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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第2回

 瞬間、大爆笑が周囲で起きた。


 あまりの大声に驚いた鳥が、ばさばさと木から離れて飛んでいく。

 腹をかかえて身をねじるリオン、地面を叩いて笑い転げるミシェル、天を仰いで腹部を引き攣らせているリジー、その肩にもたれかかったクリス。


 一緒になって昼食の円を作った4人が4人とも、さまざまな笑いを披露してくる。その中で、彼女・レンだけが全く面白くないといった顔をして、黙していた。


 だから話したくなかったのだ。彼女たちがこういう反応を見せるのは目に見えていたから。それを、どうしてもと押し切られて話してみれば。


「あはっ……、そ、れで、レン……どうしたの?」


 声を震わせながら、いち速く復帰した正面のリオンが訊いてきた。


「どうもしない。穴から出すために抱き上げたら、彩煉(さいれん)もあたしが女の子だって分かったし」


 そうじゃなくたってよく見れば分かったに決まっている。それまで男の子に間違えられたことは1度たりとなかったし。

 あれは単に、暗い穴の中だったからだ。ちゃんと太陽なり月明かりなりの下で見ていたなら間違うことはなかっただろう。いくら彩煉でも。


 そう、レンが言ったなら。


「わっかんないわよお。彩煉警備長だと」

「そうそう。あの人って、どうもよく分かんない性格してるからー」

「あれ、天然なのかわざとやってるのか、迷っちゃうわよね」


 などとミシェルやリジーがすかさず返してくる。


「ねえねえ知ってる? こないださあ、ホラ、食堂で取っ組み合いがあったじゃない? シンとカナイのやつらがさ、やりあったヤツ。

 あれ、止めに入ったの彩煉警備長なんだって」

「えー! あの、顔面でランチ受けたトロい魔断ってうわさの、あれ、彩煉警備長だったの?」

「うんうん。あたしとミシェル、いたのよ、ちょうどその場に。あれ、まともにくらってたよね」

「そお。それで言った言葉が『気はすんだ? なら、おとなしく座って食べなさい。怒りながら食べると体に悪いよ』」


 リジーが吹き出すのをこらえながらそう言った途端、また大爆笑が起きた。


 それはたしかに事実ではあるとして、じっと我漫していたレンだが、彩煉に対するこの反応はいいかげん腹に据えかねるものがある。

 それを悟れと言わんばかりにフォークを持つ手をこぶしにして、ぐっと4人の前に突き出した。


「そこまでにしておかないと、血を見るわよ、あんたたち」


 ひとことひとこと強調しながらの低音の威し文句に、ぴたりと声がやむ。


 このレンならやりかねない、そういう態度だ。


 実際、レンの向ける目もこぶしも、言葉にこめられた感情も、本物だった。

 「それ以上、あとひとことでも彩煉のことを悪く言ったなら、もう友達じゃないからね!」そう告げられて、危うく絶縁されかけた者だっているのだ。彼はただ、レンの気を引きたかっただけなのに。


 この幻聖宮内において数多くいる魔断の中で、彩煉警備長がレンにとって特別な存在である、というのはここにいる誰もが知っている。はたしてそれは何故(なにゆえ)か。

 べつに無口で人見知りをするというわけでもないのに、今の今まで口を割ろうとしなかった出来事を「もうじき出立するんだからいいでしょ、配属されたら、なかなか会う機会も少なくなるんだから」と4人がかりで言い迫ってようやく聞き出せたこのとき。それまで笑ってすませてしまっては、到底冗談ではすまない。


「や、やーねっ、マジになっちゃって、レンってばっ」


 リオンがあせり気味に早口でそう言って身を乗り出すと、ごまかすようにばんばんレンの肩を叩いた。


「そっ、そうよ。あたしたちは単に、そのう……」

「見かけ通り穏やかーで、優しい人なんだなって……ねえっ? リジー」

「そ、そう! そうよ! あんなことが起きても全然怒ろうとしないんだもの、あれほど心の広いデキた者って、同じ魔断の中でもめったにいないって、そう言いたいわけよ、ね? そうでしょ、ミシェル」

「……まあ、めずらしいわよね、反省室送りにしないでその場ですませてしまう魔断って」


 レンの顔色を伺うようにうわずった声で数珠つなぎに次々つなげられていった言葉がミシェルで止まる。

 その、誉めているのかけなしているのか今ひとつ判断しかねる微妙な言葉に、はたしてレンはどちらの解釈をするのか……絶対悪くは取らないでほしいと手を握りあわせて見つめてくるみんなを見渡して、レンはほうっとため息をついた。


 結局、分からないのだ、この者たちには。あんなにもすばらしい人はどこにもいないのに。

 たとえ同じ魔断であっても、いやしない。


 どうしてそれが分かってもらえないのか、がっくり落とした肩を、隣のクリスが抱き寄せた。


「いいじゃんいいじゃん、ねえレン? どうせ午後の式で彩煉警備長と感応するのはあんたなんだからさ。『組むなら絶対彩煉警備長がいい』って言いだす者が出たりしたら、困るのはレンのほうだよ?」

「それは……そうだけど……」


 肩に肘を乗せて、耳元でさとすように言ったクリスの言葉に言い淀み、腰帯にはさんであった魔導杖を抜き取って見つめる。


 午前中の式で見事感応させることができた、唯一自分だけの剣柄だ。自分が生きている限り、だれ1人としてふるうことのできない特別な剣柄。

 魔を正しく導くための杖――その意より、魔導杖(まどうし)と呼ばれているこれは、木や石、結晶などといった自然物ではなく、さりとて金属などといった化合物でもない、不思議な物質でできている。

 どれもが微妙に違う色や形をしているが、表に複雑な文様を刻まれているのは同じだ。そしてこれには、世間一般的に売られている剣柄のように、鋼の刀身をおさめるための穴もあいていない。


 共鳴した魔断という特別製の刀身をおさめるためだ。

 これは、己の刃を持たない。


 数が限られていて、真の持ち主にしか反応しないということもあり、それを手にすることはすなわち神より選ばれた、退魔師としての才を持つあかしでもあるとされる物である。


 これを得るためだけに、6年もの間上級退魔剣士としての厳しい訓練に堪えてきた。これにおさまる、ただ1人の人が欲しくて。


 ここにいる、みんなそうだ。リジーもミシェルもリオンもクリスも。いや、4人だけじゃない。先の式で魔導杖を手に入れることのできた候補生たちみんな。みんな、どんなときも自分の側にいてくれて、だれよりも自分のことを理解し、生涯命を賭けてともに魅魎と闘う心強い半身、魔断を欲しがっている。


 6年間待ち望んでいた存在。それがはたしてだれなのか、もうじき始まる午後の式で、ようやくはっきりと知ることができるのだ。

 昼食も食べ終え、あと十数分で式が始まるという今、だれもがすっかり浮かれてはしゃぎきっている。


 でも自分は少し違う、とレンは思った。


 これにおさまるのがだれか、自分は知っている。彩煉だ。

 もうずっと前、多分、初めて彼を目にしたときから強く感じていたこと。自分と彼は何か、断ち切り難い何かによって結ばれていると。


 もしかするとそれは、俗に運命の糸と称されているものかもしれない。

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