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「はい! 絵里ちゃん」
「上出来よ、那夏」
二人は無線機で申し合わせたポイントで合流し、那夏の投げたパソコンがフェンスを超えて、絵里の手に渡った。目に見えぬ壁が張られているが、どうやらフェンスの境界線よりもさらに外部で展開されているらしい。
だから、観客席にシールドがあったのかと、絵里は一人納得した。
もし、柵で張られていたのなら、受け取ることはできなかっただろう。
絵里はすぐさま、乱戦状態にある彼らとは真逆の場所から『管理塔』と称される場所へと向かう。
無線の状況から大まかであるが、交戦位置を把握していた。
敵と出会うことはないだろうと確信した上で、一秒でも時間が惜しかった絵里は、廃虚を避け、平らな路上を走った。那夏と合流したフェンスから約百五十メートル進んだ先。演習場の中心点とされるそこは、何の変哲もない鉄塔のようであったが、トレーニングスーツの管理を行っている場所。
絵里はどこかに外部との通信を行うためのネットワークがあると予測していた。
ルールで立ち入りを禁じているだけで、さほど厳重な囲いをされているわけではなく、難なく塔の敷地に入ると、外部接続らしき端末のあるボックスを見つけ出し、こじ開けた。
人が触れなくなって長いのか、古いクモの巣や黒い埃汚れが堆積している。
最悪――と思いながらも、これも仕方なしと割り切った。
手で拭って、手持ちのケーブルを使い、接続に成功。
『魔力』……この酷く曖昧な力を利用したものを『魔術』と称するが、この訓練所で管理されている魔術の一つであるトレーニングシステムの管理は機械によって行われている。
兵器と魔術の混合物が魔術兵器であるように、
トレーニングスーツの魔術も機械との融合体であることを、多くの生徒は知らない。
これは市ノ瀬絵里も訓練所の情報を集めていたときに偶然に知った情報である。
もし、機械で管理されているのならば、魔術に疎い自分でも、機械側をコントロールすることによってスーツの機能を復旧させることが可能であるかもしれないと踏んだのだ。
「なにこれ……ホントに機能してないじゃないの」
画面には簡易でありながら、フィールドの状況が表示されていた。
『絵里ちゃん……復旧できそう?』
出来るだけ早く対処して欲しいと望む遙佳は絵里を急かす。
「トレーニングスーツには一定の魔力が供給されるように設定されている……決まった魔力を循環させることで、スーツに施されている魔術が起動し続ける。例えるならば、スポンジに水を染みこませ続けている状態ね。蛇口は常に開いているんだけど、今回の場合はアタシ達に供給されるはずの水が、どこかへ全部奪われているってこと」
『だから機能していないと? じゃあ自分の魔力をスーツに流し込めば……』
「いえ、それは不可能。この場所のどこかに魔術を展開する術式が半分あって、スーツの術式が半分。二つを合わせて初めて一つの魔術として機能させる仕組みなのよ」
『じゃあ、どこかにある、もう半分の術式を妨害している人間がいる、と?』
「そうとしか考えられないわね」
『あー、あー、聞こえっかぁ!? コイツらなんなんだよ! 堅てぇにもほどがあんぞ! どんなに食らわせてもケロッとしてるぜ……防御力を上げる方法でもあんのか? 魔力が必要以上にながれてるとかっ? 十発ぶん殴っても止まらねえぞ!?』
『荒屋ッ! ぼさっと喋ってないで、もっと追い込め! 手が出せないほど畳み掛けろッ!』
乱戦に持ち込んだであろう二人は、すこし余裕がなさそうだった。
――異形を相手にするのと比べたら、よっぽどこちらの方が楽だと思うのだが。
『…………絵里ちゃんはどう思う?』
「アタシよりも、遙佳の思うことを話してみて……」
魔術的な知識の深い遙佳が話した方が、アタシが大して知りもしない頭でああだこうだいうよりも、よほど参考になるし合理的だ。
『……ただの推測になっちゃうんだけど、なんらかしらかの〝保護〟があるんじゃないかな?』
『保護、だと?』
『うん……間宮君たちと戦っている二人って、同じ場所からずっと動かないでいるんじゃない?』
『こちらを追いかけてくる様子はなか…………った! …………荒屋! 永井を引きつけろ! 俺は山田をやる!』
『任せとけ!』
『もしかして、彼らの近くに、スーツの効果を倍化させる〝増幅器〟みたいのがあるんじゃないのかな?』
「ち、ちょっとまって。それって訓練所が作った術式に干渉させてるってことよね? それって不正どころの騒ぎじゃ無いんじゃない?」
『――そもそも、トレーニングスーツを無効化させている時点で、あらゆる可能性が広がると思うの…………もし、それらがあたっているならば、この術式不正は二つある』
――絵里はキーボードを打つ手を休めることなく、
視線はディスプレイ画面に注がれ続けている。
『一つは、私たちのスーツの無効化。そして――もう一つが甲村班のスーツの増強と戦闘不能を取り払った操作』
「もし……その〝増幅器〟とやらが存在しているのであれば――奴らが動かないエリアの最奥。フラッグリーダーも一緒にいるんじゃないかしら。…………こんなのバレたらあの班、反則どころじゃ済まないわね」
絵里はなんとかして、自分の端末で知る限りの情報を得ようと探ってゆく。
「…………ダメか。数字しか出てこない。魔力の安定じゃなく、機材の調子を数値化した物しか。…………どうして、監視カメラもどれも機能していないのよ。せめて復旧だけでもできれば……」
この試合、あらゆる物が仕組まれている物だと確信する。
きっと、この異常は……訓練所の目には届いていないだろう。
さらに端末を操作しながら絵里は無線に向かって、声を上げた。
「吾妻! 聞こえてる!?」
『は、……はい』
「まだ、逃げてないでしょうね」
『――はい』
「アンタも手伝いなさい!」
『…………………………』
彼の無言は、こちらの求めを拒絶する無言だ。
「言ったわよね。アタシの考えている戦力の中に、アンタも含まれているって。今すぐ行動して増幅器を見つけなさい!」
『そ、そんな……無茶な』
「ずっと無線で皆の声を聞いていたんでしょ! どれだけ必死になってやっているかアンタもわかっているはずだわ。…………少しでも、戦う意志があるなら、――いや別に無くても構わないわ。協力しなさいよッ!」
また無言で彼は先を伸ばそうとする。
目の前にいたら張り手の一つでもくれてやるところだ――ほんと、じれったい。
『わ、わかり……ました』
「じゃあ、このフィールド……たぶん北東か北西にある場所をくまなく探して、増幅器……正直、大きさはわからないけど〝妙な物〟があったらそれを壊しなさい。壊せない物だったら報告して! 別にフラッグを取れとか戦えなんて言わない。探す足になるだけで今は十分だから」
『わかりました……』
『いま、狙撃主は私の方を気にしているはずだから、もう一人のサポートを相手にします。上手く二人を倒す事ができたら、かなり戦力を殺げるはず……終わったら吾妻君のフォローにすぐ向かいます』
「ええ。とにかく慎重に行動して」
『了解です』
――絵里は回線を切り替えて、遙佳と専用通信を繋げる。
「遙佳……」
『え? どうしたの絵里ちゃん。まだ何かあった?』
「いいえ。聞きたいのだけれど、吾妻は刻印が使えるの?」
コレは心配などではなく、少しでも彼の持っている能力の情報が欲しかったから。もし使えるのならば間宮と荒屋のサポートくらいは出来るだろうから。できないと言おうが、させる腹積もりだった。
『わからない……でも彼の刻印は、もしかしたら〝特別〟なんだとおもう』
予想外の返答に、絵里は少しだけ声が上ずった。
「特別ぅ? それってどういうことよ?」
『たぶん刻印自体が相当な魔力を消費するんじゃないかな? だから訓練所の設備とかじゃ起動できなかった。魔力が薄い所では発動すら出来ない。たぶん自分にある魔力だけじゃ補えないタイプの刻印、……ふつう魔力は体内に吸収した魔力しか刻印に通せない。……でも、ごく少数。体内魔力と、大気中の魔力を直接刻印が取り込んで力に変換する刻印があるんだよね』
「つまり、今のような異界を再現した魔力がある中で、吾妻の刻印は使えるようになるってわけ?」
『絵里ちゃん、そこまではわからない。推測が当たっているなら発動は可能なはず。……仮に正解だとしても、どんな能力か見当も付かないし、出来るかどうかは吾妻君次第だよ』
期待する気はなかったが、それは過大評価というヤツだ。
刻印が発動出来ない人間は多かれ少なかれ存在している。
その誰もが異界の中でしか使えないような刻印であるかと言えば、ノーである。
――そんな強力な刻印に恵まれた人間など、ソレこそ希であるのだから。