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<22>-2

 真結良が安藤と対面する直前、吾妻式弥は勇気を振り絞って行動を起こしていた。

 一人きり、絶え間なくにじり寄ってくる不安に、心がすり潰されてしまいそうになる。

 常に無線機で聞こえてくる戦いの声。

 遠くで響く銃撃の音が、自分の耳に直接聞こえてくる。

 西側で交戦中の十河と誠。そして東側では遙佳。

 式弥が目指すは――更に奥のエリアだ。



 蔵風さんの情報が正しければ、南西に彼が居るはずだ。ゆっくりとはしていられない。

 式弥は何度も真結良から預かったミサンガ。

 少しでも勇気を分けて貰おうと、自分の手首を強く掴む。

 腰には短剣が二本。銃は置いてきた。最初から戦うために向かうのではない。

 あくまで偵察。それだけしか自分にはできない。

 とにかく北へ。直線距離は三百メートルほどであるが、瓦礫の障害が多く、真っ直ぐ進めない。

 管理塔はフィールドの中心にある。作戦会議をしたときに、単純な構図は頭の中に入っていた。

 できるだけ抗戦している地帯に近づかぬよう、大回りで進む。



 自分しか居ないはずなのに、まるで誰かに見られているような視線を感じ、式弥は何度も立ち止まって周囲を見渡す。

 …………誰も居ない。

 視線の正体が、自分の恐怖が作り上げた錯覚だと気がついたときには、塔を背後に進んでいて、絵里が指定していた場所に辿り着いていた。

 もう、銃撃の音も聞こえてこない。

 無線機は誰も話さない状態だ。仲間がどうなっているのか解らなかった。

 ――もし、自分が隠れるなら、どこにするか。

 敵陣のエリアに入り、式弥は思考を回転させて、人が入りこめる建物を警戒しながら探した。

 周囲は他の廃虚よりも特に形が残っていた。

 隠れる場所は無数にある。心細さも相俟って気持ちが挫けそうになったとき。

 式弥は思わず頭を抱えた。

 急に起こった全身の〝痛み〟



 この感覚は前にもあった。刻印の拒絶反応。

 痛みが示す先は、マンションの一角にある、地下駐車場への入り口。

 ――間違いない。この先には何かがある。

 痛みは徐々に収まってゆき、彼は腰の左右にぶら下がっている短剣を引き抜いた。



 魔窟のようにポッカリと口を開け広げている地下への入り口に、思わず唾を飲み込む。

 ――確認するだけ。何かあったら全力で逃げればいい。

 なんとか自分に言い聞かせ、式弥は地下への下り坂に足を踏み入れた。

 元々はマンションの住人が使う駐車場であったらしく、その広さはかなりのもの。

 車は一台もなく、朽ちた標識と天井に走るヒビが、不気味さを掻き立てた。

 どこからか流れる風に乗って、奇妙な生臭さが鼻につき、

 薄暗い視界が、緊張に拍車をかける。



「驚いた……まさか、お前が先にここへ来るとは思わなかったぞ……吾妻」



 聞いた事のある声に、式弥は心臓が止まりそうになった。

 ちょうど、柱の陰にフラッグリーダー、甲村寛人が立っていたのだ。

「まさか本当に問題児ノービスと手を組んで俺たちと戦うなんてな」

 ちょうしょうを顔に広げて、彼は自分のライフルに弾を装填する。

「………………な、コレ…………は」

 式弥は……寛人の背後にある物に目が釘付けになった。

 駐車場には地上の建物を支えるために数多くの柱が立てられている。

 寛人の背後にあるソレは――現実的な形状から大きくかいしていた。



 柱の表面にはガラス玉のような球体が埋めこまれていて、

 そこから放射線状に紫色の血管のような物体が柱に絡みついていたのだ。

 血管は生きているかのように生々しく。ゴム質のつややかな光沢を放つ。

 内部に流体でもあるのか、じゅぐじゅぐ(・・・・・・)と音を立て、脈打ちながら動いていた。

 どうやら、最初に嗅いだ生臭さはこれが原因らしい。

 今ではハッキリと、柱を取り巻く血管から放たれているものだと悟る。

 太いものから細いものまで、大小様々な血管はまるで木のように枝分かれして――。

 紫色は天井の至る所で根を広げ、蠢いていた。



『バケモノ』……見た目から、そのまま連想された単語。

 喉の奥でせり上がった小さな悲鳴。腰が抜けそうになって、危うく短剣を落としそうになる。


「……くくく。コレが何だか、お前には理解できないだろ」


「まさか、コレが〝増幅器〟……」


「…………? なんの事を言ってるかはしらないが、お前ら、やはり気がついていたようだな。問題児でも市ノ瀬は頭が回るからな。おおかたそこらの入れ知恵か」


 自分が想像しているよりも、はるかに大きな『何か』が甲村寛人の背後にある。

 でなければこんな『異質』……彼が持ち寄れるわけがない。


「よりにもよって、問題児の班なんかと手を組みやがって……」


「…………ぅ」


 寛人はまるで過去の自分へ話すように、口を開いた。

「お前は大きな選択ミスをしたんだよ。そのままで居れば楽でいれたものを、わざわざ煙を立たせるような真似をしやがって――――で、どうするんだよ」


「え?」


「俺と戦うかどうかって話だよ。こっちには銃があるが……見たところ剣しか持ってないようだが」


 そうだ……最初から戦う気なんて無かった。

 どうせ……自分なんかじゃかないっこない。

 抵抗するまもなく、負けるに決まっているのだ。


「スーツがどうなってるか、馬鹿なお前でも、よく解ってるんだろう?」


 全身の神経がピリピリしている。

 危険だと。もはやこんなの勝てる勝てないの次元ではない。

 生きるか死ぬかの問題なのだ。


「降参したら、命だけは助けてやるよ……いや、むしろ市ノ瀬絵里(フラッグ)を俺らの所に持ってきたら、今までやってきたこと、残らず全てを不問にしてやる……悪い話じゃないだろ?」


「ボク……ボクは……」


 寛人にとって最大のじょうを、この期に及んでまだ戸惑っている彼に対して、苛立ちが一気に吹き上がった。


「いい加減にしろよ吾妻ぁああッ! あのクズどもに命を張ってなんになるってんだ! お前なんかが問題児ノービスの連中と友達ごっこして、テメエが救われるなどと、本気で思ってんのか!?」


 …………………………。

 ……………………。

 ………………。



 式弥の回線が常に繋がっていたこともあって、

 彼らの会話を問題児全員が受信していた。


『――ボクは……し……』


『ああ? なんだよ?』


『しにたく……ない。死にたくない、です』


『ク、――あハハハハハハハハ! そうだよ! ソレで良いんだよ! ソレがわきまえた最良の判断というモノだ。最初からこの試合はお前らが勝てる見込みなんか無かったんだよ。勝つなんて不可能。無駄だ。敗北は不可避だったんだよ!』


 ――もう一度、山田一雄と永井雅明に攻撃を仕掛けようかとかくさくしていた十河と誠は、

 黙って彼の声に耳を傾けていた。

 ――絵里もまた、作業の手を止めて、式弥が取った選択に深い溜息を吐いた。

 ――二人の会話を聞くも、遙佳は式弥の向かった先を探すため、懸命になって走っていた。


『お前の判断は間違っちゃいないぞ吾妻……ココで黙って待っていれば、お前だけは生かしてやる』


『……………………』


 式弥の荒い呼吸。

 甲村の笑い声。

 コレで、一人プレーヤーが減った。

 問題児達の誰もが、吾妻式弥の脱落を確信した。

 始めから無理な話だったのだ。

 実戦と変わらない状況下で、人間を相手にするなどと。

 甲村と接触できただけでも、十分な結果を残せたものだと、式弥に区切りを付けたが。

 ――急に、式弥の荒れていた呼吸がすぅと落ち着きを取り戻した。

 無線を通じて、微妙な空気の変化を彼らは確かに感じ取った。


『――おい、吾妻。なんの、真似だ?』



 ………………。

 ……………………。

 …………………………。

 式弥は呼吸を落ち着ける。それは間宮十河から教わった方法。

 徐々に、足の震えが止まるも、末端の感覚は、いまだ冷たいままだった。


「ボクは……たしかに、なにも出来ないかもしれないし……これからも、何も変わらないままなのかもしれない」


 けど、それでもこんなボクに手を差し伸べてくれた。



 ――市ノ瀬さんはこんなボクでも認めてくれた。

 ――荒屋君には苛められいるところを助けてもらった。

 ――間宮君は本気で稽古をつけてくれた。

 ――蔵風さんからは刻印の練習を。

 ――そして――谷原さんは…………。



「なにが…………」


 なにが問題児ノービスだ。それは皆が勝手に付けた名前じゃないか。

 彼女たちは、問題児なんかじゃない。

 だれもが……優しい人たちだった。


「もう。嫌なんだ……」


「――――なんだって?」


「もう――君の思い通りにはならないと言ったんだよ。甲村くん。彼らの事をバカになんてさせない! 彼らはボクの友達なんだ!」


 揺るぎない覚悟の上で、式弥は高らかに叫びを上げる。


「ソレを止めろ! 今すぐに!」


 彼の強さを冷徹に見据える寛人は、


「――お前はもう死刑決定だ……精々、死なないように逃げ回ってみせろよ」


 もう引き返すことは出来ない。

 式弥は両手に持っている短剣に力を込めた。

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。



「へぇ。あいつ……なかなかイイいこというじゃん。――おぉ!? 十河いま笑った? 嬉しいのか?」


「…………黙れ。……さて、もう一回仕掛けるか。吾妻なぞに負けては居られないからな」


 体力は十分に回復している。蔵風の情報どおりならば、今回の件……主謀者である甲村寛人以外のメンバーは真相を知らないらしい。一定の範囲から出ないことだけを、強制づけられているのだろう。


「相手が進んで来ないなら、オレ達がやることは一つだ。……ここから一歩も退かせないことだ。ここで取り逃して甲村に合流されたら終わりだ」


「まだ全然、ぶん殴り足りねえからな。やってやろうぜ!」


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