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ヒカリと影と  作者: 洒落頭
29/43

それぞれの夜。そしてそれぞれの朝が来る

「古枯君の様態はどうだ?大丈夫そうか?」

 結城から手を離したメディナの姿を見て、正義(ジャスティス)は心配層に問い掛けた。

 メディナは座り込んだ体勢のまま首だけを動かして正義(ジャスティス)を見上げる。

 その表情には安堵の色が浮かんでいた。

「胴のあたりを深く抉り取られていて、出血も酷かったんですけれど、"キューブ"の身体強化が効果を表したんでしょうか、なんとか一命は取り留めました」

 メディナのその言葉に正義(ジャスティス)も深く息をつく。

 倒れる結城の顔を覗き込んでみると、少し苦しそうではあったが確りと呼吸をしているのが確認できた。

「隼人くんも、眠ってしまったみたいです」

 背後からそう声が聞こえてきて、正義(ジャスティス)は振り返る。

 そこには、ぐったりと眠り込んだ隼人を背負う麗がいた。

 結城とは違い大きな外傷のなかった隼人だったが、麗に身を預けている間に気を失ってしまったようだ。

 何が起きていたのかを聞きたい正義(ジャスティス)であったが、安らかに眠るその顔を見て、無理矢理起こそうなどとは思えなかった。

「この子達を、どうしてあげたら良いのでしょうか?」

 立ち上がったメディナが、辺りを見回してそう呟いた。

「供養して、あげたいのだが……」

 草理真と砂那桧江の遺体。

 まともに機能しているかもわからない、下手をしたら例の奴らの息がかかっているかもしれない警察を呼ぶ訳にはいかない。

 両親に連絡するなんてことは出来る訳がない。そもそも真の両親は既に亡くなっているし、桧江に関しては名前以外の情報は一つとしてない。

「可哀想だが、今はどこか見つけづらいとこらに隠しておくしかないかもしれない。いざとなったら、我が……」

 どこかに埋めるしかないのかもしれない。

 正義(ジャスティス)にはそれだけの覚悟があった。このような結末に陥ったことには、少なからず自分にも責任があると思っているから。力及ばぬ自分のせいで、まだ年若い一人の少年に重た過ぎる罪を、そしてその後悔を背負わせてしまったからだ。

 だからこそ、正義(ジャスティス)には罪を犯せる覚悟あった。

 正義(ジャスティス)はそれ以上の言葉を発さなかったが、何が言いたかったのかを、メディナは理解した。

 だからこそ、その表情に深く影が落ちる。

「兎に角今は二人を送ってあげよう。我らは念の為古枯君を病院へと送ってくる。三ヶ峯君には天井少年を任せたい」

 正義(ジャスティス)の提案に麗は頷く。

 摩耶と顔見知りの麗の方が、家に送り届ける分には何かと都合もいい。

 結城のことも勿論麗は心配だったが、正義(ジャスティス)達なら信頼できる。もし両親が現れたとしても、下手なことは言わないだろう。

 苦しそうに目を伏せる結城を、正義(ジャスティス)は優しく背負う。

「では、今日は一度解散としよう。天井少年に色々の聞きたいことはあるが、すぐに話すことはできないだろう。時間を置いて、整理をつけて話せるようになってからでいいと、伝えておいてくれないか」

 正義(ジャスティス)のその言葉を期に、三人は雑木林を抜け、それぞれの目的地へと別れた。



 ×



 正義(ジャスティス)達が散開した直後の事。

 静寂に包まれた林の中に、一つ足音が響いた。

 闇の中から徐々に青白い光の中へと歩んで行き、その姿があらわになる。

 月明かりに照らされ現れたのは、一人の女性だった。

 彼女の名は――アレア=ランノール――。

 女性にしては高めの百七十近い身長。背筋をしっかりと伸ばしているお陰か、その背格好は身長よりも大きく見える。

 腰の辺りまで伸びた長い髪は青白く、さらさらと風に流されながら月明かりに照らされるその様子は美しいとしか言い様がない。

 その髪にふさわしい整った綺麗な顔立ち。切れ長の目の中には、髪の色同様の青白い瞳が埋まっている。

 厚手のブラウンのコートを羽織り両手ともコートのポケットに突っ込まれている。短いスカートの下には黒くぶ集めのタイツを履いていてひざ下からは長いブーツに覆い隠されていた。

「……寒い」

 夜も更けた。例えこんな防寒対策をしたところで、冬に足を踏み込んだ世の中の天候の前では無力だ。

 口から白い息を吐きながら、アレアは月に照らされる広い空間を歩いていく。

 そして、ある場所まで行くと立ち止まった。

 それは、かつて草理真と呼ばれていた少年の亡骸の前。

 既に今は下半身だけがポツリと置いてあるだけで、その原型の大半を失ってしまっている。

「……お前も、寒いか?」

 当然答えは返ってこない。判っていながら何故問い掛けてしまったのか、アレア自身にも判らなかった。

「ごめんな、これから"もっと寒くなる"」

 またも独り言を呟くと、アレアはふと振り返る。

 そこにはもう一つ、少女の亡骸があった。

 砂那桧江と呼ばれていた少女は、その腹部に大きく穴が空いていた。血を吸い込みどす黒く染まった地面の真ん中に倒れる彼女の肌は対照的にとても白く、月に照らされ映るその景色はどこか芸術的にも思えた。

 草理真と砂那桧江。

 共に今回の"演出"の為のエキストラに過ぎなかった。

 二人の死は、言ってしまえば初めから想定されていた出来事。

 そんな死を悲しむ人達が哀れであり、そんな死を何とも思わない自分がアレアは嫌いだった。

 アレアはもう一度、草理真の亡骸と向き合う。

 そして、その姿をただ見つめた。

 それだけだった。

 動かない草理真の亡骸を、白い空気が覆っていった。

 パキパキッ、と音を立て始めると、亡骸を包んでいた白い空気が"氷"へと変わっていく。

 次第にその全てが氷に包み込まれ、草理真の亡骸は、ただの氷の塊となった。

 "氷結結晶(ダイアモンドダスト)"。

 彼女の"キューブ"の持つ力だ。

 完全な氷塊となったことを確認すると、アレアは砂那桧江の方を見る。

 少し意識を集中してやれば、砂那桧江の亡骸もすぐに氷に包まれていった。

 その後、アレアはあらかじめ持ってきていた回収用の密閉袋を開き、凍らせた地面を滑らせて二人を袋の中に包む。

 今度は空気をシャベルの様な形に凍らせ、闇の中の茂み近くの地面を掘り進めた。

 同様に地面を凍らせて、二人を入れた袋を掘った穴の中へと放り込と、また同様に氷のシャベルで穴を埋めてみせた。

「……お仕事完了」

 闇の中を抜け、アレアは雲一つない夜空を見上げる。

 吐いた息が、白く夜空に溶け込む。

 夜は終わりを目の前にして、一つの"舞台"が幕を下ろそうとしている。

 アレアは、そんな舞台の上で都合よく踊らされていただけ。

 ただ、そんな自分の状況を、苦しいとも悔しいとも思わなかった。

 都合よく動かされるだけで構わない。下手な努力は、無駄な後悔を生むだけだから。確実性の無い救いを求めることは、より大きな絶望を招くだけだから。

 そんな風に思うと、アレアは何もすることが出来なかった。

 どこまでも傍観者でいようとする自分が、アレアは大嫌いだった。

「……はぁ」

 深く、溜め息を吐く。



 ×



 隼人が目覚めた時、初めに見えたのは見知った天井だった。

 どうやらここは自分の部屋、そのベッドの上だ。

 起き上がろうと体を動かすと、

「痛っ……」

 全身を体内から響く様な痛みが走った。

 あの時は夢中になって気付いていなかったようだが、どうやら想像以上に無茶をしていたようだ。

 悲鳴を上げる全身に隼人は表情を歪め、起き上がろうとした体から力を抜く。

「あまり動かない方がいいですよ」

 僅かにベッドに身を沈めた時、部屋のドアが開かれそんな声が届いた。

 首を動かして確認するまでもなく、その声の主は麗だと理解する。

 こちらに歩み寄り、ベッドの脇に腰を下ろすのが隼人は横目に見えた。

 寝そべったままいる訳にはいかないと思い、隼人は改めて身を起こそうとする。

「っ……!」

「そんな、無理に動かなくていいですから。今は、安静にしてて」

 慌てて麗は声を上げ、起き上がりかけた隼人の両肩を手で押さえる。

 とても小さな力だったけれど、今の隼人にはそんなものも押し返すことが出来ずそのままベッドに身を倒した。

 若干の間を空けてから、麗は口を開いた。

「勝手に部屋に入ってごめんね」

「そんなことは、どうでも……それより麗姉がここまで?」

「はい。隼人くんをおぶったのなんて昔以来で、すごく重くなっててびっくりしました」

 麗は肩を押さえるジェスチャーを交えながら柔和な笑みを浮かべる。

「ごめん、迷惑かけちゃって」

「そんな事ありません。むしろ最近お姉さんを頼ってくれなくて寂しかったくらいですから。ちょっと嬉しいくらいです」

「摩耶にはなんて?」

「最初帰ってきたときはとても驚いていましたけど、『はしゃぎ過ぎて転んで気を失って』と説明したら、呆れながらも納得した感じでしたよ」

 苦笑いを浮かべてから、麗は静かに「ごめんなさい……」と頭を下げた。

「いや、いいんだ」

 そもそも気を失ってしまった隼人の責任であるし、普段の行いが良ければ摩耶ももっと違うリアクションを取ってくれただろう。

「……」

「……」

 二人の間を沈黙が包んだ。

 隼人はなんとなく気付いていた。麗の様子がいつもよりぎこちなさを含んでいる事を。

 意図して何かを避けている。そんな感じだ。

 そして隼人は、その避けられている何かを、避けてはいけないと思った。

 だから、

「やっぱり、真は……」

「……っ」

 二人を包む沈黙が、明らかに違う味に変わった。

 ぎこちなくも柔らかい笑みを浮かべていた麗の表情が、その一言で一瞬で崩れる。

 悲嘆。後悔。憂い。

 悲愴的感情が全て詰まった表情だった。

「……あれは、隼人くんのせいではありません」

 顔を伏せて、麗は呟いた。

 そんなことを言わせてしまってから、隼人は後悔した。

 何をしてるんだ、僕は。

 "隼人くんのせいじゃない"。そんなのはきっと嘘だ。

 隼人自身が覚えていなくても、あの時の真の目は真実を語っていた。

 真が火煉の手によって殺されてしまったのだって、元をたどれば隼人の"中途半端な覚悟"が原因だ。

 隼人は知っていたはずだ。彼女の優しさを。こんな風に言ってくれることだって、判っていたはずだ。

 自らの力だけで受け入れることのできない現実を、他人の言葉で飲み込もうとしているだけだ。

 背負い切れぬ罪から、彼女の優しさを理由に逃げようとしているだけだ。

 隼人の心を、そんな罪悪感が蝕んでいく。

 きっと麗は本当に隼人の責任ではないと思っているのだろう。

 だけど、今の隼人にはそんな優しさに浸ることなど出来なかった。

 思えば思うほど、あの時の感覚が、血だまりの中に倒れる彼女が、怒りに染まる彼の瞳が、脳裏を過る。

「隼人くん?」

 心配そうに覗き込む麗の顔を、隼人は直視することが出来なかった。

 彼を想う全ての言葉が、行動が、心が、刺のようになって突き刺さる。

「ごめん、今日はもう寝るよ」

 だから、そんな心無い答えしか出すことが出来なかった。

「……分かりました。私も今日は帰ります」

 どこか寂しそうな調子で言うと、ベッドに指していた影が伸びた。それから足音が続き、がチャリと扉の開かれる音。

 隼人は見送る事が出来なくて、ただ天井を見つめていた。

「ごめんなさい」

 扉は閉じられ、一人きりになった部屋に嫌な静寂が満ちてくる。

「……なんで、謝るんだよ」

 漏れる言葉と共に、視界はじんわりと滲んでいった。

 頬を伝わる雫がこんなにも熱いなんて、隼人は知らなかった。

 悲しかった。

 誰も救うことができなくて。

 悔しかった。

 人の優しさを言い訳にして。

「もう、イヤだ……!」

 戦うことが。

 誰かを傷付けてしまうことが。

 こんなにも怖いなんて、彼は知らなかった。

 人の死を知った彼の瞳には、孤独な涙が溢れるばかりだった。



 ×



 私は何も出来なかった。

 病室のベッドの上。

 窓から見える月を、古枯結城は暗い部屋の中から眺めていた。

 目が覚めた時にはベッドの上で、傍らには涙を流す両親がいた。

『大きい男の人と、優しそうな女の人に運んでもらったんだよ』

 と聞いて、すぐに正義(ジャスティス)とメディナが運んでくれたのだと悟った。

 胴回りの傷は、怪我の大きさの割には出血が少なかったために助かったのだと、後から来た医者に聞かされた。普通なら大量出血で命も危ぶまれるらしいのだが、こんなことは奇跡だと、少し興奮気味に言われた時には、心の中でメディナに感謝した。

 どこでどうやってこんな傷を負ったんだ。と、迫る両親に嘘をつくときには心が痛んだ。

 だけど、本当の事を話すなんて出来るわけない。

 たとえ出来たとしたって、きっと結城は話さないだろう。

 自分自身でも、彼らの死を信じられていないのだから。

 面談終了時間になり、渋々と帰っていく両親を見送って今に至る。

 私は、どうしたら良かったんだろう。

 一人になってから、そんな答えの出ない問いが頭の中で回り続ける。

 問いから逃げようと目を伏せても、"あの時"の情景が浮かび上がるだけ。

 逃げる事は許されなかった。

 けれど、向き合う勇気も今の彼女は持っていなかった。

 彼女だけが責任を負うべきものではない。

 だからと言って、誰かが責任を負うのかと言われれば、それも違う。

 何が悪で、何が善だったのか、そんなもの誰にもわからないのだ。

 堂々巡りの問いの中に閉じ込められた結城は、そんな出口のない迷宮の中で一人思う。

 後悔だけをしてる場合じゃないんだ。

 彼女は知っている。悪い結果を目の前にした時、どうすればいいかを。

 言い方は軽くなってしまうかもしれないが、ようは部活と一緒なのだ。

 いいタイムを出せなかった時、やる事は悲観ではなく反省。何が原因でこの結果を生み出してしまったのかを、自らで知らなければならない。そして、どうすれば改善できるのかを導き出さなければならない。

 真と桧江の死を、今は到底信じることが出来ない。次学校に行けば、いつもみたいに笑顔の彼がいるんだと思いたくなる。

 だけど、それだけじゃダメなんだ。

 彼女は既に人を傷つける感覚を知ってしまった。傷付いていく人の果てを見てしまった。

 そんな光景をもう見たくなんてない。大切な人が、その大切な人の大切な人が、傷付け傷付けられる姿は、もう見たくない。

 隼人のように戦いを止める力があるわけではない。だけど、手の届く所にある助けられるものから目を逸らして逃げ出すなんてこともしたくはないのだ。

 私は、この力をちゃんと使いたい。向き合って、何が出来るのか考えなくちゃ。

 雲一つない夜空に浮かぶ月を強い眼差しで見つめながら、古枯結城は、一歩進む。



 ×



 場所は、街のはずれに存在する人気の無い工業団地跡。その巨大倉庫の中に"建てられた大きな屋敷"だ。

 赤茶色のレンガを基本に積み上げられ、大きな木製の玄関の前にはご丁寧に金属の門まで用意されていた。

 屋敷の周りには橙色に輝く街灯が立てられ、倉庫内を幻想的に照らし出す。

 倉庫と屋敷というとても不釣り合いなはずの光景は、施された数々の装飾によってその違和感をかき消していた。

 そんな洋風な屋敷の中の、来賓用に充てられた一室。

 外の街灯と同じようなオレンジ色のランプに照らされた部屋には、質素ながら高級感を漂わせる艶のあるテーブルに、身を預ければみるみると沈んでいく大きめのソファが、テーブルを挟んで対に置かれていた。

 そのフカフカのソファに座り、身を乗り出しているのは東雲成。

「詳しく話してもらいたいんですけどー」

 成は身を乗り出したまま、あからさまに不機嫌な調子でぼやいた。

「何のことだかねぇ」

 成の不機嫌オーラを感じているのかいないのか、反対側のソファに腰掛けるジニリエル=ビルバーンは明後日の方向に目をやって、どこかおどけた声音で答えた。

「とぼけんな、僕ちん見たんだかんな。見たどころかこの身を持って味わったんだかんな!」

 段々と前傾姿勢になっていく成。その声も、不機嫌を通り越して今や怒りへと変わっている。眉間に沢を寄せ、ギロりとジニリエルを睨む。

「だから何だかわかんねぇよ。もうちょっと詳しくお話してくださいねぇ、ガキンチョ」

「なっ!お前だってまだガキだろ!!」

「そうやってすぐ煽りに乗っかってくるところがガキだって言ってんの。大人ならクールに、何事も受け容れる姿勢が大切だぜ?」

「なんだと!貧相な体つきしてる癖によく"大人"だなんて言えるな!それだったらさっき会ったお姉さんの方が全然いい体だったぞ!むしろお前と比べるなんておこがましいレベルだったぞ!!」

「あぁ?もう一度言ってみな?そしたらおつむにも自分で変えられねえような"本物のガキンチョ"にしてやるからよ」

 議題を外れ、とても子供らしくない口論に発展していく二人の様を、成の後方、扉の入口付近に立つ御神楽火煉と深桐回道はどちらも似たような微妙な表情で見つめていた。

「どっちも同じじゃねえかよ」

 額に手を当て、呆れた調子で回道は呟く。

「誠に同意だ」

 合わせて火煉も首を縦に振る。

「しかし成の話、本当だと思うか?」

 余り冷めそうにない二人の白熱する言い争いを横目に見ながら回道は言った。

「"双匣(デュアル)"のことだろ?まあ、あそこのインチキシスターがそうなんだ。いてもおかしくはないと思うけどな。あいつが詳しく説明してくれるかと言ったら、難しそうだけどな」

 チラリと火煉は、懐から例の十字架をちらつかせるジニリエルを見た。

 "双匣(デュアル)"。その名の通り、"キューブ"をその身に二つ宿すものだ。

 今火煉達が把握しているのは、目の前で口論から戦闘へとシフトさせようとしているジニリエルと、成が自らの身をもって味わったと言われる巫女服の女だ。

 何故二つの力を持っているのか。これは火煉も気になる所ではあったが、唯一事情を知るジニリエルがあの調子で全く教えようとしないのだ。

 だからっと言って無理矢理聞き出そうとすれば、"罪の十字架(ギルティ・クロス)"のおでましだ。

「あいつの事だから知っていただろうな。その上で俺らをけしかけたんだろ。呼び出した時のあいつ、妙にたのしそうだったからなあ……」

 夜の森の中に呼び出した時のジニリエルの姿を思い返し、火煉は納得と言った様子で呟く。

「愉しそうなのはいつものことじゃねえか?」

「どうにしたって、あいつに話す気はないだろうさ」

 半ば諦めたような声音で火煉は漏らし、一触即発となりつつある二人の姿を見た。

「おいそこのガキ二人、もうその辺にしてけよ」

「「アァッ!?」」

 漫画ならばバチバチと火花が散っていそうな睨み合う二人の眼光が、その一言で行き先を火煉へと変える。

「邪魔するなよ火煉。僕ちんが子供ではないということをあいつに教えてやるのだ」

 いつの間にか手のひらサイズのナイフを握る成。そこらにあったペンにでも"形態変化(スタイルチェンジ)"を使ったのだろう。

「言うじゃねえか。女一人も味わったことのない分際でよ」

「処女に言われたくねえよクソシスター!」

「シスターに処女性を問うんじゃねえよナルシスト!」

「やんのか?」

「やってやろうじゃんか」

 もはや目に見えるレベルで火花を散らし始める子供二人。

 収拾のつけようがなくなった状況を目の前にして、火煉は深くため息をつくと共に踵を返した。

「いいのか?」

「もう勝手にやらせとけよ。時期に落ち着くだろ。このままいてもアイツは何も話さないだろうし、第一俺は疲れてる。一度休む事にするよ」

 ガチャリと扉を開き、部屋から出掛けたところで火煉は首だけで後ろを振り向いた。

「落ち着いたら話聞いといてよ。そんで明日俺に教えて。おやすみ」

 短く言うと、今度こそ部屋を出ていく火煉。

 ドカドカと騒がしくなるへ脂取り残された回道は、遅れて気付く。

「俺にお守りを押し付けるなよ!」



 後日火煉が見たものは、"女というものを思い知らされた"ボロボロの成の姿だった。




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