<5>
――――問題児たちの授業は、一時間目が終わると昼まで何もなかった。
昼に実技訓練があるため、その準備をしなくてはならないからだ。
訓練の前に、皆でどこかゆっくりできる所を探そうと遙佳が意見を出す。
「委員長。俺たちはそんな問題をバッサリ解決してくれる場所を、このまえゲットしたじゃねえか」
フフンと得意げに誠は言う。…………何故だろうか、その顔に絵里はイラッとした。
「…………『班部屋』か」
誠が答えを言う前に、十河が素速く口を挟んだ。十河も少し自慢げな誠に……絵里と同じ感情を共感していたからだ。
「そ、そーだよそーだよ。せっかく寮以外で部屋ができたんだから、利用しなきゃ損じゃね? 周りの視線もないことだしよぉ」
「じゃなー。せっかく我らの部屋があってくつろげるなら、そっちの方がいいのじゃ」
「…………………………うん。さんせい」
エリィも那夏も乗り気。絵里と真結良は何も言わなかったが、否定をしないということは賛成である証であった。
学校の施設は大きく三つに分類される。勉学を主体とした『学科エリア』
刻印や魔力について学ぶ『特殊エリア』
……そして、心身を鍛える為の『技能エリア』だ。
問題児らは『学科エリア』から区画同士を繋ぐ連絡橋を使って『技能エリア』にある班部屋を目指す。
「今度、みんなで冷蔵庫とかテレビとか買おうぜー」
「…………また考えも無しに。そんなお金がどこから出てくるのよ」
一般的な補充品や最低限の消耗品などは無料で国から支給されるが、娯楽品などの品々に関してはタダとはいかない。生徒たちには毎月金銭が与えられている。しかしその料金は微々たるもの。好き放題ができるほどの金額ではない。
「………………そうだなぁ。バイト、とか?」
「なにそれ。しちめんどくさいわね。アタシは絶対手伝わないから」
「お? なんか面白そうじゃの! 駅でやってる着ぐるみのやつをやってみたいのじゃ!」
「ミニ子に合う着ぐるみなんてあんのかよ。ちょっと大きいくらいのゴミ袋に入っちまうくらいの背丈しかねえのによ。着ぐるみよりもボストンバッグの方がお似合いだぜ」
「うっさいわ! 脳みそおバカなお前じゃ、どうせなにもできんじゃろー」
ムキになって食いつくエリィに対して、あまり騒ぐなと十河が釘を刺す。
「試験兵になったら、学校から正式なお給料がもらえるし、他にも〝自由任務〟ができるから、それまでは普通にバイトとかしかできないよねぇ」
「自由……任務?」
遙佳が言っている事は、おおかた想像が付くのだが、真結良の語尾には思わず疑問符が出てきてしまった。誠は後ろ歩きをしながら、真結良に説明する。
「俺らっていま〝訓練二等〟だろ? 真結良ちゃんも知ってるだろうけど、俺らの階級は『訓練生』で、二階級上がったらようやく『試験兵』になるんだけど…………あれ? なんだっけか? 優良生徒の階級の正式名称……」
「…………『準試験兵』だろ。ちゃんと憶えておけよ」
「さっすが十河だぜ! つまり、訓練生と試験兵の間の階級である、優良生徒を除いた、大半の人間は『訓練二等』から『訓練一等』……晴れて訓練生を終えれば、試験兵に格上げできて……試験兵は、学校が独自に出している自由任務を取得して、個別の任務を行うことができるんだよな」
「――へえ」
下がりめになった語尾。興味ないようなニュアンスの答え方になってしまったが、真結良は大きく好奇心を揺さぶられた。それぞれ学校には独自に任務を持たせているという噂は聞いたことがある。任務がどんな内容なのかは知らないものの、訓練所の任務だ、きっと凄い内容に違いあるまい。
「外界とは違って、内界ってのはあちこち人手不足なのよ。だからお金払ってでも生徒の手も借りたいって所じゃないかしら? ブラックボックスが正式に認めた企業も内界での仕事を頼んでいるって話だし」
「…………おかね、いっぱい、もらえる、のかな?」
「那夏ちゃんがワクワクするほどは、貰えねぇんじゃねえかなぁ。流石に試験兵の任務が人目にさらされる掲示板に張り出されているわけじゃないから、そこまで詳しくは知らねえけど」
「バイト……か、私はやったことがないから、いまいちイメージが湧かんな」
学ぶことに一生懸命だったし、学校では外出許可も年に数回しかなかった。
…………そういえば、休みの日があろうとも三年間、一度も外出したことがなかったな。もっぱら自主訓練だったし、帰郷するにも実家の住所を知らなかったし……。
兵士として成長を実感できた士官学校の生活であったが、人との繋がりについては薄い日々だったと思う真結良。こうやって友達、仲間と他愛のない会話をしたこともなかった。
――班部屋は、『技能エリア』内部にある区画。部活動のために設けられた部室棟にある。
毎日部活動に勤しんでいる、部室利用者と同じくらい、班部屋を与えられた生徒たちの利用頻度も高く。利用目的の多くが、彼ら問題児たちと同じ理由で使用されていた。
まだ午前中ということもあって、広い廊下には生徒の姿はない。廊下の左右に、等間隔で内開きのドアが取り付けられている。
「そういえば……ここって鍵ないのか? 開けっ放しになってるけどよ」
誠がドアノブを捻ったところで後ろにいた遙佳に言った。
「鍵だったら貰ってるよ。そろそろ戸締まりに気を付けないとだね。今度バイト帰りに、みんなのぶんのスペアキー、作ってきてあげるよ」
「……………………え? 委員長ってバイトやってんの? 委員長なのに?」
誠の言い分は少しおかしい。〝委員長〟とは彼が作り出した勝手なイメージ。実際、遙佳は委員長でもなんでもない。どこの班でもいる、ただの副班長である。
「………………………………」
遙佳は少しだけ、目をきょろきょろ動かして。
「………………さささぁて、入ろうねぇっ」
言葉を濁すどころか、思いっきり誤魔化して誠の背中を強く押す。
捻られたままのドアノブによって、扉は力のままに開き、中に誠を押し入れた。
――――空足を踏み、部屋に入ったところで、
――――室内にいた先客に、誠は体が固まる。
部屋の中にいた人物も、不意の来訪者に驚いたようであった。
班部屋のソファーにどっかりと寝ころんでこちらを見遣る、金髪に染め上げたオールバックの少年。こちらを確認するや否や。どこか挑戦的な笑みを浮かべた。
「いよう……久方ぶりじゃあねえか」
第一声。力なく手を振る。見ず知らずの者に対しての挨拶にしては礼儀が足りていないのだろうが、メンバーにとって、少年と面識があったのなら、話は変わってくる。
「げ、蘇芳……」
反射的に誠の声が飛び出した。
「おいおい。もう少しばかり歓迎してもいいんじゃないのか? ようやく帰ってくることができたんだ。本当は昨日に出てきたんだが……てめえらがどこにいるかなんて見当もつかないからな。探し回ったときに、偶然この部屋の存在を知ったんだ」
少年の目つき鋭く。他人を威圧する眼光を放っていた。
突然の邂逅に停止していた真結良も、やっと思考活動を再開する……。
――彼が……話に聞く。席を空けていた……八人目の問題児。
「…………オレがいない間に、ずいぶんと豪勢な場所が確保できてるのには驚いたんだが、テメエら……いつからこんなにやる気になったんだ? 更に……見慣れない顔がいるじゃあねえかよ。誰だその女」
一瞬、自分の事を言われているのだと理解していなかった真結良は立ち尽くしたまま、ぼんやりと話を聞いているだけで、心ここにあらずな状態。
「おい。お前だよ。すっとぼけてんじゃねぇよ」
「――あ、すまん。君はメンバーの一人でいいんだな? まだ名前を聞いてなかった」
「おい。なんだそりゃ。なっちゃいねえな。お前は後から入ってきた新参だろ? だったら、まず自分から名乗るのが筋ってもんだ。やり直しな」
「そうだったな……。失礼した。私は谷原真結良。ついこの前、この班に加入させてもらったんだ」
「……谷原。……しらねえな。オレは草部だ。……で、谷原さんよ。また何でこんなクソ駄目な班なんて入ったんだ? コイツらがなんて呼ばれているかなんて知ってるんだろ?」
「ダメとは思ってないぞ。みんな良い人間ばかりだ」
「――よくいうわ。最初は程度が低いって、バカにしてたくせに。ウソツキ」
絵里は真結良だけに聞こえるよう、ぼそりと揚げ足を取る。
「草部。君がいない間にいろいろと聞いていたんだ。君たちがディセンバーズチルドレンだということも知っている」
蘇芳はすぐにムッとした顔に変化し、体を起こして座り直す。
「………………おい、誰だ。こんなヤツに馬鹿しゃべった、口の軽い阿呆は」
誰も何も言わない。言わないが……。
「すゅー、すゅすゅ、ひゅー、ひゅー」
口笛が吹けないのに窄めた唇から空気を漏らす音を立て、視線を斜め上に上げるベタな態度。両手を頭の上に置く少女が一人いた。
「……………………お前かよ。エリィ」
怒りと呆れが半々といった表情。
「し、仕方ないじゃろ! しゃべちゃったんじゃから! 文句あっか! スオーのくせに!」
「あぁん?」
ソファーから立ち上がり、
表情をわずかに顰めて蘇芳は一歩踏み出した。
「だぁあああん! 来るない! と、トウガ! 我を守れ! ガードじゃガード。あっちいけ。しっしっ!」
「偉そうな態度をとってそれか……。オレを都合良く利用すんなよ」
エリィを非難するが、近づいてくる蘇芳の進路を、十河は譲らなかった。
「よお、間宮ぁ。会いたかったぜぇ」
「……………………オレは出来ることなら、顔を見たくなかった」
「クックク。面と向かってソレかよ。お前との決着……まだついてねえんだ。しっかり白黒つけようぜ」
「オレは面倒なことは嫌いなんだ。だからオレの知らないところで勝手にやれば良いだろ」
「よく言う……お前とオレは似たもの同士だってのはよくわかってんだ。いい加減、そのツラ自分で剥がしてみせろよ」
軽くあしらい続ける十河に、蘇芳はさらに突っかかる。
「こーら! 草部君。せっかく帰ってきたのに、さっそく喧嘩するの?」
さすがに見ていられなくなり、蘇芳の横に立って見上げる遙佳。
見るからに危険そうな雰囲気を漂わせている彼を前にしても、臆することなく言う遙佳の姿に、真結良は内心かなり心配になる。
「別に喧嘩じゃないさ。ちょっとした挨拶みたいなもんだ……え? そうだろ? 間宮よぉ……」
「……………………」
「じゃあ挨拶も済んだことだし、ほらほらー。座って座って」
「わーってる。背中押すんじゃねえって」
遙佳はいつもと変わらぬ調子。他のメンバーと同じ態度で蘇芳を御し、椅子に座らせた。
さすがは問題児達のまとめ役。受け流したりするどころか、手際の良く御してしまった。
全員を席に座らせて、落ち着いたところで遙佳はにこやかに話し始める。
「でも、ほんと久しぶりだよね。草部君。元気だった?」
「当たり前だ。オレがへこんでいるとでも思ったか?」
「ううん。草部君のことだから、ぜんぜん反省してないんだろうなぁって」
「…………クックク。さすがは副班長だぜ。良く解っていらっしゃる」
皮肉を込めた態度と笑いに、機嫌を悪くした誠が言葉を挟む。
「お前のせいで、委員長は大変だったんだぞ。向こうの班の連中に謝りにいったり、やられた男子の所に見舞いにいったりとよ」
「……いきなり説教かよ。三歩歩いたらなんでも忘れちまうド阿呆野郎。自分のやること棚に上げて、説教かよ。随分と立派になったもんだな。え?」
「なぁんだとてめえッ!」
「まーた始まった。ほんっとめんどくさ。……顔合わせたら、いつもコレなんだから。うるさいったらありゃあしないわよ」
「…………でも、なんか……も、もとどおり、になった……きがする、ね」
両手で口を押さえ、なぜか楽しそうな目つきの那夏は、危なっかしい言い合いをする二人に目を行ったり来たりさせていた。
一通り言いたいことを言って、誠を黙らせた蘇芳は、足を組みながら髪の毛を掻き上げて……こんなつまらないヤツを相手にする時間がもったいないと言わんばかりに、別の話題を投げかけた。
「おい。懲罰房から外に出る時、耳にしたんだが。他の連中じゃまったく話にならなくてよ。てめえら、知ってるか? オレがぶち込まれてる間に訓練所で異形が出たそうじゃねぇかよ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
――また古い話じゃの、とエリィは一人プススと笑い、
残りの六人は、揃って時間停止。
普段から観察眼はそれなりにある蘇芳であるが、仮に彼が鈍感であったとしても、皆の動揺を見逃すはずもなく。
「…………おい、なんか知ってんだろ。…………どうなんだよ。エリィ」
「だ、だからなんで我なのだ、お前は!? ややややめろ、睨むな! そそそそんなふうに睨んだって怖くないもんねッ! スオーのくせに生意気なのじゃ!」
「たっぱも小さけりゃあ、口も軽いからな。お前は……。それにコレが普通だ。睨んでなんかねえよ」
「わ、我は何もしてないもん。一緒にマユランとみてただけじゃし。だから知らないもん」
「――ハァ。…………エリィ。まったくお前は。ソレってつまり『現場にいました』って言ってるのと同じじゃないか」
「……………………………………おうっふ。そうじゃな。……たしかに、そうじゃの。さすがトウガじゃ」
「マユラン――だと?」
十河はもう隠す必要がないと、親指を真結良の方へと向けた。蘇芳も察しがいったようで。
「ああ。そういうことか。オレはてっきり三年の連中か、サイファーでも絡んでるのかと思いきや。…………クッククククク! てめえらか? 異形をぶっ殺したとかいう連中は」
思わぬ所で抱えていた疑問が氷解したことによって、思わず蘇芳の口から笑いが飛び出した。
膝を叩き、初めて声を上げて笑う蘇芳は、何ともあくどい仕草だった。
「お前ら、最高すぎだぜ。……やる気出すにもココまでやるとはな。オレも懲罰房に入っていなけりゃ、喜んで参加したのによぉ。せっかくの楽しみをみすみす逃しちまったぜっ」
「……………………草部。ソレは違うんじゃないのか?」
差し挟んだ真結良の言葉は重かった。
一瞬で蘇芳の笑いが止まって、表情が苛立ちとして強張る。
「――――アァ?」
草部蘇芳の発言は気に入らなかった。喜ぶだの、楽しむだの……あの戦いにおいて、そんな気持ちを持っている人間は一人もいなかったはずである。
そもそも、戦う事に対して楽しみなどあるものか。
拳を握った指先がどんどん、冷たくなってゆく。
「あの戦いでは、生徒や外部から来た兵士達の犠牲者が出ているのだ。少しは嘆じる気持ちがあってもいいのではないか?」
「知るかよ。死んだヤツは、所詮その程度の人間だったって事だろうが……死んだ人間の事を、生きている人間がああでもないこうでもないと話したところで、何もかわらねえだろうが」
「……………………………………」
「…………いま一瞬だけ見せた、生きながらにして腐った目。――――そういうヤツ、何度も異界で見たことがあるぜ。異形に誰か知り合いでも殺されたか?」
「――――ッ!!」
「ビンゴか……くっくくく」
「な、なにがおかしいっ!」
口や態度が悪い人間であるが、どうにかして穏便に済まそうと思っていた真結良の逆鱗を、蘇芳は平然と蹴飛ばしていた。
「ぐじぐじと生っちょろい女が、よくもまあ、素性を理解しておいて、こんな班に入ったもんだと思ってよ。これが笑わずにいられるか」
少しばかりの心遣いもなく、あまりにも軽々しい態度に真結良の怒りはピークに達し、
――彼女の死をこんな人間に笑われたくはないと、机を叩いて椅子から立ち上がった。
「友達が……私の友達が、目の前で殺されたんだぞッ!」
どんどん顔が、体が熱くなって。怒りの熱は、冷たくなった指先にまで渡ろうとしていた。
誰も何も言わない。この件で発言できるのは、蘇芳と真結良だけしかいない。
熱を発する真結良とは真逆。草部蘇芳は座ったまま……今度は馬鹿にするような様子もなく。
「で。…………テメエはなにをしたんだよ?」
「………………」
「目の前で知り合いが殺されて……テメエはその時、何をしたんだって聞いてんだよ」
思い出す記憶が、自分の熱を奪って、思考が冷静になってゆく真結良。
「私は……何もできなかった」
「できなかったのに説教垂れてんじゃねぇよ。殺されたから殺し返したならまだしも、殺されてハイおしまい、だ? てめえはふざけてんのか? …………馬鹿にされたと思って、腹立てるのは結構だけどもよ。……テメエのその怒りの中に、まったく謂われのねえ自分に対しての呵責も含まれてるんだったら、そこら辺にしとかねえと、ぶっ殺すぞ」
心の奥底を見透かすようにして、蘇芳は怒りと合わせて煩わしそうな表情。
遙佳は怒りを静めてと。黙って真結良の袖を掴む。
自分の感情をどこに向かわせて良いのか、宙ぶらりんになった気持ちを遙佳が捕まえ、
真結良は気持ちを飲んで、椅子に座った。
「…………草部君。今のは言い過ぎだよ」
「おいおい、副班長もその女を庇うってか。お前の人の良さは分かっているが、んなの助けたって、その女の為になんかならねえぞ? クズがつけ上がるだけだ」
蘇芳に真結良の気持ちを救済するつもりは更々なく。いまの言葉に意味があるとすれば、遙佳に対しての助言といったところか。
唇を噛んで耐えている真結良の姿を見つめながら、蘇芳は背もたれに体を沈ませて体を反らす。
「……何でこの女は班に入ったんだ?」
「さあ? 強くなりたいんだって言ってたけど」
彼らのやり取りを何とも思っていない絵里は、いつもと変わらない、ドライな態度。
辛辣と皮肉を混ぜ合わせ『強く』の部分を強調するように言った。
「強くなりたいだ? おいおい、この班を使い勝手の良いトレーニングセンターかなんかと、勘違いしてるのか? 笑いにもなりゃあしねえぞ」
「強くなりたいと、思うことの――何が悪いんだというのだ……草部蘇芳」
「じゃあ、逆に聞くが。強くなりたいってことは、アンタ……弱いのか?」
「――――ッ」
「だよなぁ。目の前でやられたってことは、バケモノもその場にいたわけなんだから、何もできなかったって事は尻込みして逃げたって語らずとも解る。世の中にはな技量とか力の差やら経験から引き出される対応能力ってのは確かにあるもんだが、最終的に突き詰めれば複雑なんて物はねえ。『強い』のか『弱い』のか、だ。…………それだけで死ぬか生きぬか決まるんだ。だからテメエは弱い…………おまけに自分で認めている時点で終わってるな。クソの役にもたちゃあしねぇクソ女だ……。自分を雑魚だと胸を張って主張する人間を、喜んで受け入れる班だと? オレが居ない間、いつからこの班は愛護団体になったんだ? ええ?」
「………………………………」
「んなもん、周りが認める認めねえの問題じゃねえよ。…………まだ納得してねえって顔してるな。……ハッ、とことん理解できてないなアンタ。はなからアンタには、誰かに縋って生きようとする意識。あるいは甘えに似た無意識みたいなもんがある。そんな人間が異界に行ったところで、生かされたまま『挽き肉』にされて、くたばるのが関の山だ」
悔しい……悔しいほど的を得ている。
言葉で打ち据えられた真結良は、ゆっくりと立ち上がり、無言で扉を開けて出て行く。
「ま、真結良ちゃん!」
遙佳の声にも反応せず、真結良は立ち去ってしまった。
残されたのは、本来の問題児たち。蘇芳を責めようとする者はいなかった。真結良に味方している誠でさえ、言い方は酷くとも、蘇芳の主張に言い返せる言葉が見つからなかった。
「くだらねえ拾いもんしたな。蔵風」
「……草部君。そんな言い方」
「ようこそ。問題児の班へ。手取り足取り貴女の歯車になって強くなれるようお助けします、ってか? …………そんなもの、他でやらせろ。鬱陶しい」
「お前は少し言い過ぎな部分があるのじゃよ! マユランは良い娘なんじゃぞ!」
「良い子で世界が救えるんだったら、みんな良い子になってるさ。言っておくがオレは異形どもを殺したいって本気で思ってるんだ。てめらの誰よりも――な。あんなポンコツ女。置いておくだけ害にしかならねえよ。仲良しこよしをやりたいんだったら余所行け」
エリィの不満と、蘇芳の意見がぶつかり合う中、絵里は素知らぬ顔。
那夏に至っては、困り果てて頭を抱えてしまっていた。
遙佳は静かに立ち上がって、扉へと向かう。
「おいおい……どこいくんだよ。副班長」
「草部君。あんな言い方ってないよ。あまりにも酷すぎる。…………次、あんな事いったら、私も怒るからね!」
「おー恐い恐い。そこまで言うんだったら……そうならないよう、しっかりと教育しとけよな。場合によっちゃあ……オレから直接、身の程を教えてやってもいいんだぜ?」
渋い顔つきになった遙佳は、地面に視線を落として、部屋を飛び出してゆく。
椅子に座ってから、むっつり押し黙っていた間宮十河は、無表情ではあったものの、心の中はスカッとした気持ちになっていた。むしろ「もっと徹底的に言ってやれ」と蘇芳に声なきエールを送っていたくらいだ。
――――草部蘇芳。非常に面倒な男だが、
今日初めてコイツが、ちょっとした救世主のように見えた。