Do you go to church on sunday?
さて。
前夜の続きを語り始める前に一言申し伝えておきましょう…。
実は、私一般に悪魔と呼ばれる存在でして。
…ん?ご存知でしたか。
おや、これは嬉しい誤算です。
こう見えて意外と多忙を極めております。悪しからず。月夜の下、退屈をもて余している方々に、この一時だけでも耳を傾けて頂ければ嬉しい限りです。と、‥いけませんね。ついつい本筋を逸れてしまう。では、気を取り直して参りましょう。
嘘飼いを名乗る少女。
依頼を受けた彼女が、向かう先は‥
***
彼の依頼内容は、彼女を探してほしいということ。
彼女とは、レディ・マリアーヌ。町でも有数の名家クロワ家の令嬢。彼の話をそのまま引用すれば、彼女は今"白蝶″に囚われている。
トマス・モルゲンとの契約の後、朝ごはんを食べ終えた彼女は教会を訪れる。
何故教会か。
それは、嘘飼いとしての仕事道具を全て教会の地下へ納めているからだ。
重厚な教会の扉を三度ノックして、暫く待つ。
姿を見せたのは陰気な顔の神父だ。
神父でこれ以上に陰鬱な表情を浮かべる人物に今まで巡りあったことはない。
レイフィールド神父という。顔馴染みも顔馴染みだ。仕事の始まりを彼だけは必ず察する立場にある。
「やあ、ティア。…失礼。今はメリアだったね。そう睨まないでおくれ。私ももう若くはないのだ。君の名が変わる度に呼び分けるのにも苦労するよ」
‥そこは申し訳ないと思わなくもない。
一つ頷いて教会に足を踏み入れる。迷うこと無く向かうのは祭壇。礼拝をするわけではない。
教会を訪れながら、礼拝を片隅にも考えない不信心さは自覚している。
祭壇の下には、地下へ続く隠し扉があるのだ。
「メリア、今回の依頼は君にとってあまり良いものにはならないかも知れないね」
「神父。…貴方に貰った言葉は殆ど外れがない」
暗に、不吉なことはあまり口にしないで欲しいと伝えている。
開いた扉の奥は、しんとした闇。ここを降りていくのは何時も独り。一つ溜め息をこぼして、湿り気を帯びた石段をとんとん靴音を響かせ降りていく。やがて見えるのは小部屋に繋がる一枚の扉。
ここの鍵は父から継いだ。蝶番をなるべく響かせないように少しずつ開くと、そこはさながら役者部屋と言えそうな相変わらずの光景。
明かりを点けて、今回の依頼に使えそうなものを探して見渡す。
嘘飼いの基本理念に透けて見えるように、ここにあるものは合法とは呼べない経由で集められている。
例えば衣装。国の役人の制服から始まり男女別、仕様別にきっちり並べて収納されている。何も表の職種に限らない。果ては特殊組織、新興宗教まで枚挙にいとまがない。正直に言えば、自身でも把握しきれていない状況にやや危機感を覚える今日この頃。
自分のために、あえて直視せずにきた結果だった。
…話を戻そう。一つ一つを挙げたらきりがない。
"白蝶"について知る限りを脳裏に浮かべつつ、棚を漁っていく。ふと、引き出しの隙間から無造作に覗いた紙の束が目に留まる。
それは、まるで今回の依頼を予期していたような資料だった。思わず溜め息をつきながらも、目を通した。6年前の記述から始まって、およその内容を纏めると大体こうなる。
"白蝶"とは、湖畔の町を含めた対岸一帯を根城とする武装集団の総称である。表向きの彼らは商会として活動し、その始まりは6年前に遡る。元々は海賊であった彼らが、海賊狩り令強化に伴って身を隠す方向に舵を切ったのは想像に難くない。造船技術、操舵術を土台に水路流通の基盤を掌握するまでにはそれほど時間は掛からなかった。物の流通は、生活の基盤。ここを掌握した彼らは人々のラインを握ったも同然である。
海での略奪を止めた彼らが次に目をつけたのは、陸。まさに格好の獲物を前に動かない道理はない。
表向きは合法の下、彼らは着実に陸に根を張り巡らせた。武器具の密輸入、非合法薬物の流通、違法金利での金貸し業、主要人物の強請等々。
これらに共通して見えるのは、現在に至るまで彼らの闇を白日に晒そうとした人物たちは例外なく姿を消していること。
容易に手を出せる範囲でないことは、情報を扱う者ならば火を見るより明らか。
ここ数年で、更に状況は悪化している。急激な組織の拡大に伴う、副作用とも言うべき部分。近年では組織末端の人間が短慮に走り、暴行沙汰による捕縛件数が上昇の一途を辿っている。その現状故に、町の人々の間に誘拐や失踪といった件を白蝶に関連付ける風潮が広まった。
つまり、今回も同じ。トマス・モルゲンも結果としてそこにたどり着いた。ここまではそうした次第である。
そして自分はどうなのかと問われれば、今返せる言葉は一言に尽きる。
早計が過ぎる。
町で起こる誘拐、失踪の類いが全て白蝶の手によるものかと言えば、否だろう。いくら巨大な組織とはいえ、現実的に考えれば答えは明らかだ。
令嬢の失踪は、白蝶によるものとは限らない。
手の中の資料を揃え、戸棚に戻した。
現時点で必要だと判断した各種許可証、フリーパス、印紙類を引き出して整理する。…所々に残る痕跡をあえて意識せずに淡々と鞄に纏めた。
几帳面だった父の筆跡に混じる、不快。
ここにも答えはあったが、今は捨て置く。少なくとも今はまだ、あれに進んで関わる気はない。
うつむいた少女の横顔に、束の間過る凄絶な闇。
覆い隠すように、小部屋の明かりは吹き消された。
少女が石段を上り切って、祭壇を元の位置まで戻している最中。傍らに立つ神父は追い討ちをかけるように嫌な報告をしてきた。
「そうだ、メリア。…最近あの子をこの近くで見かけたと"渡"が言っていたよ」
地下で目に留まった痕跡が過り、隠しきれない感情がそのまま顔に映る。それを見てとった神父がひっそり笑う。
この人も大概歪んでいる。自分も他人事ではないにしろ、それはそれ。
何せ、この人は聖職者なのだ。
幾度か提言したものの、神父は改める気など更々ないのだから。もう仕方がない。
ここでは、あえて答えあわせは先送りにさせてもらう。
あれ、に抱く自分たちの感情については後々。
現在と呼ぶべき、今。神父を始めとした人々に支えられて嘘飼いとしての自分がある。
そもそもこんな職種が数多の人間によって営まれる日が来ることなど、一体誰か望むものか。
それだけに、神父の報告には溜め息を隠さない。
…そう。純然たる事実は嘘飼いたる自分にとって忌むべきもの。
「また色々と気に病ませてしまったみたいだね。…メリア、君はあの子と外見こそ似ているが中身は似ても似つかない…ラズに似た君は、苦労するよ」
そんなことを嘯きながら、陰鬱に笑う。本当に色々と残念なひとだ。けれども、歪み切れない部分もまた僅かに見えたのは救い。
父のことを口にする時だけは、普段纏う陰鬱さが僅かに消える。瞬くほどの、刹那ではあるが。
「…あれと外見が似ているという貴方の目を疑うよ神父。それではまた」
扉を開けたところで、去り際にもう一言加えた。
「機会があれば、ね」
教会を後にして、路地裏へ足を踏み入れる。早道だ。早速情報収集に取り掛かるつもりでいた。
この時点では、少なくともそうだった。
神父の言葉はまったく恐ろしい。
路地裏に広がる光景に足を止めた。やはり今回の依頼は運に見放されているらしい。
路地に、刺殺体が転がっていた。