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あやかしの棲む家  作者: 秋月瑛
其之壱 「双生児」
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其之壱 「双生児(1)」

双子の姉妹として生まれることが一族の呪いなのか?

それとも急速に年老いていくことが呪いなのか?

運命の糸を断ち切るものは誰か?

 それは運命の糸に弄ばれた惨劇。

 山里の小さな村、そのはずれにある大きな屋敷。

 村の者は決して寄り付かない呪われた一族。

 その屋敷に訪れることになった、ひとりの少女。

 叔父は村の入り口までしか、美花みはなを送ってはくれなかった。

 明らかに様子の可笑しかった叔父。村が近づくにつれて、唇が蒼く染まり、顔から汗を噴出していた。

 なにを恐れることがあるのだろうか?

 美花が屋敷を訪れることになった理由。それは実の母と、つい最近に知らされた双子の姉に会うため。

 どこに恐れることがあるのか?

 本当に恐れられるのは自分だと美花は思った。

 こんな自分を今まで育ててくれた叔父夫婦。いや、本当は影で自分のことを恐れていたのかもしれない。

 ――悪魔の子。

 そう影で囁いていたのかもしれない。

 屋敷までの道を村人に尋ねると、皆一様に顔を伏せて、無言になってしまった。やっと教えてくれた村人も、屋敷の方向を指差すだけだった。

 美花は見ていた。屋敷を示す村人の指が酷く震えていたことを――。

 屋敷が大きなことは、外からでも十分に知ることができた。

 大きな門の前に小柄な娘が立っていた。

 服装はあまり上等な物ではなく、腰に巻かれた白い前掛けを見るに、侍女だということがすぐにわかった。

 いや、それにしては綺麗な娘だ。

 黒く美しい髪、端正な顔立ち、上等な着物を着せれば、和人形のように美しく飾られるだろう。ただ、この娘は表情と愛想に欠けていた。

 美花に軽く会釈した娘は、なにも言わずに屋敷の中へと歩き出した。

 慌てて美花は追いかけて歩いた。

 その瞬間、美花の足首が誰かに掴まれた。

 驚きにあまり美花は声も出せずに全身から血の気が失せた。

 しかし、何もなかった。

 こんな場所で誰かに足を掴まれる筈などないのだ。

 侍女は足を止めて待っていてくれた。

 美花は何事もなかったように取り繕おうとした――のだが、侍女の視線の先を追ってゾッとした。

 侍女は美花の足元をじっと見詰めていたのだ。

 何事もなかったように歩き出す侍女。

 美花も何事もなかったように努め、侍女に話かけることにした。

「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

菊乃きくのと申します」

 最低限の礼儀は心得ているらしく、しっかりと名を答えてくれた。けれど、淡々とした口調と愛想のない顔。菊乃から話題を振ってくることはなさそうだ。

 さらに美花は会話を続けようとした。

「わたしは美花と言います」

 相手が自分の名前を知らないはずがないが、これは売り言葉に買い言葉だ。

 会話が途切れないように美花は話し続ける。

「菊乃さんは、ここのお手伝いさんですよね? 住み込みで働いているのですか? ここに勤めて長いのでしょうか?」

「…………」

 質問が多かったのか、それとも無駄話はしたくないのか、菊乃は黙ったまま淡々と前を歩いていた。

 そうしているうちに玄関までたどり着いた。

 玄関で美花を出迎えてくれる者は誰一人といなかった。

 実の母も、双子の姉も、まだその姿を現さない。

 家の中は静かだった。

 前を歩く菊乃の足音も聞こえない。

 聞こえるのは美花の足音だけ。

 そこへ騒がしい足音が聞こえて来た。

 廊下を走る二つの音。

 すぐに前方から幼い少女が駆けてきた。

 美花は少女をかわそうとしたが、運悪く避けた方向に少女も動き、二人はぶつかってしまった。

 少女は美花の顔を上目遣いで覗き込むと、すぐに駆けて行ってしまった。その後を追うように新たな侍女の娘が現れ、美花の顔を見て『いつものように』軽く頭を下げて立ち去った。

 美花は呆然としてしまった。

 不思議な光景を見たような気がした。

 あの幼い少女の頭から、角が生えていたような気がした。

 見間違え立ったかもしれない。でも、髪の毛に隠れた2本の角が見えたような気がした。

 考え込みながら美花が視線を上げると、菊乃がただじっと美花を見つめていた。

 再び廊下を歩き出す菊乃。美花はついて行くしなかった。

 大きな庭を見渡せる縁側を歩き、閉められた障子の前で菊乃は足を止めた。

 菊乃は何も言わなかったが、その障子を開けるように促しているのはわかる。

 この障子の向こうに誰かがいる。

 美花が部屋に入ろうと決意したと同時に、心を読み取ったように菊乃が障子を開けたのだった。

 部屋の奥を見た美花は息を呑んだ。

 そして、思い出したように言葉を喉から搾り出した。

「は、はじめまして……」

 それ以上の言葉を思いつかなかった。

 自分と同じ顔がそこにある。わかっていても驚いてしまった。

 いや、それよりも驚かされたのは母だ。

 直感的にそこに座っている着物の女が母だとわかった。その母の顔には、痛ましい痣があった。顔の半分を埋め尽くすほどの痣。

 とても美しい人だった。とても綺麗な人だった。だからこそ際立つ醜い痣。

 美花はその痣から視線を逸らした。

 何を思ったのか、母は静かに笑った。

「さあ、こっちへいらっしゃい美花」

 はじめて母から名を呼ばれ、戸惑いながらも美花は母のすぐ前に正座をした。

 母の手が伸び、美花の両手を優しく握った。

「逢いたかったわ」

「わたしもです」

「そちらのいるのがあなたのお姉さんの美咲みさきよ」

「こんにちはお姉さま」

 美花が笑いかけると、姉の美咲は不気味に笑った。

 自分はあんな表情をしたことがない。あんな恐ろしい笑みを浮かべたことはない。だが、まるで鏡に映った自分を見ているようで、美花はとても恐ろしく感じた。

 そう、まるで自分の裏の顔を見てしまった気分だ。

 顔は同じなのに、そこにいるのが姉だと信じることができない。

 中身が違いすぎる。直感的にそう感じられた。

 母は美花の手を愛でた。

「綺麗な手……美咲にそっくりだわ」

 そう言いながら母は美花の手を自分の頬にこすりつけた。そこはあの醜い痣がある場所。美花の手の甲に伝わるざらざらした感触。鮫の肌を触っているような感触だった。

 母が為すがままに美花は自分の手を委ねた。

 しかし、母の舌が手を這って、指を口に含もうとした瞬間、急に美花は手を引いて逃げた。

 驚いた美花の顔を見ながら微笑んでいる母。その傍らでは美咲も不気味に笑っていた。

 同じ血を引いている肉親の筈なのに、まるで蚊帳の外にいるような気分を美花は味わった。

 美花は不安だった。

 もう叔父夫婦の家に帰ることはない。今日からこの屋敷で暮らすことになる。この家に馴染むことができるか不安だった。

 積もる話もいろいろあったが、美花はなにから話していいのかわからない。向こうから投げかけられる言葉もなかった。

 美咲は依然として不気味に笑っている。母は美花を見つめて微笑んでいた。

 この場で戸惑っているのは美花だけのようだ。

 母が静かに口を開く。

「まだ来たばかりで戸惑うのはわかるわ。でも大丈夫、あなたはわたしの娘なのですから、すぐにこの家にも慣れるでしょう。美咲、この屋敷を案内してあげなさい」

「はい、わかりましたお母様」

「わたしは用事があります。夕食の時にまた会いましょう」

 静かな笑みを浮かべ、母はこの部屋を早々に後にした。

 残された姉と妹。

 緊張感が部屋を満たし、美花は息苦しさを感じた。

 ゆっくりと美咲が立ち上がった。

「わたしに付いておいでなさい、屋敷の中を案内して差し上げますわ」

「はい、お姉さま」

 同じ声音。同じ顔。しかし、同じ人間ではない。

 この姉妹はまるで朝と夜。

 夜はその闇の中に何を隠すのか?

 美咲の微笑みは昏い陰を含んでいた。

「家の者にはもう会ったかしら?」

「菊乃さん以外にもお二人とすれ違いましたが、お名前までは聞く時間がなくて」

「すれ違った二人には何かされませんでしたこと?」

「いいえ、会ったのはたぶんわたしと同い年くらいのお手伝いさんと、その方が追いかけていた小さな女の子でした。お二人とも悪い方には見えませんでしたけど?」

「それは侍女の瑤子ようこと、我が家で預かっている『るりあ』ね。会ったのがその二人でよかったわ。この屋敷にはわたしたちに危害を加えるモノも多いから」

 危害を加えるモノ?

 わたしたちとは誰を示す言葉のなのか?

 それ以外にモノたちはいったい誰なのか?

 怖くて美花が問うことができずにいると、不気味に美咲は嗤った。

「目に見えるモノが全てではないわ。この屋敷は昔から怨念に血塗られているらしいから」

 眼を剥いた美咲は狂気の相を浮かべながら嗤った。今まででもっともおぞましい表情。

 背筋が凍りつく思いを美花はした。

 壊れている。

 ――貴女は本当にわたしの姉なのですか?

 それはまるで禁忌の問いかけ。口に出すことは恐ろしい。

 もしも『肯定』されてしまったら……。

 思い描いていた世界。

 思い描いていた姉の存在。

 全てが音を立てて崩れそうだった。

 その場に立ち尽くしていた美花に美咲が優しく微笑みかけた。

「どうしたの、行きましょう?」

 その笑みはまるで別人のようだった。

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