表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔断の剣7 幾千の夜を越えて  作者: 46(shiro)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/30

第23回

「飽きたんだよ、いいかげん。俺もそう気が長いほうじゃないんでね。

 あの女に伝言だ。さっさと出てこなきゃ、力ずくで引きずり出すぞってな」


 自分で口にしておきながら、その言葉の持つ意味を初めて考えたように、直後、それも面白いかも、などとぶっそうなことをつぶやいてくつくつ笑っている。


「力ずく、だと?」


 強すぎる怒りは、時として感情すら奪い去るものらしい。反復した翠珂自身、驚くほど声は静かに、平淡に出た。


 そのことに気付いた魅魎が、ますます好ましい視線を翠珂に向ける。

 互いを見る2人の視線が重なったと思われた瞬間。


「たかがきさまごとき輩に宮をどうにかできると思うてか!」


 触発された声が猛々しく上がった。


「5度に渡り魅魔の襲撃を受けながら、びくともしなかった宮ぞ! うぬぼれるな! いくら生気を吸い、力をつけたところできさまなど、あの結界を破ることすらできんわ!」


 砕騎の激声につられるように、魅魎は防砂壁を越えて覗く宮に、ちらりと視線を向けた。


 宮と契約した大陸屈指の法師たちによって十重二十重(とえはたえ)と張り巡らされた守護結界が、うっすらと碧翠色の輝きを夜空に向けて放っている。


 力の純度が高く、密度も濃いので、敏感な者であれば退魔師としての訓練を受けておらずとも知覚できているだろう。それが結界であるとは思いもせず、せいぜい、サキスの灯はほかと比べて明るいと判断するくらいだろうが。


 あれこそがまさに『難攻不落』と称され、魅魎の侵入を阻むことにより大陸中の人々の心に希望を抱かせる、未来の象徴だ。


 魅魎は大仰な仕草で腕を組むと、神妙に考えこむような素振りで顎に指をそえた。


「そうだな。あれは厄介で、ちょっとてこずるだろうな」


 不遜さは露ほどにも消えていなかったが、こちらの言い分を認めて殊勝な言葉を吐くことに、疑惑と警戒があらためて生まれる。

 自己顕示欲の人一倍強い魅魎に、謙遜だの自制だの、あるはずがないのだ。

 案の定、魅魎はそこで言葉を止めようとはしなかった。


「それはなかなか(しゃく)に障る。俺は生まれてまだ日が浅いから、割り切るコツもつかめてないんだ。

 さぞかし胸がむかむかして、手当たり次第に八つ当りしたくなるだろうなあ」


 言葉ほどに悔しさは微塵もなく。ひたすらあっけらかんと告げる、言葉の意味はこれ以上ないほど明白だ。


「今の時期、この地は陸の孤島と呼ばれるらしいし。うわさ先行なんて人騒がせなのがどれだけ人を失望させるか、俺も被害者だからよく分かる。

 なんなら本当にその通りになるよう、ひとつ手を貸してやるか」


と喜悦をたたえた面で言う。そこには、自分の手に入れた力がどれほどのものか、ふるいたくてたまらない、子どもめいたうずきがあった。


 一瞬にして背を伝い降りた冷や汗に、もしや絶対に悟られてはいけない道を呈示してしまったのではないかとの考えが、胸中で渦を巻く。


 自分の意向を、文字通り固唾を飲んで見守っている、そんな彼らを見下ろして、己の優位さを存分に満喫した魅魎は、心底から面白そうに身を震わせて笑った。


「ま、今は我慢してやるさ。もう少しぐらいなら、待ってやらないこともない。

 いいな、ちゃんとあの女に伝えろよ。さもなきゃ図体がでかいだけの役立たずだと思うからな。

 実際、これっくらいのこともできなかったら生きてる価値なんかないってもんだ。

 生きる価値もないやつらなんざ、目障りだ。俺が念入りに始末してやる」


 そう言い残して間隙に消える。

 唐突な出現と同じ、唐突な退場である。

 その姿も気配も完全に消失したというのに、残された警備長たちはうまく緊張を解けずにいた。


「やつがそうか?」

「いや、それにしては小さい。あのときの気配はもっとすごかった」

「隠しているのかもしれない。気質は似ていた」

「しかし虹の瞳はしていなかったぞ? 報告書では――」

「ばか。魅魎がいつまでも同じ色をまとえているものか。ああいうのはもってせいぜい1カ月だ」

「だが、生まれて日が浅いと――」

「だから宮にたてつこうなどといった謀計を企てたりしたのだ!」


「そんなことはあとで話せばいいだろう! 大至急宮へ戻るぞ! さっさと手を貸せっ!」


 熱に浮かされたように話していた者たちも、炬藍の血止めをしていた侑氷(ゆうひ)からの叱責に、はたりと現実に立ち返り、あわててそばに寄ると炬藍に肩を貸し、央未を抱えて運ぼうとする。


「……あれは、まさか」


 ぽつり、ずっと無言だった警備長の1人がそんな言葉をこぼした。


 端にいた彼からは、おそらく魅魎の面が他の者よりよく見えたのだろう。

 もしやとの強い懸念が瞳をかげらせる。

 己の導き出したとてつもない推測に確信が持てず、意見を求めて翠珂へと向くが、翠珂は、彼よりもさらに厳しい表情を刻み、食い入るような目をして魅魎のいた宙を睨み続けており、宮へ戻る道中も、その鬼気迫る表情に、とても口をはさめる状態ではなかった。



◆◆◆



 魔断たちの居室のある東の別館に設けられている第三執務補佐室は、黒暗々(こくあんあん)とした空気に包まれていた。


 夜半をとうに回り、回廊中の灯も消えて宮中すべてが暗闇に包まれているというのに、執務補佐長以下補佐役全員が集合したこの部屋は、深夜に似つかわしくない明かりで満たされている。


 机を囲う者の中には、翠珂の姿もあった。


 東方警備長であり夜間警備の班長である炬藍は医療室で絶対安静になっている。その代わりとして相棒の侑氷が同席し、数刻前、北で起きた出来事を報告する間、一言もはさまず口を固く閉ざしていた彼らは、報告が終わり、侑氷が口をつぐんだあともだれ一人として意見や質疑を述べようとはしない。

 身動きどころか呼吸音すらたてないその姿は、同じ魔断である翠珂の目にすら、美しいがゆえによそよそしい、生気のない彫刻像に見えた。


 この部屋であえて生きていると言えるものをあげるとすれば、この重苦しい沈黙ぐらいのものだろう。


 殺伐(さつばつ)とした攻撃的な静寂はひどく歯がゆく、気づまりがしたが、翠珂はひたすら堪えていた。


「断つしかないだろう」


 音を探すこともついにあきらめるほど、気の遠くなるような時間の流れに痺れた耳が、ようやく白瑛の言葉を拾う。

 当然の結論だった。議論にすらならないことは、全員が身をもって証明している。


「これ以上好き勝手にさせていては、商隊がよりつかなくなる。事実、この地を訪れるのを見合わせる隊が近隣の町で出ているそうだ」


 苛立たしげに髪を掻きあげる。椅子がきしみ音をたてるほど勢いづけて背を押しつけた。背もたれの後ろへ回した手には、話の途中、席を立った碧凌(みりょう)が隣室にある自分の机から取り出してきたひとまとめの報告書が握られている。その厚みからして、近隣の国およびサキスにあるさまざまな組合からの相当な量の非難文であるのは見てとれた。眉根の深いしわも当然だろう。


 この2カ月間であの魅魎が襲ったのは、ザレムだけではなかったのだ。


 力の風刃で全身を切り刻み、両眼をくりぬく――その所業から、同じ魅魎の仕業による可能性が高いとの推測付きで報告された殺戮(さつりく)は、この2カ月で5つの町と7つの商隊に及んでいた。

 しかもこれは宮周辺の砂漠だけでだ。ほかの場所や別の砂漠で襲撃された商隊などで、全滅したためにまだ発見・報告されていない可能性もある。


「全て同じ殺し方。その上で、皆殺しにはしない、場に執着も見せないところからも、これはなんらかの意味を持つ示威行動ではないかという意見がそえられていたが、まさか宮が関係していたとはな」


 苦々しい表情が浮かぶ。

 これを外部の者が知れば、宮を誹謗(ひぼう)する声は一段と強まり、非難文はより激しさを増して、その量は一気にふくれ上がるだろう。

 気まぐれな魅魎がどこを襲うかなどだれにも予測できない、宮に責任はないとはいえ、今回ばかりは落ち度もなかったとは返せない。


「しかもそれが、魔断によるものだとは……」


 ためらいがちな言葉が補佐役の中から聞こえた瞬間。



「あれは彩煉じゃありません!」



 たまりかね、翠珂は叫んでいた。


 声に含まれた感情のあまりの激しさに、場の視線がすべて翠珂へと集まる。

 彼は彩煉の同室者であり、長年の親友だ。2カ月前、彼の消滅を知って声も出ないほどの衝撃に打ちひしがれていた姿はだれの記憶にも新しい。そんな彼が、はたしてどんな気持ちでその言葉を口にしたのか。


 彼を思いやる視線から逃れるように、翠珂は、蒼白するほど握りしめた手に視線を落としたまま、うわ言のように再度繰り返した。


「あれは彩煉じゃない……あれは違う……あれは、魅魎です!」


 肌が違う、髪が違う、瞳が違う。

 あいつはあんな表情をしたりはしない。ひと一倍優しいやつで、ひとの痛みにとても敏感で……あんなふうに、ひとを傷つけることに喜びを感じたりはしない! ましてや、大量殺戮なんて!


 そう、心の中で強く否定しながらも、時間が経つにつれて翠珂の中であの魅魎は敵として単純に割り切れるだけの存在にはなってくれなくなっていた。


 まるで焼きついてしまったように胸からわずかも離れない、最後に垣間見た姿。あの傲慢な面。

 したり顔で間隙にすべりこんだ魅魎は、見間違えようもなく、彩煉の姿をしていた。


 唯美主義の中級魅魎は、自由自在にその姿を変えることができる。彩煉の容姿を気に入ってまねしたのか、それとも単なる偶然の一致なのか……なぜかなど、分からない。そんなこと、考えたくもない!


 もうたくさんだ。

 どうして、いいやつを失ったと、それだけで終わらせてくれない?

 彩煉を殺して、もう二度と会えない存在にしながら、なぜ思い出の中の彩煉まで(おとし)めなくてはいけないのか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ