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<23>-2

「どうした。逃げているだけなのか、吾妻!」


 式弥は近くの柱に隠れ、あの『異質な物体』をどうにかする方法を模索していた。

 立ちふさがるは甲村寛人。彼を倒さない限り、柱に近づくことすら出来ないだろう。

 こちらは短剣が二本。

 相手は銃が一丁。

 ――だめだ。どう考えても刃が銃弾に勝てるものか。

 隠れているだけでも精一杯。顎が噛み合わず、震えるままにカチカチ音を立てる。

 逃げちゃ駄目だと言い聞かせているのに、体は正直ででも動かない。


「刻印も使えないお前が、よくもこんな所までノコノコと来れたものだ。お前のバカさ加減には愛想が尽きたぞ。潔く死んだ方がこの先の為になるとは思わないか、吾妻」


 ハッとする式弥は彼の一言に思い至る。


「そうだ……刻印。刻印があれば……もしかしたら」


「――そこに隠れてるのか」


 知らずのうちに声に出していて、更にきゅうへと自らを追い込んでしまった。

 じりじり近づいてくる気配に、


「うわぁああああああ!」


 たまらず腰を落として、柱から飛び出す式弥。

 反応した寛人が即座に発砲した。

 放った弾丸は空を切り、反動で天井に張り付いていたパイプの一本を撃ち抜いてしまう。


「くっそ…………まあ、いい。一本くらい」


 破損したパイプから溢れ出すは、大量の水蒸気に似た物質。濃密な魔力の塊だった。

 別の場所に隠れた式弥の周囲までも、白く染めてゆく。

 水分とは全く違う、肌に張り付いてくる気持ち悪さ。

 体を触って確かめる。一発も当たっていなかった。

 難を乗り切るが――こんな運は何度も続かないだろう。

 ――そうだ…………無線。

 自分の事で頭がいっぱいだった式弥はようやく右耳に手を伸ばして、


「………………!?」


 ………………ない。無線がない。

 逃げたときに落としてしまったのか。なんでこんな時に限って!

 頭すら出すことのできない状態。どこに転がっているのかも分からない。手詰まりにおちいる。

 このままだと本当に撃ち殺される。

 ……なにか、現状を打開する方法は。

 呼吸が荒くなり、無意識に式弥は、手首に巻かれたミサンガをしきりに触れていた。


「…………刻印……刻印が使えれば……」


 自分には何もない。記憶も強さも。みんな持っている刻印でさえも。



 ――――体が、またズキズキと痛み出す。



 その感覚は、確かに――自分の中で何かが『有る』という証拠でもあった。

 心臓が飛び出さんばかりに脈打つ。

 死ぬかもしれない現実を目前にして、ようやく辿り着いた確信と答え。

 ………………この身には『固有刻印』ある。

 記憶を失ってしまった、きっかけが――あるのだ。


「頼むよ……動けよ。ボクの中にあるんだろ? あるんだったらボクを、助けろよ……」


 心臓の鼓動が、強く……速く。

 更に呼吸が荒くなる。答えを掴みかけている感覚。恐怖と焦りと、本人も気がついていない、ほんの僅かな希望……混交とした心の中から、引きずり出そうと――。



 曇る眼鏡のレンズ。視界が奪われる。

 苛立ちのままに彼は眼鏡を外して投げ捨てた。

 何もかも上手くいかない毎日だった。

 ――それでも、今日だけは。

 強く、谷原真結良に渡されたミサンガを掴む。強く…………強く!


「ボクに……、こんなボクにも刻印があるというのなら、いま動かなくて、いつ動くって言うんだよ! ボクだって刻印があるはずなんだ。どうやっても今……いま必要なんだよぉおぉぉぉおッ! うごけえええええええええぇぇぇ!」


 切迫した叫びに、寛人も何かを感じたのか。慌てて仕留めるべく詰め寄る。

 そして――その変化は双方の目に明らかとなった。



 柱から放たれた小さな紫の光。

 薄暗い駐車場の中で、それは確かな異質をもって存在を示した。

 薄もやで見えずとも、

 甲村は自分の体にある刻印が拒絶反応をしているのを確かに感じ、

 始めて感じる刻印の異常に、

 無意識に進む足を止め、たじろいだ。



 式弥は、ほんの一瞬だけ。

 地下駐車場の光景を見失い、幻想を見る。



 ―― 一面の草原。

 ――柔らかな風。

 ――たゆたう蜃気楼。

 ――景色は変わって、荒野。

 ――膝を付いて、天を見上げ叫ぶ誰か。

 ――空を飛ぶ一羽の白い……カラス

 ――その向こう側に、巨大な黒点。



 現実に戻った式弥は、長い夢を見ていた感覚に襲われた。

 記憶……いや、イメージ? 

 自分の中を表象した風景?

 一瞬だけ見えた、光景に胸が締め付けられる。

 そして、膝を付いていた式弥が真っ先に目にしたもの。



 コレが――ボクの……。



 いまや猛烈に広がるもやのなか――淡いこんの光。

 視界が薄いなかで確かに芽吹いた、その力。

 自分のまわり、地面には丸く囲われた二重円。

 記号とも文字ともとれない羅列が投影されていた。

 五臓がひっくり返るような感覚。

 内側と外側が裏返ってしまいそうだった。

 呼吸が荒くなる。でも不快じゃない。

 むしろ――なんだろう。

 こんなにも危ない状況なのに、

 懐かし――い?



「ハァ……ハァ、………………はは」


 初めて起動するはずなのに、妙な懐かしさ。

 ずっと待ち望んでいたものを得られた嬉しさ。

 熱い感情がわきあがってくる。

 取り巻く円形が、あたかも肉体の延長線上にあるような感覚に全身が支配される。

 式弥は隠れていた柱から、ゆっくりと姿を現した。



「な、なんの刻印かは知らないが……たかが刻印ごときで、いい気になるなよ吾妻!」


「………………」


 式弥が一歩動くと、その円形も同じ距離に付き従う。

 もはや相手のせいは遠く。式弥は自分の世界に居た。

 ――寛人は得体の知れない刻印に動揺を隠せない。

 自分も同じ刻印を持っていることを、完全に失念していたほど……。

 刻印が使えるからなんだというのだ。相手はあの吾妻式弥(・・・・・・)。劣等生の吾妻式弥なのだ。


「………………う、く……ぁ」


 だのに、何故……一歩を踏み出せない。

 ――恐怖? 自分が恐怖をしている? 吾妻なぞに?

 白い靄の中、人影に張り付いて揺らめく地面の紫光。

 亡霊のような光景に、不安ばかりが増長してゆく。

 あるいは――体すらも硬直させるような重圧(プレッシャー)か?


「ふ――っざけんなあぁぁああ!」


 迷いを振り払い。恐怖を気合いで揉み消し。寛人は銃を構えた。

 どこでもいい。当たれば銃はスーツを貫通する。

 いまや何も効果の無い……防御力の無い。タダの繊維。

 体に張り付いているだけの薄膜だ。

 直撃すれば、弾丸は肉体に達するはずなのだ。

 …………狙うは肩。殺しはせずとも当たれば戦闘不能は必至。

 首や胴体に当たらぬよう、この際当たっても構わない覚悟を胸中に、

 寛人は視界の悪い中、吾妻式弥に狙いを定める。



 視界が悪いのは式弥も同じ。

 捨てた眼鏡が悔やまれるが、

 どうせこの霧の中、ハッキリと物は見えない。

 ぼんやりとした、表情も窺えない彼の影。

 自らを鼓舞する、寛人の叫びが反響する。

 何かが来る。射撃――か。

 どうしてか、式弥に恐怖はなかった。

 自分でも驚くほどフラットなメンタル。

 背を向け逃げる選択などじんもなく、

 そして自分がどうすれば良いのか、頭で解っていた。

 心の片隅で、本能がささやく。

 この刻印は長い時間を維持することはできない、と。

 心のままに従うならば、短い時間で勝負を付ける事が急務。

 もう――後戻りなどできない。ボクは選んだ。今の自分を変えるため。

 …………後ろを見ないで前に行くことを。

 ボクにやれることは一つだけ……それは。



「――突き進むッ!」


 気合いの掛け声。式弥の駆け出しと共に紫の円形も付き従う。

 少しの変化も見逃さんと観察していた寛人だったが、

 極限まで高まった集中のなかで、待つことができず引き金を引いた。

 響く発砲音。寛人の銃から弾丸が射出されて空間を進み。

 風を切り裂く一発の弾丸は……。

 ――――無慈悲に、吾妻式弥の(・・・・・)右胸を貫いた(・・・・・・)


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