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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第6回

「って……えええっ?」

「あたしも、行く」


 もう一度くり返して下から見上げる。

 強い視線だ。これという比喩のできない、複雑な深みをした独特の碧い瞳は真上からの光を不敵に弾き、普段よりあざやかに輝いている。


「だって彩煉、この前サキスに連れて行ってくれるっていう約束破ったじゃない。出立式用の正装衣につける装身具を買ってくれるって言ったのに」


 そのかわりに連れて行けというのだろうか? サキスの外に。


「それは、でも、あの……」

「中級魅魎がいるかもしれないんでしょ。それじゃますます彩煉だけでなんて無茶よ」


 なんとか思いとどめようとする彩煉にレンが見せたのは、先の式で自分と呼応した魔導杖だった。

 あとはこれに魔断を共鴫させ、その額にある誓血石と呼ばれる結晶体を柄頭に嵌め込むだけだ。そうすれば2人はたとえいかなる権限を持ってしても引き離すことのできない、一対となる。


 それは感応式場でなくてもできることだ。一生に1度の祭典だから、記念として、いつまでも強く思い出に残るものにしようとこだわりさえしなければ、今、この場でだっていい。


「よかった! 無事感応させられたんだねっ」


 それを目にして、ぱっと胸のくすぶりが一気に吹き飛んだ思いで彩煉も表情を明るくして喜んだものの、次の瞬間レンがそれを自分に見せた意味を思い出して、はたりとなる。


「み、見てくるだけだよ、すぐ戻ってくるからっ」


 あたふた手を振りながら、うわずった声で言う。


「法師たちからは何も報告されてないっていうし。ただ、不審な影があったっていうだけで。それも、この時期、熱っせられた空気の歪みがそう見えただけかもしれないんだ。

 大体、きみには式が――」

「無理。もう始まってる時刻よ。今から行っても間に合わないし、途中入場はさせてもらえないわ」


 その言葉に彩煉は、すうっと顔から血のひく思いで青冷めると、大急ぎ、式場のある南館をふり仰いだ。

 天を行く太陽は右の屋根飾りをとうに通りすぎている。


 時間をくいすぎたのだ。自分のせいで、レンは機会を逃してしまった!


 がーん、がーんと自分のトロさにショックを乱反射させている彩煉の前で、しかしあっけらかんとレンは言葉をつなげた。


「それに、彩煉が出ない式にあたし1人出てたってしかたないもの。みんなが感応していくのを見ながら、間に合うかどうかも分からないあなたをぼーっと待ってるとか、そんな式なんて参加したくないわ」


 また次があるわよ。そう言って肩を竦めて見せる。

 そんな彼女の前、彩煉はまだ自分の招いた失態に絶句していたが、全然動じたふうもなく、けろりとして自分に笑いかけているレンに、その衝撃から立ち直ると、ため息をついた。


 感応式は定期的に開かれている。魔導杖をこうして手にしている以上、ほかの組と一緒に参加させてもらうこともできるだろう。2度と式に参加できないわけじゃない。


「……危険だよ?」

「でも行くの」


 彩煉と一緒ならそんなことあるわけないじゃない。

 何ら確かなもののない、盲目的な愛情からの絶対の信頼でもってにっこり笑う。


 もう一度、彼女を止める言葉を口にしようとしたものの、自分を信じきった眼差しにはロを挟むことさえ悪いような気がして、言葉が出てこなかった。ましてやこの子の、こうと決めた決意に自分が勝てたためしは今まで1度もない。


 それに、今は言い合いをしているときでもない。早急に確認をして、報告しなくては。

 負けたと大きく息をついて、右肩の飾り留めを開いてマントをはずすと、レンの両肩に巻きつけた。


「じゃあ、砂漠へ出るからこれをしっかり巻き止めて。前襟のファスナーも一番上までちゃんと締めること。靴はそれでいいから、ほら、この手袋をはめて。袖口は2重に折るんだよ? 砂が入ったら大変だ」

「分かったわ」


 満足げに返事をして、言うとおりにする。渡された手袋をはめていたとき、にっこり笑顔で彩煉はこうつけ足すことも忘れなかった。


「それからレン。僕のことはお兄ちゃんと呼ぶ約束だよ」





 ●2  人


 風に吹き流される砂のように人々の心より名の失われた世界。人の住む地でもっとも広大な面積を持つヒスミル大陸は、ほぼその全土を赤みがかった黄砂におおわれている。


 各地に点在する緑地や海辺付近の国、あるいは水の豊かな国へ行けば緑も見られるが、中央西よりに位置する幻聖宮の周囲は一面砂漠が広がっている。

 大陸地図の中央に幻聖宮を据えたなら、きっと、砂は幻聖宮から吐き出されているように見えるだろう。まして今は夏。雨はめったに降らず、降ってもすぐに止んでしまう。水脈ははるか地下に遠のき、ほとんどの緑地の水が干上がってしまっていた。


 移動用動物を用いて半日以上移動しなくては一番近い緑地へもたどりつけない。緑地が水にあふれ、活気を取り戻すまで、幻聖宮は陸の孤島のようなものだ。

 空と地の境は、ひきもきらず放出される膨大な地熱でひずんでしまっている。昨夜、何十日ぶりかに雨が降ったというのに、もうその痕跡すら見出せない。


「すっごーい」


 目に入るのはただただ小波を思わせる風紋を刻んだ砂ばかり。足跡1つついていない、はるか数百キロにもおよぶその光景を目の前にして、レンは心底感嘆の声を上げた。


 外部どころかサキスにすらなかなか外出許可は出ないのだ。休日は一応10日ごとに1日もらえるが、たとえ休日になったとしても、一面砂しかない砂漠へ出る用事などあるわけがないから出ようという気もおきない。

 だから、レンがこうして砂漠へ出たのは、実に10年ぶりのことだった。


 壁1枚でこうも変わるものか。街をぐるっと囲った防砂壁をくぐると、とたん、圧迫するような熱気が全身を襲ってくる。その焼けた空気に押され、つい1歩退いたものの、すぐに果てのない開けた光景に解放感いっぱいで飛び出した。

 カラカラに乾いた強い熱風に散らされまいと、うなじで髪を押さえ、後ろについていた彩煉のほうを向くと、「見て!」と前を指差した。


「すごい、すごいねっ。吸いこまれそう!」


 喜々とした声で同意を求める。

 その先には、渡る風に流される白雲ひとつ見えない青空が、地表に近付くにつれ白みを増して広がっている。沸騰した湯に手をかざすように熱気を放つ地表は陽を弾いて白く輝き、見つめると数秒でまぶたの裏が痛くなった。

 炎天下にできた影はまるで焼きつきでもしたように黒く・自分が立ち去ったあとも、いつまでもそこにあるように思えてくる。


 歩くそばから風で消される自分の足跡を、不思議そうな目でじっと見つめていたレンの背後に歩みよると、彩煉は彼女の両肩を渡るマントのたるみをとって、フードを頭にかぶせた。


「気をつけないと、熱射病になるよ」


 だがそうにこやかに告げる彩煉自身は、何も頭にしていなかった。額に髪と同色のバンドをしているが、それは容赦なく照りつける陽差しを防ぐには不十分だし、もともとそのための物でもない。


 幻聖宮から出るとき、操主を持たない魔断ならだれでも額に巻く物だ。その下にある、人にはない、誓血石を隠すために。


「さあおいで。あまり離れないよう注意して」


 促すように差し出す手も、何もつけてはいない。

 巡年でもっとも気温の上がるこの時期、何もつけず陽にさらしたなら、人であれば半日で重度の火ぶくれができるというのに。


 こういうときに思い出してしまうのだと、後ろについて歩きながらレンはひそかに眉を寄せた。


 この人は、人間そっくりの姿をしていても、人ではないのだ。


 感じないわけではないというのは分かっている。容姿はさることながら、痛覚も触覚も、その他の感覚器、すべてがほぼ人と同じだ。熱い物に触れれば痛みを感じるし、きれいなものを見ればきれいだと感じる。悲しければ涙を流すし、気を損ねたら眉を寄せる。


 ただ違うのは、それが後天的に学んだものであるらしいということ。


 人間と接して生きるうちに、感化されていったらしい。あるいは、自分と『違う』存在に相対すると本能的にぎこちなくなってしまう人間の性質(さが)を汲んで、していることなのだろう。


 彼らは人と同じ食物を、常に補う必要はない。何も口にせずとも平気だというのを以前聞いたことがあった。


 そして今もまた、こうしてマントも手袋もなしで外へ出て、平然と歩いている。多少なりと肌は日に焼けるが、火傷や熱射病などといった病気にかかることはない。

 400、500と、歳月を重ねるごとに内なる力の純度を高めていく彼ら。寿命すら、はたして存在するものか……。


 彼ら魔断の命の(ことわり)は、自分たち人とは全く違うものなのだ。


 それを思い出すたびに、レンの胸には暗いものがよどんだ。

 彼が人でないことがいやなわけじゃない。

 ただ、彼と自分が『違う』ということが、悲しい……。


 初めてそう感じたのは、はたしていつのことか。おそらく、月の光の下で初めてこの人の姿を目にしたあの夜だろうと、レンは岩場につくまでのわずかな一時、歩きながらそのときのことを思い起こしていた。

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