世界観説明的なアレ。3
「似合ってるよ、お兄ちゃん……ぷぷっ」
「お世辞なら最後まで頑張れよ……」
男女の格差が酷い。女子の制服はチェックのプリーツスカートに上はブラウスと真紅のブレザー。胸元にちょこんとリボンが乗っていて可愛らしいのだが、男子は上下白。姿見で確認したけど、驚くほど似合ってなかった……。もはや拷問レベルである。
「学年とか、どうなってる?」
俺と妹の制服の左胸に、共通の角の生えた馬の横顔の刺繍があることから、多分同じ学校だろうなという予想はあったが、一応質問してみる。
「お兄ちゃんが二年で、私が一年だね。あの子も二年みたい」
「おお、すげえな俺。こんな拷問器具を着こなして一年も生活するとかメンタル強い」
「えー? 格好良いと思うよ? 制服は」
「おい、その倒置法やめろ。ちょっとドキっとしただろ」
蓋を開けてみれば、貶されてるだけだった。容赦のない妹だ。但しイケメンに限るとか、もうイケメン滅びればいい。ついでに俺に優しくない女子も全員滅びろ。あ、でもこれ、全世界から女子が居なくなっちゃうね、てへ。
ご都合主義の両親が共に海外出張という設定を聞き流し、妹と並んで家を出る。
「ここを一直線に進めば高校だから。それじゃ!」
「おい、待て。まだ色々聞きたいことがある。まさか一人で行けってのか?」
「だって、一緒に歩いて噂されると恥ずかしいし……」
頬を染め、モジモジしながらそう発言する妹。これ、純粋に俺と歩くのが恥ずかしいって意味ですかね……悪い意味で。
「ま、冗談は置いといて」
「取り扱いには気をつけろよ? 泣くところだったぞ」
むしろ、若干視界が滲んでいるまである。それにしても一瞬でコロコロ表情を変えすぎて、俺の妹が小悪魔すぎる……。
「えへへ、可愛い妹のお茶目だよー。一度言ってみたかったセリフっていうのもあるけど。恋愛ゲームの神様だし」
言いながら、鞄をごそごそ漁る妹。取り出したのは一冊の手帳。表紙にキラキラしたデコレーションがやたらと散りばめられていて、猛烈に目と頭が悪くなりそうな一品だった。
「はい、これ。これに重要事項が書いてあるから。目を通しておいてね」
「本当に置いていく気か……。しかも何これ、めっちゃ分厚いんだけど。辞書かよ」
「女の子には気を遣う箇所がいっぱいあるんだよ? それに、ボクにも友達付き合いがあるし」
「ああ、それでか……って、俺は? 俺は友達と約束とかしてないわけ?」
「……聞きたい?」
その言葉が全てを物語っていた。いや、期待とかしてなかったけど……マジで。本当だよ? うん、マジマジ。
「後はその手帳に従ってね! それじゃ!」
言うが早いか、その小さな体躯からは想像もつかない速度で駆けていく妹。最後に聞かなくちゃいけないことを思い出し、俺は声を張る。
「おい、名前聞いてないぞー!」
「神森 神菜だよーっ!」
その言葉を残し、神菜は角を曲がって姿が見えなくなった。神アピール過剰だな、アイツ。それよりも、知りたいのは俺の名前だったんですけど。やはり俺の妹はドジなのかもしれない。
● ● ●
歩を進めながら、鈍器と呼んでも差し支えない手帳を開く。それには、基本的なゲームの設定と、攻略対象キャラの説明、注意事項などが書き記されていた。
まず、攻略対象キャラは四人。生徒会長の三年生毒舌眼鏡、バスケ部エースの二年リア充、同じく二年の不良、一年の手芸部ショタが対象となる。おい、雑だなこれ。
意外にも、対象となる相手は少ないようだ。その分ストーリーが長く設定されているのだろうか。俺には関係のないところなので、深くは考えないようにする。
驚いたのは、攻略対象キャラにお相手役がいることだ。会長には副会長、バスケ部エースには女バス部エースなど、主人公のライバルとなるキャラが登場する。ギャルゲーじゃ考えられないシステムだった。
あの手のゲームをプレイする奴ってのは大体、処女信仰というか、男の影を嫌うからな。元彼の存在が発覚すると、ディスクを叩き割って制作会社に送りつける輩も居るとネットで見たことがある。その辺、考え方が違うのかね?
このお相手役、主人公の邪魔をする存在として嫌われているのかと思いきや、そうでもないらしい。それが、攻略対象のお相手役として接する時は敵対するのだが、別のキャラを攻略する時は味方してくれるのだ。それに加え、どうして対象キャラを好きになったのかを語るシーンまで用意されているとか。抜かりないな。
しかし、自分の好きな奴に手を出すと攻撃するのに、それ以外の相手だと嬉々としてくっつけようとするって……妙にドロドロした関係だな。好きな理由を語るとか、牽制にしか思えないし。俺の見方が穿っているだけか? うーん……。
続いて、パラメータについて。俺はどうなってるのかわからないが、主人公のA子にはパラメータが設定されている。運動や学力といったあれか。このパラメータもいくらか重要になっており、例えば学力が足りなかったら会長と仲良くなれない、逆に低かったら補習イベントで不良と仲良くなる、といった具合に調整しなければならないらしい。どの対象キャラに対しても一定値以上必要なのは、魅力。こういうとこだけリアルにするなよ、世知辛いな。
最後に注意事項。ここは俺に対する忠告が綴られていた。色々と行動に制限がかけられているが、要約すると極力目立たないようにしようということだ。下手に動いてシナリオが変わってしまうと、クリア不可能になってしまう可能性が出てくるから、と。それは本意ではないので、従っておくことにする。にしても、
「名乗るな、ってのは厳しいな……」
モブキャラに名前があってはいけない、だから名乗るなと。それで神菜は名前を教えてくれなかったわけね。ちなみに、俺の名字は神森ではないとも注釈されていた。モブキャラの家庭環境が複雑なのはいいのか。
一通りの内容にざっと目を通し終えたタイミングで、桜並木と大きい校門が見えた。ゾロゾロと流れていく生徒達に従い、俺も続く。
はぁー、でっかい校舎だなー。と小学生並みの感想を漏らし、校門をくぐり抜け……今、変な物が見えたな。ちょっと戻って、校門にかけられた高校名の表札をしっかりと拝見。
『私立竜胆学園』
「ださっ」
記念すべき、登校初の発言である。ただでさえ目立つなと言われているし、これが最初で最後の発言にならないよう、祈るしかない。