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ParALyze~パーアライズ~  作者: 刻冬零次
第3話 【前編】
116/264

<2>

 関東の首都圏とされた場所が『東京』と呼ばれていたのはもう過去の話。

 現在は二十の区画と、九つの壁……四つの土地に分割されている。

 ――三つの土地はまだ人が住んでいる場所であるが、

 壁によって隔てられた『旧首都』の中心地は人の代わりに、

『異形の者たち』と呼ばれる生物が生きている。

 都内を広大に囲む壁は世界中が協力し、総力を挙げて作られたもので、異形が外に出ないように設置されたものだ。一番外側の外周距離は優に百キロメートルを超える。

 この防壁を以てしても、異形の進攻が完全に防げているワケでは無い。

 彼らは確実に、力を付け……機会をどこかで(うかが)っている。

 壁がどこまで持ちこたえられるのかは誰も予想が出来ない。



 最初のパンドラクライシスから約八年。

 その間に様々な状勢が移り変わったが、壁の中『(ない)(かい)』は劣化の一途を辿(たど)っているものの、大切に保管されたタイムカプセルのように、その景色だけは変わらないままにあった。

 壁の外側……『(がい)(かい)』では新しいビルが立ち、駅が改装され、野山が削られ、新しい道が出来て、地図が書き換えられる。どこかで流行(はやり)ものの飲食店がオープンし、地ならしされた場所に新たな住宅街が建設される。めまぐるしい発展と変化から置き去りにされたのが内界だ。



 まだ、人の気配も少ない(あさ)(もや)に包まれた第十七区。

 外界から、幾つもの審査ゲートと重厚な壁を越えて、男は内界に足を踏み入れた。

 (いち)(ぼう)……外界より空気は綺麗だが、いかんせん――。


「…………内界というのは(しん)()くさい場所だよ。相も変わらず。いけ好かないねぇ」


 シルバーフレームの眼鏡を掛けた男は、抜け目ない()(ちゅう)(るい)に似た目を細めながら言った。


「ねえ? そうは思わないかい?」


「……………………そう、ですね」


 隣にいた全身黒に統一されたスーツの大男は、首だけを動かして一度だけ縦に振る。

 ――否定的な、肯定だった。


中枢機関(ブラックボックス)の命令だから仕方なく来てるから仕様が無いけどさ…………あー、あ」


 男は嫌味な笑みを崩さず、長身細身の体をくの字に曲げ、地面に頭を近づけた。


「ココに来ると……靴が汚れる。まったく……汚い場所だ」


 ポケットからハンカチを取り出し、しっかりと手入れをされている――エナメルのような光沢を放つ高級革靴に付着した砂埃を払い落とす。


「ついこの前、十八区に行ったばかりだというのに。今度は十七区か……まったく。何っていったっけ? ここの訓練所」


「………………旧三鷹訓練所です」


「そうそう。そんな名前だったね。興味の無いことは頭に入らない(たち)なんだよ僕……だけど我々が派遣されてきたと言うことは、それ相応の事件で間違いないよねぇ?」


「だと、思います」


 どこまでいっても口から出てくるのは皮肉と()()

 黒服の大男は『今日は厄日だ』と今日一日のストレスを覚悟した。

 黒いスーツに身を包んでいるのは大男のみならず、細身の男の周りには、黒服の集団が背後に控え、彼の指示を待つようにして微動だにしない。


「…………それで、岩見大尉はどこにいるのかな?」


「すでに到着していると思います」


「実際に会ったことないけど、よほどの物好きなんだろうね。その人……僕よりも一回り歳が上らしいけど、……あの戦火の英雄さんでしょ?」


「――話には聞いています。『第一次異形進攻』で戦い生き残った、陸自の一尉(いちい)だと記憶してます」


「ソレなのに、いまでは学校の先生をやってるなんて、世の中というのは面白いねぇ……クッククク」



 大男は内心、強く舌打ちをする……。

『九課の岩見』と言えは、ブラックボックスの中でも有名な人物だ。

 九課とは部署の一つで、主に訓練教官が所属しているのだが、

 課にいることで有名になったのではなく、本質はその過去にあった。

 まだ人類が異形に対して無知だった頃に(ぼっ)(ぱつ)した第一次異形進攻。

 参加した兵の九割が死亡し、生き残った一割の半数以上が、非現実的な生き物による、戦争と呼ぶことすらできない一方的な大量虐殺を見た光景が影響し、精神に異常を(きた)した。

 その中で、生き残った岩見は自分の経験を生かして異界に再度挑み、

 生き残った人間を探すために尽力をつくした。

 そして、彼は異形に襲われ。片足を失った代わりに、一人の子供を救出したのだ。



 ――――ソレこそが、ディセンバーズチルド(十二月の子供たち)レン……第一号(・・・)

 …………救出された少年の名は、神乃(かんの)苑樹(そのき)



 東京に……雪が降り始めた十二月。

 当時、十九歳だった彼は異形に対して、並々ならぬ執着を持ち、

 まだサイファーの訓練制度が盤石ではなかった時代、救出された数ヶ月後には、異界に舞い戻り、異形狩りを始めていた。()(ゆう)(こく)(いん)(やす)(やす)と使いこなし、他を圧倒する戦いぶりを目撃した周りの兵からは『怪物』と呼称され、現在でもその二つ名は健在。二刀と大剣の魔術兵器(A・U・W)使いとして、あらゆる兵士(サイファー)たちが目標とする、最たる近接の精鋭(アタッカー)

 ――――〝人類最強〟の一人として、存在している。



 サイファーやブラックボックスに関わってくれば、神乃の名は否が応でも耳に入ってくる。

 岩見がいなければ、神乃苑樹は生還できず、未来の巨大な柱を失っていたはずだ。

 間接的ではあるものの、岩見はそういった意味で『影の英雄』である。

 彼のおかげで、何人もの人間が救われ、奮い立たされたことか。



 かく言う黒服の男も、今もなお教官として関わり続けている岩見大尉を、尊敬の眼差しで見ている一人だ。自分の(せん)(ぼう)までも否定されている気がして、腹が立ったのはいうまでも無かった。

 …………それに、教官と教師は違う。訓練所の教師は、一般の教職課程を経た教師として在籍している。もう少し言葉を選んで欲しいものだ。

 男は目を細めて表情を作り、皮肉いっぱいに笑う。


「ようやく……お出ましか。きっかり時間通りだね……やっぱり、いけ好かないねぇ」


 否定することが仕事かのように、男の口からは愚痴しか出てこなかった。




 車から降り立った男の第一印象は、よく言うと厳格。悪く言うと頭の固そうな中年男性。

 白髪交じりに撫でつけられた髪。背は標準よりも高いが肩幅が広く。服ごしからでも体格が良い。戦場を離れて随分と経つはずであるが、滲み出ている気迫は未だ健在らしい……。


「初めまして……内界情報部・第十一課に所属しております、亜生(あそう)と申します」


 亜生は形式上の敬礼をしてみせる。


「……責任者の岩見です。この度は遠路(はる)(ばる)お越しいただき、ありがとうございます」


 岩見も遅れて敬礼する。傷痕の残っている顔は無表情。

 ――緊張、いや……警戒、か。

 亜生は目の奥に潜んでいる感情を見極めようとする。

 表だけ輝く鍍金(メッキ)の英雄とは違うようだ。中身もホンモノ(・・・・)だ。簡単には感情を表に出さない。

 特殊な訓練でもしていたのだろうか……。なんにせよ、隙が無い。まったくいけ好かない。



 ――――岩見大尉。

 パンドラクライシス以前は、現役の自衛官であり

 ブラックボックスの階級は普通の軍部とは異なり、独自の階級制度を持っているが、現在も彼の階級は名称は変わらず受け継がれたまま。

 ブラックボックスの『特殊兵管理部・第九課』に属している。

 第九課は通称〝訓練所統率部〟と呼ばれていて、

 刻印を持つ少年少女を管理するために、訓練所と教官は存在している。

 規律の厳しさは場所によってそれぞれであるが、内部にいる『教官』と呼ばれる存在は、基本的にその全てが『特殊兵管理部』にまとめられる。



「早速ですが……現場に向かいましょう。車両はこちらで用意してあります」


 黒服たちと共に、亜生も訓練所が用意した車に乗り込み出発した。

 整備の行き届いていない車道の揺れに心地の悪さを感じる。

 しばらく車内は無言の状態が続き、


「…………私の顔に、何か付いていますか?」


 最初に口を開いた亜生は、普段から使っている愛想の良い表情をしつつ言う。

 車に乗ってからというものの、やけに感じる視線は一直線に岩見から送られてくるものだった。


「聞きたいことがありまして……亜生さんは外界でお仕事を?」


「ええ。普段は壁の外……本部でデスクワークばかりの仕事ですよ――こうやって動くときは、決まって不審な事件が多いですね」


「以前……この十七区で起きた異形事件を知っていますか?」


「ええ。あの時は七課に十一課。残党がいるかもしれないと『(しっ)(こう)(はち)(たい)』まで動く騒ぎになっていましたからね。よく憶えています。校内の生徒に余計な噂を立たれては困りますから、大がかりにしませんでしたけど、大変な事件でした」


「………………その件で、未だ本部から正式な回答を受け取っていない状態なんです。どうして十七区に……いや、本部に異形を持ち帰ろうとしたのか、亜生さんはご存じですか?」


 岩見の強い眼光が、亜生を捉える。

 真正面から見つめ返す亜生。これしきの威圧など……大した事ではない。


「ううむ。私も末端の人間の一人ですから。ただ判っている事があるとすれば……以前、十七区で起きた異形の持ち込み。……その件が初めてでは無いということですかねぇ」


 岩見は『やはり』といった表情で、眉をよせた。

 外界から送られてくる人間を、岩見は一切信用していない。

 ここ最近の事案で言えば……いま話した訓練所で起こった異形事件が最たる例だ。

 異界から持ち出した異形を、訓練所に持ち込み、異形が暴れ回り、何人もの生徒が死亡した。

 悲劇……その一言で片付けて良い問題では無いことを、訓練所の長として重々承知してきた。

 訓練所はサイファーを育てる専門施設で、ブラックボックスと密接な関係にある。しかし内界と、外界にある本部との距離は岩見が思っている以上に離れていて、相互の意志には目に見えぬ(あつ)(れき)が生じていた。


「ただ……前回起こった事件のように、異形をそのままの形で外界へ運びだそうとしたのは、初めてかもしれません……ごく一部のパーツにおいては、サンプルとして外界によく持ち出されているんですよ」


「………………………………」


「ブラックボックスはそもそも、国が管轄し動かしている組織ではない……国が管理すれば必ずといって良いほど、他国が横槍を差し込んできますからね……ソレを防ぐ為に、表だって独立組織の名前を掲げているわけです」


「他の国々が、こぞって異界の物資を求め、日本に攻め込んでくる可能性。政府が主体となって関われば、自ずと圧力がかけられる。本来の目的である『爆心地(グラウンド・ゼロ)』への到達が阻まれるかもしれない……パンドラクライシス初期にも〝救助〟という名目で、重武装の海外の軍隊が異界に侵入したことがありましたね。内部で行方不明になったそれらを救助しようとした第二陣共々、誰一人として帰っては来ませんでしたけど」


「岩見さんの(おっしゃ)るとおり、そういった間違いを起こさせないためのブラックボックスでもあるんですよ…………表だっては(・・・・・)、ですけどね。やはり根っこの部分は政府が絡んでいる。研究や資源……異界の謎。これらを解き明かすことは、人類の文明を飛躍的に進化させることが出来る。時代が近代へ進むにつれて、数字と物理で科学を進化させてきた法則に〝魔術〟なんて非現実的な要素が加われば、…………世界の()()部分を、根底から裏返すことができる。国側からしても――コレは、またとないチャンスなんですよ。このちっぽけな島国は、どの国も所有していない……底無しの危険と同等に、莫大な利益を得られる可能性を秘めている」


「その利益を求める故に……大勢の生徒が犠牲になったんですよ」


 初めて、岩見は敵意にも似た感情を、瞳の奥で燃やした。

 亜生はその感情を受けても、冷えた態度は変わらず。


「うーん。私だって、悲しいですよ。…………でも、成長と進化の過程で、必ず生まれる議論と、()(あか)にまみれた言葉を借りてくるなら――〝発展に犠牲はつきもの〟……致し方ないのではないでしょうか。…………いまでは当たり前のように行われているトンネルの掘削工事だって、数十年前には一メートル進むのに一人の犠牲が出ると言われていたくらいですからね。人間は万能じゃない。万能じゃないからこそ、より良きを求める。犠牲は確かに惜しい。でも、無駄ではないのです」



 ――実に都合の良い()(べん)だ。進むために犠牲を払うことは仕方ないことだと?

 それを、いつか戦地に向かうであろう訓練所の生徒たちに、面と向かって言えるのか?



 いつだって……犠牲を仕方無しと語る人間は、当事者でありながら『犠牲』には直接絡んでこない。対岸の向こう側で腕を組み、指と口だけで指示する連中だ。

 所詮は犠牲になった〝数〟でしか見ていないのだ。多いか少ないか。その命がどんな人生をもって生きていたかなど勘定には入らず……プラスマイナスでしか物事を判断していない。

 どれだけの人間が苦しみ、そして(いきどお)っているのか。

 ――この男は何一つ判ってはいない。自分が同じ立場に立たされたその瞬間まで、きっと身に染みる事は無いのだろう。


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