バイトで、悪役令嬢の代打やってます。
流行りものが書きたくて、思わず書いてしまいました。
シャラーン♪
着信音がして、スマホにとあるメッセージが届く。
内容を確認し、すぐ傍に控えている二人に移動の旨を伝える。
自分の中のスイッチを完全に切り替えるために、手にしている京扇子を握りしめる。
「さて、参りましょうか」
第一校舎の二階で、愛しの婚約者様が待ちわびている。
目的地に近づくと、女生徒数人に囲まれている件の人物を発見する。
よくもまあ、一人の男子生徒にここまで大人数でたかれるものだといつも不思議に思う。
格好いいから近づきたい、少しでも仲良くなりたいという気持ちは理解できるが、程度があるだろうに。
ぱしんっと、扇を自分の掌に打ちつける。
さて、お仕事のはじまりだ。
「あらあら。将彦さん、私との約束を放り投げて、こんな所で何を遊んでいるのかしら?」
今まできゃっきゃっと喋くりたおしていた女子たちが、こちらの存在に気づき、その口を一斉に閉じる。
「雪、どうしたんだ?」
輪の中心にいた男子生徒がこちらに気づき、微笑みかけてくる。
十人中十人が間違いなく振り向くほどの美貌の主は、微笑むことでその顔の威力をあげている。
クセのない黒髪、涼しげな目元、整った眉。いつ見ても、ため息しか出てこないルックスだ。
美人は三日見たら飽きる? そんなことはない。いつ見ても、美人は美人で注目の的だ。
「どうしたの、ではありませんわ。将彦さん、今日の放課後の約束を覚えていて?」
「……すまない。こちらのお嬢さん方と話が弾んでしまって」
「まあ!? では、私が待ちぼうけをくらったのは、そちらのお嬢さん方のせい……ということかしら?」
ワザとらしく驚くフリをしながら、彼の周りを取り囲む女子生徒ひとりひとりの顔を確認するように、視線を巡らす。
うん。
いつもの常連さんから、ご新規さんまで幅広くお揃いですね。
常連さんからはまた来やがったと冷たい視線を頂き、ご新規さんからは気まずげーな視線を頂く。……さすが、まだご新規さんは可愛げがあるな。
「あなた方、分かっていて? その人は、私、多智花雪子の婚約者なの。さっさと散りなさい。不愉快だわ」
きつく睨みつけると、女子生徒らは名残惜しげに散っていく。
小さく聞こえる、舌打ちや文句のことばにも慣れてしまったせいか、容易に聞き流せるようなった。
……文句があるなら、聞こえるようにいいやがれ。
その喧嘩、勝ってやるから。
「お見事」
女子生徒から解放され、ほっと一息つきながら婚約者様が労いのことばをくださった。
諸悪の根源が何をいう。業腹なので、返事をせずに睨みつけるだけにしておく。
「機嫌を直せよ、マジで助かってる。いつもありがとな」
腰を引き寄せられ、耳元で囁かれるのは他の女子生徒に向けるような丁寧な口調ではなく、素でのお礼のことば。
「……近いんですけど」
近すぎる距離に思わず頬が赤くなる。
「いいじゃないか。オレは婚約者にベタ惚れなんだ」
「そういう設定ですけど、今は見せつける人もいないですよね?」
さっさと離れろとつっぱねるが、抵抗する手を握りこんでさらに引き寄せられる。
「ここは公共の場だろう? いつ、何時、他人の目があるか分からない場所だ。仲睦まじくすることにこしたことはないさ」
不特定多数への微笑みではなく、雪子という婚約者のためだけに向けられる微笑みにますます頬に熱くなる。
助けてと、傍に控えている助っ人二人に視線を向けるも、うふふと笑うばかりで助けてくれない。
「仲がよろしいですわね~」
「雪子様、愛されてますわね」
色々と不慣れな私を手助けしてくれるのが、貴女方のお仕事ですよね?!
今、まさに助けるべき人物が困ってます! さあ、眺めてないで早急に助けてください!!
「将彦さん?」
誰も助けてくれないのなら、自分で頑張るしかない。
囲われている腕の中で、なんとか顔を上げる。
「どうした、雪」
「……こんな人目の付くような場所では、ゆっくり落ち着いてあなたと戯れることもできませんわ。お約束の通り、いつもの所にいきません?」
↑意訳。
いいからさっさと移動しろ。そろそろ私の我慢の限界だ。
新校舎の三階の一番奥にある、とある教室。
そこは琉聖学園に通う生徒全員が憧憬を抱く生徒たちが集う特別クラスである。
名前は「G」クラス。私は勝手にゴージャスクラスと呼んでますけどね。
学園でも極めて優秀な生徒が選出され、学園の貌ともいわれる面子だけが在籍する、本当に特殊な空間である。
一学年から三学年まで合わせて十人弱という人数のため、教室はひとつしか用意されていない。しかし、その設備は通常の教室と違ってどこの高級ホテルですかと今でも思ってます。
我が学園の誇るGクラスには、全国模試で常にトップクラスの成績をキープしたり、全国大会で毎年優勝したり、学生ながらに国内だけでなく海外でも活躍するような芸能関係者など、普通の生徒には手の届かない生徒ばかりが名を連ねている。
その、Gクラスへと私は入室する。
扉を締め、本当に他人の目を気にしなくてもいい状態になったのを確認し、私は未だに腰に回っている手を振り払う。
「おいおい、景気よく振り払い過ぎだろうが」
ざざっと距離をとる。
「ここに戻ったら、もう婚約者なんかじゃないんですから、当然です!」
「もう少し惜しめよ。オレって女子生徒の憧れの的だろうが。そのオレ様に公然といちゃつけるのなんて、お前だけなんだから」
「結構です! その権利を持ってるのは、雪子さんだけです」
多智花雪子。
Gクラスに所属する生徒のひとり。
誰もがきいたことのあるTTカンパニーとい大企業のご令嬢。
お金持ちというステータスだけではなく、自身も頭脳明晰で将来を有望視されている人でもある。
とあるご縁で、いわゆるご令嬢といわているお方の代役を演じさせて頂いてるのが、私こと船越一香である。
幼馴染である森ノ宮将彦と婚約者のフリをし、お互い学園にいる間は煩わしい恋愛問題の虫よけという形にしようと密約を交わしているらしい。 しかし、二年生の一学期にどうしても学園を不定期に数日間もしくは数週間、離れなければならない事情ができたらしく、どうしたものかと悩んでいたところ、私を発見したらしい。
嘘のような本当の話で、彼女とは体型……スリーサイズなど全ての数値が一緒で、声も殆どそっくりという、全く血筋的にも関わりのないのに、本当になんの偶然だという人物が私なのだそうだ。
ご本人と初めて対面した際に、顔以外の姿形が本当にそっくりでお互い驚いてしまったのだけど。
どうしても必要な時に、多智花雪子になってほしいとお願いされて、戸惑いながらもその報酬につられて頷いたのは、よかったのか、悪かったのか、未だに判断に困るのだけど……。
私も、とある事情からどうしても禁止されてるバイトをしてでも、学費を稼ぎたかった身の上なので、助かっているわけだ。
本当にね、時給がいいんです、このバイト。
「いっちゃん、お疲れ~」
もきゅと、私の左腕に抱きついてくる小柄な男子生徒。
「桃太くん、ただいま」
「お帰り。さ、いつものようにメイク落としちゃおっか」
そのまま腕をとって、教室の片隅に設置されているドレッサーの前に私を座らせる。
「はい、目をつぶって」
「このくらい自分でやるっていつも言ってるじゃない」
「だめー。僕のお楽しみの時間を奪う権利は、いっちゃんでも発生しません。ほら、大人しくしてて」
肩をおさえられ、メイク落としでお嬢様メイクを拭ってくれる。
「はい、しゅーりょー」
声を掛けられて、目を開けると目と鼻の先に、桃太くんの顔があった。
距離をとろうとすると、そのまま引き寄せられて、こつんと額同士が当たる。
「いっちゃん、驚き過ぎ。いい加減慣れようよ」
私と同じ一年生の月見里桃太くん。
小柄といっても、身長が160センチの私よりは少しばかり背が高い。
窓から差し込む日差しにキラキラと反射して、栗色の髪がさらに明るく見える。くりくりした、大きめの瞳はつり目で、まるで猫のようだ。
この子も、森ノ宮将彦さん同様に、顔面偏差値がすさまく高い。
「無理。こんな美人な顔が目の前にいたら心臓に悪いに決まってるって」
「もう、いっちゃんの照れ屋さん」
嫌がる私に追い打ちをかけるべく、桃太くんは椅子の肘掛けに自分の手を重ねてより距離を詰めてくる。
「こら、クソガキ。いい加減離れろ」
べりっと、桃太くんを将彦さんが引き離す。
「森ノ宮先輩、おーぼー。いいじゃない、お嬢様のメイクはとったんだから、もう、いっちゃんは婚約者でなくて、船越一香ちゃんっていうただの一生徒でしょう? 何の権限があって僕の憩いの時間を邪魔するのさ」
「見ていて、オレ様がムカつくからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
目の前で繰り広げられる口喧嘩を眺めていると、すっと視界に湯呑が差し出される。
「お疲れ様です。お茶でもどうですか?」
ふわりと香るほうじ茶の香りに心が和む。
「ありがとうございます。櫻野先輩」
いつの間にやら、傍らに将彦さんの護衛兼学友の櫻野篤士さんが佇んでいた。
クセのない黒髪に、切れ長の瞳。目元にある泣き黒子はかすかな色気を醸し出し、シルバーフレームの眼鏡が色っぽさの中にストイックさを付け加えている。
整った顔立ち、たおやかな性格で女子の人気が高いにも関わらず、どこかの誰かさんのように女子が群がってこないのは、なんともいえないその雰囲気のせいであろう。
「今日も、鮮やかに将彦様を救出したそうで」
「……仕事ですから」
「私が赴ければよかったのですが」
悲しげに目を伏せる姿に、思わず胸が高鳴る。
相変わらず色気が半端ないな、この人。
「大丈夫ですよ。そういう時の為に私がいるんですから。単に、一人で何とかできないのがそもそも悪いんですよ」
「おい。もしかして、オレの悪口を言ってるのかそれは」
もちろん、言ってます。
どういう経緯か知らないのだけど、穏やかな好青年を演じている森ノ宮将彦という人物が、実はガラが悪いというのはGクラスのメンバーしか知らない極秘事項である。
嘘偽りで固めている外面のせいで、わらわら寄ってくる女子生徒に向かって「うざい」なんて言えるわけはない。
「そのための多智花雪子という婚約者だろう? 存分にオレ様のために働くがいい」
「えぇ、働かせていただいてますとも。今日の分は、もちろん追加料金を頂きますからね」
ぎろりと将彦さんを睨み付け、請求をしておく。
あんな風に女子生徒を蹴散らすなんて真似、基本料金なんかに含めてやりませんから。
「……櫻野、つけといてやれ」
「はい、かしこまりました」
櫻野さんは、タブレット端末を操作し、その画面を私に見せてくれる。
「本日は、昼休みと放課後の基本Cプランに加えまして、先ほどの応対への報酬として、このような金額になります」
「はーい。ありがとうございます」
本日も稼いでやったぜと、掲示された金額を手帳にメモる。
「あと、僭越ながら意見させていただきますね。普段は眼鏡を掛けられた方がいいと思いますよ」
「え? 視力は悪い方じゃないんですけど……」
「いいえ、いくら化粧で別人のようにしていても、見る人が見れば貴女の正体に気付く者もでてくるでしょう。それを少しでもなくすために、雪子嬢になっていない時は、伊達眼鏡を掛けて印象をより変えてみせるんですよ」
と、目の前に赤色のフレームの眼鏡をすっと差し出してくれる。
「取りあえずは、これを。女性の方の眼鏡を選ぶなんて初めてでしたので、貴女に喜んで頂く自信はあまりないのですが」
「わわっ、え? これ、もらっていいんですか!? うわ、ありがとうございます」
手に取って細部まで見てみると、メタルフレームに可愛い花柄のテンプルを合わせたもので、文句なしの一品である。
「気に入って頂けました?」
「はい。櫻野先輩、ありがとうございます!!」
嬉しくて、もらったばかりの眼鏡を掛けて、桃太くんに借りて何度も鏡で確認してしまう。
「では今度、一緒に眼鏡屋でも見に行きましょうか」
ん?
「おい、櫻野。何をナチュラルにデートに誘ってやがる」
「おや、いけませんか?」
デート?
今のってデートのお誘い……でいいのかな?
「あっくんずるーい!! それなら、いっちゃん、僕ともお洋服見に行こうよ。コーディネートしてあげるよ」
「え。桃太くんがコーディネートしてくれるの?!」
そ、それはときめく。
桃太くんは、お母さんが女性雑誌などで活躍しているカメラマンで、そのお手伝いとしてメイクやコーディネートにも関わっている。
実際の現場で培われたセンスが噂を呼び、名前を出して公に活動はしていないが、業界ではすでに引く手数多なんだとか……。
「うん。いっちゃんの好きなショップで全身コーデ見たげるよ。もちろん、いっちゃんの示す予算内でね」
「行きたい、行きたい!!」
普段着のセンスにあまり自信の持てない私には、なんてときめくお誘いだろう。
「こら、お前ら。勝手に盛り上がるなよ」
いつ行こうかと話を弾ませていたら、将彦さんが低い声で割り込んできた。
「あら、彦くんったら、嫉妬かしら?」
どす黒いオーラを、涼やかな声で散らしながら、雪子さん本人が別室から登場した。
「雪子さん、今日は学校に来てたんですか?」
「どうしても授業日数が足りないから、特別に講習を受けさせて頂いてたのよ。ごめんなさいね、学校にいるのに貴女に代打なんかさせて」
「いえいえ、気にしないでください。そういう時の私なんですから」
ありがとうと、こちらに向けてくれる微笑みの可憐さに見惚れてしまう。
どうしてくれよう。この人が自分と同性だと理解してるのに胸が高鳴るとか、本物のご令嬢は半端ないなと思う。
「雪子、向こうは大丈夫なのか?」
「落ち着いてるから、こちらに来てるのよ。気になるのなら、遠慮なんてしないで顔を出しなさいな。喜ぶわよ」
「……いいんだよ」
将彦さんは、ぷいっと顔を背けて、皆の集まる場所からひとり離れて座る。
黙って窓の外を眺める姿は、一枚の絵のように完成されている。
「喋らなかったら、満点なのに……」
ぽつりと呟いた本音に、傍にいた雪子さんがぷっと吹き出す。
「一香ちゃんったら、素直ね。彦くんが口が悪いのは昔からだから、私なんかは逆に好青年を演じてる時のが違和感だらけで、いつか横で吹き出すんじゃないかとハラハラしてるのよ」
「でも、雪子さんも、外ではわざとお高くとまっているように見せてますよね? 本当はもっと話しやすい方なのに」
「私は楽しんで、ああいういかにもなお嬢様を演じるようにしてるからね。一香ちゃんも、分かりやすくて演じやすいでしょ」
確かに。
最近よく目にする、悪役令嬢物の創作物などを台詞回しの参考にはさせて頂いている。
こんなことに巻き込まれなかったら、生涯あんな上から目線のものいいはしなかった筈だ。
「……高笑いしながら、登場とかはじめてしましたもん」
雪子さんに、高笑いができなくてはダメよと言われて、高笑いの練習をしたのが懐かしい。
腹筋とか、度胸とか、色んなものを鍛えさせて頂き、今では雪子さんお墨付きの高笑いができるという。
「申し訳ないけども、まだまだ一香ちゃんには私になって、彦くんの面倒を見てもらわなきゃいけないから、これからもお願いね」
それは、もちろん。
一度引き受けたからには、そのお役目を全うさせて頂きますとも。
何より、苦労は確かにあるのだけど、大いに楽しませて頂いてるのだ。
「はい。これからも頑張りますね」
普段は、一般生徒の一年生、船越一香。
たまに、皆の憧れ森ノ宮将彦の婚約者、多智花雪子。
そんな感じの二重生活はまだまだ続くらしい。
お付き合いありがとうございました。
続編「バイトで、学園のアイドルの婚約者役やってます。」投稿しました。
よければ、どうぞ。