子供たちの岸辺
皆様、お久しぶりです。
永らく、間を置いていました夜話語り……(^-^;
残念ながら、今宵はあいにくの曇り空で月は望めそうにありませんが。
》》Epilogueを持ちまして、以前予告してました通りに一章の終わりとさせて頂きます。
》》》Epilogue
*
まだ霧の立ち込める早朝と言っていい時間帯。
不規則なノックが、湖畔の傍の小屋に響く。
「お邪魔するでー」
変わらずに気楽な口調の男の訪問に、小屋の中にいた彼女は溜息を隠さない。
上からすやすやと響いてくる寝息を確認し、どうやら今の声で起こさずにすんだらしいとまずは安堵する。
「今日は何かね、弐羽。野暮用ならさっさと仕事へ戻ってくれ」
「まあまあ、そんな邪険にするもんやないで。ほら、誕生祝いや。遅くなったけど受け取ってくれ」
差し出されたそれを反射的に受け取るが、そのまま何を言うでもない。
いそいそと椅子に坐り込む弐羽に呆れた眼差しを送りながら仕方もなく、包みを一旦テーブルに置いた。
そのままお茶を入れるべく、湯を沸かし始める。
「まさかこれだけの為に早朝から押し掛けた訳ではないだろうね」
「いんや、これだけの為やで」
聞き返すまでも無い。本当にそれだけの為にやって来たのだこの男は。相変わらず空気を読まない。
「神父も福虎も変わらずまめやなぁ…。しかし神父はともかく、福虎は初めあんだけ反対したのにな。いい加減あれもあんたから離れて巣立つかと思いきや、やれやれ一筋縄ではいかんもんやな」
何が真目かと言えば、つまり小屋のあちこちに見られる祝いの品やら、成長に合わせて贈られた品々やらつまりそう言ったモノのことを言っているのだろう。
有難いことは有難い。けれども正直あまり甘やかさないで欲しい。
上の寝息がいつの間にか止んで、ぱたぱたと小さな足音が響く。
ひょっこりと何時ぞやの彼女の様に顔を覗かせる。
「あー、弐羽だぁ。おはよう。今日も母様を口説きに来たの?」
「おー、おはよう。クリス。楓はまだ寝とるのか?」
「起きてるわ、おじ様。贈り物をありがとう」
顔を覗かせたのは、右がクリス。左が楓。双子の姉弟。
弟のクリスは柔らかな栗色の髪に月色の目。姉の楓は濡れ羽色の髪に水底を思わせる蒼の目。
両親の特徴をあべこべに継いだ二人は天使の様に微笑み合う。
「おじ様。あんまり長居をするとまた父様の嫉妬に殺されかけますよ?」
「そうだよー、弐羽。父様今日来るって言ってたし」
双子の忠告に、わざとらしく頷いておおきになーと独特の言い回しで返しがてら、此方へ視線を向けてにやにやと笑う。大概懲りない男だった。
「先月も向こう岸は騒がしかったらしいで。魔女と大鴉が派手に暴れたらしくてな。学者が愚痴を溢していきよったで。鉄鎖のも相変わらず爆炎娘をなだめるのに必死らしい。まあ、あいつらもあいつらなりに苦労してるで。ほんまに」
あまり耳にいれたくない近況に、軽く頭を抱えているとからからと笑う声。本当に変わらない。
「お。そういえば禾南と翆はどうした?」
「あの二人は神父と福虎の手伝いに出てるよ。ずっと子守りをさせるのも申し訳ないと伝えたら、彼らから進んで手伝いを申し出たのでね。正直気は進まなかったが、彼らの望みだ。無碍には出来ない」
心底納得がいかないと呟く彼女の様子に、弐羽は相変わらずだと苦笑する。
一度は誓約を解いた彼等が、未だにこうして留まってくれることへ嬉しいながらも心苦しいと思っているのが筒抜けだ。
そう言った面では、最近になってようやく張りつめていた部分が解けてきているのだろう。
嘗ての上司である斑ほどではなくとも、彼女もまた表情を凍らせて生きてきた一人。今もまだ年相応というか……一般的なそれと比べればほぼ表情を変えない性質は変わらないが、それでも変わった。
それは母性と呼ぶべきものなのか。
それともかつてあったものを、少しずつ取り戻してきた結果なのか。
実際のところは分からない。けれども少女は今や双子の母親である。
父親は誰かって?
それこそ言うまでも無いだろう。
因みに先月の二日が双子の五歳の誕生日だった。
「まだあちらさんは、城へ移り住む様に口説き落としてる最中らしいな?」
「何故知ってる……。そうだよ、大概しつこいんだ。あれは。ようやく逃げだせた箱舟に戻る気は無いと再三伝えてはいるのだがね」
呆れた様な視線へ、徐々に疲労の色が混じるのが何だか哀れである。
弐羽は彼女に心から同情した。
「お疲れさんやな。とはいえ、愛されとるな―…うん」
「その微妙な間をやめろ、弐羽」
「そやな。大概にしとくで…何せ、一度は半死半生の経験もしとるしなぁ」
「君も―――……、まあいい。身体は大事にしてくれ」
「ふ、精々そうさせてもらうわ。さて―――何や、そろそろ風向きが怪しくなってきたから今日はこの辺りでお暇するで。じゃあ、また来るわ」
ひらひらと手を掲げつつ去る背に、二人の子供たちの年齢に見合わぬ言葉が掛けられる。
「弐羽―!! 急がないと鉢合わせになるよー。父様、最近機嫌悪いからね。虫の居所が悪いと、首を落としたくなるっていつも言ってる!!」
「おじ様、道中お気をつけて下さいね。場合によっては、闇打ちを計画すると父様が最近零していましたわ」
甚だ、末恐ろしい子供たち。
ある時に、件の学者がそのように称していたように。
彼らの親がどのような人間性を持つのか、子供たちを見れば如実に分かるというもの。
駆け足で去っていく、弐羽の背を窓越しに見送りながら。
うん、本当にぎりぎりであったと溜息を零した彼女。
弐羽の不規則なそれでも、学者の几帳面なノック音とも違う。
敢えて言うならば、極めて不機嫌そうなそれ。
ふ、と口元に柔らかに浮かんだその笑みを見る事が叶うのは―――……精々、彼女の愛する子供たちに限られる。
「「どなたですかーーー?」」
含み笑いをしつつ、正体の分かっている人物へ敢えて問うのは母親の方針であり。
嘗ては。
『誰だね』
その一言が定型句になっていた静かな湖畔の小屋も、数年前からは随分と賑やかになった。
「いい加減に、そのくだりは面倒だから城へ戻ってこい。――――これ以上、返事を待たせるならこちらにも考えがある」
「ふ―――その考えとは、一体どんなものだね?」
「元が海賊だと言えば、言わずとも察するだろう?」
ドア越しに、紡がれる甘さも何も無い会話。
しかし、その“両親”の遣り取りをこれ以上無いくらいに嬉しそうな面持ちで見上げている子供たちの感性を――――母親である彼女は、割と深刻に悩んでもいる。
果たしてこれは…一般的なそれにあたるのだろうか、と。
「「父様―!! 母様を攫うなら、ちゃんと計画は事前に知らせておいてね!!」」
うん、やはりこれは一般的なそれでは無いだろう。
そこまで考えて、苦笑を漏らした彼女。
子供たち二人の頭を交互に撫でながら、徐に問いかける。
「クリス、楓? 君たちは一体どちらの味方をするつもりかね?」
「「……それは勿論、どっちともの味方!!」」
うん、これはやはり一度全員で話し合いの場を設けるべきだ。
其処まで思い至り、色々と遠い目をしつつも。
とにかく今は、扉を開けるのが先だろう。
以前、あまり間を持たせた時にはドアを破壊された。この時は割と、まともなケンカに発展した。
因みにその折は―――神父の元へ逃げ込んで、籠城した為―――強制送還の憂き目をみずに済んだ。
二度とあんな騒ぎは御免である。
ドアを開けて、最近では大分マシになってきたらしい歪んだ双眸を見上げる。
マシになってきたとはいっても、あくまで程々位だ。今なお、歪みは常在している。
「それで、今日はどういった用件だね…?」
いずれにせよ、ここ数年繰り返している言葉が返って来るものと思いながらの問い掛けだ。
淀みも躊躇いも一切窺えないそれには、一種の年季さえ感じられる代物だ。
その先で――――変わらずに妖艶な笑みを浮かべている男――――ここ数年で、より一層無駄に色気を増したと定評のある白蝶の首領は言う。
「ティア、―――愛らしい妻を迎えに来た」
「私は愛らしさとは無縁だから、その迎えに頷く義理はないよ」
言い合う合間にも、扉の隙間から駆け出た子供たちが“彼”の両足にめいめいに跳び付いていく。
「「父様!! あれは母様の一種の照れ隠しだから!! あと、もう一歩だね!!」」
止めなさい、子供たち。それはフォローではなくて追い打ちと言うの。
「ふ、そうか……ならば父は、もう少し攻めても良いということだな?」
凶器のような笑顔を向けられて、子供たちのきらきらした視線も受けながら。
彼女は悟る。
今この場に、自分の側に立ってくれる誰かはいないのだと。
そして、同時に知っている。
そんな彼らがどうしようもなく愛おしい自分には、これ以上我を張り続ける意味が無い事も。
そう遠くない内に――――そう。だから、今はあと少しだけ。
「クリス、楓。今日は天気も良い。――――朝食がてら、花見にでも出かけよう」
「「本当!? やったー!! 父様、今日はいつまで一緒にいられる!?」」
「お前たちが望む限り―――この先ずっと、共にいる。だから、ティアを連れ戻すのに手を貸してくれ」
「「うん!! 協力は惜しまない!!」」
やれやれ、と溜息を零しつつ。
温めておいたサンドウィッチとお茶を―――と準備に掛かった背を、ふわりと後方から包み込まれる。
言わずとも知れた、温もりの主は交わった視線の先で囁いた。
「言っただろう? もう、あんたを手放すことはないと―――」
「……君も変わらないね――――蒼月」
囁かに触れ合わせた唇に、ふわりと熱が籠る。
子供たちの手前少しは分別を持ち得ている様子に、何よりだと思った。
「君も大概、病んだ月だね…」
「諦めて、傍に来い。――――今日頷かないなら、明日攫いに来る」
やはり本気だったか、と。
見上げた眼に、いつかのような歪みと熱情を見上げて確認しつつ。
まるで枷のように、包み込む腕の形に――――随分慣れてしまった自分も、大概だ。
長かった冬も過ぎて、今はもう春。
柔らかな風には、花の香りが混じる。
陽だまりの中で、一組の夫婦と二人の子供たちが楽しげに湖畔の小屋を後にする。
「幸せに―――ティアレア」
「もう、嘘はつかなくていいんだよ」
煌めく湖面を見下ろせる、湖畔の小屋の屋根の上。
紅と翠。二色の尾羽が風に靡き、囀りが春の訪れを告げていた。
*fin*
ここまで読んで頂いた方々へ、感謝の気持ちを込めて一章の締め括りとさせて頂きます(^-^ゞ
*次回予告*
前作は月と水面をテーマに、紡いで参りました。
二部は、風と異能がテーマとなります。
興味のある方は、是非一度覗いてみてください。
それでは、第二部でもお会いできる幸運を願いつつ…(((((((・・;)




