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魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


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第26回

「そんな…そんな、翠珂、あなたまでそんなっ」


 寝耳に水の、思いもよらない提案に激しくうろたえる彼女の内側で逆巻く恐れがはたして何であるか、すでに考慮済みだった翠珂は、シーツを握りしめた彼女の手に自分の手を重ねて、力づけるように言葉を続けた。


「こうしてずっときみについているうちに、僕もきみが妹みたいに思えて、とても好きになったんだ。

 きみは素直でいい子だ。あいつがどれだけきみを大切に育てたか、よく分かるよ。自分の命よりきみを守った気持ちもね。きみたちは感応など必要なく、同じ魂を持っていた。


 でも誤解しないで。あいつの意志を継ぎたいという思いだけじゃないんだ。きみの力になってあげたいというのは僕の意志だよ。

 どう?」


 返答を求める翠珂から、レンは半ば反射的に目をそらしていた。

 彼を見ていられなかっただけで、何を求めたでもない瞳はひたすら宙を漂い、追いつめられた思いでますます息苦しさを強める。


 なんてことだろう! なんてこと。この人がこんなことを言うなんて!


「待って……待ってください。頭が、混乱して……」


 必死に、それだけをのどからしぼり出す。


「そうだね。でも本気だから、考えてみてほしい」


 じゃあそろそろ時間だからと言って、翠珂は砂漠へ出るための手袋をつけ、破魔の剣を腰に佩き、マントを両肩に渡らせて部屋を出て行った。

 彼の気配が側から消えた、そのことにも気付かず、レンはまるで彫刻と化したようにわずかも身動がない。


 信じられない!


 レンの、まともな思考すらおぼつかないほど真っ白になった頭の中は、ひたすらその言葉を叫び続けている。


「あの人に、あんなことを言わせてしまうなんて……」


 幼い子どものように体裁もなく、がたがた体が震えた。

 無意識のうち、足元へやっていた上着を引き寄せて肩にはおる。ぎゅっと胸元で合わせても、いくら力をこめても、凍えそうな胸のおびえはとれない。


 だめだ、完治する日を待ってなんていられない。早く……一刻も早く、この宮を出なくては。そうだ、今夜にでも!


『おいおい、何考えてんだ。ばかなこと言うなよ。よく考えてみろ。魔断は必要だぜ』


 ここぞとばかりにまたもや憫笑(びんしょう)の主が誘惑のごときささやきを始める。


『愛しい男の(かたき)をとりたいんだろ? 魅魔を断つには魔断が必要なことくらい、知ってるだろうが。しかも相手は感応できなくてもついてくるって言ってんだ、こんなうまい話はないぞ』


 ――うるさい、黙れ!


 歯の根があわず、かちかち奥歯が鳴る。急に全身の汗が気になった。喉元に張りつく寝着が冷たくて気持ち悪い。


「翠珂を……あの人を、そんな危険なめに、あわせられるわけないじゃない……」


『じゃあどうやってあいつを倒すって? また破魔の剣を振り回すのか? ばかのひとつ覚えみたいに。

 かすりもしなかったくせに。ああ、みっともないったらない』


 嘲笑を受けたレンの脳裏で、弾けた火花のようにめまいとともに古い記憶がよみがえった。





 岩場。血に染まった自分。虹色の美しい目をした魅魎。

 あの姑息で愚劣な魅魔を真っ向から見据え、レンは屈みこんだまま剣を下段に構えるやまっすぐ斬りかかった。


 胸の奥底にあったのは自分を指のひと振りで切り刻める相手への恐れでも怒りでもなく。底なしの深い絶望と、愛しいあの人の名のみだった。


 彩煉……彩煉!


 涙を振り払い、剣を振り切る。

 冷静さに欠け、無謀な、隙だらけの攻撃をひたすらくり返した。


 本当は、殺されたかったのかもしれない。

 手の届く域から消えてしまったあの人のあとを、追いたかった。


 柊からの反撃はひとつもない。剣の切っ先の届かない高処に移動もせず、なぜか、彼は黙って自分のしたいようにさせていた。

 やがて、上段から振り降ろした剣がざっくりと柊の左の二の腕へとめり込む。けれども、あるはずの手応え――肉を切り、骨を断つ、総毛立つような感触は一切伝わってこず、まるで影を薙いだように剣は次の瞬間彼の肉体を素通りした。


「ばかばかしい」


 かわす気も失せたというように、柊の口をついて出たのは、そんな、退屈しきった言葉である。


「威勢のいい言葉を吐くからどんな力を持つかと思えば。ただ剣を振り回すだけか。

 はっ、くだらない」


 吐き捨てるような独り言で肩を疎め、蔑みの目でレンを見下ろす。

 先のを見ただろうに、一向に懲りもせず、無駄な攻撃を続けようとする彼女に向かい、柊は爪ほどの大きさの球を作ると無造作にポイと放り捨てた。

 レンの間近で弾ける。


「ああっ……!」


 衝撃波。

 それだけでレンの体はさらに傷だらけとなる。全身を切り裂かれ、激しい痛みが胸を貫き、一瞬息が止まった。


「言っただろう? どんなにあがいたところでクズはしょせんクズでしかないのさ」


 そんなものに生きる価値はない。





 不様だと嗤う、記憶の中の柊の姿に頭ががんがんする。

 どうせ欠けるなら、どうしてすべて失われてくれなかったのか。


 めまぐるしく駆け巡る熱い血は、きっと憎しみに染まってどす黒い闇の色をしているのだろう。

 内で暴れる感情のあまりの苦しさに堪えきれず、のどをかきむしった。


 (ゆる)せない……やっぱり赦せない、あいつ。

 殺してやる。絶対、絶対この手で殺してやる!!


 2カ月半もの日数をはさみながらわずかも薄れない憎悪に、あらためて思い知った気がした。

 どんな方法を用いても、あの魅魔を殺すまでは、自分の心は決して安らげないことを。


 部屋の中を風が渡ったのは、そんな折り……。


 換気のためと、翠珂が半分ほど開けておいた窓から入ったそれは、軽く渦を巻いて部屋の空気に溶け入る。その中から夕方の風にはあり得ないものを敏感に感じとって、レンの目は大きく見開かれた。

 急ぎ窓の向こうへ目をやる。


 サキスを囲う防砂壁の向こう、夜の支配色が強まった砂漠で、今、ただならぬ出来事が起きているのは疑いようもなかった。

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