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 …………代表戦から日をまたいだ旧三鷹訓練所。

 甲村班と、問題児ノービス……蔵風班との代表戦、その結果は瞬く間に噂となって広まった。

 中堅クラスの班と、最下位の問題児。

 戦わせたらどちらが勝つかなど、予想するまでも無い。

 甲村班が勝利するであろうと、訓練所の大半が思っていた。

 ――だが、結果は予想を裏切るもので、

 問題児の勝利を、素直に受け入れた者は少なく。

 もしかしたら不正をしたのではないかと、

 根も葉もない話まで出てくる始末だった。



 久方ぶりの晴天は、灰色だった十七区に色を落とす。

 学科エリアの一角にある屋内広場は生徒で溢れていて、

 机を囲んで十河、エリィ、誠が座っていた。


「負けたら当たり前のようにけなしてくるだろうし…………勝ったら勝ったでコレかよ。なんかしまらねえなぁ。ズルしたのは向こうなのによ」


 昨日の疲れを残していない誠は不満を呟きつつ、

 周囲の非難めいた視線を、正面から睨みかえしてきがいしんを振りまくことで、反発していた。


「下らない噂なんぞ真に受けるな。言わせておけばいいさ」


 十河はいつもと変わらない態度で、感心のない姿勢。


「そうじゃそうじゃ。我らは勝ったのだ。それだけでいいのじゃ……そういえば、奴らに勝ったから、班の専用部屋もらえるんじゃないのか?」


「委員長が説明してたとき、そんなん言ってたなぁ。すっかり忘れてたぜ」


「班部屋なんて、あったとしてもオレ達に使い道があるものなのか?」


「わざわざ空いてる教室探さなくてもいいってことじゃね? 作戦会議とか、今後の班の活動を話し合ったりとか? あと昼飯とか」


「秘密基地みたいじゃな」


「――それイイ! なんか男のロマンを感じるぜ」


 十河は誠の言うところの〝男のロマン〟とやらには興味なく、溜息交じり。隣に座っているエリィをちらりと見た。


「――………………なあ、エリィ。お前なんで足をケガしてるんだ?」


 勝利した余韻に浸るよりも、気になっていた。

 広場に来るまで、間宮十河は足を庇いながら歩くエリィ・オルタの姿である……。

 普段から一緒にいて、彼女が怪我をするなど滅多にないこと。

 昨日は吾妻式弥が救護室に運ばれてくる前に、何故か彼女が先に居て、帰る時も「用事があるから後でな」と、いつもであれば、くっついてくるところを一人残っていたのだ。



「ちょっと、歩いてたら……段差でなっちゃったんじゃ」


 まさか勝手に転んで自爆しただとは、流石のエリィも自尊心を傷つけるようなことを、自らの口から語るはずもなく。


「き、巨人がぶつかってきたのじゃよ」


「は? 巨人?」


「あー、巨人っても、ちゃんとした人間なのじゃが、ありゃあ二メートル。いや三メートルは言い過ぎかもじゃがわれにはそれくらいに見えた。まるで聳え立つ巨塔。大木みたいなそうじゃないような。トウガから見たら、少しデカイ。いや……大層デカイっつーかのぉ」


「…………………………ほう」


 言葉を濁したつもりなのだろうが、返って想像を混乱させるだけの説明。

 エリィの口車で無駄な時間を費やしたくはなかったので、手を振ってもう良いと合図を送った。


「ほんとじゃよ。われが思いっきり突っ込んでもびくともしなかったのじゃ。足を痛めるくらいじゃからな。いやー、あの衝突事故はお前にも見せてやりたかったぞ。まさに戦慄モノ。物理的にも衝撃的じゃったぞ」


「エリィ…………大丈夫だったか?」


「……え」


 らしくない十河の態度。心配された言葉を贈られて、エリィは急にぽかんとして赤くなる。


「うん……だいじょ――」


「――でも、おかしいな。段差(・・)でなったんじゃないのか? 巨人はどこで出てきた?」


 赤くなっていたトマト顔が、一気に青くなる。


「両方…………じゃよぅ」


 俯きがちに光彩を無くした瞳が、視線を逸らすために地面を見る。

 額からは球のような汗。


「じゃあ、オレが聞いたのは違った情報か」


「…………なんじゃと?」


「お前が全力で突っ走って、段差も何も無い所で足捻って転んだって、稲弓がさっき心配してたぞ……お前が見つからないからって、オレに湿しっを渡してたんだ」


 十河が机の下から手を挙げると、一枚の白い湿布をひらひら揺らす。

 彼女は身に起きた事をひた隠しにして、煙に巻いたつもりでいたようだが。

 無様にすっころび、那夏に口止めしたてんまつまで、十河はしっかり知っていた。


「どうした。お前の話に登場するデカイ巨人とやらはどこいった。しかも段差すらないというじゃないか」


「うーっと、だの。そうじゃなくって、決して一人で転んだなんて……」


 徐々にエリィの言動が鈍くなり、しどろもどろに転じ、今度は羞恥心で顔面が赤くなってゆく姿を、十河は無表情に観察していた。

 ――普段からコイツには散々振り回されているからな。いい気味だ。


「ああ。わかるよ。お前が見ていたんだから、確かにいたんだよな……ああ、よく解る(・・・・)


 久々に日常で見せた不満以外の顔。

 なんとも憎たらしい、口元を歪ませた笑みだった。


「あうー。あうあうあうあう。だはーッ! なっつぅーーんッ、いうな言ったのにぃ!? でも湿布持ってきてくれるその愛らしさ! しかも一枚だけってぇぇ! かわいすぎるわーッ!」


 目の前に座っている誠に馬鹿にされると思い、即座に臨戦態勢で身構えてみるが、

 誠は二人の話など聞いておらず、別の方角を見ていた。

 見る先には、前髪を両目まで下ろした眼鏡の生徒。

 人の多さにたじろぎつつ、なにやらチラチラこちらを見ながら右へ左へ歩いては戻るをくり返していた。


「おーい。こっちこいよッ! なにやってんだよ! ……おうおう昨日ぶりだな吾妻ぁッ!」


 痺れを切らした誠が叫ぶ。十河達が会話を始めたときから吾妻式弥はこちらの存在に気がついたようで、ずっと近づいてこなかった。自分から来るだろうと思い、黙って見ていたが――待っていたら夜になってしまうと確信し声を掛けたのだった。

 試合の時に見せた式弥の勇士は、一夜にして彼の性格まで変えられるはずもなく。

 おどおどした様子で俯きがちに頭を下げる。


「ど……どうもです」


「立ってねえで座れってー」


 隣の椅子を引いて、バンバン叩く誠。

 おっかなびっくり腰を下ろすと、


「おい吾妻。昨日の今日だが、班は見つかったのかぁ?」


「いえ……いつもと、変わらない――あ、でも、今日はあの人達に会ったんですが、何もされませんでした。甲村君――いませんでしたけど」


 前髪で表情は目は窺えずとも、口元の笑みは安心した気持ちが表れていた。


「よかったな雑魚キャラ!」


「……ざ、ザコは卒業、じゃありませんでしたっけ?」


「んー、それ以外になんて呼んだらいいか、わからんからのぉ。だから雑魚キャラは継続じゃ。よかったのぉ!」


「あ、ハハハ。――…………ハァ」


「なあ、いっそのことわれらの班に入っちゃえばいいんじゃないのか?」


「――エリィ、またそうやって好き勝手なこと言って」


「トウガはちょっと意地悪じゃよ。別に良いじゃん。マユランも入ったし、ついでに雑魚キャラが増えたって」


「オレは谷原を認めてないって、何度もいってるだろ」



 ――俺らの班に、かぁ。まあ悪くはねえけどなぁ。肯定的に考えている誠。

 ただ……式弥が席に着いたときから何やら聞こえてくる話し声が気になった。


「……あれか。問題児の班で代表戦やったっていう生徒」

「あの人って、甲村班とよく一緒にいた男子だよね?」

「もしかして問題児が勝てたのって、あの生徒がなんかやったからじゃねえの?」

「汚い手を使ったに違いない」

「また一人、厄介なのが増えたってこと?」

「この前、谷原と一緒に何かやってたの見たことあるぞ」

「問題児と関わっている時点で、同じ人種か」


 深く考えていたつもりはないが、なんとなくはわかっていた。吾妻式弥を自分たちの班に関わらせて、良い思いでいられるのは一時だけだ。例え甲村たちを追っ払ったとて、自分たちと関わり合いをもっていれば、また第二、第三の甲村が出てくるかもしれないのだ。

 誠は終わりそうもない陰険な会話に対して、急に席を立ち――。


「だぁあああ、コソコソうるせえええなぁああ! ……おい! ごちゃごちゃ言ってやがる連中。聞きやがれッ!」


 周りの目が丸くなる。噂をしていた者。全く関係ない人たち。式弥含め、誠の席に座っていたエリィも、全部ひっくるめて驚いた顔をしていた。

 今度はなにをするつもりなんだよと。彼の暴走に一人、十河は頭を抱える。


「ココにいる、吾妻式弥は俺らの班じゃねえし! 勘違いすんじゃねぇよ!」


 周囲は黙り込んだ。大声は反響し、上の階までも届く。


「コイツは変わろうとしてオレらの所に来た。自分は使えないとかほざいていた、どうしょうもないヤツだった! じっさい見てて弱かったよ!」


 視線が一点に、誠へと注がれる。

 何事かと集まり、ちょっとしたギャラリーが出来た。


「でもコイツが昨日の試合で戦ってフラッグリーダーを取ったんだ! 吾妻式弥は決して使えないヤツなんかじゃねぇってことを、証明して見せた! それを試合の何も見ていない連中どもがああだのこうだの、不正だのインチキだの。コイツの努力を何一つ知りもしねえ奴が偉そうに……んなことほざくヤツは俺がぶっ飛ばしてやる。文句あるヤツは前でてこい!」



 ――誰も名乗り出る者はいなかった。

 影で口々に言うだけで、その真偽にいたっては、どうでも良い者が大半。仮に心の底から反発心を持っていたとしても、彼の前に立てる威勢のある人間はこの場にいなかった。


「いねぇんだな!? じゃあコイツの実力だってちゃんと認めたんだな!? …………おい。そこで話があんだけどよ」


「………………ん?」


 思わぬ話の流れに、十河は顔を上げた。

 誠は式弥を引っ張り上げて横に立たせる。彼は人生の中でこれほど多くの人間に注目されたことは無かった。

 ――思考停止。全身硬直状態だった。


「いまコイツは班を探してるんだ! だから! どこでもいい! 一人のメンバーとして、仲間として、班に入れてやってくれっ! ……よろしくなぁッ!」


 ぶっきらぼうな男の、不器用な演説が終わっても、誰も何も言わなかった。

 ただ無言。何人かが周囲の反応を気にして首を左右に回している。戸惑いもあってか、誰もがどうやって切り出していいのかわからない状態。



「――――すばらしいね! 良いと思うよ! がんばってねぇッ!」



 静寂を切り崩した第一声がどこからか飛び出し、拍手をする。

 ぱちぱち、と。一人だけの些細な拍手は他の生徒にも伝染し、

 瞬く間にちょっとした波になった。

 動けない式弥は、精一杯の勇気を振り絞り、小さく頭を下げた。


「ほんっと、暑苦しいやつじゃな。お前は」


「これくらいしねーと、班なんてもんは、みつからねえんだよ」


 言いたいことも言ってスッキリした誠はどっかり座り、立ったまま固まる式弥に。


「俺たちの班でもいいけどもよ。お前にはもっと良いところがあると、俺は思うんだよ……だから、もうちょっと頑張ってみろよ」


「うん……荒屋君、ありがとう」


 へへ、と笑いながら誠は鼻先をこすった。

 妙な空気になった広場の中。

 エリィは隣にいる十河を見た。

 彼もまた、エリィと視線を交わす。


「トウガ。さっきの声って聞き覚えあるのじゃけど……まさか」


「――だろうな。あいつ(・・・)……訓練所に帰ってきてたのか」


 何十人もいる生徒からの拍手はすぐに止み。喧噪が息を吹き返している中。

 最初に声を上げた生徒を十河は目で追って探すも、

 とうとう、その姿を見つけることは出来なかった。


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