閑話
草理真と砂那桧江は昔からの友人だった。それこそ、物心ついた時から、だ。
生まれつき身体の病弱だった桧江にとって、幼馴染みである真は唯一の友人であった。
そんな彼に想いを寄せてしまったのは、もはや必然だったと言えよう。
しかし、そんな想いを、桧江は打ち明けられずにいた。
今の関係を壊してしまう事が恐かったからだ。
唯一の友達を失ってしまう事が嫌だったからだ。
そんな風にモヤモヤと過ごしている内に、あの事件は起こった。
休日、家族で旅行をしていた車での移動中。
十字路を渡ろうとした桧江達の車に、真横から他の車が衝突してきたのだ。桧江の座っていた、後部座席に向かって。
桧江以外の人間は、誰一人として怪我をしなかったらしい。ただ一人、桧江だけが事故によって頭部を強くぶつけてしまったのだ。
その結果として、彼女は眼球以外を自分の意思で動かせなくなってしまった。目だけで見れる狭い範囲と、聞こえてくる音だけが、彼女の認識できる情報だった。
そんな地獄の様な生活の中で、楽しいと思える事が一つだけあった。
それは、真によるお見舞いだった。
彼は、桧江が見えるような位置にいつも座って、その日の出来事や、治ってからどこに遊びに行くかなどを、毎日欠かさずに話してくれていた。それも、なんの反応も取ることのできない相手に何時間もだ。
真に対する想いの大きさは、日に日に増すばかりとなっていた。
そんな風に話を聞いている内に桧江は、楽しいと思う反面、悲しいとも思うようになった。
大好きな人が目の前にいるのに、触れる事はおろか話す事もできない。そして何より、桧江自身が治らないと諦めていたことが、大きの要因となっていたのだろう。
真による"妄想"は、桧江の心に少しずつ傷を与えていく拷問の様な時間にすり替わっていた。
そして、いつからだっただろうか。真が来てくれる日数は減っていき、気付いた時には、全く姿を現してくれなくなっていた。
初めは、"落ち着ける"。そんな感情が湧いてきた。
しかし、時間が経つにつれ、"寂しさ"と"愛おしさ"が、桧江の感情を支配した。
"会いたい"と思う日々だけが続く、そんなある日の事だった。
不思議な夢を見たのだ。
「願い、叶えたい?」
綺麗な少女だった。幼くも美しいと思える、人形の様な少女。
そんな少女の問い掛けを、桧江はすぐに受け入れた。
すると、少女は小さな手を桧江に向けて差し出した。
その手のひらの上には、真っ黒く染められた、黒い立方体が"二つ"。
桧江は、躊躇うこと無く手を触れた。
瞬間に、意識は覚醒し、身体が動くようになっていた。
胸元に埋め込まれた"匣"からは、不思議と、真の存在を感じ取ることが出来た。これを辿れば真に会える。桧江は直感した。
そして真に出会えた。
何か二人、真のそばにいたから消した。
「"匣"が導いてくれた。やっと、二人きりになれた」
もう邪魔はさせない。
これからは、ずっと二人だけの世界が広がっていくんだ。
抱きしめる真の体温を感じながら、桧江はそっと唇を重ねた。




