会敵
昨日と同じように摩耶とヒカリに叩き起され、三人で朝食を囲み、八時頃になって麗が家へと訪れてきた。
「じゃあ、今日もよろしくお願いするよ」
「麗姉、帰ってきたらまた勉強みてくれる?」
「大丈夫ですよ。二人とも、行ってらっしゃい」
「いってらっしゃーい!」
「「いってきます!」」
ヒカリと麗に一旦別れを告げて、隼人と摩耶は学校へと歩き出した。
今日の夕飯についてなど、何時も通りの他愛のない会話を重ねながら二人は学校へと向かう。上高と下中とを分ける例の坂道の分岐点で、二人は昨日とは違って静かに別れを告げた。
無駄に急な坂道の影響で、息を切らしながら教室へとやってきた隼人は、足の疲れを癒すために急いで席に腰を掛ける。
前の席を確認すると、昨日同様に空席で、机の脇を見ても鞄がかけられている事もない。念の為にスマホを確認するが、案の定連絡など入っていなかった。
「今日も休み……か」
「流石に、心配だよね……」
「あぁ…………って、えっ!?」
誰かと思い声の主を確認してみると、そこにいたのは遅刻常習犯であるはずの結城だった。まだ、予鈴すらなっていない。つまり結城は今日遅刻することなく学校に来たということだ。それは、天変地異の前触れか?
「ちょっと天井くん、なんか失礼なこと考えてるでしょ?」
「いや、そんなことないよ。ただちょっと珍しいなーって思っただけ」
「天井くん言葉がおもいっきり棒読みになってるよ…………大体、私が朝来たら何かおかしいの?これが学生としては正しき姿なのに」
結城のその言葉に、隼人は開いた口が塞がらなくなった。
「お前に、そんな自覚があったことに驚きだよ」
「天井くんは最近ホントに私に対して失礼になってきてるよね」
結城は拗ねたように言い放つと、隼人の隣の自らの席に腰を掛けた。
「でもホントに心配。朝に電話したら電源が切られてますって言われたし」
結城は自分のスマホを見ながら呟いた。
「やっぱり何かあったのかな…………今日もう一度、真の家に行ってみるしかなさそうだな」
「そうだね、そうしよう」
隼人の提案に、結城が頷いたところでチャイムが鳴った。
担任が、朝から結城の居ることに驚いたのは、言うまでもない。
ポケットに入れていたスマホが振動したのは、昼休み、教室で結城と昼食をとっている時だった。
「なんだ?」
スマホを取り出し画面に表示された着信相手を確認する。
「もしかして草理くん?」
慌ててスマホを確認する隼人を見て、結城は言った。
「あ、いや違う。けど電話だ、ちょっと出てくる」
隼人は立ち上がり、教室を出る。スマホの画面には、『麗さん』と表示されていた。
「何かあったのかな?」
小さくボヤきながら一度教室を離れ、人通りの少ない階段の踊り場で麗からの着信をとった。
「やっほー、天井隼人クンだネ」
「なっ!?」
スピーカーの向こうから届いてきたのは、全く聞き覚えのない若い少年地味たの声だった。少し片言な雰囲気に、隼人は違和感を覚える。
驚く隼人を気にする様子もなく、電話の向こうの少年は続けて口を開く。
「"宝箱の少女"は預かっタ。返して欲しくばこれから指定する場所に一人で来イ」
予め用意された台本を読んでいるかの様な抑揚のない声で、少年はそう告げた。
「ちょっ、ちょっと待て!」
「…………なニ?」
少年はあからさまに不機嫌な声音で疑問符を口にする。
隼人はパニックになる頭を精一杯整えて、恐る恐る口を開く。
「一体どう言う事なんだ?第一、あんたは何者だ?」
「はぁ……つまらない事は考えるものじゃないヨ。今はただ、黙ってこっちの話を聞いてロ」
隼人の質問には全く取り入らず、またも抑揚のない声で少年は直ぐに言葉を継ぎ足し始める。隼人は、喧騒の中から聞き漏らさないようにスマホを耳に押しあてた。
「場所は海沿いの工業団地跡。時間は午後六時。持ち物は要らない。強いて言うなら五体満足なオマエ体だナ」
そう言い終わるやいなや「以上だ」と短く告げられ通話は終了された。
「な、なんなんだよ…………!?」
慌てて電話をかけ直すが、電源が切られたのか繋がらない。
「くそっ!」
隼人は壁に背をあずけ頭を抱えた。
油断していた。それに尽きる状況だ。
"宝箱の少女"とは、恐らくヒカリの事だろう。
思い返してみれば、ヒカリと初めて出会った時も彼女は狙われていたじゃないか。願いを叶える、トリガーとして。財宝の詰まった、宝箱として。
しかし、ここで分からないのは隼人自身を必要とする事だ。願いを叶えると言うのなら、彼の目的は既に達成されているはずである。もしかして、彼の目的は願いを叶えることではないのだろうか。それとも、"願いを叶えるのに隼人が必要になる"のだろうか。
今は、何も分からない。
しかし、行かないわけにはいかない。なんとしても、助け出さねばならない。
「すまん古枯、今日一緒に真の家に行けそうにない」
「もしかして、今の電話で何かあった?」
教室に戻ると、隼人は開口一番そう告げた。
とうに弁当を食べ終えていた結城は、眺めていたスマホから顔を上げると、心配そうな表情で隼人を見た。
「まあ、そう言う事なんだ。ほんとゴメン」
「別に謝らなくてもいいよ、用事が出来ちゃったなら仕方のないことだしね…………ところで、どんな用事だったの?」
「あー…………それはだなぁ…………」
問われ、隼人は思わず目を逸らす。"匣"の事を話すことは、きっと結城を巻き込むことに繋がる。既に摩耶や麗を巻き込んでいると言われれば反論は出来なくなってしまうわけだが、隼人としてはこれ以上誰かを巻き添えにしたくないと言うのが正直な気持ちだ。
「話しずらいなら無理しなくていいよ」
「…………ごめんな、ほんと」
「言いづらかったら私だって言わないし、お互い様だよ」
言いながら、とうに食べ終えていた弁当を結城は鞄にしまう。
「それより、もう昼休み終わっちゃうし、次の授業の準備しよっか」
「そう……だな……」
食べ切ることのできなかった弁当をしまって、隼人は結城と向かい合わせにしていた机を元に戻した。
次の授業の為の教科書などを机の上に出して、隼人は窓の外を眺める。
不安に駆られる隼人の心とは裏腹に、空は雲ひとつない晴天だった。
放課後。
真の家に行くと言う結城と別れて、隼人は一人馴染みのない道を歩いていた。
隼人が呼び出されたのは、海沿いの埋め立て地に建てられた工業団地の跡地。随分前に捨てられた土地で、深夜になると暴走族や危険な人達が集まると噂されており、普段近寄る人間は少ない。
学校から歩いて三十分程で、集合時間より随分早く到着してしまうが、知らない人間からの言う事など信用しきる訳にはいかない。
周りから建物が減っていき、更地が視界から目立つようになってきた。そんな視界の奥に、例の工業団地跡は姿を現した。
中身の空っぽな大きな倉庫のような建物。乗り捨てられ所々に錆の目立つ重機。使われなくなって腐りかけた道具達。そんな寂しい風景が続く中を歩いていた時だ。
「約束の三十分前に来るとは、人間の鑑だね君ハ」
少年地味た幼い声。少し片言な言葉遣い。
あの時電話で話した少年と同じだと、隼人は直感する。
少年は、瓦礫の散らばったボロボロの倉庫の前にヒカリと共に佇んでいた。
余り高いとは言えない身長をしており、顔立ちは整っているがどこか幼さが抜け切れていない印象を覚える。金の髪に青い瞳が、生粋の日本人ではないと言う事を物語っていた。
「ハヤト!?」
隼人の姿を確認したヒカリが叫ぶ。その表情は、恐怖に染められており、黒水晶のような瞳が潤んでいるのが見えた。
「ヒカリ!」
隼人は叫び、思わず一歩踏み出した。
「ダメダメー、今はそれ以上近付いチャ」
少年は言って、ヒカリを強く引き寄せた。
「きゃっ!」と、短い悲鳴がヒカリから漏れる。
「っ!!」
隼人は、さらに踏み出そうとしていた足を堪え、一歩退いた。
「ウンウンお利口サン。ボクは好きだよそう言うノ」
少年は笑うと、引っ張っていたヒカリを放した。
「天井隼人クン。君に来てもらったのはほかでもなイ」
隼人を指差すと、少年は言った。
「ボクらの願いを叶えるために、君に協力して欲しイ」




