顔を出すのは希望か否か
「初めまして、古枯結城って言います」
「私は、三ヶ峯麗です。本日は宜しくお願いいたします」
「うむ、我は正義。そして、」
「助手のメディナです〜」
本日は土曜日。時刻にして午前十時を回ったところ。
場所は隼人の家からの最寄駅のすぐ側にある小さな喫茶店。レトロな雰囲気の残った居心地のいいお店だ。
そんな喫茶店に今、隼人、結城、麗、正義、メディナ、と異色の面子で小さなテーブルを囲っていた。
何故、こんな事に……。
テーブルの片隅に座っていた隼人は、昨日まで全く予想していなかった目の前の光景に思わず溜め息をついた。
「元気がないぞ少年」
「寝不足ですか〜?」
「そうなのですか?いけませんよ隼人くん」
「そうだよそうだよ、私みたいにしっかり早寝しなくちゃね」
次々と口を開き隼人に向かって視線を送る四人。
「……はぁー」
心の底から溜め息をついたのは、実に久しぶりなことだ。
×
「草理君を助ける方法を考えよう」
「なっ……えっ!?」
時は遡り昨日。金曜日の午後五時頃のこと。
電話をかけてきたと思った矢先、天井宅にずかずかと乗り込んできた結城は、隼人の部屋に勢いよく入り込んできたと思っていたら開口一番そう言い放った。
様々な出来事が一気に襲いかかって、隼人は上手く思考を巡らせる事が出来ず、結城の言葉にただただ素っ頓狂な声を上げた。
「お前、いきなり何を言ってるんだ?」
「何をって言葉のままだよ」
さも当然の様な口ぶりで結城は答えると、ベッドの前に正座で座り込んで、さらに言葉を続けた。
「考えようとか切り出しといて何なんだけど、一つ、天井くんにお話があります」
「こ、今度はなんだよ改まって……」
神妙な面持ちになった結城を、隼人も合わせて正座になって見つめる。
「あ、これじゃ説明できない」
「?」
正座になった途端に何かに気付いたのか、結城は直ぐに足を崩す。意味のわからなかった隼人は、口を挟むことなくただ結城の動向を観察する。
「これから何が起きても引かないことだけを約束してくれないかな」
「お、おう……」
妙に真剣な結城の声音に、隼人は無駄に緊張に襲われた。
右膝を立てて、結城は自らの右足のくるぶしの辺りを指差す。
「ん?」
不可思議な起伏があった。
骨による出っ張りでは説明がてきないほどに飛び出したくるぶし。
それは変に角張ったフォルムをしており……。
「まさか……!?」
「私ね……」
小さく呟くと同時に、結城は靴下に包まれていた足をさらけ出した。
そこには……。
「"匣"……!?」
驚愕の声を上げたのは、隼人だった。
結城の足に埋め込まれていたのは、漆黒に彩られた小さな立方体。
未知の力を所有者に分け与える不気味な匣。
"匣"。
「「なんでこれを……?」」
二人の声が重なった。
知ってるの?と、続けようとした互いの言葉は、喉元までやって来たところで飲み込まれた。
「……」
「……」
しばしの沈黙。
そんな静寂を先に破ったのは、結城だ。
「どうして天井くんが"匣"のことを?」
「そりゃ、僕も"匣"を持ってるから……」
「天井くんも!?」
隼人の答えに結城は目を丸くする。
そして「うがぁ〜」と呻きを上げながら結城は項垂れた。
「ど、どうしたのさ?」
良く分からない結城のリアクションに、隼人は戸惑いながらも疑問符を投げる。
「………………した」
「えっ?」
「無駄に気を張ってして損した!!」
唐突に荒らげられた声に隼人は思わず後ろに仰け反った。
頬を目に見えて紅く染める結城の瞳には、僅かながら涙が溜まっている。良く見れば、微かだが肩を震わせていた。
「何よ!知ってるなら最初から言ってよ!草理くん助けようとか一人でカッコつけちゃったじゃん!前振り思いっ切りしておいて白けちゃったじゃん!!」
うわあぁぁ!!と、遂には叫び出す結城、十六歳。
思わぬ本気の嘆きの声にを目の前にして、隼人はかける言葉を見つけることが出来ない。
「だ、大丈夫か……?」
結局見つけ出した言葉はそんな当たり障りのない台詞。
「…………」
いつの間にか両膝に顔を沈めていた結城は、俯いたまま縦に首を振った。
それ以上答えが返ってきそうもなかっので、隼人はそのまま言葉を続ける。
「ま、まあ、僕には分かるよ。巻き込みたくなかったて言う古枯の気持ちはさ。実際僕だってさっき古枯が来るまでは一人で助けようなんてカッコつけてたしね。電話のせいで余計な心配かけさせちゃったし、"匣"の事があるから関わらせたくないって気持ちは古枯と一緒に空回っちゃったし。お相子だよ、お相子」
そう。
同じ気持ちだったのだ。
真を助けたいと思った事が、
友達を巻き込みたくないと思った事が、
ただそんな気持ちがちょっとズレて空回りしただけ。
「だからもう深く考えるのは止めよう。助けたいって一緒に思えた、それだけで充分だったんだって」
「…………」
ゆっくりと結城は顔を上げた。
目の下は紅く腫れていて、今も小さく鼻をすする音が聞こえる。
けれど、それも友を大事に思った気持ちの証拠だ。
「落ち着いたか?」
「うん」
溜まっていた涙を拭って、結城は大きく頷いた。
「それなら僕からも一つ話があるんだ」
「なに?」
「真を助けるにあたって、実は協力者を呼んでいる」
「えっ?」
その時、確かに結城の動きは止まった。思考の停止を客観的に目撃した瞬間だった。
「どういう事?」
「だから、まあ、簡単に助けるって言ったってさ、下手に動くわけにはいかないわけじゃん。それでさ、情報を一緒に集めてもらう協力者をね」
「さっきと言ってること違くない?」
「え〜とですねぇ」
胡乱な瞳で隼人を見つめる結城。対して隼人は、露骨に視線を泳がせて即頭部を指で掻いた。
「"巻き込みたくない"気持ちは"一緒"って言ってなかったかな」
穏やかな口調が逆に怖い。
隼人は嫌な汗を全身に浮かべながら言い訳を探した。
しかし、
「私を置いていかないでよ」
言い訳を見つけ出す前に、穏やかな声音のままで結城は言う。
「こんなこと言うのは本当にアレなんだけどさ、って言うか今だから言えるってこともあるんだけどさ、友達なんだし、折角一緒に助けたいって思えたんだし、これからは一緒悩も。一緒に考えよ。同じ気持ちなのに同じ場所にいないとさ、やっぱりちょっと寂しいよ」
一緒の気持ちになれたからこそ言えた言葉。空回りしてしまったからこそ感じた正直な思い。
僕は、ちゃんと応えられるだろうか。
「で、その協力者さんはどんな人なの?」
「一応、探偵さんらしい」
「探偵さん……なんかすごそう」
隼人は密かに探偵正義を頭に浮かべる。
「確かに、"すごい人"だよ」
「いつ会うとか、もう決まってる?」
「明日の午前十時に駅前の喫茶店で会うことになってる」
「じゃ、私も出席決定だね」
当然の様に決める結城。
しかし、今の隼人にそれを拒否することなんて出来ない。彼女も今や、協力者の一人なのだから。
「それなら、私はもう帰ることにするよ。なんだか、恥ずかしい思いをしに来ただけになっちゃったなあ」
はははー。と、乾いた笑いを浮かべながらその場で立ち上がった時だった。
「今のお話。私にも協力させて頂けないでしょうか?」
唐突に開けられた扉の向こうから現れた声の主は、三ヶ峯麗、その人だった。
×
「それでこんなに大所帯になってしまった訳か」
がはは、と正義は大仰に笑った。
スーツをビシリと着こなす正義の姿は、名前さえ聞かなければ丸で何かのボディーガードの様な様相だ。
「心優しい人が傍にいるのは、とてもいいことじゃないですか〜」
緩い声音で常にほわほわとした雰囲気を纏うメディナ。
手に取った紅茶の湯気で、大きな丸メガネが曇る。
「古枯は百歩譲って仕様がないです。でもなんで、麗さんまで……」
「私だって草理さんの友人です。助けたいと思うのは、当然の事です。それにもう、待っているだけなのは嫌なんです」
「そんなこと言われたら……」
何も言い返すことなんて出来ない。
たとえ短い間しか会ってなかったとしても、友達であることには変わりはないのだから。
同じ気持ちを持つことに、変わりはないのだから。
「まあまあ、兎に角我らに詳しく話を聞かせてくれないか。無論協力はするが、情報がないことには何も出来ないからな」
「探偵は情報が第一〜」
そう言う事だ。と正義は胸を張る。
「それなら」
「私から話すよ」
隼人に言葉を重ねてきたのは隣に座る結城だった。
戸惑いながらも視線をそちらに向けると、合わせて結城もこちらを見て言う。
「天井君よりも前にあの人には会ったことあるし、"匣"の力も見たことあるの。それに、草理君にもその時会えたから。これは、天井君にも聞いて欲しい話なの」
「そんな、事が……」
信じられない様な真の現状を耳にして、隼人はそう漏らした。
耳を疑いたくなる話だ。
真にも"匣"は埋め込まれていて、色白の少女は彼と愛し合っていると言い張り、真自身もそれを受け入れてしまっていると言うのか。
「"匣"に支配されている、と言う事なのでしょうか」
顎に手を置いて神妙な面持ちで呟いた麗は、腕を組み同じように考え込む正義へと視線を送った。
「御両親を目の前で殺した相手を好きになれるとは思えん。草理少年は、両親に反発していたなんてことはないのだろう?」
目だけを隼人に向けて問う正義。
「当然です。むしろ、親孝行とか良くする奴で、嫌ってたなんて有り得ない」
「私も同感。あの色白女が草理君を操ってるとしか思えない」
「メディナはどう思うかね」
続けて正義は問い掛ける。
メディナは、いつもの穏やかな雰囲気を感じさせぬ凛とした声音で答えた。
「私達は、この"匣"の全てを知っているわけではありませんから、操られていると言う可能性は大いに有り得ると思います。古枯さんや、天井さんの話を聞く限りだと、両親を奪われても尚心を許すような人だとは思えませんし、やはり"匣"に原因があるのではないでしょうか」
「"匣"に原因か」
「……それなら!」
バッ、とテーブルに乗り出した隼人に、四人の視線が注がれる。
「僕なら"匣"を、真から取り除くことが出来る!」
隼人の発言に各々が驚愕に顔を染める中、
「それ本当!?」
結城は声を荒げ乗り出す隼人の肩を掴みかかった。
「あ、あぁ。僕の"匣"の力なら、真を助けられる筈だ」
「あの刃に、そんな力が?」
驚きを隠せずにいる正義と、その隣で目を丸くするメディナに向かって隼人は大きく頷いて見せる。
「一度しか試した事はないんですけど、確かに"匣"を消すことが出来たんです。もしかしたら、これなら……」
見えだした一筋の希望。
隼人の表情に、自然と笑みが浮かび始める。
それは、未だに隼人の肩を掴む結城も同じ事。
「すごいすごい!天井君すごいよ!それなら絶対助けられるって!!」
「わかった、わかったから肩を揺らすのをやめてくれ!」
前後にガックンガックン隼人の頭が揺れる。
「あっ、ゴメン」
「頭クラクラする……」
グラグラ揺れ続ける視界に酔って、隼人は乗り出していた体を引っ込めた。
「道は見えてきたな」
「まだ何となくですけどね〜」
正義は満足気な表情で、メディナはいつの間にか舞い戻った緩やかな声音で呟いた。
そんな、賑やかな雰囲気に包まれる中。
「…………」
ただ一人、物憂げにする麗に、気づく者は誰もいなかった。




