第4回
朝、彩煉は盛装衣を着ていた。同じように盛装衣を着たレンがその姿を覗きにやって来たときも、式に出席するつもりだった。それは、間違ってない。
「がんばっておいで」
笑って背を叩いて魔導杖との感応の儀のある午前の式に送り出して。彩煉は同じ、午後の式に出席するほかの魔断たちとともに別館の地下にある広間へ行った。
感応式に参加する魔断はそこで式の開会を待たなくてはならないからだ。
だが実際、そこでされているのは雑談会だ。固体によって差は出るが、大体60年前後の成長期を過ぎて安定期へ入り、初めて操主を得ようとする若い魔断たちは特に緊張から多弁になる。
反対に、すでに何人かの操主に仕えたことのある熟練たちは、式の参加にも慣れたものだ。差し入れられるお茶やお菓子を食べながら、今年の出立生たちの仕上がりを論じあう。
ここにいる者の大半はやはり経験からすでに自分の操主となる者について大まかな見当をつけているし、中にはその者の教育を担当した教え長もいるため、生徒の癖や気質について、前もって話を聞く者もいる。
騒々しい、という言葉とも微妙に違う、どちらかというと穏やかな会談のような、そんなざわめきの中で、彩煉は入り口からほぼ対角に離れた柱近くの壁にもたれていた。壁に沿って椅子が置かれているが、座わる気になれない。
レンはちゃんとやれているだろうか、そればかり心配だった。
退魔師養成の訓練に堪え、みごと上級退魔剣士としての見極めに合格したといっても、最終的に魔導杖を得られなければ意味はないのだ。
6年の養成期間中、幻聖宮もその者に果たして退魔を行う適性があるかどうか、判断するための試験を幾度となく繰り返してはいるが、究極、その者が退魔師となり得るのかは、この世に生まれる命に運命という祝福を与える神しか知り得ないことだ。
どれだけの歳月を過ごし、経験を積もうとも、神の御心に勝るわけはない。
悲しいことだが、魔導杖を得られずに感応式を終える者はいない、という保証はどこにもないのだ。
《月魄の塔》と呼ばれる塔で、自身と共鳴する魔導杖を探しているころだろうか。無事見つけられただろうか? あの子はちょっとそそっかしいところがあるから、もしかして気がはやるあまり、通りすぎたことに気付かなくて、見付からないとあせってはいないだろうか? 感極まって泣いてたりしたらどうしよう?
そんないやな考えが次から次へと浮かんできて、頭から放れてくれない。
べつに絶対この部屋から出てはいけないと申し渡されているわけじゃなし、いっそ覗きに行ってみようかとそわそわしていたら、ぽんと横から肩を叩く者が現れた。
「大丈夫?」
問いかけに、そちらへと顔を向ける。
そこにいたのは宮母の補佐役を務めている魔断・青颯牙の蒼駕だった。
「これでも飲む?」
柔らかな物言いで、手にした紅茶を差し出してくる。脇からは、同じように今日の式には不参加の魔断たちが、落ち着かない若い魔断たちに話しかけたり飲み物を勧めたりして、緊張をほぐそうとしているのが見えた。
「いらなかった?」
小首を傾げてもう1度訊かれて、急いで蒼駕へと気を戻す。
彼らと同じように見えたのだろうか。
初心者と同じ扱いを受けていることに少し赤面してしまったが、素直に「ありがとうございます」と答えて受け取った。
そして彩煉の驚きに丸くなった目が蒼駕の頭に釘付けになる。
いつもうなじでゆるく結ばれていた、さながら夏の空を強めたようなあざやかな青色の長い髪が、短めに切り揃えられていたのだ。
「きのうまでは長かったですよね?」
そう訊いた彼に、蒼駕は「ああこれ?」と前髪を引っ張って笑って答えた。
「きのう白悧に切ってもらったんだよ。大分不精をしてて……退魔にはちょっと邪魔だろう?
ミスティア国の王都に所属することが決まったとたん、出立が早まってね。1週間後にはここを出ないといけなくなったから、今のうちにと思って」
「じゃあ引き継ぎとかいろいろ大変ですね。いいんですか? こんなことしてて」
「うん、そうだね」
などなど。ひとしきり世間話をしていた。といっても蒼駕はほとんど聞き手にまわり、彩煉の出す話題は《月魄の塔》のことばかりだ。
「あの子のことを思うと、気もそぞろで落ち着けなくて。これじゃあまるで初心者ですね」
と照れ笑う彩煉に「そんなことないよ」と蒼駕がきのうの感応式での自分の心境を話す。
彩煉の手が弄んでいたカップがいつの間にか空になっていることに気付き、壁から身を放した蒼駕に、
「もう1杯どう?」
と切り出されたときだ。
扉が開き、やはり同じく補佐長を務める深澪牙の白瑛が自分たちの方――蒼駕の元へ近付いてきた。
白銀の髪を刈りあげ、2メートルを越える長身、筋肉質、厚い胸板でがっしりした体躯をしている彼は、精悍、美丈夫という言葉がよく似合う。
基礎体力作りや実技の教え長をしていそうな外見の持ち主だったが、意外にも、役職は事務である。執務室に閉じこもって他国との政務に勤しんでいるはずの者が突然現れたとして、一瞬場が静まり返り、部屋にいる者たちの関心を集めていたが、彼の行く手に蒼駕がいるのを見て、おのおの勝手に解釈をして納得したか、すぐ部屋の空気は何事もなかったかのようにそれまで通りに戻ってゆく。
蒼駕の前に立った彼は、
「蒼駕、少しやばいことになった」
腕を組み、深みのあるバリトンでそう告げた。
その声はその場にいる2人だけに聞こえるよう、ひそめられている。
「どうかしたのかい」
勧めたものの、首を振って断られた紅茶を口元に運びながら、蒼駕が訊き返した。
「西の岩棚を知っているな。門外、北西よりだ。あそこからさらに北よりに、1週間ほど前砂嵐で新しくできた段形の巨岩がある。そこの岩場で一番でかいやつだ」
「……いや。ちょっと思い浮かばないな」
「もしかして頭の尖った所が北を向いた、楔型になっているやつですか?」
横からロを挟んだ彩煉に、白瑛の銀の目が向いた。白目との境がくっきりとして、輝きも強く、また500年という年月を経た魔断相応に高められた内の力も強いため、真正面から見下ろされる瞳から受ける印象は猛禽類を思わせるほどきつく、険しい。
「きみは?」
威圧するような視線や声をものともせず、彩煉は答えた。
「主に外部の警備長を務めている者の1人です。特に西は、僕の管轄です」
管轄の警備長ということなら、そこで何があったのかを聞く権利はあった。
白瑛は、現れたときから寸分違わぬ表清のまま、あらためて同聴を認めるよう頷くと、話を再開した。
「そう、楔型だ。西方の警備長ならその上空で負の気が溜まっていたのを知っているな」
「ええ。見回りの際、同僚と見つけて、早急に封師が向かうよう手続きをしました。
そういえば、今日でしたね」
思い出したようにつけ加えた言葉に白瑛も頷き、そして1度周囲に目線を走らせて、だれも聞き耳を立てている者がいないことを確認すると、一層声を低めて言った。
「依頼に応じた3人の封師がそれぞれの封魔具を手に向かった。何の連絡もないまま、もう3時間になる」




