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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
124/264

<5>-2

 班部屋チームルームを出て左右の通路を見ると、さほど離れていない場所に、谷原真結良がとぼとぼ歩いているのを遙佳は見つけ、駆け寄る。


「真結良ちゃんっ」


 呼びかけても彼女は振り向かないまま、手を出して遙佳を止めた。


「こ、来ないでくれ。顔を……見られたくない」


 鼻をすする声。どうしても放って置けない遙佳。


「じゃあ……後ろ着いていくだけでも、お願い。顔は見ないから」


 誰もいないことが幸いした。もし誰かいれば同じ理由でだっごとく駆け出していただろう。

 真結良は小さく頷く。落ち込んだ小さな背中が傷ましく、どうにか声をかけてあげようにも、きっとその行為は彼女の心に塩を塗り込むのと同じだ。

 当てもなく――というよりも、真結良は施設を完全に把握しておらず、戸惑いながら、できるだけ人のいない場所を。……思考は単純に屋外へ、技能エリアの裏手に辿たどり着いた。



 一日に僅かな時間しか光が差さないのか、うっすら足に肌寒さを感じる建物の裏側。雑草すら生えておらず、すぐ向かい側は薄汚れたフェンスによって仕切られていた。

 真結良は力なく、自分の体を支えるようにしてフェンスの隙間に指をかける。


「…………くやしい。なにも、言い返せなかった。……いや。言い返せるような正論なんて、理に適った言葉を放てるほど、私は……何もやっていなかったんだ」


 一度……鼻をすすり、顔を伏せる。


「友達の――きょうの事を言われたら、どうしても言い返さずにはいられなくて。すごく……腹が立ってしまって」


「うん……わかるよ。私も同じ立場だったら、きっと怒ってるもん」


「しかし、くさかの言う通りだ。この怒りは……何もできなかった自分への怒りなのかもしれない。じょうに反応していたのは、きっと隠すためだったんだ。彼女を理由にして怒ることによって、私の……私自身の無力を怒りで、誤魔化していたのだ」


 誰かに指摘されて、初めて気がついた自分の心。

 出会ったばかり。何も知らない男子に、言い負かされたのが、なおのこと悔しい。


「――私は、君たちがうらやましかった。それだけの力を持っている君たちが羨ましくて。

 授業の時の話だって、君たちは当たり前のみたいに遠い場所(異界)のことを話していた。……どうやっても手の届かない相手なのだと。そう思って……きっとどこかで諦めていた」


 ディセンバーズチルドレンだから。他の人と変わらないと認識していても、やはりどこかで力の差を、埋めることのできない隙間に対して、私は劣等感を抱いていた。


「いやだ。もうそんな考えになるのはいやなんだ。今よりも、いまよりも強く、なりたい」


 遙佳はもう、なにも言わなかった。返事も……短いあいづちさえも。彼女にかける言葉はない。

 もう、谷原真結良の中で、答えは出ているのだから。



 フェンスに絡まった指が強く握られ。

 ぐっと、一滴も流すまいと堪える涙。

 唇を噛んで、えつを飲み込む。


「こんな、――――こんなところで、折れてたまるかあぁぁあッ!」


 地面に向かって真結良はいっぱいに叫んだ。

 ぎゅっと握った指先。対して足は小刻みに震えていた。


「サイファーになるために……私にはそれしかないんだよッ! 他にはなにも……そこにしか私の居場所は、もうないんだッ!」


 彼女の中にある苦悩……日々、重さだけが増えてゆく。

 今まで、決して口に出さなかった弱気。

 遙佳は自分の胸に手をかさねて、強く握った。


「強く……強くなりたい。…………強くなりたい強くなりたい。強くなりたい強くなりたい。強くなりたい強くなりたい。強く強くつよくつよくつよく。……私が人を助けられるほど。誰かの為に。人のために強くなりたい。強くなりなりたい。君たちよりも――ディセンバーズチルドレンの誰よりも! あんなのに、まけるものか!」


 感情が抑えられず、真結良は駄駄をこねる子供みたいに片足を上げ、何度も何度も地面を叩く。震える自分の足を止めるため。抑えきれない気持ちを地面に向かって放出する。

 額をフェンスに沈め。呼吸する息さえも震えていた。



 なぜ、追い込まれてもなお、谷原真結良は、

 そこまでして兵士になろうとしているのか。

 何が、彼女を突き動かしているのだろうか。

 その小さな背中に、何を背負っているのか。

 強くあろうとし続ける心は、何を思うのか。



 強い思いはひしひしと感じるが、その理由に関しては――語られたことがなかった。

 最初に言ったとおり、遙佳は何も言わず、気遣いも声をかけることもしなかった。

 ただ黙って……真結良が出す答えを、待っていた。

 顔を上げた真結良は、振り返らず言った。


「決めた……私は。サイファーになる前に……ならなければいけないものができた。それになれなければ、サイファーなんかになれるはずない」


「……………………」


 ――きっと、簡単な事ではないだろうと、遙佳は直感する。彼女は今目指している目標よりも、更に高く、険しい場所を選んだのだと。ただ悩み抜いた末に辿り着いた道ならば、精一杯サポートしたいと思う。

 ようやく振り返った真結良。目が赤くなっていたものの、涙は出ていない。


「つまらんたいをみせてしまって、すまん」


 きまり悪く。自分のうなじを撫でて真結良は言う。

 まだ表情は固く。決意の中に笑みはなかった。


「そんなことないよ。私もできうる限りの事はしたいと思うし……でも自分と戦う時はいつだって一人だと思う。だとしても――私たちは班の仲間だから、一人にはしないよ。真結良ちゃんだったら乗り越えられると思ってるから」


「ありがとう。遙佳…………ちょっと草部に、言いたいことあるから、行ってくる」


「うん。いってらっしゃい」


 再燃した気持ちをぶつけるため、走り出し、あっという間にいなくなってしまった。


「――あんな風に、気持ちのあらん限りを、声にして吐き出せるのって、…………なんかうらやましいなぁ」


 一人残った遙佳は、彼女が踏み締めてへこんだ地面を眺めながら、独りごちに呟くのであった。



 一度決めたら、突き進もうとするのが真結良の性格だ。

 正しいのか、間違っているのか。それはやってみなくては解らないし、やる前にじっくりぎんするよりも、行動に起こして失敗したほうが良いと思っている。

 ――今回、自分が下した決定は『決意』である。良いか悪いかなど念頭などには無く、失敗すれば、それこそ今後のしん退たいにも関わってくる。己の価値を上げるも下げるも、今後の自分次第である。水面下でなど行うつもりはなく。堂々と宣言し、自分の退路を塞ぎ、横道に逸れぬよう、自分を追い込む。



 すぐさま班部屋(チームルーム)へと戻って、


「草部ッ!」


 ドアを開け放ち、開口一番。目的の男子を目で追った。

 どこから持ち出したのか、トランプをやっていた一同驚き視線を集中させる。

 目の周りを赤くした真結良に対して。誠がドアの外……彼女の向こう側を指さした。


「…………えぇっとー、蘇芳だったら、学科エリアの方に行くって、今さっき出てっちゃったけど?」


「じ、じゃまをしたな!」


 赤い目以上に、とんでもない肩すかしと、恥ずかしさで顔を染めた真結良は、力いっぱい扉を閉めた。

 大股でゆく真結良は、まっすぐ最初に来た道を戻って、連絡橋へ。

 通路の中程に彼はいた。長身と白のロングコート。

 手首に身につけていた金属製のバングルが光る。

 他の生徒とは明らかに身なりが違う人間。


「草部! …………草部蘇芳ッ!」


 大声で呼ばれると思っていなかった蘇芳は、一瞬だけ戸惑いの反応を見せ、振り向いた。


「アァ? …………なんだてめえか。班を辞める決心でもついたのか?」


「いいや。やめない!」


 何人かの生徒が、学科エリア側の通路から、彼らのやり取りに注目する。

 声を張り上げる真結良は、外野の視線など意に介さず、更に大きな声を張り上げた。


「私は負けない! 絶対、今よりも強くなって……私は、お前たちの班長に(・・・・・・・・)なってやる(・・・・・)!」


 思いも寄らなかった、連絡橋でのせんせいに、蘇芳は――あざける事をしなかった。

 代わりに、眉をしかめて挑戦的な笑みを浮かべた。


「コレはまた、えらく出っ張ってきたじゃねえかよ。大口叩くなんざでもできる。オレらの班に、お飾りなんか添えたって意味ねえってのは――――奴らの戦いを、外から観ていたというんだから、わかってんだろう?」


「ああ、もちろん。だからこそ……お前にいってるんだ。私は努力してお前達に追いつき、認めて貰った上で、班長になるんだ」


「…………くっくく。おもしれえ。口だけにならねえよう、せいぜいやってみろよ」


 蘇芳はコートのポケットに両手を入れて去って行く。

 彼の背中を、強い視線で追いながら、真結良は悔しさのざんを感じながら鼻をすすった。

 コレは宣戦布告である……いつか、草部蘇芳を打ち負かす。

 私は――大きなを掲げて、彼らディセンバーズチルドレン以上の兵士(サイファー)になるため、改めてここからを出発点とした。


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