信頼を生む為には
真についての話がいい落ち着いた頃のこと、
「皆に一つ聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」
少し真剣な面持ちでそう切り出したのは正義だった。
「いいですけど、なんですか?」
言いながら結城は首を傾げる。
隼人や麗も、特に否定する理由などなかったので一つ頷いた。
「ありがとう。これから協力てしていくのであらば、やはり"匣"の力については、それぞれがどんな力なのか共有しておきたいと思ったんだ」
「共有ですか……」
「あぁ、情報の重要性は、当たり前の話だが探偵にだけ当てはまる話ではない。それに、知識を共有しておく事は信頼にも繋がる。これから背中を預ける相手なんだ、知っておいて損なことはないであろう」
「確かに……」
正義の言う通りである。
これから一緒に戦っていく仲間だ。誰がどんな力を持っているのか、それを皆で把握しておけば作戦も立てやすい。情報を知り合っておく事に、悪いことは一つもないわけである。
「それなら私は全然賛成。純粋にどんなのか気になってたし」
「私も否定する理由がないので、賛成です」
結城と麗も、各々が肯定の意を唱えた。結城に関してはむしろ知りたかったと言わんばかりの調子で、表情からその好奇心はダダ漏れだ。
「それならば、場所を移した方がいいかもしれんな」
皆の返答を受けて、今度は困った風に正義は言った。
「あ〜、それはそうかもですね〜」
正義の言葉を聞いて、その隣のメディナも同じ様に呟く。
「どういう事ですか?」
隼人が問うと、正義は少し声を抑えながら言う。
「皆の力がどうかは分からぬが、少なくとも少年の力をここで解放したならば、恐らく警察沙汰になってしまうと思うのだよ」
「そう、ですね……」
ははは、と思わず苦笑いをしてしまう隼人。
確かに、知らない人から見れば、と言うか隼人自身から見たってあんなものは危険な凶器に他ならない。
もしこんな人目の多い場所で使おう物ならば、結果は言わずもがなである。
「じゃあ、どこにしますか?天井君の家には摩耶ちゃんがいるだろうし、私のお家にも両親がいるしなー」
「私の家も、難しいと思います」
んー、と唸りを上げる五人。
「ならば、」
そんな中で、突然正義がポンッと手のひらを叩いた。
「我らの事務所に来てはどうだろうか」
×
「ここが正義探偵事務所か」
「ただのマンションの一室って感じだね」
「実際その通りですからね〜」
所変わってやって来た正義探偵事務所。
隼人達の住む街の郊外にあるマンションの一室をそのまま事務所として使っているわけだが、正義達は衣食住も事務所で済ませている為、部屋の中に漂う生活感が尋常では無い。
"ただのマンションの一室"と言う結城の言葉は、正義達本人にも否定することが出来なかったわけである。
「いつかは立派な事務所を用意するさ」
「って、何年も前から言ってるんですけどね〜。結果はおさっ……イテッ!」
メディナの言葉を遮るように正義はチョップを繰り出す。
「……もう、その辺で止めておきたまえ」
続けて放たれた言葉には悲しみが込められていて、四人は一抹の切なさに襲われた。
「そ、そんなことより"匣"でしょ、"匣"!」
しんみり気味になったムードを結城はなんとか打ち破る。
「そうですよ、僕も見たいなー皆さんの"匣"の力!」
「私も気になって仕様がないです〜」
隼人、メディナはその勢いに全力で乗り込んむ。
「そうだな、そうしよう」
正義は頷くと、両手に付けていた手袋を取った。
両の手の甲に埋め込まれた"匣"が、部屋の明かりを鈍く反射する。
「"匣"が、二つ?」
そんな風に驚いて見せたのは結城だ。
結城は目を丸くしながら続けて言う。
「"匣"って一人に一つのイメージがあったんですけど、違うんですか?」
「いや、実際はそうなのではないかな。我の場合は二つあると言うよりは、一つの"匣"が半分ずつに別れていると言えるのだと思うぞ」
結城の質問に、正義は自らの"匣"を眺めながら答えた。
「では次は、」
言って、正義は拳に力を込めていく。
そんな正義の意思に呼応するかのように、両の手の甲に埋め込まれた"匣"は赤い光を灯し始める。
「"鉄拳制裁"よ!」
正義の雄叫び。
と同時に正義の両手を赤い光が包んでいく。
拳全体を隈なく覆い、肘の辺りまで光は流れていった。
そして、
「「おぉ!」」
隼人と結城の声が重なった。
正義の両腕から赤い光は払われ、代わりに現れたのは、明かりを強く反射する鋼の篭手。
元々"匣"があった場所は大きく円錐状に飛び出しており、指の付け根と第二関節とを包む所にも、小さな円錐状の突起があしらわれていた。
「これが"鉄拳制裁"さ」
「触ってもいいですか!」
「勿論だとも」
嬉々としながら言う結城の要求を、正義は快く受け入れた。
「おぉー、てかてかだー、チョー痛そー」
「古枯、お前そんなキャラだったか?」
「カッコイイものにはあんまり目がないんだよね」
鋼の篭手を撫でながら結城は答える。さすがの正義も若干の困惑をちらつかせていたが、結城はお構いなしと言った感じだ。
いつしか、真に見せてもらった都市伝説の話をカッコイイなどと言っていたが、あれもその一種だったのだろうか。
「え〜っと、次は私の番なのでしょうけど、お生憎ながら私のは簡単に見せられるものじゃなくて……」
すいません、と申し訳なさそうにしながらメディナは頭を下げた。
「と言うと、今使うと危険だからとかですか?」
ようやく正義から離れた結城が首を傾げる。
「そうではないんです〜……」
と、変わらず柳眉を下げながらメディナは続けた。
「むしろ危険が迫った時にしか使えないもので、"修復"と言うんですけど〜、人間の自然治癒力を極端に高めるって言えばいいのでしょうか〜?とにかく、怪我が早く治っちゃうんです〜」
「それで、あの時の僕の怪我を……」
隼人は、何時しか金髪少年に襲われた時のことを思い返す。
あの時の怪我は、"匣"による身体能力強化の一種なんだと勝手に思い込んでいたのだ。まさか、そこまで世話を掛けてもらっていたとは。
「それと、もう一つあってですね〜」
メディナは恐る恐ると言った様子で口を開く。
「これは余り使いたくないんですけど、一応、"破壊"って言うのもあるんです〜」
「何だか、物騒な名前なのですね」
小さく麗は呟き、
「そうなんですよ〜」
とメディナは悲しそうに肯定した。
「これは言ってしまえば"修復"とは逆の力で、人間の治癒力をマイナスにしていくものなんです〜」
「つまり、使うとどうなるんですか……?」
身を縮ませながら結城は問う。
「これも相手が傷を負っていなければならないんですけど〜、傷口が腐っていって、最後には死んでしまうと思います〜」
「こ、怖い……」
「私自身もあまり使った事はないですし、人を死なせるまで使ったことが、と言うか使いたくもないので、確信ではないんですけど〜」
不確かな情報で申し訳ありません〜、とメディナは付け足し頭を下げる。
それを聞いた正義は、
「人を殺めるなど、正義として言語道断。そんなことをしていたのならば、今すぐにでも制裁していた所だよ」
「じょ、冗談ですよね?」
何故か結城がビビっていたが、正義は、「はははは」と笑うだけだった。
「えっ、えと、メディナさんからの流れで言うんだけど……私のもここで見せられるやつじゃないんだよねー」
「また、何か条件があると言う事ですか?」
麗からの質問に、結城は「ううん」と、首を横に振った。
「力を使うために何か必要ってわけじゃないんだ。……強いて言うなら、広さかな?」
「と言いますと?」
「私の力、"光速移動"って言うんだけど、一言で表すならすっごく速くなるの」
「随分アバウトだな、具体的にはどれくらいとかあるのか」
隼人の言葉に、結城は一瞬頭に手を置いて唸った。
そして、
「多分、百メートル一秒くらい?」
「速っ!?」
「だから、ここだと使えないと思うんだよねー。使ってもいいけど、壁ぶち抜いちゃうかもしれないし」
「それは、困ってしまうな」
正義は苦笑いを浮かべながら答えた。
「あと、踏み込む時の力を使えば凄い蹴りが出せると思うし、単純にタックルも痛いよ!」
「そりゃあ、そうだろうなぁ……」
時速三万六千キロの体当たりを想像して、隼人は思わず身震いした。
痛いなんてレベルじゃない。
「では、次は私の番でしょうか」
麗はそう言い、短く息を吸った。
「"結界"!」
小さく息を吐き出すと同時に麗は唱える。
カッ、と光が拡散し隼人は腕で顔を覆った。
その光も一瞬で消えゆき、庇っていた腕を退かして麗を見る。
「これは?」
結城が、思わずと言った様子で声を上げた。
麗の周りを、ドーム状の何かが覆っていたのだ。
例えるならば、大きなシャボン玉に包まれてしまっているかのような感じ。
麗は僅かに微笑んで言う。
「名前のまんまですよ。要はバリアです。天井君、ちょっと触ってみて下さい。大丈夫ですよ、何もありませんから」
「わかりました……」
隼人は、麗を包むそれにゆっくりと触れた。
「頑丈だ」
シャボン玉の様な見た目とは裏腹に、麗を覆うそれは"結界"と言う名前の通り固く、手で叩いてみると、コンコンッと音がした。
「まあ、それだけなんです」
軽く苦笑しながら麗は言った。
「誰かをしっかり守ってくれる人がいると言うのは心強いものだ。だから、そんな風に言わんでもいいさ」
「有り難うございます」
麗は小さくお辞儀をすると、張っていた"結界"を解いた。
「じゃあ、最後は僕の番か」
呟いて、隼人は日に当てられ伸びる自分の影を見た。
「どんなのどんなの?」
興味津々な結城の言葉を皮切りに、四人は隼人に視線を移す。
「いきます……っ!」
一息置いて、自らの影へと隼人は手を伸ばした。
腕は肘の辺りまで影にすっぽりと飲み込まれる。
まだ慣れない感覚に微妙に顔を顰めながら、影の中で隼人は何かに触れた。
「あった」
形容し難い手触りの"それ"を掴み取って、隼人は勢い良く影から手を引き抜いた。
「おおっ!」
素直に驚いて見せる結城。
「おお〜」
一度目にしていたはずのメディナは、何故かパチパチと拍手を贈っている。
「僕の"匣"の力、"漆黒の刃"です」
「それもなかなかかっこいいねぇ」
結城はまたも瞳を煌めかせる。
「触って見てもいい?」
「一応刃物だからな、気をつけろよ」
断れる訳もないので、小言を漏らしながらも隼人は刃を結城に向けてゆっくりと差し出す。
「ギラギラしてていかついなぁ……って、あれ?」
差し出された刃を結城が受け取り、隼人の手を離れたところで事は起こった。
「消えちゃった……」
刃が、一瞬にして砂のように霧散していったのだ。
「どう言う事?」
刃を受け取った姿勢のまま固まっていた結城が、ポカンとして疑問符を浮かべる。
「少年以外は、手にする事が出来ないと言う事であろうな」
冷静な調子で正義は今し方の現象について口にした。
「僕の手を離れると消える仕組みってことか……」
隼人は屈んでもう一度影に手を伸ばしてみる。
不思議な感触が指先から伝わって来た。
当然の事だが、消えて無くなった刃は影の中へと還るようだ。
「それで、さっきのアレがあれば、草理君を助けられるってことなんだよね?」
嬉々を隠そうとせずに、結城は言葉を放つ。
「あぁ、助けて見せるさ」
確信を抱く隼人は、堂々と頷いてみせた。




