表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
119/264

<3>-3

 一時間目の授業は、席を確保したはずの荒屋誠以外の問題児(ノービス)たち全員が参加していた。

 席はきょうだんから奥へいくに連れて席が埋まっており、最前列に座っている人間は意欲があるか、あるいは遅くに来た人間のどちらかだと言えた。


「あ、荒屋くん……どこ、いったのかな?」


 すこし眠たげな目をこすり、机の上で両手を開いたり閉じたりしながら稲弓那夏いなゆみ ななつは言った。


「んー。メールでも連絡したんだけど、なんか変な子に付き合わされちゃってるんだって…………『たすけてー』って絵文字つきで来たよ。みてみて、荒屋くんって結構かわいい絵文字使うんだね。こなれてるね」


 学校から支給される携帯端末を机の下に隠し、しきりに操作していたのは、眼鏡をかけた三つ編みの少女、蔵風(くらかぜ)遙佳(はるか)だった。


「別に放っておけばいいんじゃないの? 変な子とか言いつつ、好きでやってるんだろうし……アイツのことだから、鼻の下でも伸ばしてるんじゃないかしら? バカだから」


 肘をつき、手の甲にあごを乗せた姿勢で、後ろの席から興味なく言ったのは市ノ瀬(しのせ)絵里(えり)


「でも、荒屋君って毎日、すごく早くに学校いくよね。こんな時間までなにしてるんだろう。すこし心配になっちゃうなぁ」


 遙佳の隣に座っているエリィは彼女を覗き込んで、


「ほんと遙佳は天使じゃのぉ。さすがじゃ。あんなツンツン頭の事まで心配しちゃうんじゃからなぁ。…………もしわれだったら、ヤツが目の前で竹槍付きの落とし穴にハマってても、絶対助けないのじゃよ。プッカカ」


 両手で口を隠してエリィは笑いを堪えている。

 更にエリィの隣では、話に参加していない間宮十河まみや とうがが、ぼんやりと授業を聞いていた。

 ――いや、正確には教師の声を子守歌に、眠りにこうとしていた。

 朝早くからエリィに叩き起こされたのが原因であるのと、教室がちょうど心地いい温度であることも相乗し、膨らんでいた眠気はピークにあった。

 十河、エリィと並んで、遙佳の横の席は谷原真結良たにはら まゆらが座っていた。荒屋誠の行方も心配するべきなのだろうかと思考の隅で考えつつも……彼女は自分のやるべき事。授業に集中して耳を傾ける。



 教壇の上に立っている初老の教師は、皺の深い目尻を更に深め、手に持っているファイルを見ながら講義を進めていた。


「さっき話した『異界いかい』の話になりますが、……壁の向こう側の全てが『異形の者たち』による領域ではありません。主に壁の周辺は施設や基地が建設され。連日、厳戒態勢が敷かれた状態で稼働しています」


 背後のスクリーンには壁に囲まれた異界の航空写真が映された。


「この訓練所。旧三鷹訓練所から、爆心地(グラウンド・ゼロ)がある場所まで、直線距離にして十数キロでありますが……見てわかるとおり、最近撮られたこの写真には、中心部に行けば行くほど、映像が歪んでいますね」


 たしかに、写真は都市部の町並みがしっかり移っているものの、異界と定められた中心部分は暗い色を練り合わせたマーブル模様になってしまっている。


「魔力が濃くなるにつれて、磁気、電波、空間などあらゆるものが通常の方向を失って狂わされるために生じる現象です。そのために写真を収めることはできず、空間が歪んでしまっているために、実際の距離すらも物理の常識をちょうえつした現象が確認されています。……過去に奥深くまで入ることのできたサイファーは行きに二時間の距離を、帰る時は同じ距離を三日かかったという事例もあったほどです」



「…………士官学校でも習ったのだが、実際にあんな事が本当にあるのか?」


 指さしながら真結良は遙佳に問う。


「極たまにだけど、似たような体験をした事のある人はいたかなぁ。神隠しみたいに消えちゃうなんてのは、自警団(コロニー)組んで活動していた時に、一回だけ体験したよ」


 谷原真結良を除く、問題児ノービスたちは『ディセンバーズチルドレン』と呼ばれる、異界からの帰還者たちだった。何年も異界生活を送っていた彼らは生き残るため、各地で『自警団(コロニー)』を結成し異形と隣り合わせになりながらも、生きながらえてきた経緯があった。


「基本的に、異形とは戦わないで逃げ回るのが、私のいた区では大前提だったかなぁ」


「そうなのかぁ。ハルカとは違って、われのコロニーは、逆に倒しまくってたぞ。でっかい異形もちっこい異形も、徹底的にな」


「わざわざ自分たちから倒すのは危険が付きまとうのではないのか?」


「ミズ…………――わ、われのとこのリーダーは、異形が起こす食物連鎖を恐れていたのじゃよ」


 授業よりも、こちらの方が面白うそうな話しが聞けそうだと、真結良は机に身を乗り出す。


「つまりじゃな、ちっこい異形を喰ってるのが、でっかい異形じゃよな? もしコロニーを守るためだとか何だとかいって、余裕で倒せるちっこい異形ばかり殺しまくってたら、残されたでっかい異形は食い物を失う。そうなってくるとちっこい異形エサの代わりになるものを探すじゃろ?」


「――――いずれ標的の中心となるのは人間、か」


「マユラン大正解じゃよ。食い物を失ったら、リスク承知で人間が集まってる場所に異形がやってくる。じゃからでっかいのじゃろうが、ちっこいのじゃろうが、片っ端から倒しまくっておったよ……先々のこと考えたら、命の危険は高まるが、その土地の安定性は比較的保たれる。おまけに戦える人材のスキルアップにも繋がることじゃしな」


自警団コロニーの中でも異形を率先して倒していたのって、かなり少ないかなぁ。エリィちゃんはすごいところに居たんだね」


「フフン。じゃろじゃろ? …………だからトウガは強かったんじゃよ。なんせコイツはでっかい異形を相手にするとき必ず参加しておった。仲間からの信頼も厚かった。一発目に異形に飛び込む『一番槍エース』やっていたのじゃ」


 小さい手で指さす銀髪の少女。まるで自分のように誇らしく語る。

 十河の耳は完全に機能しておらず、目を閉じたまま反応しない。完璧に寝ている状態だった。


「へえ。間宮君……すごいなぁ」


「………………ま、…………よかれと思って狩り続けてきた結果。………………最後の最後で、とんでもないの(・・・・・・・)が、出てきたわけなのじゃよな」


 思い出すようにエリィは、誰にも聞かれないよう、十河の方へ向いて寝顔を見つめた。


 ……間宮十河の過去を少しも知らない真結良は、自分の想像力が届かない場所で生きてきた彼らの力に、ただただ感嘆するしかできなかった。彼女たちの話を聞いてる間にも授業は進んでいる。気がつけばスクリーンの画面は切り替わって、別の画像が映し出されている。


「こうやて簡易に色分けされた魔力の濃度を見ればすぐにわかるように、中心部に行けば行くほど、魔力の力は強まり、同時に異形の質が高くなっていることも報告されています。異界の大きさは先ほど述べたとおり、数十キロと広範囲であり、異形の者たちはかなりの個体が生きています」


 教師は一度咳払いをして、少しだけ重い声で話を続けた。


「……『異形の者たち』は決して低俗な生物ではない……ということは忘れないようにしておいてください。…………異形には、それぞれ知能指数があり、全てが獣と同じ、本能だけで生きているものだけではないことが判っています」


 真結良はそれらの意味するところを理解していた。


「どんな異形よりも、注意しなくてはならないのが…………知識を持つ者――」



「――『ウィザード級』…………」



 真結良の呟きと、教師が放った単語がちょうど重なった。


「知識を持つ多くの異形が、独自の魔術を使い……いわゆる『魔術師』としての位置づけされる個体が多いのです。それがウィザード級。…………人間、――人類が数万年の時間をかけて進化を続け、生物たちの頂点に立ったと言われる最大の要因。それは生物としての適応能力などではなく……人間に『知識』があったから。つまり基本的な生物としての能力よりも、知能が高いということはそれだけで大きな脅威となりえるのです」


 …………教師が言っている事はもっともな事であると、真結良は同意する。

 異形に知識があったら――考えるだけでも恐ろしいことである。

 いま、人類が異形の侵略を抑え込んでいるのは、こちらの力が強いからなどではない。(ひとえ)に相手側にある魔力の枷による偶然と、人間が持てるだけの知識を総動員したからにおいて他ならない。

 ――我々は非力だ。身一つでどうもうな獣と戦えないのと同様、あらゆる身体能力において異形の足下に及ばない。単純な暴力で勝てる見込みは限りなくゼロである。

 …………唯一、勝っているとすればこちらに知恵があることだけ。

 そのアドバンテージを無効とさせるのが『知識持つ者(ウィザード級)』である。

 人と同様、知恵を働かせる事のできる異形は何よりも危険視されるべき存在であるのだ。



「遙佳はウィザード級と出会ったことはあるのか?」


「そんなのと会ってたら、生き残っていないと思うよ」


 苦笑……するほど笑っていなかったが、笑って誤魔化そうと試みたものの、上手くいかなかったような――複雑な表情が遙佳の顔に映る。


「アレはきっと会っちゃいけない部類の存在なんだって……そう幼なじみの子から教わってた」


 遙佳は異界で共に暮らしていた幼なじみの女性がいた。

 ただ……遙佳は他のディセンバーズチルドレンと同様、異界から脱する道を選び。

 幼なじみは、どういうわけか自らの好奇心を満たすため、異界に残る道を選んだ。


「話せるから……意志のつうができるからといって、彼らと対等に話してはいけない。こちらの世界の言葉を平然と話せる時点で、こうにある存在との接触は、お互いをやりとりしているだけで人間の意識が侵蝕されてしまう可能性があるから、って」


 …………異形の者たちとは、即ち『怪物』という認識に間違いない。

 人の認識にはそれぞれ誤差があると思うが、怪物と呼ばれる多く存在は物語において、人間よりも格下に扱われている。そして――いつでも怪物を倒すのは人である。

 現実に現れている異形も怪物であるが、決して物語に沿って、都合良く人が打ち勝てる存在とはいえない。むしろ今でも壁に閉じ込め、抑えているのでやっとの状態。

 爆心地グラウンド・ゼロにある空間の穴を塞ぎ、この世界に流れ込んでいる魔力の流入を防ぐほか、異形を倒す決定的な打開策は無い。

 パンドラクライシスから数年の月日が流れているものの、知識を持つ者(ウィザード級)は大きな行動を起こしていない。…………いったい何を考えて(・・・)、異界の中で息を潜めているのか。あるいは、すでに敵は自らの世界を囲む壁を取り払うチャンスをたん(たん)うかがっているのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ