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ヒカリと影と  作者: 洒落頭
8/43

休息

「ただいま」

「お帰りハヤト!」

 帰宅した隼人を元気良く迎えてくれたのは、手に色鉛筆を握り締めたヒカリだった。

「なんだヒカリ、お絵描きでもしてたのか?」

「そうなの、こっち来て!」

「おいおいそんな引っ張るな、すぐ行くから」

 革靴を脱ぎ捨て、ヒカリに引っ張られて隼人はリビングへと連れていかれる。見ると、炬燵の上に何枚かの紙が置かれていた。

「まずは、コレ!」

「ん?」

 ヒカリがバッと広げて見せた紙には、肌色の丸の中に黒い丸二つ、その下に赤い半円が描かれ、肌色の丸のの上には黒い線がグチャグチャと引かれていた。

「人だよな?」

 隼人は、率直な感想を口にする。

「誰かワカる!?」

「んー…………」

 言われ、隼人はじっくりとヒカリの持つ紙を観察した。人間であるということは理解できる。そして、ヒカリが記憶している人間はごくごく限られているはずだ。隼人か、摩耶か、麗か。

「わかった、僕だな!」

「ぶっぶー」

 短い髪の毛だけをヒントに答えを出してみたものの、無情にもヒカリは手を"✕"に組んだ。

「正解は、"サカイさん"でしたー!!」

「誰だよ!?」

 聞き覚えのない予想外の正解に、隼人は思わず声を荒らげた。

「お昼にレイお姉ちゃんとテレビ見てるときに出てた人」

「もしかしてあのサイコロ転がす…………」

「そうそれ!」

 隼人は呆れて溜め息をついた。だが、微笑ましいそんなシーンを想像して隼人の頬が思わず緩む。

「やっぱり、麗さんに頼んで正解だったな。って、そう言えば麗さんはどこだ?」

 リビングを見渡してみるが姿が見当たらない。キッチンの方を覗き込んでみたがそこにもいなかった。

「麗さんどこにいるか、ヒカリ知ってるか?」

「なんか、マヤ姉とオベンキョーするからハヤトが帰ってくるまで遊んでてって言われた」

「そう言う事か」

 過去に隼人達の家庭教師を務めてくれたように、麗は今、隼人と同じように上高を目指す摩耶の為に勉強を見てくれているのだ。

 今日の事についてお礼をしようと思ったのだが、今行ったら摩耶の勉強の邪魔になってしまうだけだろう。

 隼人はそう思い、

「ヒカリ、今度は僕とお絵描きしようか」

「するする!」

 ヒカリはコクコクと頷いて、手際よく隼人の分の紙と色鉛筆を取り出した。


「そして勇者は剣を取り、魔王の元へと旅に出た!」

「オォー!」

「『待ってろ魔王、必ずこの俺が討ち滅ぼして見せる!』」

「かっこいー!」

「お兄ちゃん何してんの?」

 お玉を手に取り、椅子の上で雄々しく叫ぶ隼人に向かって、摩耶は冷たく言い放った。その後ろで、麗が愛想笑いを浮かべている。どうやら、勉強を終えたようだった。

「えっとだな…………」

 摩耶の言葉で一気に現実に引き戻された隼人は、沸き上がる羞恥心に襲われながらいそいそと椅子から降りた。

「ただお絵描きするだけじゃつまらないから、ちょっと物語を付けて遊んでたんですよ。そしたら思ったより盛り上がっちゃって…………」

「本当に盛り上がりすぎだよ、お兄ちゃん」

 摩耶が呆れて肩をすくめる。

「お二人の声が二階まで聞こえてきてて、それを聞いてたら摩耶ちゃん、集中力が切れてしまったみたいで」

 と、麗は乾いた笑みを浮かべながら言った。

 邪魔をしまいと思ってとった行動が、どうやら裏目に出てしまったようだった。

「すまん摩耶、邪魔しちゃったな」

「いいよ別に」

 申し訳なさそうにする隼人に対して、摩耶は別段気にした様子もなくそう言った。

「あんまり根気詰めすぎてもダメだって、前に麗姉に言われたし」

「それに、摩耶ちゃんは学校での成績も優秀みたいですから、あまり心配する必要は無いと思いますよ…………それにしても、」

 麗はリビングをゆっくりと見回し、

「本当に楽しかったみたいですね」

 と、リビングの床中に散らばった沢山の紙を見ながら微笑んだ。

 その内の、丁度足元に落ちていた一枚を、麗は手に取って広げた。

「これは……」

「なになに?」

 摩耶が興味津々な様子で横合いから覗き見る。

 全体を緑色で塗り潰され、脚と思われるモノが二つ。それに、長い尻尾と背中にはキザギザの背鰭(せびれ)が付いていた。例えるならば、国民的な某怪獣である。

「そいつは魔王側近四天王が一人だ」

 得意気に言ってのけたのは、未だお玉を手に持ったままの隼人だった。

「すごく強かったよ!」

 ヒカリはその時の戦いを思い出しているのか、その声音はどこか熱い。隼人もしきりに頷いていた。

「四天王って、どれだけ深く考えてたの?」

「やっぱり、やるからには本気じゃないとな」

 隼人は腰に手を置いた。そんな姿を見て、今日何度目かわからない溜め息を、摩耶は深く吐いた。

「て言うか、夕飯の支度するからもうその辺の全部片付けといてよね?…………麗姉は、折角だから食べていってよ」

「良いんですか……?」

「いいに決まってるじゃん。今日の事もあるし、日頃の感謝をお返しさせて」

「…………では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 今日は賑やかになりそうだと、隼人は密かに思っていた。


「今日は気合入れて作ったよ!」

 食卓に料理を並べ終えると、摩耶はそう言って胸を張った。

「すごーい、沢山ある!」

「ここまでしなくても良いんじゃないか?」

「全部食べ切れるでしょうか…………?」

 並べられた数々の料理を見て、三人は各々の感想を述べる。正直に喜んでいるのはヒカリだけだ。

 何時もよりも作るのに時間がかかっていたのはこの為だったのかと、隼人は一人頭を抱えた。

「さあ早く、食べよ食べよ!麗姉も沢山食べてね!」

 とても愉しそうに話す摩耶を見て、麗は不安を顔に浮かべることが出来なくなった。絶対に残さない、と固く誓いも心に立てる。

「「「「いただきます!」」」」

 手を合わせて、みんな揃って挨拶をする。そしてすぐに、ヒカリは料理へと手を伸ばした。

「おいしー!」

 カリカリに揚げられた唐揚げを頬張って、ヒカリは大きく叫んだ。

「摩耶ちゃん、いつの間にか料理の腕がすごく高くなってますね」

「いやいや、そんなことないから~」

 褒められたことが嬉しかったのか、言葉とは裏腹に摩耶の表情は崩れまくっていた。

「もう私を追い越してしまっているかもしれませんね」

「まだまだ麗姉には追い付けないって」

 家を空ける両親たちの代わりに、料理を作ってくれていたのは麗だった。最後に麗の料理を食べたのは随分昔になるけれど、今でもあの美味しさは覚えている。

 そんな麗に摩耶は料理を教わっていたのだ。昔はまだまだ下手くそで、不格好な料理ばかりを作っては泣いていたのを覚えている。ここまで美味しく作れるようになったのは、やはり隼人と言う兄への愛が、

「ありません!」

「一回位言わせてくれてもいいと思うんだけど」

「絶対にイヤです!」

 そんなこんなで、久し振りの賑やかな時間はあっと言う間に過ぎていった。


「では、私はこれで。明日も今朝と同じくらいの時間で大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

 玄関にて、巫女服にスニーカーと言う今思うと何となくアンバランスな姿をした麗を見送るために、隼人達は集まっていた。

「どうせなら泊まっていってもいいのに…………」

 と、見るからにしょげているのは摩耶だった。

「私も出来ることならそうしたいところなんですけど、明日も巫女としての仕事がありますし、勉強しなくちゃならないこともあるので、残念なんですけどね、今日はやっぱり帰ることにします」

「そうだよね……無理言ってごめんね、麗姉」

「ま、明日も会えるんだし、そんなになるなって」

「うん……」

「ではそろそろ、また明日会いましょう」

 麗はそう言って、天井家を後にした。

「ばいばーい!」

 と、麗の姿が見えなくなるまで、ヒカリは手を振って見送っていた。

 明日も会えるとわかっていても、なんとなく寂しくなってしまう隼人達だった。


 風呂も終わり、いざ寝ようとベッドに横になっていた時だった。

「ん?」

 スマホが揺れ、何かと思い確認してみると、それは結城からの着信を知らせるものだった。

「もしもし?」

「もしもし、天井くん?草理くんから、なにか連絡あったりした?」

 結城に言われ、隼人は家に帰ってからのことを思い返す。…………そう言えば、一度も何の連絡も受けていなかった。

「やっぱり、天井くんもか…………」

 と、結城は溜め息混じりにそう漏らした。

「その感じだと、古枯の所にも何も来てないんだね」

「うん…………だから私から何回か電話とかしてみたんだけどやっぱり応答なくて…………折り返しも何もこなかったの」

「そうか…………」

 沈黙が、流れる。

 電話にもメールにも応答はなく、家に行っても誰も出てこない。急な音信不通状態。何かあったとしかもう思うことが出来ない。

「取り敢えず、今日は諦めた方がいいかもしれない。もしかしたら明日、ひょっこり学校に来るってことがあるかもしれないし。今日はもう、休もう」

「そう……だね……」

 納得はいっていない様だったが、結城は活力のない声で「おやすみ」とだけ言って電話を切った。

 隼人の心にも言いようのない不安がよぎる。

 しかし、明日には何事もなく学校に来るかもしれない。

 そう言い聞かせて、隼人は目蓋(まぶた)を閉じた。

 意識は、すぐに落ちた。

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