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ヒカリと影と  作者: 洒落頭
23/43

最後の涙と図られた憤怒

「それで、どうしてオレらが呼ばれたわけさ?」

 御神楽火煉は、苛立ちを混ぜながら言った。

 場所は、座標にして上高の丁度真裏辺り。上ノ山の麓の森の中。

 時刻にして午後七時半頃。

 差し込む月明かりも少なく、視界は非常に悪かった。

 そんな森の中に、人影が四つ。

 一つは御神楽火憐。そして、その正面に立つジニリエル。

 苛立つ火煉の隣りに、

「僕ちんはゼンゼン問題ないけどね、むしろ出番が来て超ラッキーって感じ?」

 溌剌と言葉を放つ幼い少年――東雲鳴(しののめなる)――。

 テンションの高い鳴の更に隣りには、

「俺はダリィよ、寒いし帰りてえよ」

 鳴とは対照的な茶髪にオールバックの青年――深桐回道(みきりかいどう)――の姿が。

 回道は自らの肩をさすって、寒さに白い息を吐きながら言う。

狂気の妹依存症マッドシスターコンプレックスはどこ言ったんだよ。一回かち合ってんだ、あいつの方が今回のことに関しては有利な筈なんだが?」

「噂のシスコンは、そんな愛しの妹について行って今はいないらしいぜ」

 ニヒルな笑を浮かべながら、ジニリエルが答えた。

「あの野郎……」

 ちっ、とあからさまな怒りを舌打ちに乗せ、回道は何処にいるかもわからないシスコンに恨みを向けた。

「アイゼルの事を抜きにしても、今回の件はお前が責任持つんじゃなかったのかよ」

 火煉の一言で、議題は一番最初に戻る。

 話題の入れ替えに失敗したジニリエルの表情が顰め面に変わった。

「アタイだって出来たらそうしたかったさ。ただなあ、あのバカップル。と言うか、あの女思ったより煽り耐性が無かったもんで」

「暴走しちまったと?」

「そゆこと」

 悪戯な笑みを浮かべながらジニリエルは舌を出す。

 対して火煉の米神(こめかみ)には青筋が浮かび出した。

「"彼氏"の方はどうなったんだ」

 若干声を震わせながら火憐は問いかける。

「そっちならアタイの想定通り飛び出していった。今頃、"鍵"の身内にでも連絡を取って合流しようとしてんじゃないのかい?もっとも、そのころにはもう"呪縛"が蘇っているだろうがね」

「そこで鍵とぶつけて事を起こそうとって訳だったんだな」

「そゆこと」

 一連の話を聞いて、今度は鳴が口を開く。

「でも、"鍵"の奴は愉快な仲間達を増やしたって、狂気の妹依存症マッドシスターコンプレックスに聞いたけど?」

 その呼び方長いから止めないか?と火煉が言葉を挟んだが、ジニリエルは無視して言う。

「そうだねぇ、だから皆にはその愉快な仲間達との切り離し作業を行なって欲しいわけだよ」

「ちょっと待て。それじゃあ最初からお前は俺達を当てにしてたってわけじゃないか」

「まあ、そうなっちゃうね」

「自分で責任取るとか言ってたよなあ?」

「ナーンノコトデショウ、ワタシニホンゴワカリマセーン」

 掴みかかった火煉の腕を、ヒョイと後ろに跳んでジニリエルは避ける。

「第一、アタイ負傷してんだぜ?これ以上の戦闘行為はできませーん」

 ぴょんぴょんと後ろに跳びながら、ジニリエルは布の巻かれた腕をヒラヒラと振った。

「それも作戦のうちじゃあ無いだろうな」

「どうでしょう?」

 ある程度下がったところで着地と同時にそのまま一、二回転して、

「と、言うわけで後は頼んだぜ!アタイはアタイの仕事が終わったんで帰還する!!」

「ちょっ、待てオイ!!」

 声も聞かず、ジニリエルは踵を返すとそのまま闇の中へと消えていった。

 追いかけて行く気力も沸かず、火煉はその場でため息と共に肩を落とす。

「元気だしなって」

 ぽんっ、と鳴がそんな火煉の肩に手を置いた。

「はぁー」

 小学生に励まされ、そのやるせなさに火煉はまたも深くため息をついた。



 ×



 時は遡り、午後の六時半頃。

 場所は草理真の家。その玄関。

「草理君!助けに来たよ!!」

 そんな"友人"の声が聞こえた。

 そう、友達の声。

 待ち望んでいた、声だった。

 "砂那桧江を愛する草理真"の意識が、急速に萎んでいく。

 代わりに、"砂那桧江を恐れる草理真"の意識が顔を出した。

「まこちゃ…………っ!!」

 桧江は異変に気付いたが、もう遅い。

 血の気を引き、青ざめた彼の横顔が、桧江の側を通り抜けた。

 手を伸ばすが、すんでの所で届かない。

 真は玄関まで一気に駆け抜ける。

 扉の前に人が居たことなど忘れて、勢い良く開いた。

「古枯!?」

 彼女の声が聞こえた。

 待ち焦がれていた声が。

 しかし、辺りを見渡してみるが結城の姿は見られなかった。

 居たのは、三日月の様に唇を歪めるあの少女だけ。

「古枯は!?」

「さあねぇ?でも、逃げるなら今の内だぜ。お前にとってはこれが最後のチャンスだ。自分でも分かってんだろ?」

 長く裂かれた唇から少女は言った。

「待って!?」

 背後から、悲しみに満ちた叫びが聞こえる。

 だが、今の真にとって、それは両親を殺めた人間のものであり、自らの命を脅かす存在のものであった。

「っ!!」

 振り返る事もせず、真はその場から駆け出した。

「置いて行かないで!!」

 悲痛な叫び。

 走る背中にいつまでも投げ掛けられ、それが聞こえなくなるまで、真は走り続けた。



「ここまで来れば、さすがに、大丈夫か?」

 真は一度立ち止まり、荒れる呼吸を整えながら呟いた。

 あれから数十分ほど走っただろうか。

 時刻にして恐らく七時頃。

 場所は、恐らく上高の近くの森林の中。

 当てもなく走っていたので、具体的なことは判然としない。

 適当な木に背中を預けて、ズルズルと腰を下ろした。

 自我はまだある。しかし、胸の奥の方から湧き上がる何かを感じつつもあった。

 あまり時間は、無いかもしれない。

 だが今は、あの少女の言う通り、助けを呼ぶには最高のチャンスだ。そして、きっと最後のチャンスだ。

 真は慌ててスマホを取り出し、電話帳から結城を探し出す。

「出てくれよ…………!」

 そんな願いに応えてくれたのか、結城はワンコールの内に出た。

「草理君!?どうしたの!?」

 驚きを隠せないでいる結城の声。

 嬉しく思うが、今はそんな感情に浸っている時間はない。

 胸の中で膨れ上がる何かを抑え込みながら真は言う。

「詳しく説明する時間はなさそうだ、今は、学校の近くの林の中にいる。…………お願いだ、…………助けてくれ…………!!」

 言葉は尻すぼみになり、最後には悲嘆に声が掠れた。

 いつの間にか視界は涙に歪んでいる。と同時に、そんな"悲しい"と言う感情も薄れつつあった。

「大丈夫!必ず助けに行くから!待ってて!!」

 そんな結城の励ます声も、どこか遠くに聞こえる。

 沈んでいく。

 また、沈んでいく。

 "草理真"は、胸の内で膨らむ何かに飲み込まれた。

 "献身的彼氏(ボーイフレンド)"は目を覚まし、流していた涙の理由も忘れてしまった。



 ×



 居なくなっちゃった。

 砂那桧江の前から、草理真が姿を消した。

 居なくなっちゃった。

 それはまるで昔の再現の様。

 一人ぼっちなってしまった、あの頃の様。

 居なく、なっちゃった。

 悲しみに打ちひしがれ、遠のいていく背中を桧江は追うことができなかった。

 いつもなら感じ取れていた"献身的彼氏(ボーイフレンド)"の気配も、今は一切感じることができない。

 残されたのは、ほくそ笑む少女と、取り残された桧江だけ。

「どうだい、今の気持ちはさぁ?」

 得意げな顔をして、少女は桧江に問い掛けた。

「…………さない」

 桧江はぽつりと呟く。

 蚊の鳴くような声。

 少女は聞き取ることが出来なかったのか、眉間に皺を寄せて言う。

「なんだって?ちっちゃくて聞こえねえよ」

「ゆ…………さない」

「あ?」

「許さない!!」

 悲嘆は激情に変化し、爆発する。

 "キューブ"を暁の如く輝かせ、"依存的彼女(ガールフレンド)"を解放した。

 その手には長く細い鞭。

 桧江から真を切り離した少女の首を絞めるべく、鞭を横薙ぎに振るう。

「おおっとぉ」

 迫り来る鞭を、少女は屈んで回避する。

「シネッ!!」

 屈んだ少女の頭を打ち抜こうと、桧江は鞭の軌道を無理矢理に変える。

 ヒュンッ!と風を凪ぐ音。

「あぶねえって」

 少女は屈んだ姿勢のまま後ろに跳躍。

 鞭は空を切り、先端は地面に鋭く叩き付けられる。

「どうしてあんなことしたの!!どうして桧江から奪おうとするの!!」

 桧江の怒りは収まらない。

 叫びを上げながら、少女の元へと駆ける。

 深く腕を引いて、勢い良く斜めに鞭を振り下ろした。

「しゃらくせえ」

 少女は腕を上げて、鞭を甘んじて受け止める。

 ピシリッ!と痺れるような音ともに、少女の腕に巻きつけられた。

「なっ!?」

 避ける。そう思い込んでいた桧江は、思わぬ少女の行動によって思考の遅滞を生む。

 腕を引けば引きちぎれる。

 答えは出たが、遅かった。

 一瞬のラグの内に、少女は桧江の懐に潜り込んでいた。

 そして、桧江の視界にあの十字架を飛び込ませる。

「その罪は憤怒」

「っ!?」

 後ろに引こうとした桧江を、鞭の巻き付かれた腕が乱暴に引き寄せる。

「がっ!?」

少女の腕から鮮血が舞う。

しかし、少女は表情一つ変えることなく、告げる。

「愚かな民に、神による断罪を!」

 音にならない衝撃が、桧江の全身を駆け巡った。

 脳が揺さぶられる。焦点がずれていく。腰から力が抜けて、体を支えられない。締められていく喉元に、抵抗することが出来ない。肺から酸素も抜けていって、意識にも混濁が現れた。

「おらよ」

 あと一秒でも長かったら死んでいた、と思えるギリギリのタイミングで少女は桧江を投げ出した。

「なんでこんな事をしたのか、だったかな?」

 鞭に巻かれていた腕から血をダラダラと流しながらも、少女は軽薄な笑みを浮かべながら口を開いた。

「最初に言っただろ。テコ入れだよ、テコ入れ」

「がはっ!ゴホッ!」

 聞いているのかいないのか。

 咳き込みながらも、桧江は鞭を握って立ち上がった。

「あれだけの罰を受けてもう立ち上がれるか。アンタなかなかタフだねえ」

 少女は余裕を見せたままニタニタと笑う。

 痙攣した腕を持ち上げて、桧江は鞭を振るった。

 だが、少女は軽く身をひねるだけでそれをかわす。

「こんなことしてていいのか?愛しの彼氏が、誰かに取られちゃうぜ」

「うるさい!!」

 わかっている。

 先程から止めどない嫉妬が桧江の心を埋め尽くしている。

 だけど、

「お前を許すことは出来ない!!」

「ありゃりゃ、こりゃすぐ収まりそうもないな」

 軽く肩をすくめながら、少女は身を翻した。

「待て!」

「待てって言われて待つ奴がいるかよ」

 少女は舌を出しながら、塀に飛び乗り、街路樹に飛び乗り、最終的には屋根の上へと着地した。

「絶対に殺る!!」

 桧江も追うようにして跳んでいく。

 後に残されたのは、少女の血痕と悔恨の残り香だけ。

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