乱入
「協力……だって……?」
「そウ」
日が沈み、月が照らし出した頃。
隼人は、日本人離れした目の前に立つ少年の言葉を飲み込めずにいた。
「これが願いを叶えるための闘いだって言うのは理解してるだロ?そして、願いを叶えるのに君達が必要で、その為に協力してほしいってだケ。簡単でショ?」
「そんな話、簡単に信用できるわけないだろ。第一、どうして僕が必要なんだ。願いを叶えるのなら、ヒカリだけで十分なんなじゃないのか?」
隼人の発言に、少年は頭を抱えて「ンー」と、唸った。少年が隼人を見る目は、"そんなことも知らないのか"と暗に語っている。
「どうやら君は何も知らないようだネ」
「なっ…………」
ため息混じりの少年の台詞。呆れているのか肩をすくめてみせた。
「どう言う……」
「ボクはネ」
どう言うことだ。と続けようとした隼人の言葉を、少年は自らの言葉でそれを制す。
さらに続けて、
「解説パートってものがあまり好きじゃないんダ。君が何も知らないとか、この際正直どうでもいイ。協力するかしないか、それだけ聞かせてくれないカ?どうしてもって言うなら一つだけ言わせてもらうド。必要じゃなかったら君なんてわざわざ呼びたさないヨ」
人を馬鹿にしたような軽々とした声音で少年は言った。
隼人は踏み出しそうになったが、少年がヒカリに視線を送っただけで留まってしまう。ヒカリと言う名の人質によって、隼人の行動は完全に掌握されていた。
「で、協力するノ?しないノ?」
「するしか…………」
「そうかそうか意地でも協力したくないカ!それなら仕方ない、力ずくで行こウ!」
「なっ!?」
少年の要求を受け入れようとした隼人の言葉を遮って、少年は一人勝手に話を続けていった。その口調には、どことなく嬉々としたものが感じ取れた。
「お前何言って……!」
「みなまで言うなヨ。わかってル。さあ、剣を取レ」
いつまでも隼人の言葉を最後まで聞こうとしない少年は、徐に腕を前に突き出した。
開かれた手を見つめて、宣言する。
「"空気創造"!」
瞬間。
少年の周囲で、何かが"蠢き"だした。
それは、"空気"。
少年を包むように蠢いていた空気は、次第に突き出された腕へと流れて行き、開かれた手の平の前で塊になった。
そんな空気の塊は、細く、長く、蠢きながら形を変えていく。次第に形の整えられていったそれは、
「完成」
剣だった。
透明な、空気の刃だった。
×
少年――アイゼル=ウェイダラー――は、少々冷静さが欠けていた。言うなれば、ちょっとした興奮状態に陥っていた。
「さあ、君も刃を抜けヨ。今日は、月が綺麗に出ているゾ」
"空気創造"によって作られた、重みの全くない、空気の剣を握りながらアイゼルは空を仰いだ。
雲ひとつない夜空の中に、ぽっかり穴が空いたみたいに丸い月が空に佇んでいた。
空から隼人へと視線を戻すと、彼は未だに状況の整理が追い付いていないのか、眉間にしわを寄せながらも困惑した表情でアイゼルの様子を伺っているようだった。
「君ゲームとかあんまりやらないタイプ?」
「は?」
アイゼルの質問に、隼人は間抜けな声を出す。
しかし、アイゼルは無視して話を続ける。
「囚われの姫がいて、敵が武器を手に取っタ。このシチュエーション、ゲームだったら完全にボス戦だヨ?なのに君はずっとポカンと突っ立ってル。ゲームだったら既にゲームオーバーだヨ?お姫様食べられちゃうヨ?」
「なっ、ちょっ、おい!」
声を荒らげるアイゼルに対して、隼人は後ずさっていた。
そんな隼人を見て、我慢の出来なくなったアイゼルは叫ぶ。
「戦えって言ってんノ!わかれヨ!」
「おっ……おう……」
微妙なリアクションをみせる隼人を見て、アイゼルは頭を掻きむしった。
こんなので大丈夫なのカ!?全く期待出来ないゾ!
隼人は恐る恐る自らの影に手を伸ばし、そこから刃を、"漆黒の刃"を引き抜いた。
「…………まったク、緊張感はぶっ壊れたけド」
アイゼルは剣を構える。
隼人は警戒しているのか、表情を強ばらせる。
「こっからが本番だヨ!!」
アイゼルは、一気に駆け出した。
小さく砂塵を起こしながら、隼人の元へと距離を詰める。
「っ!?」
慌てて隼人は刃を構える。
「手始めニ!」
アイゼルによる上段からの振り下ろし。
隼人は素早く受け止めて、押し返すと同時に刃を縦に振るう。
それを、後方へと小さく跳んでアイゼルは回避。着地と同時に、すぐに踏み込んで隼人の眼前に迫る。
「くっそ!」
刃を振っては間に合わないと踏んだのか、今度は隼人が跳び退こうとする。
しかし、
「遅イ!」
アイゼルは身をかがめて、剣の柄を隼人の鳩尾に思い切り叩き込む。
「がはっ!!」
隼人の体がクの字に折れて、そのまま後方へと吹き飛んだ。
「ハヤト!?」
瓦礫の上を転がる隼人を見てか、アイゼルの背後からヒカリと呼ばれていた少女の悲痛な声が聞こえた。
「やっぱり期待ハズレだナー」
アイゼルは少女を無視して、倒れた隼人に歩み寄る。
「くっ!」
フラフラと今にも倒れそうになりながらも、隼人はゆっくり立ち上がる。転がる最中に何かに当たったのか、隼人の額からは少量の出血が見られた。
「殺しちゃいけないって話だったけド、別にいっかナー。もう一つの方に期待って事デ」
剣を軽く振りながら、隼人の目の前に立つ。
刃を構えていたが、もはや脅威ではない。軽く刃を弾いたら、簡単に隼人の手元から飛び抜け、地面を二、三転がった末に消えていった。
剣を構え、首元に振り下ろそうとした時だった。
「待てーい!!」
野太い男の声が、アイゼルの耳に届いた。
「ン?」
アイゼルは、剣を止め思わず振り返る。
そこには、
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!悪あるところに我があり!我が名は正義!ここに推参!!」
「お供のメディナと申します〜。よろしくお願いします〜」
やたらガタイのいい暑苦しそうなスーツ姿の男と、大きな丸メガネをした、スーツ男とは対照的な穏やかそうな女性が、小さな瓦礫の山の上に、堂々と立っていた。
「大丈夫かあ!少年!」
穏やかな笑みを浮かべ、スーツ男の正義は叫んだ。




