僕はただの曖昧主義です。それ以下にもそれ以上にも及びません。
今日の名言。 名東「死ね」
第・異血話目
面倒臭がる体を無理に起こして、僕は目の前に現れた景色を一点に見つめる。
いつもと何ら変わっちゃいねえ。嫌な風景だ。
「名東さん、おはよ」
僕は一言言い切ると、そのまま寝ていた床に体を倒した。
背中がコンクリートに当たってゴツリと鳴る音が聞こえた。
何気なく右手を上げると、そこに自分のものとは違う指が上から降ってきた。
「さんを付けるな。死ね」
朝の挨拶で死を勧められる僕は如何なものだろう。
「おはよ、名東さん」
「生意気なガキだな。死ねよ」
……こいつの長く伸びた銀髪を踏みにじりたい衝動に駆られた。
「うぜえ。朝から名前連呼してんじゃねえよ、くたばれ不動尊」
冷たいコンクリートで囲まれた殺風景な部屋、窓はない。広くはないが、一切の物が見当たらない。見事に立方体な箱のような部屋だ。
そんな冷たい部屋の中、もっと冷たい野郎と二人きり。
……いや、別にBL的な物語は発展しそうにないかな。相手がこの人だから、僕は別にそんな展開でも嫌ではないけれど。
「……不動尊と呼ぶんじゃねえ」
僕は小声で反抗を試みたが、わざとだろうか何だろうか、や、圧倒的に前者だろうけど、今度は名東さんの足が降ってきた。くそ……痛い。肋骨にヒットしたみたいだ。
胸を擦りながらぐいっと体を起こす。
「なんだ、起きんのか?」
気力のない気だるげな声。僕もその声に反応するように、横目に彼を見た。
「ええ……寝てても何にも始まんないでしょう。早く――」
「脱出しましょ」
「――……」
11月13日。金曜日。時間は――多分、朝の8時から11時くらいだろう。もっとも、時計も窓もないこの密室、時間を確認する術など大体でもないだろうが。
不動尊と呼ばれるのが不服なつまりこの僕は、隔絶されたこの部屋にて外部への脱出を試みていた。
――ああ……この男と。
(自称)23歳、職業運び屋、7月13日の金曜日生まれ。
真っ赤なジャケット(見るからに高そうだ)にエナメルの真っ赤なベルト、ジャケットの下には黒いシャツ、黒いズボン、また真っ赤なブーツ、真っ赤な手袋……それに、全身を飾りつける、更にこの男を目立たせる金銀のアクセサリーを、じゃらじゃらと。………いや、怪しい。
今は脱いでいるが、普段は自らの右目を隠すように、真っ赤な帽子を目深に被っている。
と言うよりもまず目に痛い衣装に身を包むこの男だが、更に周りを近づきにくくさせる一点が。
……うぜえくらいに長い、この銀髪。
こいつの腰上あたりまで伸びるこの髪はさらりと綺麗なのだが、この銀色が異質なのだ。まあ、これもこの赤い男我流のファッションなのだろうから、敢えて突っ込んだりはしていない。
それに――この男、目つきは悪いが、異常なまでに整った顔立ちのせいでこんなくそ派手なファッションであろうとも格好良く着こなしてしまうのだ(少々腹が立つ)。
炎のように赤く、鋭い瞳に、その赤色の背景のような白い肌。美青年であることは分かってるんだ。でも、またその顔立ちも合わさってか、狂人なのではと思わせるほどの異常さが際立つ訳である。
まあ、そんな風貌も、我が道をパンクした単車で突っ走るような性格の悪さで台無しなのだが。
さて――以上、名東 逸新のプロフィール。
ついでに僕のことも少々言っとこう。
17歳の普通の高校3年生のつもりをして生きている超能力者。
終了。
まあこの超能力者と常識を超越した男が隔絶された空間に場を同じくするのには、ちょっと複雑な訳がある。
僕の幼馴染に、表社会に葵上財閥と名乗る悪徳企業の一人娘、世間的に言えば令嬢の大金持ちな娘がいる。名を葵上 昴。
昴は昔っから僕に懐いてて、なかなか可愛い奴だった。
と、ある日(いや、つい一週間前か)僕が働いた一生の悪事によって、僕らの関係は一転する。
狩人と兎――言い過ぎか。
■□◇□◆■――unclear principle――素直に翻訳すれば、曖昧主義か。◆■□◇□■
「お前が今までにしたさ、最大の悪事って何だ?」
「……は?」
「お前が今までにした、最大の悪事って何だ?」
「……悪事……?」
「そう、悪事だよ。悪事。悪いこと」
「そのくらい分かってますよ。馬鹿にしないでください」
僕は相手の意図を図りつつ、適当に応える。
「適当なこと言うな。お前が今までにした、最大の悪事って何だ?」
名東は笑う。
「そんなの――突然、言われても」
「何でもいいよ。思い出せよ、――不動」
「ん……」
僕は名東の方を向くのをやめて、視線を逸らす。こいつのこの笑い方は――怖い。
「小学生の頃、田舎の本屋で、本に挟んであったお洒落な栞見つけて、しれっとポケットに仕舞い込んだ」
「うん――規模の小せえ悪事だな。そんくらい誰でもあるだろうよ」
「突然言われたんだから、このくらいしか思いつかないでしょう」
「そうだな。じゃあ、それについて考えてみようか」
……こいつが今こうして僕に語りかけているのは、ただの暇潰しだろうか。僕にはどうしてもそう、思えなかった。
「お前は、どうしてそんなことをした?」
「それは――欲しかったからでしょうね。その、栞」
にやり。
名東の口元が歪む。
「なら、買えばいいだろうが。その本、丸ごとさ。そうすれば、盗みがばれるという――その悪事についての最大のリスクが消える。常識に則って、いや、法に則ってと言うべきかな……そいつが手に入るだろう」
「……普通ならそうでしょうね――金がなかったんじゃないですか?僕。それか、そんな紙切れ一枚のために何百円も払うのが惜しかっただけか。惜しいけれども、やはりその紙切れは欲しかった」
「成程」
名東は、ばしん、と床を叩く。コンクリートのこの部屋に、その音が響いた。
「分からなくもねえな。その気持ち、さ……金ってのはどうしても手元に置いておきてえものだもんな……だけど、お前、それが許されるもんだと思っちゃいねえか?」
「……あの頃は、ですね。子供だし小学生だし、まあ精神は既に中二病入ってましたけど。まあ法的に見ると許されるけど、心の内じゃ悪いことしたってのは分かってて……」
「そこだよ」
名東は。
名東は突然僕の言葉を遮り――威圧のある瞳で、僕を眺めていた。
楽しそうに、愉しそうな笑みを貼り付けたまま。
「自分は悪いことをしました。だけど許される。結局ばれない。駄目なんだよ、そんなんじゃ」
「は……」
「お前が本当に怖いのは、自分のしたことが世間に露見し、軽蔑されることじゃない。自分が正義に常識に、目ェ背けてることだろ。自分が自分を裏切ってることだろ!自分が自分の正義にさ、常識にさ、理念に裏切ってることだろ?」
僕は考えた。
自分はそんな下らない概念に束縛されていたのか?
違うだろ?
だけど――否定できない、否めない。
それ以上に僕は、この男、名東に圧倒されていた。
「はん。この糸クズめが。否定できねえか、だがそれといった肯定もできねえ。人間やめてろ」
明らかに適当に言っているだろう酷い言葉だ。
「否定は――しませんよ。確かにそうかもしれませんね……気付きませんでしたよ、名東さん」
てか僕、人間なんだったっけ――超能力者と言えども人間の部類に入るか。まあ。
「高校生にもなってさ、自分の意見くらい持ちやがれ。ほんと、糸クズにも満たねえ下等生物だなおい、不動」
「それも否定しませんよ。意見なんて持ちません。いりませんからね……僕はただ、成るように成ればいいんですから。糸クズにも下等生物にも満たねえ、僕はただの無力な超能力者です」
呆れたように、その整った顔で僕を見つめて。
赤い紅い朱い緋い瞳で僕を見つめて。
「ほんと手前は、 曖 昧 主 義 だなぁ」
名東は笑った。
この世の万物を蔑むように。
駄文で申し訳ないにょ(・∀・;
読んでくださってありがとうだにょ。続きも書いていく予定だにょで、また宜しくお願いしますだにょ。よければ評価もしてってくださいにょ(`・ω・´)b