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あやかしの棲む家  作者: 秋月瑛
其之参 「土蜘蛛」
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其之参 「土蜘蛛(5)」

 夕食の準備が済んだころになると、続々と食堂に住人たちが集まってくる。その中に、いつも比較的早くやってくる美花の姿がないことに瑶子は気づいた。

 瑶子は美花を呼びに行くことにした。

 廊下を歩き、美花の部屋の前までやって来た。

「失礼します」

 と、いつものように言うと同時に戸を開けた。

 いつもなら『どうぞ』と声が返ってくる。返ってくるとわかっているから、返事を確認する前に戸を開ける癖がついているのだ。それが今日はどうだろうか――。

「あれ、美花さま?」

 部屋にはだれもいなかった。

 ほかの場所をあたることにした。

 屋敷の中には瑶子が入れない部屋がいくつかある。赤い札の貼られている部屋。離れの一つである鍵の掛かった部屋。ほかにも瑶子がその存在を知らない部屋があれば、入るという発想すら一生浮かばないだろう。

 廊下を歩いていると、るりあとばったり出会った。

「るりあちゃん、美花さま見ませんでしたか?」

「……見てない」

 と、言いながらるりあは天井を見上げた。

 釣られて瑶子も天井を見る。

「またなにか見えてるんですか?」

「聞こえる」

「天井からは物音がするのはじめてですよね。ねずみですかね、今まで一度も見たことありませんけど」

「もっと大きい」

「大ねすみですか? そう言えば最近食料の減りが早いような……あ、それは美花さまが……そうだったんだ、今気づきました」

 ひとりで納得する瑶子をるりあは不思議そうな顔で見つめている。

 慌てて瑶子は顔の前で手を振った。

「な、なんでもありませんよ。まさか美花さまがるりあちゃんみたいに盗み食いをしてるなんて、そんなこと……あっ」

 口に出してしまっていたことに自ら気づいた。

 ひとり慌てる瑶子を置いて、るりあは天井を見ながら歩きはじめた。

 気になった瑶子はそのままるりあについて歩く。

 天井の気配は屋敷の道に沿って進んでくれるわけもなく、るりあの視線は真上ではなく遠くを見つめたりしている。

 やがてるりあがやって来たのは美花の部屋。

 躊躇いもせずるりあは何も言わず戸を開けた。

 同時に開かれた押し入れの中にいた美花と目が合った。

 瑶子と美花は互いにはっと目を丸くしている。

 るりあはまだ天井を見続けていた。ちょうど押し入れの上あたりだろうか。

 慌てて美花は押し入れから出てきた。

「あの……その……」

 焦って言葉に詰まっているようだ。

 瑶子はるりあと共に部屋に入り戸を静かに閉めた。

「美花さま、どうしてそんなところから?」

「探し物を……」

 こちらの探し物は移動したようだ。るりあの視線は真上へと向けられた。

 るりあが走り出した。

 押し入れの二段目に飛び乗り、すぐに天井板が動く事に気づいた。

 美花は必死になってるりあを止めようとした。

「るりあちゃん!」

 声は掛けるがそれ以上はなにもできなかった。

 瑶子も不審に思いながらるりあのあとを追った。

 天井裏への入り口。

 そこを登っていったるりあ。あとを追って天井裏についた瑶子はその男を見つけた。すぐに美花もやって来た。

 男は頭を掻いた。

「見つかっちまったなぁ。決して美花お嬢様のせいじゃありませんよ。運が悪かっただけですよ」

 視線を送られた美花は沈痛な面持ちをしていた。

 るりあは瑶子の背に隠れた。男を睨む視線を外さない。

 謎の侵入者。

「だれですか?」

 瑶子が尋ねた。真剣な表情だ。

 すぐに美花が割って入った。

「決して悪い方ではありませんから、皆には黙っていてくれませんか。お母様やお姉様に見つかったら……ああ、どんなことになるか」

「美花さまがそこまでおっしゃるなら……まずはお話を聞こうと思います。美花さまはお食事の時間ですから、早く行ってください」

「でも……」

「美花さまの姿を見えないと、怪しまれるかもしれませんよ。この方を悪いようにはしませんから」

「……本当に頼みましたよ」

 自分が去ることは心配であったが、瑶子の意見も一理ある。美花はこの場を瑶子に預けることにして、食卓へと向かって行った。

 美花がいなくなると、さらに緊張の糸は張り詰めた。

 だが、この男の物腰は柔らかかった。

「まあまあ、立ち話もなんですから、どうぞこちらで話しましょう」

 男は無防備にも背を向けて歩き出す。

 瑶子は用心しながらあとをついていく。るりあは瑶子の背に隠れたままだ。

 案内されたのは屋根裏の一角にある部屋のような場所。

 家具一式が揃っていることに瑶子は驚いた。

「屋根裏にこんな物が……いつからここに住んでるのですか!?」

「ここに来たのは三日ほど前ですよ。家具は元々ここにありました」

「家具があった?」

 瑶子の知らないことだった。そもそも屋根裏の存在すらしらなかった。

 男は椅子に腰掛け、二人にはベッドに座るように手を向けて促した。

「椅子が一つしかなくて、ベッドで我慢してください」

 ベッドに腰掛けると埃が舞った。

 落ち着いたところで男が話しはじめる。

「名刺は切らせてるんですが、ルポライターをやってる立川克哉っていう者です」

「るぽらいたー?」

 瑶子は首を傾げた。

「ルポライターっていうのは平たく言えば記者ですよ。雑誌記者をやって飯を食ってます」

「雑誌はあまり読んだことがありません。慶子先生に貸してもらったことがあるのですが、あまりおもしろいと感じなくて」

「書いてる俺自身もつまらないと思いますよ。うちの場合は三流雑誌なせいですが」

 克哉は何かを探すそぶりを見せて自分の服のあちこちを探った。

 そして、溜息を落とした。

「はぁ……そうだ切らしてるんだった。煙草なんてもってませんよね?」

「慶子先生なら吸ってますけど」

「あのひと煙草吸うのか! 一本でいい、たった一本でいいからもらって来てくれませんかね?」

「無理に決まっているじゃありませんか」

「だよなー。食料を調達するだけでも大変なのに、煙草は無理だよな。でもあると知ったら吸いたくて堪らなくなってきた」

 瑶子ははっと気づいた。

「もしかして美花さまが持って行った大量の果物って……」

「美花お嬢様にはよくしてもらってるよ。彼女に見つかったときが駄目かと思いましたが、水や食料は運んできてくれるし、俺のことばらさずにいてくれたし……なのに、あんたらに見つかっちまうなんてな。そっちのちっこい嬢ちゃんには警戒してたんだ」

 視線を向けられたるりあは瑶子の袖を掴んだまま、未だ克哉を睨みつけている。

「るりあちゃんは勘が鋭いですから」

 と、傍にいることが多い瑶子が言った。

 さらに瑶子は話を続ける。

「食料が必要なら、これからはあたしが持ってきてあげます」

「ありがたい!」

「美花さまにやらせるわけにはいきませんから」

「ということは、あなたも俺……いや、私のことをほかに者には黙っていてくれると?」

「いいですよね、るりあちゃん?」

 自ら返事をする前にるりあに確認を取った。

 るりあは黙ったままなにも答えない。

 瑶子はるりあの顔を正面に捕らえて覗き込む。

「美花さまのためです。るりあちゃんも美花さまのこと好きですよね?」

「……ようこのほうが好き」

「あはは、でも美花さまのことも嫌いじゃありませんよね?」

「…………」

 るりあは小さくうなずいた。

「だったらこの方のことは秘密です。約束ですよ、指切りしましょう」

 瑶子は強引にるりあと小指を結んだ。

「指切りげんまん、うそをついたら大叫喚地獄[ダイケウクワンヂゴク]におーちる」

「やだやだ、あんな怖いところに落ちたくない!」

 るりあは真っ青を顔をして心から震えた。

 大叫喚地獄とは八大地獄の一つ。大叫喚地獄は主に殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄言などを犯した者が落とされ、さらに小規模な地獄があり、細かく罪が分けられている。大叫喚地獄の十六小地獄の一つ、吼々処[ククショ]は自分を信頼する古くからの友人にたいして嘘をついた者が落とされ、罪人の顎に穴を開けて舌を引きずり出し、毒を塗って焼け爛れた舌に蟲がたかると云う。

 二人のようすを見ていた克哉は小声でつぶやく。

「この嬢ちゃん笑顔で酷い約束させるな」

 どうやら仏教の知識があって理解できたらしい。

 こうして克哉は一つの安心を得た。はじめに見つかったのが美花で本当によかったと思う。そうでなければ、この二人の口止めはどうなっていたのか?

 ここでさらに克哉は厚かましくお願いをすることにした。

「そうだ、食事件なんですが、私じつは菜食主義者なんで……」

「さいしょくしゅぎしゃ?」

 また瑶子は首を傾げた。

「つまり野菜や果物しか食べないんだ」

「神の教えですか?」

「まあ、そんなところだな。だから運んできてくれるなら、肉類は避けて欲しい。でも魚は食べていいことになってるから、たまには魚も食べたいもんだ」

「わかりました。食事の件も承知しましたけど、どうしてあなたここにいるのですか?」

 それがもっと重要なことだった。

「取材で山に入ったら道に迷ってしまって、この屋敷に入ったら出られなくなってしまったわけですよ」

「道に迷ったなら、こんなところに隠れていないで、家の者に道を尋ねればいいのに……あっ、もしかして今のうそですか? うそをついたら地獄に堕ちますよ?」

「まいったなぁ。家のひとにこんなこと言いたくはありませんが、この屋敷、地元では鬼屋敷って呼ばれてまして、大変恐れられてるそうなんですよ。なんでそんな噂をされるのかなっと思いまして、記者として取材に来たわけなんですよ」

「鬼屋敷? 恐れられている?」

 どちらの言葉も瑶子には実感できなかった。

 突然、瑶子は何かを感じ取った。

「あ、お客さんが来たようです」

「客? どうしてわかったんですか?」

 克哉は驚いた。なにも感じなかったからだ。

「すみません、急用ができましたので、お話はまたあとで」

 瑶子は軽く頭を下げて屋根裏を下りた、るりあもいっしょに屋根裏を下りたが、すぐに別れた。

 ここからまず向かったのは菊乃のところだ。

 菊乃は食堂にいた。

「あっ、菊乃さん、どなたか来たみたいです」

「宅配でしょう。今日はずいぶんと遅い時間のようですが」

 二人は早足で玄関に向かい、屋敷を出ると正面門まで急いだ。

 門を開くと数人の男がリアカーから荷物を下ろす作業していた。

 菊乃が門を出た。

「ご苦労様でした」

 と言って菊乃は男の一人に小袋を渡した。金品かなにかが入っているのだろう。

 大量の荷物を下ろし追えた男たちは逃げるように去っていく。

 まずは菊乃が門の中へと荷物を一つずつ運び入れる。その荷物を今度は瑶子が台車に乗せて運ぶ。

 二人が作業を進めていると、この場に美花がやって来た。

「私の荷物もあるから、丁重に私の部屋に運んで頂戴。ほら、そこの箱とそこの箱、印がついているでしょう?」

 美咲はいくつかの箱を指差した。箱には『咲』という文字が書かれていた。

 その荷物を台車に乗せながら瑶子は尋ねる。

「いつの間に美咲さまの荷物なんて、あたし聞いてませんでしたけど?」

 菊乃は知っているのか知らないのか、黙々と作業を続けて答えない。

 自ら美咲が答える。

「別にあなたたちに関係ないでしょ」

「中身はなんですか?」

「だから関係ないって言ってるでしょう、しつこいわね!」

「……すみません」

 瑶子は肩をすくめた。

 美咲は自分の荷物が運ばれる一部始終を見守った。部屋に荷物が運び終わると、艶やかに微笑んだ。

 結局、荷物の中身は教えてもらえなかった。

 瑶子は再び荷物運びの作業へと戻った。

 荷物はまだたくさんある。屋敷の中へ運んだあとは、仕分けの作業なども残っている。仕事が終わらせるのには、まだ時間がかかりそうだ。

 正面門まで戻ってくると、菊乃はまだ黙々と作業を続けていた。

 瑶子が戻ってきたのは確認した菊乃は別のことを頼んできた。

「ここはもう大丈夫ですから、夕げの片付けをお願いいたします。それが終わったらもう今日は休んでよいですよ」

「はい、わかりました」

 いつも瑶子は夜の仕事が少ない。菊乃は瑶子が部屋に戻ってからも仕事をしているらしいが、なぜか毎日瑶子だけ早く仕事が終わり、部屋で休むようにと言い付けられている。一〇時ごろになると、一切部屋を出ずに寝るようにと、きつく言い付けられていた。

 瑶子は多少疑問に思うが、この屋敷には決まり事も多く、それらの理由は教えられないことが多いので、その一つとして特に気にせず過ごしていた。

 瑶子の一日の仕事が終わり、入浴をすると就寝の準備をする。

 そして、夜は更ける。

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