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<23>

 ――刀の流線には憎しみが込められていた。

 一撃一撃が、力強く。……ちゅうちょが無い。

 訓練とはまったく違う。勢いと雰囲気に飲まれてしまいそうだ。

 背筋に言い知れぬ寒気を感じながら、真結良は前に出る。


「タニハラァアアアアァ!」


 名前を叫びながら安藤は刃を振り上げ、筋力に物を言わせた斬り落としを浴びせてくる。

 真正面から受け止める攻撃。

 受け止めた衝撃。ようやく寒気の正体が自分の命を脅かしているそれだと知ったのは、じかに体で感じる事により、ようやく気がつかされた。

 体が沈む。骨が関節が――手首を伝って肩まで軋み、音を上げてしまうほどの威力。

 耐えかねて二合目を寸ででかわした。行き先を失った安藤の一刀が地面を斬り裂く。

 彼の鎧は自信の筋力さえも引き上げる事ができるのか。

 おおよそ。人間の身体能力を凌駕している。

 ……コレが刻印持ち同士の戦い。

 動きの予測を常識の枠に当てはめていたら、たちまちに命を奪われてしまう。

 どんどん、心に余裕がなくなってきている。



 真結良は自分の首にある刻印に集中し、刀を地面に突き立てた。

 切っ先が地面に触れた瞬間、青白い光がさかのぼばくのように噴き出す。

 光は一瞬にして形を作り上げ、斜め前へとせり出す氷柱となり……。

 安藤の体を掠め、鎧の装甲を薄く削り取った。


「くっ」


 力を制御コントロールしたつもりであったが歯止めが利かない。

 唇を噛みながら、真結良は意識とは別に、おのずから勇み立とうとする刻印の意志(・・・・・)のようなものを必死になって押さえつける。

 私が刻印を自由にコントロールが出来るのは、あくまで訓練の中でのみ。実戦と訓練では雲泥の差がある。刻印だけに神経を集中させることが出来ないでいた。

 ――全力でやれるならば、制御など必要はない。魔力の循環を抑えつつ、敵の動きにも気を配らなければいけないのは、こんなにも難しいものなのか。

 油断すれば力が溢れて、安藤の鎧のみならず彼の肉体にまで、この能力は届いてしまうだろう。

 ……問題児ノービスの彼らならば、これしきの事、簡単にやってのけるのだろうか。



「ガァアアアッ!」


 暴風を纏い、力任せに振るわれる刀。

 真正面から受けていては体が保たない。

 足を使って相手の繰り出す軌道から、離脱し続けることに撤する。

 今は出来ない自分をうらんでいても仕方ない。

 私のやれることをもって、安藤をねじ伏せなければならないのだ。

 しかし――このまま戦っていては彼を傷つけてしまう。一体……どうすれば……。


 数メートルの距離でさえも、たった一度の跳躍で安藤は攻め込んでくる。


「………………――――ッ!?」


 またもや、相手との距離感を、自分の常識の中に収めてしまった。

 初めの一合で力の差は分かっている。間合いに入れてしまった時点で中途半端な行動は、肉体に刃を届かせてしまうのと同義だ。とにかく防ぐ。それしかない。


「ぐッ!」


「ハ、ハッハハハハ! どうしたタニハラ!」


 大量の魔力と共に鬼気を放つ鎧。目をこらして見ると、

 先ほど傷つけた表面は何も無かったかのように形が戻っていた。

 自己修復……まるで鎧そのものが生き物としてあるかのよう。

 矢継ぎ早に攻め込んでくる安藤に防戦一方の真結良。


「こ――っのぉ!」


 むき出しの闘気に毒されて、我を忘れた真結良は、

 ――指先を刀身に這わせて刻印の力を伝達させる。

 表面に現れた、氷で作られる結晶のもん


「――――!!」


 急激に下がった気温と並行して、比喩的な意味でも凍り付いた空気に、安藤は本能で後退する。

 たった一歩で、後ろに下がるスピードよりも数倍速い、真結良の前進。

 風の抵抗を減らすために体勢を低く。腰に刀を添えて鋭く迫る。

 安藤が次なる行動を起こすよりも、なお早く。

 飛び込んだ真結良は……渾身をもって振り抜いた。

 ふところに届いた。あと数十センチで刃が届くといったところで。

 真結良は踏みとどまってしまった。



 ――いま、私は何を。感情にまかせて、彼を……。



 一瞬の迷いが静止となり、大きな隙となって彼女を追い込む。

 対して安藤は得た好機を逃さず。容赦なく猛攻してきた。


「ウォォォォォッ!!」


「間に、合え!」


 自分を取り戻し、制御も何も考えずに刻印の魔術を展開。

 地面から飛び出したのは、両者を隔てる分厚い氷壁。


「…………チッ、小賢しいぞ!」


 安藤は片腕を畳んで肩をつき出す。

 気合いの叫びと共に、自らの体格をもって氷壁へ突進タックルした。

 ――魔力と刻印を使って錬成した氷壁は水で作られるそれとは別質のものだ。

 それは物理的な威力か、はたまた鎧による力の作用か。

 壁は砕かれ、その向こう側にいる真結良に強烈な体当たりを食らわす。


「うぐッ」


 氷壁によって、幾分かスピードが遅くなっていたのが幸いした。

 先ほどの攻めが尾を引いているのか……安藤は反撃を警戒し、

 体つきが大きい割に素速い身のこなしで、追い打ちをせず後ろに飛ぶ。

 膝が付きそうになる真結良。両足に力を入れてなんとか押し留まる。

 叩き付けられた衝撃で胸が苦しい。骨は折れていないようだがダメージが大きい。

 追い込まれている状態だというのに、真結良の思考はまだ諦めていなかった。

 彼女は一心に――どうにかして、彼を無傷のままで行動を不能にさせたいと望んでいた。

 この刻印を全力で動かすと彼に致命傷を与えてしまう。

 殺さずの戦いができるほど、私の技術は高くない。

 彼を傷つけることなく助けようとする意志が……どうしても刃を迷わせる。



 …………さっきの私は……まちがいなく、殺す気だった。

 戦いの中で、どんどん自分の人間性が削げゆく。

 もし――このまま続けていたら、いつか私は……。



 こちらが攻めあぐねていると、安藤は敏感に察知して前に出てくる。

 刃を避け、受け流し、

 相手の動きに合わせて、刀を重ねる。

 オレンジ色の火花が刹那に弾けた鍔迫り合いの中。

 弱腰になり、勢いを失っていた真結良の刀は〝斬る〟とはほど遠い〝叩く〟にしか至らず。

 鎧の強度を計算に入れていた安藤は、彼女の攻撃を鎧で受け止め、ひるまず回し蹴りを叩き込む。

 かかとが腹に沈み。軽い体が宙を浮き、壁に叩き付けられる。

 倒れた真結良は、咳き込むと同時に血を吐き出した。


「…………う、……ぐ、ハ」


「ハア、……ハァ。おい、お前の実力ってのは。そんな物だったのか?」



 ――ここまでダメージを受けながらも、未だパニックには至らず。

 ――心の中はむしろ、冷静に相手を分析し続けている自分がいた。

 ――彼を救う。体はボロボロだが、この思いはまだ折れていない。



 ただ、手立てがない…………無策。

 焦点の合わない視界で、安藤を見る。

 ――疲れているわけでもないのに呼吸が荒い。刻印を必要以上に酷使しているからか?

 いや、そもそもココまで刻印の能力が高いのは何故なのか。

 …………思い当たる節があるとすれば、始めに取り出したガラス玉。

 膨大な魔力を出したあの道具が、安藤の刻印能力を底上げしたのだろうか。

 だとすると、許容量を優に超える魔力が体内にある。負荷と反動は著しく身体に影響を及ぼしているはずだ。

 仮に仮説が当たっているとして……今のままでは、どの道、先に倒れるのは私だ。

 …………そして、地上にいる仲間は……。

 奥歯を噛み、痛む体を起こす。

 ほんの少しだけでもいい。彼を押さえつけ、あの鎧だけを剥がすことができたら。

 ――もし、彼の刻印だけに(・・・・・・・)直接ダメージを与える(・・・・・・・・・・)術があるとしたら(・・・・・・・・)……あるいは。



「……………………!? は…………ハハハ」


「何が可笑しい……気でも触れたか?」


「いや、違う……世の中、何があるか分からないものだなと、思ってな……」


 不適な笑みの意味するところは――奇跡的な思考到達だった。

 追い込まれた状態で導き出した答え。全身に電気が走る。

 いけるかもしれない……いや、もはやこれしか方法はない。

 彼女の中で急浮上した活路が、脳裏を埋め尽くした。


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