世界観説明的なアレ。2
俺が声を発せずにいると、少女も気を遣ってくれているのか、口を開かない。カチ、カチ、と壁にかけられた時計の音だけが室内を支配する。まるで教室での俺みたいな静けさだった。ごめん、嘘ついた。教室だけじゃなく、いつもこんな感じ。
少女はきっと、俺を巻き込んでしまったことを悔いているのだろう。庇護欲をそそる愛くるしい顔も暗い影を落としている。少女がカミサマだということが影響しているかは不明だが、俺が悪いことをしたわけでもないのに罪悪感が募ってきた。
「……まあ、そんなに気にするなよ。珍しい体験させてもらったって考えれば悪くないし。元の世界にさえ帰してくれれば気にしないから」
「……ごめん、それはできないんだ」
「へっ?」
「一度こちらの世界に送られたら、クリアするしか帰る方法はないんだよ」
「……なんだそりゃ」
クーリングオフ不可って、無茶苦茶だ。もし送られた先が自分に合わない世界だったら、苦痛でしかないじゃないか。
「本来は召喚する前に、綿密な契約をするんだよ。自分の担当がどういう世界か説明して、もし自分に合わなかったとしても責任は取れないとまで同意させる。もちろんそこはちゃんと契約済みさ」
恐らく、それはA子のことだ。
「言い訳になっちゃうけど、あの子は急いでいたんだ。一刻も早く異世界に行きたい、家まで待てない。この時期屋上は使われてないから、絶対大丈夫! ってね。まあ、こんなことになっちゃったけど……。謝って済むようなことじゃないけど、ごめんなさい」
「……」
ペコリ、と頭を下げる少女。それを尻目に、俺は考えていた。
少女は自分の不手際で俺を巻き込んだことを申し訳ないと言った。確かに不注意はあっただろう。しかし、元を正せばA子の責任もあるんじゃないか? アイツが屋上でやろうとか言い出したんだし、そもそもアイツが不満を持ってなければ少女が現れることもなかった。それにーーー。
冷静に思考を整理しているようでその実、俺はかなりテンパっていた。だって目の前に、今にも涙を流しそうな女の子が居るのだから。対人経験の少ない俺に、どんな言葉をかけたらいいのか検討もつかない。結局は、少女を許す理由を探しているだけなのだ。
「……過ぎたことはしょうがないんじゃねえの。それより、打開策を考えようぜ」
頭をガシガシと掻いて、そっぽを向きながらそう答えた。最終的に残念なツンデレっぽい回答で落ち着くとか、我ながら情けない。
「え……? 許して、くれるの……?」
「……許すも何も、やっちまったことはどうにもならないだろ。よく言うだろ、後悔先に立たずって。やらかしたことを嘆くより、それをどう誤魔化すかが重要なんだよ。これ、社会の基本な」
「……うんっ! ありがとう!」
照れ隠しにふてくされた事を言うもスルーされ、花が咲き誇るような笑顔を見せてくれた少女。それを見て、俺はやっぱ可愛いって得だなあ、と益体もないことを考えるのだった。
● ● ●
「それで? 具体的にはどうするんだ?」
一段落したところで、これからの具体案を詰めていく。クリアしなければこのゲームは抜け出せない、とすると俺はA子のフォローに回るべきか。との案を出したが、却下される。
「あくまで君は名も無き一般生徒というポジションだからね。あまり派手に動き回ると、この世界に負荷がかかる可能性がある。ただでさえバグが発生してるみたいだし……」
「バグ?」
「うん。本来ならボクは、あの子の家の妹として設定されていたんだ。お姉ちゃんに付いてまわって、システムを担当する要員としてね」
「それが、今は違うのか?」
「うん。ボクの『妹』という属性はそのまま残っているけど、生まれた家そのものが変わっていたんだ」
「……まさか」
「そういうこと。よろしくね、お兄ちゃん」
語尾にハートが付きそうな笑顔でそう言われた。おいおい、また突飛な設定をぶち込んできやがったな……。
「兄弟設定はさておくとして。システム担当ってのは?」
「むむむ、反応が薄いなあ……折角義理の妹っていう鉄板ポジションなのに……。システム担当っていうのはそのまま、ゲームのプレイヤーが行う操作だよ」
ちょっとむくれた顔も可愛いが、あえて言及しない。いちいちあざといし、話が脱線しそうだ。そもそも、女子を褒めるスキルなど俺にはない。人は経験から学ぶのだ。イコール褒められた経験がない俺が人を褒められるわけない。何この悲しい理屈。
「恋愛シミュレーションで行う操作……セーブとか、ロード?」
「そそ。厳密には、クイックセーブやクイックロードだね。その瞬間の操作を間違えた時に、ワンシーン前に戻してあげるの」
「おい、それ不味くないか?」
「え、そうかな?」
少女改め妹はよくわかっていないようで首を傾げるが、俺にはよくわかっていた。俺もA子も人生の選択肢を間違え続けた結果、現状のぼっち生活に落ち着いたのだ。その保険となる妹が居ないとなれば、ぼっち生活を繰り返すだけ、つまり永遠に元の世界に戻れないーーー、
「そんなに難しい顔して考えなくても平気だよ。ここはあくまでゲームの世界だからね。攻略対象からの評価も甘く設定されているよ。それに、万一関係が進展しないようなら、強制イベントを発生させるし」
ほら、ボク神様だからと神様アピールをしてくる妹。どうかな、この妹はドジっぼいし、信用しきれない……。
「あ、もうこんな時間!」
口元を手で隠して、妹が叫ぶ。つられて時計を見ると、時刻は八時過ぎ。
「お兄ちゃん、始業式に遅れちゃう! 早く着替えないと!」
「始業式? それなら一週間くらい前に終わったぞ」
「それは前の世界の話でしょ! もう、早く着替えてよね!」
ぷりぷりと怒りながら、妹は俺の部屋を出ていく。おお、今のやり取り、兄妹っぽいな。
やると決めたからにはしょうがない、とのそのそベッドを這い出て、俺の動きはピタリと止まる。
「え……まさか、これ……?」
俺の眼前には、陽光の煌めきを返す、ピカピカの白ランがかけられていた……。