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<5>

 転校して……初めての実技授業となる谷原真結良であったが、

 思いもがけない展開と、壁にぶち当たることとなった。


「…………いぃ。やっほーい。准尉ちゃんげっとー。やりいエリィ!」

「なんじゃそらー。ダジャレのつもりかー。ぶっ殺すぞー」


 そう言いつつも、トサカと銀髪はハイタッチを交わす。

「……………………」



 もう少しだけ――……もう少しだけ現状の把握が必要だった。

 少々、混乱している。……さて、どうしたものか。



 微動だにしないでいると、右後ろから肩を叩かれた。

 吊り目に眼光強く。凜として、誰も寄せ付けぬような威圧感を押し出している女生徒、

 たしか――名前は市ノ瀬絵里。


「まさかアナタ、緊張してるの?」


 どこか、心の中身を覗かれているような気がして、居心地が悪くなる。


「いや、そういうわけではない」


 本心から否定しつつ、本能的に彼女と距離を置いた。

 絵里は何かを察したようで。不適な笑みを見せ、


「まあ、今日は不運に遭ったと思って諦めた方が良いわ。ごしゅうしょうさま……」



 ――時間は、ほんの少し前にさかのぼる。

 真結良は教官から呼び出された。


「谷原……君に頼みたいことがある」


 なにやら良くないことが起こりそうな予感。


「はい、なんでしょうか」


「あの連中の事は知っているか?」


 教官が親指で指す方向には、一組のグループ。

 トサカ。眼鏡。吊り目。小動物。無表情。銀髪…………『問題児ノービス』の班だ。

 頷きながら、内情は知っている事を答えた。


「アレには我々も、ほとほと手を焼いていてな……そこで、君にはあの班で一度、授業を受けてもらえないだろうか」


「…………」


「君の言いたいこともわかる。授業早々あんなのを見てしまったのだからな……」


 もめ事の一部始終でも見ていたようなものの言い方。

 返事を待つこと無く、教官は話を続けた。


「君は士官学校から出ていると聞いている。だからこそ、彼らの手本としてせんどうしてはもらえないだろうか。態度はああ(・・)でも、彼らもいずれはサイファー(兵士)として戦場に出ることとなる数少ない人材。……みすみす死なせたくは無いのだ」


 思っている以上に、教官は生徒たちの事を考えてくれているらしい。

 ――少しだけ胸を打たれた。

 そしてコレは、自分に信頼を置いての頼み事であろうと、自らを納得させ。


「解りました。…………やって、みます」



 京子たちに説明をし、けんこうに彼らの班に乗り込んだは良いが……。

 の無い会話と、緊張感を欠いた雰囲気。

 まるで放課後、軽食を囲みながらあい(あい)としているさまを見ているようであった。


「……ねえ、谷原さん」


 横でこちらを覗き込む蔵風遙佳。

 眼鏡の奥で心配そうな表情が現れていた。


「なんかごめんね」


 とつぜん謝罪をされて、首を傾げていると、


「たぶん、谷原さんみたいな優秀な人だと、私たちじゃ全然、頼りないと思うんだけど……」


「――いや、そんな事は無いさ」


 薄く笑みを返し、社交辞令のような返答。


「ところで、君が副班長と聞いているが、班長は誰なんだ?」


「えーっと、今のところ、決まって無いんだよね」


「…………班長がいない? 班があるのに?」


「うん。誰も班を引っ張ろうとする人は居ないし、私も班長の器じゃないし、この副班長だってくじ引き(・・・・)で決まったことなんだよね……だから、今は『副班長兼班長』って言った所かな」


 自分でも言っていることがおかしいと理解しているようで、苦笑しながらそう説明した。

 ……普通は、上の役職をメインにして、あわせ持つのが通常。

 遙佳の立場は完全にあべこべ(・・・・)だった。


「谷原さんは、訓練の内容知ってる?」


 修錬場に来る前――京子から話を聞いていた。



 班で行う戦闘訓練はお互いの人数が合致した班同士の総当たり戦。

 今回の場合は――七人一組。

 戦闘形式は『剣術』……支給される武器はスタンダードな模擬戦闘用の剣一本のみ。

 あらかじめメンバー同士で順番を決め、一人ずつ相手チームと戦う。

 一人の持ち点はそれぞれ十ポイント。

 相手に剣を接触させれば一ポイントを奪うことが出来る減算式。

 先に相手のポイントをゼロにした方が勝ち。

 自分の持ち点は次の相手にも持ち込まれ、大将を倒すまで続けられる。



 覚えているまま早口でルールを復唱すると、遙佳は満足そうに頷いた。


「はいはい。それじゃあ、全員集合! 時間は少ないから、順番をパパッと決めちゃおうよ」


 手を叩き、先陣を切って促す遙佳に、全員が渋々とえんを囲んで座った。


「今日は谷原さんも居るんだから、今日こそ(・・・・)は真面目にやらないとだよ?」


 指針を耳にするなり、何人かの人間からあからさまないやを含んだ溜息が聞こえた。


「――ところで、先に確認しておきたいのだが……」


 ここで初めて、真結良は個人に向けてではなく、班全体に語りかけた。

 全員の視線が一点に集まる。


「お前達は、この訓練。勝ちに(・・・)行く気はあるのか(・・・・・・・・)?」


 問いかけに少々の思考時間があった。

 誰が最初に答えるのか、目配せをしたうえで、

 真っ先にトサカ少年が、立ち上がった。



「おうよ。やるんだったらぶっ飛ばすッ! ――だろ?」拳を握る誠。

「もちろん。がんばるよ!」ね、と全員に問いかけ、次いだ遙佳。

「……こんなの、さっさと負けて終わらせれば良いだけの話だわ」真っ向から否定した絵里。

「わたしは……勝つ自信、ないです」視線を地面に落としたままの那夏。

「オレは全力でなんかやらないからな……面倒だ」さも当然に言い切った十河。

「ふっふっふ。われはやる気満々だぞ?」口を逆()の字に曲げるエリィ。



 ――本人たちのやる気を聞く限りでは半々、と言った所か。

 自分なりの意見をもって話してくれるだけ、十分更生が効くと思った。

 なんだ。……思っているほど最悪。というワケではなさそうじゃないか。

 多少、自分の分析に楽観的思考は入っているが、

 足し引きしても班の雰囲気がどん底にあるという答えにはたどり着かなかった。


「順番の話になるんだけど、この場合、一番実力ある人間が大将としてくのが一番かな。言い方が悪いけど、勝つためには戦力の薄い順番を差し込んで相手をへいさせるのが基本的なセオリーだけど、かといって、相手が都合の良い順番で来るとは限らないし……」


 話しかけつつ、自分の思考をそのまま呟く遙佳。

 士官学校時代にも似たような訓練をしていた。あの時は三人組みであったので、

 七人ともなると、順番の采配は大きな意味を持ってくるだろう。


「さっすが委員長。考えがふっけー」


「そんなの、考えなくたってわかるでしょ。アンタが浅すぎんのよ」


「へーいへい。どうせ俺は何も考えてねーえよ」


「もぉ。二人とも喧嘩はやめよ……」


 遙佳の注意に、絵里は黙り、納得していない様子の誠は胡座あぐらをかいて先を促す。


「えっと、そ、それじゃ。自信のないひとから、先になれば……いいの?」


「ふむ、どうやら……そのようだな、なっつん(那夏)。……じゃあ。われが一番だな。剣なんちゅー重くてばんな武器使って、勝てる自信はまったく無いからな! 希望に添えられるよう、瞬殺されてやる。負けるのは正直イヤだけどもなぁ。安定した最弱(・・)を提供してやるぞ!」


「……まったく。なに最弱自慢してるんだ」


 十河のつっこみにエリィは口を突き出し、しょぼくれた仕草をする。


「じゃあさ。十河が先ってのはどうだ? お前強いじゃん」


「いや。オレは真面目にやるつもりは…………」


「うそこけ。トウガは最強だ! われたいばんをおしてやる」


「じゃあ。間宮くんが先で良いかな?」


「はぁ……勝手にしろ」


「…………間宮」


 絵里は何かを見透かしたように、十河の名を呼ぶ。


「…………?」


「今回は一勝くらいしなよ」


「は? なんでだよ」


「たまには一回くらい勝ちなさいよ。もし補習になって連帯責任おわされたら、アタシはあらゆる(・・・・)手を使ってアンタを潰すわよ?」


「…………チッ。……わかった。今回だけはそれなりにやってやる」


 二人の奇妙な遣り取りなど、気にも止めず、遙佳は話を続けた。


「真結良さんは。どの順番がいい?」


「いや。私はどこでも――」


「准尉ちゃんって、剣は使えるのか?」


 座った状態で首を傾げる誠。

 …………いちいち、あおるような呼び方をするな、こいつ。

 本人は無自覚なのだろうが、なおのこと腹立たしくなる。


「――…………少なくとも、お前より自信がある」


 大人げなく、嫌味を混じらせた真結良。


「やべー。頼もしすぎるわ。じゃあ間違いなく最後(ケツ)だな」


 嫌味をまったく理解してないようで、逆に期待されてしまった――――やりづらい。


「真結良さん、それで大丈夫?」


「ああ。問題ないぞ」


「――ふぅん」


 聞いているだけの絵里は、なにやら妙な笑みを浮かべる。


「じゃあ……十河くんが先鋒。次に次鋒がエリィちゃん……」


「つぎ、わたしでもいい? わたしも自信なくって……で、でも。がんばるから!」


 おずおずと手を挙げるは那夏。

 視線をせわしなく動かし、小動物に見えて仕方のない彼女からは、

 これから戦闘訓練に臨む、闘志の欠片も感じられなかった。


「……那夏が五将(三番目)やるんだったら、アタシは三将(五番目)やるわ…………ちょっと考えがあるんだけど、遙佳……ちょっと提案いいかしら?」


「ええ。もちろん」


「単純な戦力計算から行くと、間宮が一本目で勝って勢いをつけてくれれば、相手は必ず精神的なダメージが発生する。そして二番目のエリィ・オルタ……は、間違いなく瞬殺。次いで那夏も良くて数ポイントを取れるといったところだと、思う」


 顎に手を当て、淡々と自分の意見を述べる絵里。

 悪意を持って言っているのでは無いと、誰もが理解していた。

 初めて、聞く真結良でさえも彼女の放っている独特の雰囲気。

 気概や勝ち気を除いた、純粋な計算分析だというのが見て取れた。

 特に誰もつっこんだ意見を言うことも無く、彼女の思案を聞き入っていた。


「ざっと予想して、二勝、四敗……アタシが出るまではきっとこんな図式が成り立っていると思うわ。そうして相手は思う……最初の一勝は偶然であった。やはり、見かけ倒しであったと……荒屋」


「……ん?」


中堅(四番目)であるアンタはがむしゃらにやればいい。別に一人倒そうが三人倒そうが、構わないわ。全力で叩きつぶしなさい」


「おう! まかせとけ」


「副将は遙佳……大将は予定通り、谷原さんでお願いするわ」


「ああ。わかった」


 強い説得力に、引き込まれた真結良はなんの疑いも無く、返事をしていた。


「疲れた相手を一人除けば、残りは四人。……アタシたち一人につき、一・五人分頑張れるかどうかで勝敗は左右される。ひっくり返せるかどうかは、アタシたち次第ってこと……ま、せいぜい勝てるようにやってみるかないわね」


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