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日差しの強さに目を細めながら、車から降りる。
亜生を初めとする『黒服』達が本部から派遣された理由は、
――とある生徒の死亡。
人が死ぬ事件は、地区によってムラはあるものの、この内界において珍しい話ではない。
それでも、三十人以上の黒服と、彼らを指揮する亜生が呼ばれたと言うことは、よほどの事件に違いなかった。
訓練所からさほど離れていない倉庫。周囲が閑静な住宅街だったのは過去の話。閑静を通り越してほとんど無人街となっては、もはや廃墟。この倉庫も例に漏れず。内部に足を踏み入れる者は皆無であった。
亜生が後ろに付く形で、岩見は義足の右足を感じさせない足取りで、建物の中へと入る。
内部にはすでにブラックボックスの職員が作業を行っていた。
案内されるまま、更に奥へと進む。次の部屋に入ると、すぐさま異常な光景が飛び込んできた。
「これは、また……」
亜生は思わず口に手を当て。自分たちが呼ばれた訳を……ようやく理解する。
手始めに飛び込んできたものは……地面に広がっている赤。
血がペンキのようにまき散らされていて周囲に飛び散っている。中心には骨のようなものが皮膚や肉に支えられて突き立ち……頭蓋骨らしき部分は、一部に毛髪が付いているものの、半分は内側から爆散したように砕けていて、ほとんど原型をとどめていなかった。
どこが手足なのかも判別できない。目も当てられないバラバラ具合。
爆弾を飲み込まされた以外に考えつかない殺害方法。
おおよそ、真っ当な人の死に方とは、ほど遠かった。
黒服の一人が近づき、職員から受け取ったファイルを見ながら説明を始めた。
「正装の認識番号から、持ち主は甲村寛人。一年生だと判明しましています」
――甲村寛人。発見される前から、岩見はその名前を知っていた。
一年生の班同士で行われる試合……通称『代表戦』で、トレーニングスーツの不正操作を行ったと疑われている生徒だ。トレーニングスーツの操作は、普通の生徒では術式に干渉することが出来ないと断言できる。
試合後……彼はそのまま逃亡し、行方をくらました。
代表戦の対戦相手は蔵風遙佳が班長を務める、ディセンバーズチルドレンたちの班。以前発生した事件、校内に現れた異形の一件に続き、二度目の事件関与になる。コレがいったい何を意味するのか。…………二つの事件に、蔵風班に関わり合いがあるという点以外は関連性はない。偶然にしても、どこか因果めいている気がしてならなかった。
一部の人間にしか知られていない情報であるが『トレーニングスーツ』や、魔力、刻印、魔術の訓練を行う『特殊エリア』の仕組みは、極秘事項に定められ、訓練所のシステムは本部であるブラックボックスから派遣される魔術の知識がある者でしか調整ができない。つまり、身近でありながらも非常に高度な魔術だということ。昨日今日で魔術を学んだ者では、その構造自体を把握することは不可能なのだ。
――つまり、魔術において天賦の才能でもない限り、生徒による制御は不可能。
今まで、過去の成績や生活態度を見る限り、甲村寛人にその兆項はなかった。
自然と背後には『高度な魔術師レベル』の何者かが、糸を引いているという考えに至る。
惨たらしい死体――というよりも、ココまで来れば無秩序に散らかされた肉片――に対する免疫の少ない亜生にとっては、刺激が強いのか、まだ口から手が離れない。
「どう考えても……ココに彼以外の誰かがいたと思うのが、妥当ですね」
爆発の中心点をから、目を背けるも、どこを見ようと必ず、生々しい血痕がある状態。
「――亜生さん。この死体。少し変だとは思わないですか?」
「…………? 確かに。ココまで来れば、異常だとしか言いようがないですが」
「いやいや、僕が言いたいのはね。別にありまして」
言葉を理解できてない亜生は眉を寄せた。
医療用の薄いゴム手袋を付けて、岩見は近くにあった血液に触れる。
「ほら……」
「血が、なにかあるんですか?」
何も思い当たる節がない亜生に、岩見は人差し指と親指をすり合わせ、延ばして見せた。
「…………ここの血、全部乾いていないんですよ」
「――――!?」
「血液だけじゃない。骨にも肉にも虫が付いていない。変色の無いところから、まるで劣化していないんじゃないかな?」
「そんな、まさか……」
「昔、同僚から聞いた話なんですけどね。品種改良されたり防腐剤がべらぼうに入っている食べ物って、体に悪いって聞いたことがあるんです。食べ過ぎると体に蓄積されて、嘘かホントか死体になっても腐りづらいって話……」
「……………………」
「腐敗や酸化というのは自然の摂理。……基本的に腐敗を起こしているのは微生物が働いて起こる現象なんだけども。防腐剤ってのはそういった作用を阻害するためのものなんです。…………彼はいったい、何を食べたら、こんな風になってしまうのですかね」
「こ、ここにある血の全てが……乾いて、いない?」
改めてぐるりと見回す。真っ赤な血液と、どす黒い血液。
ついさっきまで血管の中で循環していたばかりのような新鮮さが、所狭しとあった。
「……乾燥もしない。虫も近寄らない。いや、この場合は避けているのかな。……世界の摂理から断絶された死体。…………よく動物が騒いだりすると天変地異の前触れだっていうけども、我々の目には見えない虫が寄りつかない彼の死体は、何を暗示しているのでしょうかね」
絶句する亜生に対して、岩見は初めて敵に対して向ける、鋭い顔つきへと変貌する。
「これは由々しき事態ですよ。亜生さん。この十七区に……『我々の敵』が潜んでいる可能性がある」