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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
121/264

<3>-5

 ――浜坂檻也は先ほどまで一緒に居た仲間に追いつくため、駆け足で廊下を行く。

 道中、彼の顔を知っている人間は物珍しい視線を送り、声をかけてくれる生徒には、柔らかな笑みと愛想の良い表情で好意の視線を送る。


「あれー。もうみんな先に行っちゃったかなぁ」


 廊下の十字路にさしかかったところで、何者かが通路の角から手を伸ばし、檻也の襟首を掴んで引き込んだ。


「うわっ」


 彼を立ち止まらせた人物は、檻也と同じくらいの身長。目に少し掛かるほどの前髪にほそ。よく近づいて目をこらさなければ、どこに視線を向けているのか解らない男子生徒だった。


「あ、あはは。もうみんな行っちゃった、かなー?」


「当たり前だ。お前はそうやっていつも好き勝手な行動を取る。こっちの身にもなってくれなきゃ困るぞ」


「ごめんごめん班長。ひさしぶりに友達と再会したから、思わず――ね?」


「………………問題児ノービス。間宮十河、か」


 本人から少しだけ、話は聞いていた。

 ――檻也はいつも例外として、彼を常識の外側に位置づけている。異界で共に過ごした三区、同じ自警団コロニーの仲間。浜坂檻也の命を助けた人間。ディセンバーズチルドレン。檻也よりも強い――別格の存在。一人で大型異形を相手にしたり、上位種の存在(・・・・・・)と一対一で戦って傷を負わせ、生き残っただとか。何人もの人を助けたなどなど。

 詳しくは語らないものの、聞かされている側は本当なのかと、半分以上が疑いの耳で聞いてしまうほど、英雄並みの武勇伝。檻也の口から語られる間宮十河の話は、どれも彼を賞賛するものばかりだった。



 ――神貫かんぬきえにしは、ときどき浜坂檻也の行動が少し狂気じみていると思う時がある。

 異界で何があったのかは知らないが、死ぬほどの恐怖や絶望というモノを味わって、まともでいられる……あるいは乗り越えられる人間というのは全体の何割なのだろうかと、よく考えてしまう時がある。異界から戻ったディセンバーズチルドレンたちは、一般の学生と変わらず普通に生活していて、いかにも(・・・・)まともそうに見えるのだが、実は誰も彼もが、とんでもないパラノイア(精神病)を抱えている――という話は……異界へおもむいたとき、偶然サイファーの先輩方が語っていたのを耳にした事があった。

 何年も出ることのできない結界の中に閉じ込められ〝異常こそが日常〟である異界の中で毒され続け、なんとか現実の世界に脱した者たちの中には……人の時間が流れる、正常な世界について行けず、頭が根っこからやられた(・・・・・・・・・)子供が多くいたという実例もあったそうだ。



 ――『異界に戻りたい』そんな常識を疑うような発言をするものもいるという。

 過度な精神的負担を抱えておこるとされる心的外傷後ストレス障(P・T・S・D)害が、まだ普通マトモな症状だと思えるほど、現代ではごく自然に存在している精神的なやまい以外にも、――異界特有の様々な病気や症状が発見され、意外にも生徒たちはこの事実をあまり知らないでいる。

 ――『虚構反動症状インゲイド

 ――『回帰性衝動ペイルバック

 ――『失在症リヴン

 いまえにしが思い出せるだけでも、三つの症例がある。

 魔力によって肉体そのものが侵蝕される症状。

 異界に引き寄せられ、精神がむしばまれる衝動。

 自分の存在が剥がれて、異界へ置き去りになったかのような錯覚。

 檻也の場合はディセンバーズチルドレンということもあって、出会った当初からこれらのような症状が、知らぬうちに彼の心を毒しているのではないかと懸念していたが、どうやらそうでもないようだ。

 浜坂檻也はいたってまともでありながら……間宮十河という男に対しての、信仰に近しい……どちらかといえば病的にも似た依存のようなものを、縁は感じ取っていた。



 常に強さを求める檻也は、横で間近に見ているえにしでさえも、どうかしていると思うほどの姿勢。強くあろうとする目標はくもりなくせきせいをもって望んでいる。求める強さの意味とは、自分が生き残るためではなく。進めども辿り着かないしんろうのような――間宮十河の背中へ追いつくためだけに進んでいる。

 縁の目には、檻也が追いつけないとするほど、間宮十河が強大な存在にはまるで見えない。自分が節穴であるのか、はたまた際限なく膨張、誇大化した檻也の妄想が作り上げた幻影なのか。今の縁にその答えを導き出せる術はなかった。



「………えにしくんは、彼らの代表戦を見てたんだよね?」


 檻也は期待を寄せている目つきで、縁を見つめる。


「どうだった? やっぱり十河はすごかったでしょ?」


「――――ああ、ちゃんと〝この目(・・・)〟で見たよ。彼らの試合をな」


 細目の男子は何やら意味深に顎へ手をあてて、声を出さずに笑った。


問題児ノービス。僕の認識も、他の生徒たちと変わらず……相応に低い評価として彼らを位置づけていた。だけど……彼の戦いを見れば、どの生徒であろうとも認識を改めざるを得ないだろうな――まあ、あの試合のとき、観客席にいたのは僕と、班の仲間であろう二人の女子だけだったし、まともな観戦方法じゃ、まず細部まで見ることは出来なかっただろうから、他の連中は変わらぬ低評価でいるだろうけど」


 檻也に面と向かって言わなかったのだが、彼らの試合を観戦した上であっても……やはり間宮十河は、浜坂檻也が作った架空の評価から抜け出さないレベルだった。固有刻印を自由に使えていることには驚かされたものの。まだ縁が納得出来る範囲の実力レベルとしてはごうできない。


「実際に見ない限りは、信じられなかったよ……」


 ――信仰は人それぞれだ。信じているものが害なく、本人の根幹として息づいているものであるのなら、わざわざ揺るがす必要もないだろう。

 嘘のない言葉を使い、檻也が望む間宮十河を認める評価を、えにしは否定も肯定もしなかった。


「ああ。面白い人間揃いなのは……お前の言う通りだった」


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