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あやかしの棲む家  作者: 秋月瑛
其之壱 「双生児」
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其之壱 「双生児(2)」

 平屋建ての屋敷だが、迷うほどの部屋数と入り組んだ廊下。そして、昼だというのに仄暗い。

 部屋の一つ一つを案内していては日が暮れるのか、それとも考えがあっての行動なのか、美咲は多くの部屋を素通りした。

 二人は無言だった。

 美花は口を開くことが恐ろしかった。

 相手を知ることが恐ろしい。

 相手の声を聞くことが恐ろしい。

 その恐怖は根深く美花を侵食し、自分の声を聞くことすら恐ろしく感じられた。

 赤い札の貼られたふすまの横を通り過ぎた時、美咲が声を潜めながら忠告をした。

「必要のない部屋には立ち入らないこと。決して開けてはいけないわ。うちの者でさえ絶対に入らない」

 なぜとは訊けなかった。

 美咲の足が止まった。

「ここがわたしの部屋、そして向かいがあなたの部屋よ」

 そう言ってから美咲は美花の部屋を開けた。

 張り替えたばかりの青い畳の香り。

 何もない淋しい部屋。

 雨戸も全て閉ざされ、光すらも遮断されていた。

 美咲は押し入れを開けた。

「ふとんだけは用意してあるわ。他に必要な物は菊乃に申し付けるといいわ。彼女が町まで調達しに行ってくれるから」

「はい、わかりました」

 二人は部屋を後にした。

 廊下を歩いていると、駆け足の音が響いてきた。

 あの少女だ。名前はるりあ。

 美花は見てしまった。やはりるりあの頭には角のような物が生えている。

 るりあは急に反転して走り出した。

 それを見た美咲は意地悪そうに言う。

「あの子わたしのことが嫌いなの。わたしは別に嫌いではないのに」

 本当にるりあが逃げたのかはわからない。

 ただ、今に思えば少し怯えたような表情をしていたかもしれない。

 るりあが廊下の角を曲がり、姿を消したと同時に小さく叫ぶ声が聞こえてきた。

 すぐに角から姿を現したのは瑶子だった。

「あっ、美咲さまがお二人?」

 美咲は意地悪そうに笑った。

「馬鹿ねあなた、わたしのこともわからないなんて、本当に頭が足りないのだから」

「申し訳ございません美咲さま。では、そちらにいらっしゃるのが美花さまなのですね。ということは、もしかして先ほど私と会ったのは美花さまでしたか、着物がいつもと違うと思っておりました」

 瑶子ははにかんで頬を赤らめた。

 素朴な顔つき、柔和な笑顔、この場には似つかわしくない存在だった。

 しかし、外の世界はどこにでもいる少女。

 美花はほっと胸を撫で下ろした。ここに来てはじめて緊張の糸が解けたかもしれない。

 瑶子の背中にはるりあが隠れていた。怯えたような、威嚇するような、そんな瞳でこちらを見ている。

 るりあは天井を眺め、急に逃げ出した。瞬時に美花も目をやったが、そこには何もなかった。

 瑶子は二人に頭を下げ、るりあを追って姿を消してしまった。

 多くの疑問を持ちながらも、美花は何一つ訊くことができなかった。

 美咲が歩き出す。

「次は慶子先生に会いに行きましょう。先生は離れに住んでいるわ」

 本館から渡り廊下で繋がっている別館。その別館にある部屋の一つを使っているのが慶子と呼ばれる部外者だった。

 二人が部屋に入ると、読書中だった慶子が顔を上げた。

 才色兼備を絵で描いたような眼鏡を掛けた女性だった。見た目から感じられる年齢は美花と美咲の母よりも上かもしれない。

「こんにちは美咲さん、そちらが美花さんね。よろしく、私は武内慶子。この屋敷の主治医で、美咲さんの家庭教師もしておりますの」

「はい、よろしくお願いします」

 慌てて美花は頭を下げた。

 内心で美花はほっとしていた。ここにも緊張せずに付き合えそうな人が居た。

 部屋にはたくさんの本があった。壁一面本棚と言っていい。読書家なのか、ほかにすることがないのか。

 美花が本棚を眺めているに慶子が気が付いた。

「本はお好きかしら? 気に入った物があれば持って行っていいわよ」

 慶子は木漏れ日のような優しい笑みを浮かべた。笑うと童顔に見える。

「はい、ありがとうございます」

「そんなに礼儀正しくしなくていいのよ。これから同じ屋敷に住むのだから、肩が凝ってしまうでしょう」

「でも年上の方ですし」

「うふふ、そんな小母さんに見えるかしら。静枝さんと比べたら十以上も離れているけれど、自分では若いと思っておりますの」

 静枝とは美花と美咲の母の名。その母の年齢すら美花は知らなかった。

 知らないことが多すぎる。

 いや、この屋敷に謎が多いのかもしれない。

 美咲の案内はここで終わりだった。

「家の者は慶子先生で最後よ。他にいるとすれば招かれざる客か、棲み付いてしまっているモノたち」

 それを聞いて慶子はにこやかに微笑んだ。

「そう言えば瑶子さんから聞いたのだけれど、最近食料がなくなっているらしいですわね。前からそういうことはあるけれど、最近は目に見えて減っているとか?」

 美咲は頷き答える。

「ええ、きっと屋敷に忍び込んだ者がいるのでしょう。馬鹿な人間ね、絶対に出ることはできないのに」

「そう、死んでも出られないもの。あたしもここに来て十年ほどになるかしら、たまには外の土も踏んでみたいもですわね」

「先生はまだ良いですよ、わたしなんて生まれてから一度も屋敷から出たことがないもの。美花のことも羨ましいわ」

 眼を向けられた美花はゾッとした。冷たい眼。呪われてしまいそうだった。

 ――自分は姉に怨まれているのだろうか?

 なぜ?

 育った環境が違うから?

 そんなにここでの生活は嫌なものなのだろうか。これからここで生活していけるだろうか。

 嫌なのは周りの空気、それとも自分の気持ちか、とにかく払拭したくて美花は笑顔を作った。

「どうして外に出ないんですか、わたしと一緒にいろんなところへ行きましょう、お姉さま」

「本当にこれがわたしの妹なのかしら、腹立たしいわ!」

 急に怒って美咲は部屋を出て行ってしまった。

 なぜこんなことになってしまったのか美花はわからなかった。

 悲しかった、嫌われてしまったこと、自分が誰かを傷つけてしまったこと。全ては自分が傷ついてしまうから。

「わたし……何か言ってしまったのでしょうか?」

「出られないのよ、この屋敷から」

「どうしてそんな決まりがあるんですか?」

「決まりではないのですのよ、変えられない摂理とでも言うのかしら。この屋敷を出られるのは菊乃さんだけ。後で試して見るといいわ……ただし、外との境界線は怨念が強いから不要に近づくのは危険かも」

「話がよくわかりません」

「うふふふふ、本当に何も訊かされていないのね」

 その笑いの奥に狂気を感じた。やはりこの女も異質だった。

 慶子は悪戯に笑いながら話し続ける。

「貴女を育てた養父母も知らないのですから、訊かされていないのも当然かしら。あたしもこの屋敷のことは目に見えることしか知らない、知るつもりもないわ。知りたいことがあるのなら静枝さんにお聞きなさい、彼女もどこまで知っているのか怪しいものだけれど」

 そう語って慶子は低い笑いを部屋中に響かせた。

 怖くなってきた美花は手に握った汗を着物で拭き、言葉を喉に詰まらせながらもやっと吐き出した。

「もう失礼します。姉を追いかけて謝りたいですから」

 美花は逃げるように部屋を出た。

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