ、三人は離れ離れとなり、壁の中の施設へ、一時的名保護のもと生活を送った。
そして……運命の巡り合わせか、三人は再び同じ訓練所で再会を果たした。
幼い子供のようにはしゃいで泣き喜ぶあかり顔を、晴道は今でも覚えている。
運命などとと……晴道はそんな大仰さのある存在を心から信じていたわけではないが、もし自分たち三人が人為的であれ、偶然が生み出した産物であれ……大きく感謝している。
この先の不安に潰されそうだった自分を、二人と再会したことによって、少しは救いとなってくれた気がしたからだ。
初めから知り合いだという理由の延長として、班を組むのは自然の成り行きだった。
――ただ、いつからだろうか。
いつも幼なじみだったあかりを、晴道は『女の子』として見始めていた。
デリカシーのない英二は特に何も考えていないようだったが、あかりも似たようなもので自分の事を女の子として考えていないようだった。
二人とは違う感情に気がついた晴道は、なるべく彼らに対し、自分の変化を悟られぬように、いつもの自分を装う事で――いつもと変わらない三人の関係性を維持していた。
そうしている内に、晴道は自分以外にも変化している事に気づいていてしまった。
――北川あかりの気持ちである。
単なる思い做しであると思っていたが、彼女が送る視線は、自分が発していたものとおなじであると確信に至った。……彼女が見る先は、自分では無く児玉英二に向けられていた。
不思議と……。焦りとか、怒りとか、嫉妬とか。そういうものは浮かばなかった。ただあったのは、英二ではない誰かではなくて良かったと思った事。もちろん英二はあかりの気持ちを知らない。あかりも晴道の気持ちを知らない。
駆け引きなしに、結びついていた。これからも同じように繋がってゆくのだと……そう信じたいのだが。
――晴道はただ、この関係に終止符を打つ日が来るかもしれないと、密かに予感している。
自分の気持ちを、いつかは伝えたいと思うし、あかりの思いを知った英二がどう動くかもわからない。
きっと、前に出てしまえば、昔のようには戻れなくなる。
失って得るのか。今とは違う何かに変わってしまうのか。
晴道の場合…………訓練よりも、日々膨らんでゆく想いとの葛藤のほうがよっぽど大変だった。