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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
127/264

<7>-2

 三人が話している場所とは違う方向から、

 ――――試験兵が待機している場所に、一人の青年が歩調はやく移動していた。

 近くにいた関原、旧三鷹、二つの訓練所の生徒はその姿に思わず視線を集める。

 黒のロングコート、訓練所の正装とも違い、何よりも試験兵の証である腕章がない。

 金髪にピアスを付けた恰好であるが、目つき険しく、どことなく他人を圧するオーラのような雰囲気を振りまいていた。

 …………間違いなく、青年はサイファーだった。

 並行して歩く隣には、背丈共に小柄な女性。彼女もまた同じ服装。

 髪の毛を薄紫に染めて、左目を隠した姿。どことなくパンクな雰囲気をかもし出している。

 青年と同じく。開けた右目は睨むような視線を、行く先に向けていた。



 ――――ついに、始まる。

 集まっていた生徒たちの緊張が高まり、二人の行く先を目で追う。

 待機場所の中心で青年は立ち止まり、

 手を挙げながら声を大にして叫んだ。


「はいはーい! ルーキーのみなさぁぁん!? 全員、しゅーごーっすよぉおぉぉおおっ!」


 青年が手を挙げながら、声をかけた。

 駆け足で全員が揃い、各学校ごとに列を整えて並ぶ。

 訓練所から一人ずつ、同行の担当官がいたが、普段とは違う雰囲気に生徒と同じように緊張していた。

 第一声は青年から放たれたのか? と疑うほど、顔つきと声かけがマッチしていなかったが、生徒たちにとっては至極どうでもいいことだった。

 鋭い目をして、睨み付けるように一人一人の顔を確認し、

 さあ、これからどんな訓練が開始されるのか緊張が高まる中。



 ――青年は「ぷっ(・・)」っと笑い出した。



 初めは、我慢したくしゃみが変な形で飛び出したのかと誰もが思ったのだが、

 単純に、青年は気を張った演技に耐えきれず、吹き出してしまっただけだった。


「ナッハハハハハハ! やあやあ! ようこそ異界へ! 俺ッちらがこの訓練を担当させていただきますせんざきとぉぉ……お隣にいます、この女の子がぁ……」


林藤りんどう……でーす」


 妙にテンションが高く笑顔を振りまく青年。いかつい金髪ピアスが、

 一気に軽薄そうな〝チャラチャラ男〟といった印象に置き換わった。

 そして、同じくらいの歳の女性に関しては、言葉ではテンションが高いものの、一切のよくようが無く、棒読みな言い方だった。先ほどのきつい目つきから一転。眠そうな右目になっていた。

 ただ……両手をいわゆる〝キツネ〟の形にして顔の前で振っている姿は、真面目なのかているのか。なんともシュール。


「いやぁ、異界って娯楽が皆無っすから、長時間労働やってると、どうしてもテンション高くなっちゃうんすよぉ。…………君たちわかるかな? どうしても眠くて眠くて、でも寝たらマジ怒られるからおきてるんっすけど。ある程度、とうげが過ぎるとお目々ぱっちり。はいぱーてんしょんになるあれっす。加えて初々しいルーキーさん達みれて、俺たちも偉くなったなぁって思っちゃうっす。二重にテンションあがるっす」


「うんうん。よくわかる。うんうん」


「こうやって見ると、俺らも試験兵だった頃がなつかしいっすよ。もうマジびびりまくってたっすもん」


「うんうん。そうだね。うんうんうん」


「ここに御座おわす。ちゃんも今ではサイファーだけども、ここだけの話……ビービー泣いてたんっすよ。もう鼻水なのかよだれなのか解らないようなん、出てたっす」


「サナカちゃん言うな。それに泣いてないし。嘘言うな。……なぐるよ」


 そう言いながら林藤佐奈香は、眠たそうな目つきで仙崎の腕に放つ。

 声に感情が乗っていないものの――動きは軽快。抉るような、鋭いジャブ。


「いてて。いてて……あれ? よだれと鼻水は否定しない?」


「……………………………………しんじゃえよ。仙崎」


「い、いたいいたいっす! 声がフラットだけどパワーが本気! 腕にアザできる。やめて! なんでほかの……とうさんとか言っても殴らないじゃん。なんで俺ばっかいっつも殴るっすか!?」


「加藤さんは、年上で上官。頼れる人。…………仙崎は頼りない同期だから、あたりまえ」


「同期に厳しいッ!? あうちッ!」


「さっさと。仙崎のつまらない話を進めないと。周りが飽きちゃうよ」


「つまらないの? えぇ!? みんなつまらないっすかあ!?」


 軽い。……あまりにも気持ちがチャラチャラしていて、生徒たちは呆れていた。

 ――こんなのがサイファーにいるとは、驚きである。

 ただ、誰も不満な意見を述べないのは、(ひとえ)に青年が上官だからにおいて他ならない。

 自分たちのような試験兵ではなく、何度も異界に入っているサイファー。

 …………それも、あのトップクラスの実力を持つ、神乃苑樹が率いる班の一人なのだ。


「だいじょうぶっすよ。異界は良いとこ、一度はおいでって言うくらいっすから、もしかしたら癖になっちゃうかもしれないっすよ。へっへへ」


 仙崎がヘラヘラする中、林藤佐奈香は自分を馬鹿にされたことを、まだ腹立てているのか、仙崎の尻に絶えずバスンバスンと、重いミドルキックを入れ続ける。

 いったい、いつになったら訓練が始まるのかと、試験兵の誰もが気を緩ませしゃに構え始めたところ。



 …………最後尾から、重いせきばらい。



 その声に、びくりと顔を凍り付かせたサイファー二人。


「うふふ…………仙崎くん?」


 優雅な声。試験兵たちが振り向くと、そこにはいつの間にいたのか、若い女性が立っていた。

 モデルも欠くやというほどの長い足。腕を組んで微笑む姿。

 意識せずとも自然に、母性に似た優美さが溢れ出ている。そんな女性だった。


「ゔ……あ、あしつが副隊長…………全員気を付けッ! 敬礼!」


 焦りと共に叫んだ仙崎。今までとは違う張り詰める空気に、試験兵たちは体を硬直させた。

 呼吸することもはばかられるような雰囲気の中、じゃを踏み締める音だけが場を支配する。

 仙崎の前に立ち、芦栂と呼ばれた女性は笑みを絶やさず。


「おかしいわね。隊長はみんなを連れてくるように命令したはずよ? 誰がこんな所でコントをやれと言ったのかしら?」


「み、みんなが、緊張してるから。ちょっとほぐしてあげようかと、……そう、おもいましたであります! よ、よよ余興的な――やっぱり、副隊長……怒ってます?」


「…………ばか。クチとじろ仙崎」


 余計なことをこれ以上言うなと、佐奈香は死角から仙崎を殴った。


「うふふ。緊張は大事だと思うの。仙崎くん。緩んだ気持ちのまま異界に居れば、命の危険に関わってくるかもしれないというのは、知っているわよね? 仙崎くんは身をもって体験しているはずだけど?」


「はい。おっちゃ――お、仰るとおりでありますっす」


 普段は仏のような人だが、いま――凄く怒っている(・・・・・・・)

 班のメンバー。隊長以外の人間なら、気軽に会話ができる仙崎であったが、普段から良くして貰っている彼女、

 神乃班副隊長――あしつがは、優しくもあり、厳しくもある。

 …………そして、怒るときは表面に現さず。腹の底でふっとうさせているような怒り方をする。

 ゆっくりとした喋り方。時に見せる優雅な振る舞い。しかし……彼女の事を知っているがゆえ。その落ち着いた様子が、なおのこと仙崎の緊張をあおった。


「あの人。時間にうるさいからきっと怒ってるわね。きっと顔色変えずに言うと思うわよ『そんなに元気があるなら一人で偵察に行かせてやる。どうした、嬉しいだろ? 偵察はお前の専売特許だろ。それしか能が無い馬鹿野郎が。ほら笑えよ仙崎。馬鹿は馬鹿らしく馬鹿みたいに笑えよ』って」


「………………………………」


 瞳から光を失った仙崎は、黙って直立したまま動かない。

 ――――そこまで、あの人は言葉責め凄くないっす。完全に副隊長の個人思考が混じってるっす。マジひどい。泣きたくなるっす。

 口答えしたら、どんな仕打ちが来るのか解らないので、仙崎は素直に従う。


「はい。わかったらすぐに隊長の所へ行ってらっしゃい。ここは私が進めるから」


「し、しつれいしますっす!」


 ようやく解放され、首輪の取れた羊が逃げ出すように走り出す仙崎。林藤もどさくさに紛れてついて行こうとして、


「…………林藤さーん。あなたはここに残って。……指示あるまで待機です」


「……………………………………ふぁひ。ごめんなさい」


 ――まったく、と。鼻を鳴らしてうれいを帯びた小さな溜息。何をやっても絵になる女性。

 その視線がようやく、生徒たちに向けられると、一同の緊張は更に高まった。

 端にいる林藤を無視したまま、彼女は話を再開した。


「――ふう。ごめんなさいね。貴方たちの貴重な時間をあんな下らない事で取らせてしまって。訓練を指導する側で行うのは初めてなので、手順の悪さも含め了承してもらえたらと思います。……改めて。ようこそ。試験兵のみなさん。神乃班の副隊長をしております芦栂古都子あしつが ことこと申します。早速ですが場所を移動しますので付いて来て下さい」


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