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誠が盛大な演説をしているとき、
谷原真結良は鞘に収めた刀を持って、畑野喜美子と会っていた。
わざわざ人気の無い場所を選んだのは、他人には聞かせたくない話をするためであり、
危険を知らせてくれた喜美子は、結果として同じ班の仲間である安藤を裏切った行為に他ならない。彼女の心中も察しての場所選びだった。
「……喜美子。君には本当に感謝している」
差し出した刀。実戦でまだ使われたことのない彼女の武器。これが無かったら私はここにいなかったかもしれない。
喜美子から借りていた刀を、真結良は持ち主にようやく返すことが出来た。
戦いの後、真結良は思い悩んだ。
安藤をあそこまで追い詰めてしまった原因は、自分にもある。
京子を助けられず、異形を前に何も出来なかった私。
安藤がしたことの、全てが悪であったとは思えない。
――恨まれて、当然だ。
私が異形を倒したと勘違いしているが、倒したのは問題児の彼らだ。
真相を知れば、なおさら私に対して失望するだろう。
結果として私はずっと、皆を裏切り続けていることになる。
安藤は望み通り、私をおびき寄せる事に成功した。
自分の計画を喜美子に話すことで、彼女の良心が黙っていられず、私に警告するであろうと踏んでいたのだ。
彼がやったことで、なによりも許せないのは、彼女の心を踏みにじったこと。その点においては怒りを感じていた。
「安藤君……懲罰房行きなんだって」
この世の終わりでも来たかのように語る喜美子に、真結良はなにも返すことが出来なかった。
自分が利用されたと知った上で、まだ安藤を心配していた。
こんなにも思ってくれる人がいるというのに。きっと彼女の心を少しでも汲んでいてくれたら、あんな行為はおよべなかったはずだ。
「これは誰もしらない話なんだけど、安藤君……洗脳されていた可能性があるって」
「洗――脳?」
「所々、記憶が断片的で、誰かに操られていたかもしれないって言ってた。まだ感情が不安定なところがあるから、監視する意味も含めての懲罰房なんだって」
そういえば、彼の刻印を無効化するとき、
彼の手から〝虫〟のような得体の知れない生き物が飛び出したのを見た。
初めは自分が見た幻覚か何かかと、思っていたのだが。
…………アレは、彼女が言う〝洗脳〟と関わりがあるのだろうか。
――甲村寛人が、全ての元凶であると安藤は語った。
安藤をそそのかし、そして彼の刻印をより強力にさせる魔道具を提供。
トレーニングスーツの無効化。味方にかけられている術式までも改竄した。
ただ、真結良から疑問が晴れることは無かった。
本当に……あの甲村寛人、一人だけの仕業なのか、と。
「あの魔道具を渡した甲村君は、学校を抜け出して行方不明なんだって」
その話はすでに知っていた。市ノ瀬絵里が手に入れた情報であるから、確かなのだろう。
代表戦が終わった直後、人目を欺いて甲村は第二演習場から抜け出し、そのまま行方をくらました。現在は訓練所が目下捜索中である。
第二演習場で使用された魔道具も発見された。一つは甲村がいた地下駐車場の柱。もう一つは安藤が持っていた。どちらも破壊されて、単なるガラス玉に戻っていた。
物的証拠は何一つ残らず、ただ事実だけが宙に浮いている状態。
この事件に関して周囲の生徒は全く知らない。他の代表戦はなんの問題も発生せず、今も滞りなく行われている。
安藤と甲村が共謀して此度の改竄事件を引き起こしたというのが、訓練所側の判断らしい。
「――もし、あのとき君が私のところにきて話してくれなければ、もっと重大な事態になっていたはずだ。本当にありがとう」
複雑な顔で喜美子はしばらく黙っていたが。意を決して口を開いた。
「私……安藤君が好きなの。仲間だとか、友達とかじゃない、好き」
「……………………」
真結良は知っていた……安藤は京子に恋心を抱いていたこと。
その気持ちを喜美子が知っているなら、なんともやりきれない。
「本当のこといえば、悩んじゃったの。安藤君は言わないでくれって……だから黙っていようかとも考えちゃって。もっと早く伝えられたはず。試合が始まる前に、未然に防げることだったはずなの」
何も関係の無いはずの彼女なのに、人一倍の罪悪感が心を苦しめていたのだ。
好きな人間のためならと、口を噤んでいることもできたはずなのだ。
「もしも、私が同じ立場に立たされたなら。喜美子と同じように悩んでいたはずだ。……君は自分が信じた正しい行いをしたんだ。君の選択が間違っていたと、私は思わない」
「いつか、安藤君と一緒に、ちゃんと謝らせてくれるかな。――いつになるかはわからないけれど」
「うん……私はいつでも待ってるよ。君たちは私にとって、掛け替えのない友達だから」
その言葉は奇しくも、喜美子が安藤に投げかけたのと同じものであった。
誰かを大切に思うこと。そして思ってくれる事は人を強くする。
――同時に、その気持ちが崩れたときに負う痛みは、想像を絶するものなのだと……。
彼女のとった行動は決して間違いでは無いのだ。
自らの刀を抱きしめながら、喜美子は涙を流し。
何度も、何度も頷いていた。